第13話 見せない心
3日目の深夜。
残りハヤト176日。カナ179日。
尻の肉が突っ張ったような感じがして、モゾモゾ身体を動かしてみる。
改善されないので、寝返りを打とうとすると、肩甲骨と脹脛にも痛みが走り、全身から不満の声が。
『…。』
半ば強制的に身体を左に傾けると、ジャリっと硬く小さな物が擦れ合う音と、左の頬にやって来るひんやりとした感触。
『…。』
枕にしていた荷物から頭をずらした事によって、拳大の平たい石に頬をすり寄せることになったのだ。冷たさは良いが、枕には適さない。
聴き慣れない音に、意識が少しずつ覚醒してくる。
さらさら小川の流れる音。
パチっと小枝が燃える音。
優しい風に葉が音を鳴らしていた。
ここはリクトール村からかなり離れた山奥の川辺。
次の町まで少し距離があるので、ここで野営することになったのだ。
思い返せば、朝からマラジアル連邦王国の使いであるバレーヌを尋問まがいな事をして、昼にはフェリシアを連れて村を出立。その後、昨日ぶっ飛ばしたレザール達と合流して、道中フェリシアを狙う追手を撃退…と、2日目も色々あったなと思う。
『…。』
石を踏む音に薄目を開けると、ルーが焚き火に枝を注ぎ足しており、レザールが身体を伸ばしながら起き上がった。
手に持っていた毛布をルーに手渡すところから、見張りの交代なんだと察する。
ストレッチをしながらグルリと周囲を見直すレザールと目が合いそうになったので、薄目を閉じで寝たフリ。
「…。」
なんとなく気まずい。
見張り番はレザール達が順番に行なっており、俺とカカナとフェリシアはあくまで護衛対象なので、その順番には含まれていない。
勿論、俺が見張り番なんてしても役に立たない事は分かるが、戦闘以外はお荷物な感じがして何か居心地が悪い。
食事も準備してくれてし。でも流石に馬車内での就寝は断った。
俺にも意地がある。
だからこその川石の上で寝てみたが、まぁ身体中が痛い。
床板で寝るとはまた違った感じ。
「…寝れないの?」
「…!?」
唐突に声がかかって顔を上げる。
見上げると、荷台から顔を出すカカナだ。
傾けた頭から、解いた黒髪が肩にかけて流れている。
ここ2日で見慣れたポニーテール姿とは違う、そんな一面を見た気がして鼓動が早くなる。
そりゃ可愛いさ。
同級生の、女の子の、寝起きなんて見たことあるか?
…まぁ小学生のキャンプ合宿の時にあったけど、色気が違うだろ。
それに俺、昨日追われている時に「手を繋ごう」とか言ってなかった?女の子に向かって手を繋ごうって。
急に右手がその感触を思い出す。
1日目は、オークの前だったから覚えてないし、その次もフェリシアを追いかけるので必死で。
だけど昨日は、森の中で一緒に待ち伏せていたから、心に余裕があって。
ちょっと冷んやりしてて、細めで、サラサラした肌ざ…
「…コバヤシ君?」
「ぃや、何でもない。お、お前も寝れないのか?」
大丈夫。
夜空が明るいとはいえ、今俺の顔は焚き火からは隠れている。この火照りがバレる事は無い、はず。
「なんだか呼ばれた気がしてね。」
「…誰も呼んでないと思うけど。」
レザールとルーが一言二言交わしているのは見ていたが、カカナを起こすワードは聞いてない。
「夢だったんじゃないの。」
「かもね。ごめんね、おやすみ。」
「おう、おやすみ。」
そう言ってカカナが荷台に引っ込む。
俺も毛布に戻るが、なんだか興奮して目が冴えてしまう。
いかん考えるな。アレは剣だ、アレは剣だ…と必死に柄の握り心地を思い出す。
『…ナ、…ト。』
なんだ今の?
薄目を開けて見ると…
「ぅわぁ…!?」
「しっ!…やっぱり聞こえたよね?」
目を開けたら、上から覗いているカカナがいた。
確かに聞こえた気もするが、俺には心臓の鼓動しか聞こえない。
『…ヤト、カナ…。』
「やっぱり聞こえる。私達を呼んでるんだ。」
「な、何で…あ、でもこの声。」
「うん、森の声だ。」
森の声。
いや本当に森の声なのかは知らないが、レザール達にフェリシアを誘拐された時、導いてくれたあの声に似ている。
その後、この声の正体を考える暇もなくて忘れていたが…もしかして。
「またフェリシアに危険が迫ってる?」
「分からないわ。…コバヤシ君、確かめにいきましょう。」
そう言ってカカナが荷台から降りてくる。
ふわっと、女の子特有の甘い匂いが…って、考えるな俺。
意識を晒すために、毛布を地面に置いて立ち上がる。
「…寝付けませんか?」
「あ、レザールさん。いやその…」
焚き火を背に近づいて来たレザール。
訳を話すわけにはいかない…気がするし、でもだからってちょっと森の中へってのも変だろう。
しどろもどろする俺の前に、カカナがすっと入る。
「すみません、ちょっと…」
そう言ってカカナが、恥ずかしそうにもじもじする。
目の前で振られるお尻に、視線が吸い込まれそうになるのを顎を上げて耐える。
そうだ、その手があった!
「あ、俺もちょっとおしっこ」
一間置いて、カカナの拳が脇腹に飛んでくる。
「…君って、ほんとデリカシーないよね。」
「いや、でもそうだろ?」
そんな俺たちのやり取りを見ながら、レザールが笑っていた。
「いや、私こそ配慮が足りなくてすまなかった。暗いからこのランタンを持っていくと良い。」
そう言って小ぶりのランタンを手渡してくれた。
ほらぁーと、ぷりぷり怒るカカナが、ランタンを俺の手から奪い先に歩き始める。
ランタンに照らされた彼女の怒る顔も、可愛い。
取手を取られる時に手が彼女に触れてしまって、鼓動が小刻みに…。
「ハヤト君。」
「はいっ!?」
目の前にナイフの刃が光る。
すっと刃は鞘に仕舞われ、これをと言って手渡された。
「何かあったら、君が彼女を守るんだ。良いな?」
「は、はいっ!」
そう言って、俺は川石に足を取られながらランタンの灯りを追った。
「…追いますか隊長?」
足元で寝転がっていたルーが、目だけ開けてランタンの灯りを追っている。
「いや、君は休んでくれ。…セロスどう思う?」
荷物の近くで横になっていたセロスが、ふむと息を漏らす。
「…見た感じは、やはり年相応かと。育ちから上流階級、しかし一般常識が乏しいのが気になりますな。」
「私もそう思う。バレーヌは?」
荷台の隅で座ったまま寝ていたバレーヌが、顔を上げる。
「確かに我が国の事も知らない子達だが、教養を感じる場面はあった。」
「それじゃ、やっぱり他国から来たって話すか?」
片肘をついて横になっていたレオパールが、その姿勢のまま会話に参加してくる。
「しかし他国と言われても、隣国の事を知らないなんて事があるか?この大陸には…。」
「それにあの大剣も気になりますな。身体強化系の魔法も使うようですし。」
「魔族の可能性は?奴らなら詠唱無しで魔法が使えるだろ。」
「ルー、そりゃないぜ。魔法使いかどうかは分んねぇが、人間だよ。」
「えらく肩を持つなレオパール。初めは嫌ってたくせに。」
「うるせぇよ!」
「…それで、どうしますか隊長?」
部下達の視線がレザールに集まる。
「私達の任務は、あくまでフェリシア様だ。何かあるまでは、手は出さない。」
それを聞き部下達が目を閉じる。
ただ1人を除いて。
「それじゃ、俺が見て来ますよ。ちょうど俺もいきたかったし。」
首をコキコキ動かしながらレオパールが立ち上がった。
まぁ、アイツなら気づかれる事もないか。
でも本当にただ用を足しに行っただけなら…。
「…お前、もしカナを覗いたら射るからな。」
「あー隊長、気のせいだったみたい…。」
「あぁ。それが良い。」
バレーヌの一言で辺りには静寂が訪れ、部下達は目蓋を閉じた。
最後までご覧下さりありがとうございます。
学生時代の事を思い出すと、ちょっとドキドキする歳になりました。
まぁ、何もなかったんですが…。




