8. ヒロインになり損なったのは、誰のせい?
あとはもう、モモナは、まるでゲーム画面を見ているような気分だった。
ヒロインであるはずのモモナを取り残し、進んでいくストーリーは第一王子のハッピーエンドルートで見たものとまるで同じ。
違うのは、アシュトンの傍で魔王に立ち向かう姿が前世の桃菜の姿ということだけ。
劣勢だった状況が、あっという間にひっくり返っていく。
「……ぐッ、また、人間ごときにしてやられたということか……!! 千年かけて、ようやくここまでたどり着いたというのに……! 忌々しいッ、聖女め……!!!」
アシュトンが受け渡された勇者の秘宝である魔法石の力と、フィオナの聖なる力とが一筋の光となり、魔王を貫く。
断末魔と共に、魔王は再び封印された。
晴れ渡っていく空、美しい太陽が国全体を照らしている。
――フィオナたちは、この国を守り切ったのだ。
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無事魔王を退け、再び封印することに成功したあの日から一週間後。
モモナは貴族牢に幽閉されている。
最初魔王と裏で繋がっていたのではないかという疑惑が噴出したが、それを証明する証拠はなにひとつ見つからなかった。
しかも疑惑はそれだけにとどまらない。フィオナの証言と提出された『学生手帳』と記載のある証拠品から、モモナとフィオナとの間で身体の入れ替わりがあったのではないかという、信じがたい訴えがあがった。
前例のない絵空事ともいえる話ではあるが、フィオナが嘘をつく必要などないし、何よりも国を救った聖女の言葉を無視するわけにもいかず、法の番人たちはここ数日頭を悩ませ、寝不足気味である。
事情聴取でモモナにフィオナの証言をつきつけると、暫くは黙秘を続けたが証拠品を前に渋々口を開きはじめた。
「気づいたらフィオナの身体に入っていた」
「今のフィオナの姿は、以前の自分のモノで間違いない」
良いのか悪いのか、絵空事のような出来事がふたりの証言上では、合致してしまったらしい。王宮はモモナの処遇を巡って、頭を悩ませる日々が継続することになる。
モモナがフィオナの身体を奪った。それが仮に真実なら、今のモモナに刑を執行するのは果たして正しいのか。
その魂はモモナであったとしても、身体はフィオナのもの。
人の人生を奪った罪は重く、本来であれば生涯労役、もしくは処刑されても仕方がないのだが、「私が望んで身体を奪ったわけではない」と繰り返すモモナに下す処罰は慎重に決めねばならなかった。
確かに身体を入れ替える魔法は現時点では存在せず、いくら学園の成績が優秀であるモモナとは言え、容易に開発できるようなものでもない。何よりもモモナがフィオナの身体を故意に奪った証拠もないため、法を犯しているとは言い難い。
はっきりとしている罪と言えば、アシュトンの不敬罪とセシリアへの名誉棄損。その罪に問おうにも、やはり身体の所有者の話が解決しない限り、執行は難しかった。
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モモナの処遇が悩みの種として王宮に居座るなか、アシュトンが牢へと訪れた。フィオナと護衛ひとりを連れて。
まるで昔の自分の姿という記憶が抜け落ちているのではないかというくらい、憎々しげにフィオナを睨みつけるモモナの視線を遮るように、アシュトンが前に出て椅子に掛けた。その少し後ろでフィオナは立っている。
「アシュトン! なんで!? さっぱり分からない、あんなに私のこと愛してくれてたのに!!」
「これ以上罪を重ねない方がいい。いつも言っているだろう、僕のことはアシュトン第一王子殿下と呼ぶように」
「……ッ、嘘よ! 口ではそう言ってても、嫌がってなかった! 嬉しそうにしてたくせにッ」
興奮したように喚くモモナに護衛が思わずアシュトンの前に出たが、それをアシュトンが手だけで制止する。
「女性に対して露骨に嫌悪感を示すわけにはいかなかっただけだ、それに毎回注意をしていただろう?…………まあ、勘違いをそのまま利用したのは確かだけれどね」
「は? 勘違い!?」
「僕はずっと君を疑っていた。君の力の出所に」
アシュトンは初めからモモナの異様に高い魔力を不思議に思っていた。最初は優秀な人材が入ってきたことに喜んでいたが、足を見せても平気な振る舞いと教養の無さに面を食らったのを今でも覚えている。
そして不思議が不可解に変わり、さらに疑いへと移行するのは早かった。きっと魔力を感知できる魔法に長けた者であれば、同じ違和感を早々に抱いたはずだろう。
週初めになるときっちり同じだけ魔力が上がって行くことに。
「君の部屋から、いくつもの薬が発見されたよ。いつか街で流行っている美味しいドリンクだと言って僕たちにくれたものと同じものだ」
「あ、あれは…!」
「飲まなくて正解だったよ。解析したところ、人の神経に作用する成分が入っているらしい。誰も見たことのない成分も多くて、全容はまだこれからだけど……残念ながら君に罪状がひとつ加わった」
既に飲み終わった空の容器であったが、モモナが学力や魔力のステータスを上げるために使った薬も一緒に発見された。同じく全容を掴めない成分が入った未知の薬は今王宮を騒がせている。モモナに魔王との繋がりを示す証拠はなかったが、現在の人間の英知を結集しても恐らく作成できない薬の存在は、魔王から受け渡されたものと判断することが一番納得がいく説ではあった。
「状況証拠だけで言えば、君と魔王との間に繋がりがあったと判断せざるを得ない」
「違う……! 買ったお店も場所も言えるわ! 違法だなんて知らなかったの。魔王なんて私、知らない……!」
「それじゃあ、私の身体と心をどうやって入れ替えたかも、知らないの?」
ずっと黙って立ったままだったフィオナが初めて口を開いた。
「ごめんなさいね?あんたの可愛い顔、取っちゃって。でも、本当に何にも知らないの。気づいたらこうなってた。私のせいじゃないし、戻す方法だって知らない。残念?」
アシュトンに媚びても意味がないと分かったからか開き直っただけなのか、取り繕うこともできないくらいにフィオナに憎悪を抱いているのか。フィオナを小馬鹿にしたように顔を歪めてせせら笑うモモナ。
そんな姿を複雑そうに見つめるフィオナは、静かに深呼吸をひとつして、意を決したようにアシュトンへと視線を移す。
「……。…………アシュ。私の身体に構わず、法の下で相応の罰を彼女に」
「……フィオナ」
「できれば、元の姿でお父さんたちに逢いたかったけど……、みんなならきっとわかってくれる」
「はっ! 自己犠牲ってわけ? 別に労役でも処刑でも好きにすれば? もしかしたらそのタイミングで身体がもとに戻るかもしれないけどね」
フィオナが相応の処分を望んでも、前例のない事案とのことだから、きっとそう簡単に労役も処刑も決断できないとモモナはふんでいた。
本当にモモナの言う通り、実行後に入れ替わりが再び起きたら目も当てられない。処刑などもってのほか。苦虫を噛み潰したように顔を顰めるアシュトンも同じように考えているのだろう。
その反応に益々気が大きくなるモモナは、たっぷりと時間をかけてフィオナの姿を上から下まで眺めた。
「あーあ。可哀想ね、あんた。私が捨てた地味でブスな顔でこれから生きていかなくちゃいけないなんて! 私、この可愛い姿で居られるならなんでもいいわ。どこへいっても私を可愛いってちやほやしてくれる人、いくらでもいるわ!」
数日前モモナに食事を届ける役目を請け負っていた牢を管理する者が職を解任された。理由は必要以上にモモナに同情的になってしまったから。食事を届ける度に、静かに涙を流すモモナの姿に「彼女は本当に何も知らないのかもしれない。全部誰かに仕組まれてハメられただけかも」などと上司に訴え出たことはアシュトンの記憶に新しい。
フィオナの身体を最も有効的な形で人質にできているモモナは、押し黙るアシュトンに気分がよくなる半面、そのくらいフィオナが大切だということを見せつけられることが不快でたまらなかった。
どう傷つけてやろう。
自分の居場所を横から盗んだフィオナへの見当違いの恨みを抱くモモナは、今はそれしか考えていなかった。
「…………悲しいね」
「そうでしょう? あんたは、この顔でこれまでの人生楽しい思いしたんだから、これからうんっと苦しめばいい……!」
「うぅん。悲しいのはあなた」
そうモモナに告げるフィオナの目には、心の底から溢れる同情心が見て取れた。唖然とするモモナだったが、すぐにキッと目を吊り上げてねめつける。
「負け惜しみ!? ブスのくせに、そんな目で見るんじゃないわよ!!」
「自分自身にそれだけ悪意のある言葉を投げかけて、あなたが望んでるっていう姿を手に入れても……ちっとも幸せそうには見えない」
「はあ!? 聖女になれたからって調子に乗って偉そうなこといってんじゃないわよ!」
「……傷つけちゃったなら、ごめんなさい。それでも、元に戻ることがあってもなくても……この身体は、私が大切にするから」
どれだけ声を荒らげても、睨みつけても、フィオナは悲しそうに睫毛を震わせるだけで、決してモモナに反論したり食って掛かってきたりなどしない。それどころか慈悲の心まで向けてくるなど、モモナにとっては屈辱でしかなかった。
「なにそれッ! アシュトンの前だからいい子ぶってるってわけ!? クソ女……! 反論くらいしたらどう!? 腰抜け! ブス!」
「……モモナさん。罪を償ってから、……それから、あなたの幸せが見つけられますように」
その言葉を残し、フィオナは軽く膝を折って最後の挨拶とした。
学園のマナー講師が匙を投げたことで、結局モモナが身に着けることのできなかった気品ある礼をするフィオナに、モモナは息を呑む。自分のよく知る前世の桃菜の姿形をしているはずなのに、モモナにはまるで別人に見えた。
言葉を失ってしまったモモナに背を向けて、フィオナは牢を出ていくため足を進めた。アシュトンもそれに続く。
心配そうなアシュトンがフィオナの肩をぐっと引き寄せ、まるで語り合うかのように視線を絡ませたなら、どちらともなく小さな微笑みが零れた。それはちょうど扉が閉まる直前のこと。
扉が閉まるその瞬間、モモナは唇を噛みしめた。血が滲むほど強く。
「あんたさえいなければッ…私がヒロインになれたのに…!!!!」
本当に、そうだったのだろうか――。
去っていくふたりの背中に最後の叫びが届くことは無い。
一部これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
二部フィオナSideにて、何が起こっていたのか続きをつづっていく予定ですので、ご縁がありましたらまたこちらにお立ち寄り頂けますと幸いです。