第4話 清掃係に花が咲きました
魔王城の中庭に、花が咲いた。
小さな白い花だった。
細い茎が枝分かれし、その先に無数の白い小花が咲いていた。
カスミソウだった。
「あら〜。咲いたわね〜」
「きれいね〜」
「私も咲いたわ〜」
「まあまあ〜」
カスミンたちは、楽しそうに花を揺らしていた。
魔王ゲンゾウは、中庭を見つめていた。
「……バイゾー」
「はい、魔王様!」
「なぜ花が咲いた?」
「植物として成長したからです!」
「誰が成長させろと言った!」
「根を生やすようにとのご命令でしたので!」
「根だけでよかったのだ!」
博士は記録板を確認した。
「ですが魔王様、光合成効率は向上しております!」
「……それはそうだが」
「しかも、移動しなくなりました!」
「……それもそうだが」
ゲンゾウは中庭を見渡した。
無数の白い小花が、一面に咲いていた。
黒い魔王城には、まったく似合わない光景だった。
「……まあ、花が咲くだけならよい」
博士がうれしそうに言った。
「しかも、種もできます!」
「……何?」
「種から新しいカスミンが生まれます!」
「待て」
「挿し木でも増えます!」
「待て!」
「根の一部からも再生できます!」
「待てと言っているだろう!!」
ゲンゾウは叫んだ。
「全部引き抜け!」
兵士たちが中庭へ駆け込んだ。
カスミンを引き抜き、根を切り、茎を刈り取った。
「あら〜」
「分かれたわね〜」
「私もカスミンよ〜」
「よろしくね〜」
切り取られた茎から、新しいカスミンが生まれた。
地面に残った根からも、新しいカスミンが芽を出した。
風に乗った種が、城壁の隙間へ飛んでいった。
ゲンゾウは固まった。
「……バイゾー」
「はい!」
「増えていないか?」
「増えていますね!」
「なぜだ!」
「無限分裂の能力が、植物としての増殖にも適用されているようです!」
「……つまり?」
「種でも、茎でも、根でも増えます!」
「増える方法を増やすな!!」
博士は記録板に書き込んだ。
『増殖経路の多様化に成功』
「成功ではない!!」
*
数日後。
魔王城の外壁に、白い花が咲いた。
石の隙間から細い茎が伸び、枝分かれした先に、小さな花がいくつも咲いていた。
「あら〜」
「ここ、日当たりがいいわね〜」
「そうね〜」
「風も気持ちいいわ〜」
さらに数日後。
城壁のあちこちで、カスミソウが咲き始めた。
細い茎が幾重にも枝分かれし、白い小花が次々と開いていく。
やがて、黒い城壁は無数の白い花で覆われた。
まるで、巨大なカスミソウの花束だった。
ゲンゾウは城門の前に立っていた。
「……バイゾー」
「はい、魔王様!」
「これは何だ」
「魔王城の緑化に成功しました!」
「緑化を頼んだ覚えはない」
「しかも、食費はゼロです!」
「城が花畑になっているのだが」
「素晴らしい成果です!」
「素晴らしくない!」
城壁の上から、カスミンたちが声をかけた。
「ゲンゾウ様〜」
「見て見て〜」
「いっぱい咲いたわよ〜」
「きれいでしょう〜」
ゲンゾウは空を仰いだ。
「……私は魔王なのだぞ」
*
そのころ。
再び魔王城を目指していた勇者一行は、遠くから城を眺めていた。
「……あれが魔王城か?」
戦士が首をかしげた。
「前に来たときは、もっと黒かったような……」
魔法使いが目を細めた。
「花が咲いていますね」
「……花?」
「はい。城壁一面に」
勇者は黙り込んだ。
白いカスミソウに覆われた魔王城。
黒い城壁も塔も、白い小花に包まれていた。
風が吹くたび、無数の花が揺れている。
その中から、声が聞こえてきた。
「こんにちは〜」
「いらっしゃ〜い」
「お日様、気持ちいいわね〜」
勇者は剣を鞘に戻した。
「……帰ろう」
「よろしいのですか?」
「ああ」
勇者は城を振り返った。
「魔王軍は今、我々より厄介な何かと戦っているらしい」
*
魔王城の中庭。
ゲンゾウは、カスミソウに囲まれた玉座に座っていた。
隣では、バイゾー博士が記録板に書き込んでいる。
「魔王様、次の研究なのですが」
「却下だ」
「まだ何も申し上げておりません!」
「却下だ!」
「今度は夜間でも光合成できるように……」
「絶対にやめろ!!」
窓辺で、カスミンが小さく揺れた。
「あらあら〜」
細い茎の先で、無数の白い小花が風に揺れていた。
「今日もいい日だったわね〜」
「そうね〜」
「明日も晴れるかしら〜」
「晴れるといいわね〜」
魔王城は今日も平和だった。
魔王を除いて。




