34 デルフィアの歴史
SIDE:カール
僕の前を歩くメリアとロザリンデ様が楽しそうにおしゃべりしている。
何か気になるものがあれば案内役のイェニーに質問したり、興味を惹いた露天を一緒に覗いてみたり……まだ出会ったばかりだというのにすっかり打ち解けている様子で、傍から見れば仲睦まじい姉妹と思われるかもしれない。
実際ロザリンデ様はメリアの事を「お姉さま」と言って、ずいぶん慕っておられるご様子だ。
命の恩人であるという以上に惹きつけられる何かがあるのだろう。
それは容易に想像できる。
自分も……いや、たぶんグレン様やイェニーも同じだろうから。
彼女たちの楽しそうな様子をぼんやりと眺めていると、僕も何だか楽しい気分になってくる。
……っと、いけない。
今日は非番とはいえ、彼女たちの護衛任務のようなものだ。
二人の雰囲気につられて僕まで遊び気分に浸るわけにはいかない。
なんせ彼女たちは実際に命を狙われているのだから。
それなのに、ロザリンデ様の外出を許可なさるとは……
「そんなに顔をしかめていると悪目立ちしますよ。警戒は必要ですが、あまり張り詰め過ぎるとかえって咄嗟の反応が鈍ることもあります。理想は常に平常心……はなかなか難しいので、ほどほどの緊張感を保つのが良いでしょう」
「グレン様……はい。ですが、陛下はいったい何をお考えなのでしょうか」
臣下として主君の判断に疑念を持つのは憚られる事ではあるが、思わずそんな疑問が口をついて出てしまうのは仕方がないだろう。
「そうですね……おそらくですが、城内はむしろ危険とお考えになられたのではないでしょうか」
「それは……」
……確かに、誰が敵と通じているのか分からない状況ではそうなのかもしれない。
しかし、城の外は外で安全というわけでもないだろう。
結局、確実に安全といえる場所がないのであれば、長く伏せっておられたロザリー様の気分転換を優先した……ということなのかもしれない。
「どちらにしても、我々のやるべきことさ変わりません」
「はい。心得てます」
『護る』ことは騎士の本分。
僕が護りにつく以上、ロザリンデ様はもちろんのこと……メリアも絶対に護ってみせる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
SIDE:メリア
デルフィア王国の王都デルフィニアは多くの人で賑わいながらも落ち着いた雰囲気で、一国の首都に相応しい風格を感じさせる街だった。
きちんと整備された石畳の街路は広々としていて、人の多さの割には混雑した感じはしない。
こちらもやはり丁寧に剪定された街路樹が整然と立ち並び、家々の軒先には色鮮やかな花々が飾られ街通りに彩りを添えていた。
私が定期的に買い出しに出るブルームの街とは違った都会らしく洗練された華やさを感じる。
同じデルフィア国内であっても、辺境と中央では建物の様式や行き交う人々の服装も結構違うみたい。
私はブルームの素朴さも好きだけど。
目に映る全てが新鮮で、私はお上りさんのごとく辺りをキョロキョロ見渡しながら街歩きを楽しんでいた。
「デルフィニアって、かなり歴史ある街だったと思うのだけど……結構整然としてるのね」
古い街って、もっとこう……継ぎ足し継ぎ足しで拡張していったりするから、道なんかも入り組んで雑然となりがちだと思うのだけど。
そんな私の疑問に、案内役のイェニーが答えてくれる。
「デルフィニアは最初からしっかりした都市計画に基づいて築かれた街だからね。初代国王ゼフィール様がこの地に王国を作る前、もともと拠点とされてたのはここから北にある港街『古デルフィア』なんだけど……」
と、イェニーが続けて説明しようとしたとき、ロザリーが「王国の歴史なら私が説明いたしますわ!」と言って引き継いだ。
「私たちの祖先は、もともとはこのカルヴァード大陸北方の海域にある島々に住む民族の出身でした。彼らは新天地を求め、当時はまだ古の強力な魔獣・魔神が跋扈するこの地にやってきたのです」
それが今からおよそ千年くらい前のことで、最初に足がかりとしたのが『古デルフィア』周辺地域とのこと。
その後少しずつ人が住める領域を広げていき、その間幾度となく繰り返された戦乱も乗り越え、今のデルフィア王国として成立したのがだいたい五百年くらい前。
建国当初は暫定的に古デルフィアが王都とされたのだけど、政治の中枢が領土の北辺にある立地では何かと不都合だったのと、街自体に再開発の余地があまりなかったことから、国土の中央に新たな都をつくることになったそうだ。
「ですが、ゼフィール1世は自身が長らく住んでいた古デルフィアの街にも愛着があったので、国と都の名前に引き継がせたそうですわ」
「なるほど、よくわかったわ。私も婆ちゃんからウィラー大森林の周辺地域の簡単な歴史くらいは教わってたけど、そこまで詳しくは知らなかったからね。教えてくれてありがとう、ロザリー。それにしても……よく勉強していて偉いわね」
彼女はまだ幼いけど、すらすらと淀みなく説明する様は彼女が学んだ知識を自分のものとしてちゃんと身につけているのがよく分かった。
将来は女王になるのであれば幼い頃から英才教育されてるのは当たり前のことかもしれないけど、彼女自身のやる気と努力の賜物でしょう。
「ちなみに、北方海洋民族の言葉で『デル・フィア』は『静かな入り江』、『カル・ヴァード』は『大きい陸地』という意味なのです」
「へえ……この大陸の名前ってそういう由来だつたのね」
私ももう少し薬学以外のことも勉強したほうが良いかしら?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
イェニーやロザリー、ときおりグレンやグリーナさん、カールさんも案内役となってデルフィニア観光を続ける。
私一人にこんなにガイドがついてくれるなんて贅沢なことね。
まあ、ロザリーは知識は沢山あっても城の外に出ることはほとんど無いから、私と一緒になって物珍しそうにキョロキョロしてたりもするんだけど。
そして、そろそろどこかでお昼ご飯でも食べようか……という頃。
繁華街へとやってきた私たちは、多くの人で賑わう中をお店を探しながら歩いていたときの事だった。
私は何かを感じたような気がして、そちらの方に目を向ける。
するとその先には、人混みの中にあっても一際目立つ少女がいた。
この国ではさして珍しくもない金に近い茶髪に翠の瞳。
年の頃は私と同じくらいか。
幼いながらも息を呑むような美貌なんだけど、それ以上に……彼女からは溌剌とした生命力があふれ、強烈な存在感を放っているようだった。
彼女は誰かを探しているかのように視線を彷徨わせながら歩いていたのだけど、ふと、こちらを見たときにちょうど私と目が合った。
すると少女は何だか驚いたように目を見開いたあと、すぐにニッコリ笑って私の方へと歩み寄ってきた。
「こんにちは〜、お嬢さん」
「こ、こんにちは……(お嬢さんって……同じくらいの歳に見えるんだけど……)。えっと……あなたは……?」
特に面識もない少女が突然声をかけてきたことに困惑しながら、私は挨拶を返しながら聞いた。
他のみんなも戸惑いながら私たちの様子を見て……いえ、ロザリー以外の騎士の面々は少し警戒してるみたい。
唐突に声をかけられれば、職業柄そうなるのも仕方がないか。
「わたし?私はエメリ……あ〜、えっと、エメラルドって言うの。あなたは?」
「あ、えっと、私はメリアって言うのだけど……はじめまして……よね?」
確かに初対面のはず……なんだけど、この雰囲気はどこかで……
「うん、初めて会うと思うわ。えっとね、声をかけたのは……私、お姉ちゃんたちを探してるの。見た目は私に似てるんだけど、歳はもう少し上で……あ、ちょうどそっちのお姉さんたちくらいかしら」
イェニーとグリーナさんくらいの年齢のお姉さんたち……?
見た目がエメラルドさんに似てるのなら相当目立つだろうし、そんな人達をどこかで見てたのならきっと忘れないわよね。
でもそんな人達を見た記憶はないので、それを答える。
「ごめんなさい、私は見てないと思うわ」
「そっか〜……もう、どこで迷子になってるのかしら、二人とも……」
……どっちかと言うと、この子がはぐれてしまったような気がするのだけど。
「もうこの辺にはいないのかな?しょうがない、他のところを探しましょう。あ、ごめんね、呼び止めちゃって。それじゃあまたね〜」
そう言ってから、彼女は手を振りながら足早に人混みの中へと消えていった。
「……行っちゃった」
「何だか不思議な感じのする方でしたわね」
「あ、ロザリーもそう思った?」
「はい。お姉さまもそう感じたのですね」
ふぅむ……あの子、いったい何者なんだろう?
それに、『またね』って……?
でも確かに、また彼女とはどこかで合う事になる……そんな気がした。




