いつか見た星空
ラトナ騎士団とハンノ=イヴリス軍は魔族反乱軍相手に攻撃を加えていた。
その様子を見ながらダラス少将は援軍であるラトナ騎士団団長と懐かしい顔を見た。
「クロヴェイル殿、それに久しいな、ユグルタ」
「は、閣下もお元気そうで」
そう言い、スキンヘッドの戦士が頭を下げ、隣の男を紹介する。
「クロヴェイル・ラウリシュテン殿です、閣下」
「お初に御目にかかりますダラス閣下」
「いや、こちらこそ。援軍に感謝します、クロヴェイル殿」
そう言い、ダラス少将は差し出された手を握る。
「それで、どう思われます?」
「確かに厄介ではありますが、問題ないでしょう」
戦闘を見ながらクロヴェイルが言う。確かにその数は多いが、魔族反乱軍はあまり統制がとれている、とは言えない。オークの軍勢が突出して優秀であり、指揮官が有能であると思うが、それだけだ。全体的な統制がないために、返ってそれが裏目に出ている。
敵の前線を崩そうと思っても、後方の味方が突き崩される危険性もあり、下手に前には出れない。
そうこうしているうちに人間軍が迫ってきてしまい、揚句後方から挟撃に合いそうになる。
魔族反乱軍が飽くまでシレンやそのほかの人間国家を倒せたのも、情報戦と奇襲によるたまもの。そして、アンセルムスによって作られた状況のおかげであった。
その有利な条件がない今では、魔族反乱軍に勝ち目はない。
ラトナ騎士団とハンノ=イヴリス。世界屈指の軍隊が手を組んで攻めてきているのだ、どのような敵も勝てるはずがない。
とはいえ。
安心しきるわけにもいかないな、とクロヴェイルは思った。
アンセルムスがむざむざ魔族を倒させるか。
今でも、あの男は何か邪悪な考えの下、動いているかもしれない。
「・・・・・・・・・・それをさせないためにも、早急に決着をつけるべきか」
敵は後退を始めていた。
わざと包囲網に穴を作っていた場所に、まんまと敵は進んでいく。
このままいけば、背後には険しい山々がある。逃げ場がなくなり、魔族反乱軍はそれで終わりだ。
「このまま、殲滅を」
「待ってください!」
そう言ったクロヴェイルの言葉を遮り、一人の青年が現れる。
クロヴェイルが目を細めてその人物を見る。紫色の髪、そして人間ではない魔力の色。
腰の剣に手をかけたクロヴェイルを見て、ダラス少将が少し慌てて言う。
「お待ちを、彼はグラウキエ大宗主国からの客人です」
「大宗主国?・・・・・・・・・なるほど、となると魔族国の」
「はい、クィル・アルゲサスと申します、クロヴェイル様」
クィルはそう言い、頭を下げる。
それで、とクロヴェイルはクィルを見る。
「待て、とはどういうことです?」
「このまま、魔族を殲滅するのを待ってください、ということです」
「・・・・・・・・・・・・」
クロヴェイルは腰の剣から手を離し、クィルを見る。
「これは戦争です。余計な情けは身を滅ぼしますよ。それに、いくら同族と言えども、あなたとは関係のないものです。人間に対し、攻撃を仕掛けてきた。そして、滅ぼされた国がある。これを許すわけにはいきません」
「そうやって、魔族を悪者にして楽しいですか」
「なに?」
クロヴェイルがクィルを睨む。
「あなたは、そうやって相手のことも知ろうとしないんですか」
「知る必要など、ない」
「こうなったのも、あなた方人間のエゴもあった、ということをわかっていないのですか!?」
「エゴ、だと」
クロヴェイルとクィルの舌戦を見て、ユグルタとダラス少将は戸惑っている。
周りの将兵はクィルを何を言っている、と言う視線で見ている。
魔族は敵。話など通用しない野蛮な存在。魔物と大差ない存在。
それが、彼らの魔族に対する意識だ。
「俺も彼らが正しいなんて思っていない」
反乱を起こして、武力で世界を変えようとした。それが正しいとは、思えない。そうやって、魔族国が滅ぼされた。それと同じことをしたところで、何の意味もない。
「それでも、あなたたちが正しいわけでもない」
「ならば、どうしろと?彼らに弁解の機会を与えろ、と?」
甘いですね、とクロヴェイルは笑う。
「彼らと話もせずに、一方的に悪者に仕立て上げたのは、あなたたち人間だ。自分とは違う、そうやってあなたたちは俺たちを見てきた」
クィルの言葉に、クロヴェイルは答えない。
彼とて、魔族と話をしたこともなければ、彼らのことをきちんと考えたことはなかった。
当たり前のように、魔族と言う蔑称を使い、魔物のように考えてきた。それを否定できない。
そう言う偏見が、今の状況の根底にあるんだ、と青年は言う。
「仮に今ここで反乱軍を鎮圧したとしても、反乱は終わりません。第二、第三の反乱がおきて、また戦いが起きて・・・・・・・・・・・・・・そうやって繰り返すだけだ」
それで得をするのは、誰だ。
そう問われているような気がした。
「アンセルムス、と言う男がここまで世界を戦乱に導いたのは、そういう俺たちが見てこなかった世界の闇を知っているからだ」
いま世界で起きている多くのことが、些細な誤解やちょっとした手違いで起きているものばかりだ。
修復できたはずなのに、目をつむり、逃げてきた問題。それらにアンセルムスは少しの細工をしただけに過ぎないのだ。
「だから、君はこいつらを見逃せ、と言うのか」
「彼らの多くは、もう戦意を失くしている。それに彼らの多くは、元は普通に暮らしていた人々だ」
ただ、生きていくには過酷すぎる環境で、それを脱したいから反乱に参加しただけであって。
彼らは生きるために戦わざるを得なかったのだ。
生きる場所と、生存の権利。
それすらも認められなかった。
だから、立ち上がるざるを得なかった。
「俺たちだって、戦いたくはない」
クィルは言った。
「ただ、生きたいと願うことの、何が悪いんだ」
どうして、手を取り合うことができないのか。
取り合う手がないわけでもない。心がないわけでもない。
ただ、しようとしてこなかっただけなのだ。
何もしないで、諦めた。
何もしないで、決めつけた。
ただ、それだけなのだ。
「だが、降服を促したところで、彼らがはい、そうですと降伏するか」
しないだろう、と言い、クロヴェイルは戦況を見る。
「今を失くして、打つ機会はない。アンセルムスのくだらない野望を止めるためにも早急に」
そう言ったクロヴェイルが指示を出そうとした時、ふわりと誰かが隣に立ち、彼の口を閉じる。
「・・・・・・・・・・!」
「あなたはいつもそうね、ヴォーヴン。太陽のように輝いていて、独善的な人」
水色の髪の少女が歌うように言った。
「そうやって、いつもその強い光で誰かを傷つけて、でも気づかない。自分は間違っていない。正しいと信じてやまない」
「なにを、いっている」
クロヴェイルが頭を押さえる。目の前の少女の言葉が、重く頭に響く。
「かつて、同じようにあなたは過ちを犯した。そして、彼を」
「やめろ」
「裏切った」
「やめろぉぉぉ!!」
クロヴェイルが叫び声を上げる。
頭の中に過ぎった存在しないはずの記憶に愕然としながら、クロヴェイルは問うた。
「何をした、私に、なにを」
「なにも。ただ、思い出させただけ。私たちが何だったのかを」
困惑する周囲を置いて、二人の会話は続く。
「私たちが作ろうとしたのは、こんな悲しい世界ではなかった。みんなが笑いあえる優しい世界。忘れたの、ヴォーヴン」
「忘れるものか」
クロヴェイルは静かに、だが強い声で言った。
記憶は混乱しているし、頭がくらくらする。
「俺たち13人は、そのためにこの世界を作った。だけど」
クロヴェイルはリナリーを見る。その目には深い哀しみが宿っている。
「その結果、どうなった!あいつは俺たちを捨てた!あいつのせいで、俺たちは・・・・・・・・・」
「ヴォーヴン」
リナリーがうなだれるクロヴェイルの肩を抱く。
「まだ、世界は終わっていないし、『前回』と同じ結末を迎えさせはしない」
だから。
「私たちの夢見た世界を、もう一度、作らない?」
「俺たち二人で、か?無理だ、どうしようもない」
「誰が二人、なんていった?」
そう言い、リナリーは悪戯っぽく笑った。
「あなたの近くにも、いたのに気付かなかったの?」
フフ、相変わらずね、とリナリーは笑う。
「ヴォーヴン、いえ、クロヴェイル。力を貸して」
クィルを見て、リナリーは言う。
「これ以上、誰かの哀しむ顔を、私は見たくないし、諦めたくはないから」
「・・・・・・・・・・・・・」
クロヴェイルは沈黙し、やがて頷く。
「わかった。彼らに降伏を勧告しよう。それと、クィル、と言ったな」
クィルを見て、クロヴェイルは言った。
「君も行くといい。同じ君の話なら、彼らも聞くだろう」
そう言うと、クロヴェイルは背を向け去っていく。
「リナリー?」
会話について行けなかったものを代表してクィルがリナリーに問う。だが、リナリーは何も言わずに微笑むだけであった。
「いつか、君にもわかる時が来るよ、クィル。さ、それより早く行きなさい」
そう言い、クィルを促した少女。少年はそれに従い、走っていく。
反乱軍の代表者であるドラッヘ将軍は、降服に対して徹底抗戦を当初は叫んだが、インヴォテールの青年による説得もあり、降服を受け入れた。
降服した彼らは、殺されるのではないか、と怯えたが、インヴォテールの青年の言うとおり、生命も自由も奪われることはなかった。
ある程度の拘束はあったが、それでも人間が魔族にする仕打ちを知る者たちからすれば拍子抜けであった。
ラトナ騎士団団長クロヴェイルの魔族に対する差別的な言動を慎むように、という言葉も大きかったのだろう。
彼の英雄がそう言った、ということは大きな影響を持っていた。
魔族に対する風当たりは当然強いが、それでも戦いはひとまず終結をした。
どちらかの死を持って初めて終わりを迎える、と思われた反乱。誰もが、このような結末は予想しなかったろう。
「これからどうなるのかしら」
エノラが呟く。隣のクィルがちらりと見て、「わからない」と呟く。
魔族にあてがわれた仮設のテント群を見る。
これから、どう話し合っていくか、どう折り合いをつけていくのか。道のりは遠い。
けれども。
世界はいい方向に向かっているのだろう。
「先は遠いけど、やってやるさ」
クィルは黒髪の少女を抱きしめる。
「みんなが笑いあえる優しい世界、ってやつをな」
「そうね」
「相変わらず、甘い奴だな。あいつらも」
クロヴェイルは、遠くで寄り添う二つの影を見て言う。
「そう言う貴様も、相変わらずだな」
そう言った魚人族の青年をクロヴェイルは睨む。
「煩いな、クオンタ」
戦神クオンタの魂を持つリクターに向かってクロヴェイルは言うと、ああ、と嘆く。
「くそ、急に思い出したせいか、人格が安定しない・・・・・・・・・・」
クロヴェイルとしての自分と、ヴォーヴンとしての自分の意識が混濁していた。
それを経験したことのある二人は「まあそのうち慣れる」と言う顔をしている。
他人事だと思って、とクロヴェイルは二人を睨む。
「それで、やっぱりアンセルムスはあいつだと思うか?」
クロヴェイルの問いに、リナリーは迷った後、頷く。
「そうだと、思う。彼、だと思う」
「そうか」
遠い目でクロヴェイルは夕日を見る。
「また、俺はあいつを斬るのか?」
「わからない。けれど」
この世界を壊すというなら、それもやむを得ない。
その言葉を吞んだリナリーを、リクターとクロヴェイルは黙って見た。
世界を愛し、それゆえに反逆者と言われた彼。そんな彼を、自分たちは裏切り者だと言った。
彼が、そんなことをするはずがないはずなのに。
思えば、あの時からすべては狂ったのかもしれない。
「それより、妙だな。アンセルムスならば、この機を狙って攻撃を仕掛けてもいいものだが」
クロヴェイルはそう言い二人を見る。
「奴の情報をそちらは掴んでいないのか」
「いいえ、何も」
「とはいえ、奴が世界蛇を手中に収めているであろう、と言うことは予想できる」
『前回』同様、もう彼は世界蛇を持っているはずだ。
その期になれば、それでクロヴェイル達を一網打尽にもできるのに、彼はしなかった。
何故だろうか。
考え込む三人だが、答えは出ない。
夕日はいつの間にか沈み、星が夜空に浮かび上がる。
三人は、いつか見たように空を眺めた。
13人、この世界を作り出した時、野に寝転がってよく見たものだ。
「取り戻そう、この世界を」
リナリーの言葉に、二人は黙って頷いた。




