表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
9/88

騎士と少年

「お前は死神だ」


俺の前で死に絶えようとしていた父親は、呆然と立つ俺に向かってそう言い放った。そして、母親や姉、妹たちが死んでいる床に倒れる。

家族を大事にしていた父親らしく、死んでも家族を包み込むように抱きしめながら死んだ。

俺はそんな父親の姿を、ただただ呆然と見ていた。


家を出た俺は、村の中を歩く。

助けを求める俺。しかし、誰も俺に助けの手を伸ばしてはくれない。

生気を失い、死に絶える村人。屍の山を前に、俺は声にならない叫びをあげる。

俺は自分の身体の奥からあふれ出る「何か」を感じていた。

そしてその「何か」は俺以外のすべての生きる生物を死へと誘う。

周囲の人間も家畜も、木々もすべてが死に絶える。

暗い魔力が、俺の目に映る。

この魔力が、俺以外の村人を殺しているのだ。


突如発動した俺のスキル。それは蓋の請われたツボのように、俺の身体の中から放出された。

家の中に充満した死の魔力は、あっという間に村に拡散したようだ。

魔力に対するスキルを持つ父すら、俺のこのスキルの前についに死んだ。


どうしてこんなことになったのだろう。

昨日まで、家族みんなで慎ましくも、穏やかな生活をしていた。

村の友人たちと野を駆け巡り、大人たちの手伝いをして、食事をして、それから、それから・・・・・・・・・・。

ぐるぐると、頭の中を回るのは、それまでの記憶。家族や村人との思い出。

けれど、その彼らを殺したのは、紛れもなく俺なのだ。

罪の意識と罪悪感に、俺はさいなまれた。

死ぬべきなのは、俺なのに。

どうして俺は生きている?


俺は自分の首に手をかけた。

呼吸できないほどに、俺は自分の首を絞めつける。

目が暗くなる。

このまま、力を加えれば、すぐに死ねる。

そう思っている俺だったが、いざ死ぬと思うと、俺は怖くなった。

これだけの人を殺しておきながら、それでも俺は生きたい、なんて願ってしまった。


俺は自分の首から手を放すと、地に伏せり、思いっきり吐いた。

胃の中にあった未消化のものが、撒き散らされる。

胃の中が空っぽになっても、俺は吐き気が収まらなかった。

涙が出てきて、地面を濡らす。

俺の身体の中から無くなった分を補うかのように、俺の体内の魔力が外に放出され、命を吸う。

大地は腐り、死体は見る見るうちにしぼみ、老人のように皺くちゃになる。

やがて、死体はカサカサになり、音を立てて崩れていった。

俺の中に、生命力がどんどん入り込むのを感じる。

俺は他人の命を吸っているんだ。


俺は化け物だ。


俺は、思い切り叫ぶ。

俺の絶望は深まるばかりであった。






魔力の暴走が収まったのは、それから一週間後だった。

俺は一週間、何も食べなかった。なのに死ぬことはなく、空腹すらも感じなかった。

吸い取った命。それが俺を生かす糧となっていたからだ。

魔力を吸うことが俺にとっての食事、ということらしい。

魔力は、大気中にも多く含まれる。そしてそれは自然を作り上げる要素である。

ゆえに、俺は存在するだけで、この世界を壊しかねない、と言うことだ。

まったく信じられないことだった。

けれど、俺のもたらした結果を見ると、そうとしか考えられなかった。


今まで俺のスキルは単なる「魔力の吸収」でしかないと思っていた。

しかし、それは間違いであったようだ。



崩れていく空間。もはやそこに一つの村が、人が生きていたという証はない。

荒廃し、崩れていく空間。そこに立つ俺だけが残っていた。

膝を抱え、俺は泣いた。

俺の身体は際限なく魔力を求め続ける。

自身のスキルを俺は全く制御することができなかった。




底なし沼のように大地が変化すると、俺は静かに生まれ育った大地から離れた。

これからどうしよう、と俺は途方に暮れた。

死ぬのは怖い。せめて誰かに殺してもらいたい。

だが、俺を殺す前に、俺に近づく人間は死んでしまう。

ならば、魔物に、と考え、絶対に近づくな、と言われていたアースウルフの洞窟に近づいた。

そして洞窟の前で身をさらしたが、一向に狼は出てこなかった。


不審に思った俺が奥で見たのは、骨だけになった狼たちの死体であった。




俺はなるべく人も魔物もいない路を進んだ。

ただ、俺を殺せるだけの存在を求めて旅をした。

俺が通った後は、生命と言うものの全くない死の大地になってしまう。

俺に自分で死ぬ幽鬼があれば、きっと、こんなことしなくてもいいんだろう。

だが、十四歳の俺にはそれだけの覚悟なんてできなかったんだ。



一年が経った。

このころにはもう俺は自殺を何度も試していた。

崖から身を乗り出し飛び堕ちたり、首を掻き切ってみたり、いろいろとやった。

だが、死ねなかった。

俺の身体は傷を負ったところで魔力を吸う、もしくは体内の魔力を使用し再生してしまう。

体内に入った異物も分解されてしまう。

俺を殺すには、そこらの物質では無理のようだ。

指を噛みきったとしても、すぐに再生する。

心臓を突き刺そうとしても、刃が到達する前に分解される。

こうなってはもはや、お手上げだった。

ちなみにこの一年で俺が殺した人間は六十人。

飽くまで最低でも、と頭につく。

いずれも故意に殺してはいない。不可抗力である。

俺の能力はとどまるところを知らなかった。壊れた蓋を戻すことはもはや不可能だった。


俺は歩いた。

ただひたすら自分を殺してくれる誰かを求めて。

俺にこんなとんでもないスキルがあるように、誰かが俺を殺せるスキルを持っているはずだ。

それだけを希望に、俺は歩き続ける。

もはやこの世界から魔力がなくならない限りは死なない俺は、絶望の淵にいた。


俺は初めて海を見た。

広大な海、外海。

果てしなく続くこの海の中に身を投げたならば、俺でも死ぬことができるだろうか。

俺は、崖の上から海を見る。

荒れ狂う波と、遠くに見える雨雲。

流石に、これならば死ぬことができるのではないか。俺は希望を抱いていた。

俺は天に祈るように太陽を見上げる。

太陽の神、ヴォーヴンよ、我を今日こそ殺してくれ。



そう祈って、俺は勢いをつけて波打つ海へと身を投げた。







目覚めた時、俺は見知らぬ空間にいた。

ぐにゃり、とねじまがった空間。

見渡す限り、膨大な闇の松空間。

そこは豊富な闇の魔力に満ちており、俺の能力で吸収をしても、一向に崩れ去る気配がなかった。


「ここは、どこだ・・・・・・・・・・・?」


俺は、また死ねなかったのか。

そう思った俺は、俺の背後に気配を感じ、振り返る。


「あ・・・・・・・・・・・・・・」


俺はその人物を見て驚いた。


金色の髪を束ねた、青い服に身を包んだ女性。

物語に出てくる騎士が来ているような礼装に身を包んだ女性で、凛とした顔をしている。

彼女は静かに俺を見た。

俺は、俺の能力を受けても死ぬことがない彼女に、驚きの視線を向けた。


「安心しろ、お前を殺しはしない」


彼女はそう言い、俺の横に座る。


「あなたは、俺といて、なんともないのですか?」


俺の言葉に、女性は頷く。


「ああ・・・・・・・・・・・・・・・その様子を見ると、コントロールができないのか?」


「はい」


「なるほど、この空間でなければ、大惨事になっていただろう」


「え?」


「君が身を投げた外海の生物が下手をすればもう少しで死滅するところだったのだ。私がスキルを使って止めねば、な」


「そんな」


まあもう止めたので、安心しろ、と女性は笑う。


「ああ、名乗るのが遅れた。私の名はレヴィア=ツィリア。アノガイール王国の騎士だ」


そう言った彼女の顔を俺はまじまじと見た。



彼女によると、俺たちが今いる空間は、彼女の持っている魔具で展開した結界であるという。

半永久的に展開できる、と言う結界なのだが、彼女曰く、あと数日でこの空間は壊れるそうだ。

それほどまでに俺の魔力を喰うスピードは速いらしい。

無論、彼女の魔力も、俺は吸収している。

それでも、なぜ彼女が死なないのかと言うと、彼女の「特異体質」によるものなのだろう、とレヴィアは言った。


「私のスキルは時間操作だ。これは私の意思とは関係なく働くもので、どんな外的内的要因も受け付けず、常に私の身体を一定状態に保つ、というものらしい」


らしい、というのも、彼女も自分の力が正確にはわかっていないらしい。

俺の力で外界の生態系が壊れそうになったのを止めたのは、彼女の時間操作で時間を戻し、俺をすくい上げたからだそうだ。

時間操作と言っても、戻すことができるのはほんの数秒。それも様々な制限があるらしい。


俺はその話を聞きながら、久しぶりの人との交流に、安心を抱いていた。

もしかしたら、もう人と話すことなんてないんじゃないか、とさえ俺は思っていたから。



「私は騎士、と入ったが実際は騎士見習いでな、まだ十六なんだよ」


レヴィアはそう言い笑った。


「へえ、俺とそんなに年変わらないんだ。もっと、年上だと思った」


そう言うと、彼女は少し心外だ、とむっとする。


「なんだ、老けていると言いたいのか?」


「いや、大人っぽくて・・・・・・・・・・綺麗だな、って」


村の美人とは比べ物にならない美貌の彼女に、照れくさくて俺はそっぽを向いて言う。

彼女も、少し照れたように頬を掻いて言う。


「あ、ああ・・・・・・・・・・・そう言うことか。・・・・・・・・・・・ありがとう」


そう言ったレヴィアは、美しかった。



体内の時間が止まっているレヴィアには食事とかも必要ないらしく、俺とずっといてくれた。

この大陸での環境の変化に対する調査のために彼女はこの辺にいたらしい。

そこで俺を発見した。

その原因である俺を。


その時から俺は、ついに俺が死ぬ時が来たのだと覚悟していた。

レヴィアこそ、俺を殺してくれる存在だと。

しかし、俺はレヴィアにそのことを言えなかった。

せめて、この空間が壊れてしまうまで、こうして話していたい、なんて俺は思っていたんだ。

そうやって俺は逃げ続けた。



だが、それももう終わりが近づいていた。


「もう、この空間も数時間で壊れる」


レヴィアはそう言うと、俺を見る。


「なあ、レヴィア。頼みがある」


そんなレヴィアの目を受けて俺は切り出す。


「なんだ?」


「俺を、殺してくれ」


「!」


レヴィアは俺のそんな言葉を予想していたであろうに、驚いていた。


「なんだと?」


「殺してくれ、俺を」


「何故だ、なぜ・・・・・・・・・・」


「わかってるんだろ、お前も。俺が生きている限り、俺はこの世界を、他人を殺してしまうってことを」


「・・・・・・・・・・・・・」


沈黙、つまりそれは肯定と言うことだ。

彼女とて、気づいているはずだ。俺が環境の悪化の原因だと。

そして、俺の能力を止めるには、俺を殺すしかないこと。そして、俺の能力の影響を受けない人物でなければならないことを。

レヴィアの能力で、俺の能力を止めようと彼女が試しても失敗していた。それを視たら、もう本当に死ぬしかないんだ、と諦めるしかなかった。


「なあ、頼むよ」


「できない、私にはできない」


レヴィアは頭を振って、俺の願いを断る。


「なあ、俺はもう、誰も殺したくなんだ」


頼むよ、と言う俺の言葉を、首を振って彼女は拒絶する。


「騎士は、人を守るもの。殺す為ではない・・・・・・・・・・・守るために、あるのだ」


立派な信念だ、とは思う。そして、彼女らしいとも。だが。


「俺を殺さないと、大勢の人が死ぬ。お前が守りたい人々を、俺が殺してしまうんだ」


「だとしても、私には・・・・・・・・・・・!」


俺は酷なことを言っている。

騎士見習いで、大人のように見えるレヴィア。

けれど、彼女はまだ十六歳の少女なのだ。


「きっと、方法がある。お前が死ななくてもいい方法が」


「そんなもの、もうないよ」


俺はそう言い、レヴィアを見る。

震える緑色の瞳を、俺は見つめる。

きっと、俺は泣きそうな顔をしているんだろうな。


「これ以上、殺したくないんだ。俺は家族を殺してしまったんだ。・・・・・・・・・これ以上、生き恥をさらしたくはないんだ」


俺は、俺のまま死にたいんだ。魔神とか、そう言うのになる前に。

そう言った俺の言葉を聞き、レヴィアはうつむいた。

すすり泣くような声。彼女は、泣いてくれているのだ。

俺のために。

俺は、そんな彼女を安心させるために、笑顔を作る。


「レヴィア、頼む。俺が俺であるために、殺してくれ」


「・・・・・・・・・・っ」


顔を拭い、レヴィアは頷く。声に出そうとして、声は出なかった。




レヴィアは剣を抜いた。

その剣はレヴィアと長く触れていたせいで、もはやレヴィアの一部、なのだそうだ。

その剣ならば、俺の身体を斬ることができるだろう、とのことだった。


「一思いに、首を落としてくれ。じゃなきゃ、再生する」


「・・・・・・・・・わかった」


今まで、任務で魔物しか切ったことのない彼女。初めて人を殺すことになるのだ。

彼女の手が震えているのも、無理はない。

相手は敵意も何もない、ただスキルで暴走するだけの子どもなんだから。

それでも、俺は殺してもらわねばならない。


「斬ってくれ、レヴィア」


「・・・・・・・・・・・・・」


泣く彼女の顔。

泣いていても、彼女の顔は美しい。

きっと、彼女はいい騎士になるだろう。こんな俺のために泣いてくれる彼女ならば。


空間が壊れる音。


ピシリ。


時間はもう、ない。



「レヴィア・・・・・・・・・・・・!!」


「赦してくれ・・・・・・・・・・・・・・・」



泣いて、剣を振り下ろしたレヴィア。

俺の首目がけて振り下ろされる剣を見て、俺は安堵のため息をつく。


「ああ、レヴィア・・・・・・・・・・・・・・・・・」




ありがとう。





最後に俺が聞いたのは、ズン、という音であった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ