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第16話 特別な二人

3日目の早朝。


残りハヤト176日。カナ179日。

足元は何度も修繕を繰り返された石畳の床。

城壁の上から外を見つめるいつもの任務。


城壁の外に広がる森の奥に目をやると、この季節にしては珍しい晴天のおかげで、山脈のさらにその向こうまで見えそうだ。


左側から気配を感じて目を向けると、側防塔から女性がこっちに歩いて来る。

その女性は小柄な体格だが、腕は並の男以上の持ち主で、この持ち場の隊長も務める優秀な人間だ。


彼女は他の人間に見せるのと同じ笑顔で、俺にいつも話しかけて来た。初めのうちは理解出来なくて戸惑ったが、拒否するだけ無駄だと理解し、今では好きに話してもらう様にしている。


会話というか彼女が一方的に話すだけだが、内容は日によって違う。天気や体調についてだったり、個人的な好みや噂話と言った任務と関係ない事まで。


とにかく彼女は暇を見つければ、俺のそばにやって来た。


(そろそろか…)


昼食の話をしていた彼女の顔が強張る。

突如城壁が揺れ、土煙が舞上がった。城壁正面に何か質量有る物が衝突したのだ。


城壁にいた兵士達が、彼女の指示で慌てて配置に着く。

鬨の声を上げながら森から出て来る侵略者達。掲げられる旗に描かれるのは、三本線の剣。


彼女の号令で弓兵が弓を構え、俺は杖を…何だこの断続的な揺れは?

どうして俺だけ揺れているんだ!?


混乱する中、意識が急に薄くなり…いや、睡眠状態から覚醒する。



■■■



目を開けると、そこには今の隊長が微笑んでいた。


「…起こしてしまってすまない、ルー。」


久しぶりにあの夢を見たのか。


現状把握の為に目を動かす。川辺、野営、日の出前、任務中、馬車、聖女…。


「ルー…大丈夫、深呼吸するんだ。」


深呼吸?

何を言っているんだ。

そもそも、どうして隊長は俺の目の前から動かないんだ?



「ルー、落ち着いたか?」

「…?」


ようやく隊長が、俺の右手を押さえている事に気がつく。

握る潰すような力で杖を握った右腕を。

すぐさま力を抜くと、レザールの顔に安堵が浮かぶ。


「…隊長、申し訳ありません。」

「いや、寝ている所を起こしたのは私だ。気にしないでくれ。」


休息中に起こされたからとは言え、主人に武器を向けようとするとは…我ながら愚かな行為だ。


「ふぁ…珍しいな、ルーが寝ぼけるなんて。」


馬車の近くで、あくびを噛み殺しながらレオパールが声をかけて来る。

よりによってアイツの前で醜態を晒すとは…不覚だ。


「いや、いつも備えているから出来る芸当だ。私は尊敬するよルー。」


そう言ってセロスが、水の入ったコップを差し出してくれた。

俺は礼を言うと、コップの水を一気に飲み干した。

喉から腹にかけて流れる、水の冷たさが心地よい。


「ルー、起こして早々で悪いんだが、魔物の感知をお願い出来ないか?」

「…お任せ下さい。」


腰から杖をもう一度取り出し、精神を集中させながら呪文を唱える。

山の隅々まで心を広げるイメージを固め、魔力を解放。全方位に向かって手が伸びて行く感覚で魔物を探して行く。


「…隊長、感知できる範囲に魔物はおりません。」

「ありがとう。…バレーヌ!」

「いつでも行けます。」

「頼む。」

「了解!」


隊長の呼びかけに、荷台からバレーヌが装備を整えて飛び降りる。武装した彼女は、森の中へと走って消えた。


「隊長、何があったんですか?」

「説明が後回しになってしまってすまない。実は、ハヤト君とカナさんがまだ戻らなくて。」

「捻り出しているのかと思ったけど、流石に遅いってね!」

「道に迷った可能性もありますし。」


あぁ、だから感知魔法。

魔物の反応はなかったから、…まさか野生動物の方か?

いや、ハヤトのあの戦闘力なら切り抜けられるだろうから、道に迷ったのが濃厚だろう。


「後はバレーヌに任せて、我々は少し早いが朝食の用意をしようか。…ルーはもう少し休んでいてくれ。」

「いえ、十分な休息を頂きました。俺も手伝います。」


そう言って俺は毛布を畳むと、水を汲みに川へ向かった。





□□□




「まぁ…!」


それは、とてもキラキラしていました。


ギャザーが沢山入ったスカートは舞い散る雪の様に白くフワッと広がり、装飾の少ないシンプルなトップスは、新芽の様な鮮やかな緑。


栗色の髪の毛は、朝日を浴びて金髪にも見える輝き。

華奢なシルエットでありながら、人には無い2対の羽根が良い具合にバランスを取っていて…もう一度声が漏れる。


「まぁ…!」

「いや、おかしいだろー!!!」


見惚れる私の後ろで、レオパールさんが叫んだ。

声を上げないだけで、他の護衛の方々も似た様な意見だろう。


目の前では、困った笑顔を浮かべるハヤト様とカナ様。

それと私たちの反応を見て、何故か嬉しそうなバレーヌさん。


それもそのはず。本来お目にかかる事の無いお客様がいらしたのだから。

皆んなの注目を一身に集めた彼女は、どこか満足げに空中をくるっと一回りした後、私に向かって飛んで来た。


「いや、ふふ…くすぐったいです!」


まるで戯れつく子犬の様に、頬に、髪の後ろを、鼻にタッチしてくる。手を伸ばすと、まるでこっちにおいでと言わんばかりに、顔を向けながらくるくる飛び回る…妖精さん。


そう、朝から行方不明になっていたハヤト様とカナ様は、妖精と共に戻って来たのだ。


「す、すみません皆さん、遅くなってしまって。」

「いや、ハヤト君達が無事で良かったんだが…いやこれは。」

「私もこんな間近で拝見したのは初めてです。」

「隊長も、おやっさんも何で普通に感心してるんですか!?妖精って、そんな簡単に会えないし、つか、何で一緒にいるだよ!?」


そうレオパールさんが絶叫する通り、妖精と言えば巷で絶滅説が流れるほど存在が貴重になって来た種だ。精霊と違い実体のある彼らの目撃件数は、魔力濃度の変化により近年大きく減少している。


「その…森の中で会って…な。」

「私たち、仲良くなったんです。」

「レザールさん、この子を連れて行っても良いですか?」


え、それは妖精を!?

多分、全員同じ事を考えたと思う。ルーさんだけ無表情だったけど、多分皆んなそう思ったはず。


「バレーヌ、これは一体どう言う事だ?」

「隊長、見ての通りです。私も初め理解出来なかったのですが。懐いており、その…同行を希望しております。」


バレーヌさんが指し示す通り、妖精はハヤト様やカナ様の間を楽しそう飛び回り、また私の髪の中に飛び込んでくる。

顔だけぴょこっと出して、レザールさんに向かってウンウン頷く。


「いやいや、おかしいだろ?子犬を拾ってきたノリで、妖精を連れ歩く奴なんて!?」

「しかし絶対に有り得ないとは言えないだろう。人間に強い興味を持つ個体なのかもしれない。」

「あ、うん…って、おやっさんもそれらしい事言わないで!…ルー、ルーはどう思うよ!?」

「食費もかからないし、馬車には余裕がある。俺は問題ない。」

「論点がちげぇよ!」


結局話はまとまらず、最終判断はレザールさんに任されました。



「許可も何も、精霊や妖精の考えは人間に理解出来ない。妖精の…彼女?の好きな様にさせるしかないと思う。」

「隊長ぅ!」

「元から、私達に選択肢などないのだよ。」


と言う結論に至り、私達の旅に可愛い妖精が加わりました。

レオパールさんのみブツブツ言っていましたが、バレーヌさんのひと睨みで納得して下さった様です。




その後すぐ朝食を頂き、私たちはこの先の街へ向かう為に馬車を急がせました。


荷台には私の他に、ハヤト様とカナ様、バレーヌさんに加えて、勿論妖精さんも一緒です!


「バレーヌさん、目的地の街ってどんなところなんですか?」

「ペアポルトと言う古い町で、過去には王都を外敵から守る門の役目を担っていた要所です。もっとも現在は領土も広がってその役目はないですが、町を囲む城壁は今なお健在ですよ。」


城壁。

町をぐるっと囲む壁ってどんな感じなのかしら?


「うわ、なんか社会科見学に選ばれそうな町だな…。」

「私はそう言うの大好きだから、余裕があれば見学したいです!」

「そうですね…到着は夕刻。消耗品の補充もあるので、ペアポルトで一泊予定だし、食後は自由に見て回ると良い。」

「いやったぁ!フェリシアも一緒に見学しない?」

「カナ様、宜しいんですか!私、こんな遠くまで来た事がないので楽しみです!!」


はしゃぐ私達に、妖精さんも嬉しそうだ。

壁もそうだが、世代の近い女友達もいなかった身としては、カナ様とお出かけ出来るのが何よりも楽しみ!


「…そうなるとハヤト、君は彼女達の護衛だな。」

「え、なんで!?」

「追手を撃退したとは言え、フェリシア様が狙われている事には変わらないんだ。人前で正体がバレない限り危険は少ないと思うが、夜の町を少女達だけにする訳には行かないし。私達がいては楽しめる物も楽しめないだろう。」

「そんな事はないと思いますけど、色々準備があるんですもんね。分かりました。…って、何だが妹達を引率する感じだな。」


妹達?


「ハヤト様にはご兄弟が?」

「あぁ。前にちょっと話しただろ。」

「下に3人、弟、妹、妹。…ね、お兄ちゃん?」

「や、やめろよ!てか、カカナの方が年上じゃんか!」


カナ様がニヤニヤしながら、肘でハヤト様をおちょくっている。本当にお二人は仲が良い。


お兄ちゃん…か。

村の中にも年上の男の子達はいたが、お兄ちゃんと呼ぶ事はなかった。年配者には、さん付けが普通だったし。


お兄ちゃんか。


ちょっと憧れがある。

でも、自分より先に生まれた男の子の事だから、私がお兄ちゃんを望んでも出会う事はないだろう。


「…お兄ちゃん」

「え?」


私はハッとして口を抑えた。

しまった、つい心の声がこぼれてしまって、皆んなが私を注目してる。


恥ずかしい!

恥ずかしすぎる!


俯いた顔を上げることができないでいると、頭をそっと撫でられた。


「…フェリシアがそう呼びたいなら、それでも俺は良いよ。慣れてるし。」

「は、ハヤト様。」

「正直言うと、勇者様とか…ハヤト様って方が、呼ばれて恥ずかしいんだ。」


そう言ってハヤト様は、視線を上にそらす。

恥ずかしがっている表情がなんだか可愛い。

でも、そうか、そうだったのか。それなら…


「はい、お兄ちゃん!」


私は慣れない言葉に恥ずかしくなりながら、笑顔でそう答えた。

視線を戻したお兄ちゃんも、ちょっと照れた感じだったけど笑顔を返してくれる。


なんだろう、ニコニコし合っていると心が暖かくなって行く気がするな。



「…ねぇ、フェリシア!!」

「は、はいカナ様…?」

「私の事も、お姉ちゃんって呼んでみない!?」

「え、えぇ!?」


見た事のない剣幕で、私の両肩をガッチリ掴むカナ様。

心なしか呼吸が激しい気もする。


「お前…。」

「…コバヤシ君は黙ってて!!フェリシア、言ってみて!!」


その目は、期待と不安と脅迫と自制と…なんて言葉にすれば良いのか分からないほど、色々な感情が入り混じった目でした。


お兄ちゃんの方を見ると困った笑顔をしていましたが、無言で頷いてくれました。


だから私は…。






「お姉ちゃん!!」






天にも昇りそうなカナ…じゃなくて、お姉ちゃんを見ながら、私も嬉しくて笑みが自然と溢れてしまいました。



最後までご覧下さりありがとう御座います。



相手への呼び方が変わる時、心の距離も変わりますよね。

前よりも親しくなったり、遠い存在になったり。



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