次なる動き
シャンクシーションクは全力で大宗主国より離脱した。
計画で利用するはずであったレグナらは大宗主の命により、拘束され、グラウキエ大宗主国を滅亡させ、魔神たちを引きずり出すための駒であったキュレイアも、何があったかは知らぬが使い物にならなくなった。
この時点で、シャンクシーションクがこの場にとどまる理由はなかったし、アンセルムスからも即時撤退と合流を言い渡された。
合流は北のイヴリス大陸だという。
とはいえ、当初の予定ではハンノ=イヴリスまで支配域にしていたはずなのに、魔族による占領は大陸西部に限られていた。
また、厄介なことにバーティマと帝国の間で停戦条約が結ばれた。異例ともいえるスピードで条約は締結され、帝国はアクスウォード・セアノに全力を注ぐことができるし、バーティマ側も魔族への警戒を十分にすることができる。
つい先ほど見たアンセルムスの顔は、憎々し、という顔であった。だが、彼はまだあきらめてはいないようだ。
一体どのような手段を残しているかはわからないが、従うのみだ。
黒装束の集団は、闇にまぎれながらイヴリス大陸との境を越えていった。
ファムファート大陸。
バーティマはバラル帝国の現皇帝、通称黎帝より国としての自治を認められ、帝国とも対等な立場である、ということが先の条約で触れられた。
自由を勝ち取ったわけではあるが、どこか釈然としない思いを抱く者は多かった。
とはいえ、帝国の支配から脱却したことは確かであったし、旧体制よりはましである、と感じるものが大多数であった。
大陸の半分を支配する帝国の領土は変わらない。奪われた穀倉地帯はすでに返還されている。
先の条約により、帝国とバーティマはいわゆる同盟関係になっていた。
オーフェンにおいて同盟の締結をしたために、「オーフェン同盟」と呼ばれる。
オーフェン同盟の最初の同盟国は帝国とバーティマのみであった。
同盟の内容としては、帝国またはバーティマの敵に対する国交を停止すること。
また、戦時には協力をすること。物資問うのみの支援でも構わないこと。
同盟国内での関税の撤廃。しかし、一部の物を除く。
このほかにも多くの取り決めがなされた。細かく見れば、帝国側にとって有利ではあるが、さほど大きな違いはなく、まず平等である、と言っていいだろう。
帝国の重鎮の中にはこの条約は甘い、と言う意見もあったが、ラトナ騎士団団長クロヴェイルの発言もあり、一応は納得し、このような形に落ち着いた、という。
ラトナ騎士団は、バーティマという敵から解放されたわけだが、彼らの戦いが終わったわけではない。
ハンノ=イヴリス連邦のユグルタの要請もあり、彼らは魔族の鎮圧のため、イヴリスに向かった。
とはいえ、実際の目的はその背後にいるアンセルムスの捕縛である。
アンセルムスがその後、姿を見せたのはイヴリス大陸である、という。
ファムファート、クライシュでの失敗により、逃げ場をなくしたのだろう。
中央大陸やラカークン大陸では手足となる軍勢もないため、それも当然の結果ではある。
こうして、ラトナ騎士団はバーティマ内を通り、イヴリス大陸へと進んでいった。
一方、バーティマに残ったゼルは、様々な問題に追われていた。
戦争が終了したために、兵への金銭の支給などの問題が浮上していたのだ。
本来ならば、帝国の領土を奪い、土地を与えたり、奪った財を与える、と言うことを考えていたが、停戦と条約でそれは無理になった。
両者痛み分け、ということで互いに賠償等はなし、という決定になっていた。
アンセルムスのような副官でもいれば、話は別だったろう。
そう言う点でも、ゼルは腹心の不在を痛手に思う。
アンセルムスのやったことはとんでもないことだが、あの傭兵の策略は見事、と言うほかはない。
問題はそれだけではない。
戦争が終わり、それまでは打倒帝国でまとまっていたのだが、その目標がなくなり、一気に魔隣が崩れていたのだ。
無理やり国を併合したために、ほころびが出てきたのだ。
民族問題など、帝国が解決してこなかった問題が、ゼルに降りかかってきたのだ。
若きバーティマの代表は頭を悩ませる。
ちなみに、ゼルは「解放王」などとは呼ばれるが、バーティマの長ではない。
表向きには、バーティマ自治議会、というものが国の決定機関なのだが、帝国も民衆もゼルを王か何かと勘違いしているらしい。
なんでこうなったのだ、と息をつき、ゼルは手を休める。
とりあえず、地道に進むしかないのだろうなあ。
ふと、窓からちょうどまっすぐにある公園を見る。
子どもたちが遊んでいる。彼らの少し離れた場所には、両親がいるようだ。父親は手を吊るしている。おそらく、戦争に参加した義勇兵の一人だったのだろう。
子どもの一人が父親に向かっていく。父親は笑って、その頭を撫でていた。
ゼルはそれを黙って見届けると、目を閉じ、椅子にもたれかかる。
犠牲となったものは、大人ばかりではない。
ゼルとエレナのいた孤児院の子どもたちの顔が、浮かんだ。
もう、彼らのような犠牲者を出してはならない。
ゼルは一時だって、忘れたことはなかった。あの子たちの死を。
そして、それをもたらしたものへの怒りを。
つい最近になって、それがアンセルムスの仕業だったと知ると、ゼルの傭兵への怒りはとてつもないものになっていた。
できるものならば、殺してやりたい、と思うほどに。
しかし、彼はその想いを抱きながらも、首を振り諦める。
憎しみは何も生まない、そう思っていたのだ。
アンセルムスの追い詰められた時の言葉。
あの時のアンセルムスは何時も浮かべている作り物の笑みも、態度もすべてかなぐり捨てていた。
そんな彼から感じたのは、強い絶望、憎しみ。
それを見た時、ゼルは思った。
もしかしたら、おれもこの男のようになっていたかもしれない、と。
あの男もそれを知って、エレナや子供たちをあのような卑劣な目に遭わせたのだとしたら。
ならば、なおさら、思い通りにさせるわけにはいかない。
「・・・・・・・・・・・・」
ふと、無性にエレナに逢いたくなった。
ゼルは椅子から立ち上がり、少女のいるあの静かな場所へと向かっていった。
いつものように、何も答えない少女を前に、ゼルはじっと彼女を見つめ、その手を握りしめる。
時がいつか解決してくれる。そんな風に医者は言っていたが、果たしてそうだろうか。
「ごめんな、エレナ」
守れなくて。ずっと、そばにいたのに。
「でも、もう安心してくれ。予想とは違ったけど、バーティマはちゃんとあるんだから」
だから、いつか君が元のエレナに戻った時、笑って暮らせる場所を作る。
だから。
「お願いだ、少しでもいいから・・・・・・・・・・・・・笑ってくれ、エレナ」
そう言い、うつむいた青年。少女は呆然と光のない目でそれを見た。
そして、その手が緑色の髪を撫でた。
「!」
一瞬のことで、またすぐ手はどけられ、少女の目はどこか遠くを見ていた。
けれど、
少女の眼からは一筋の涙が零れていて、
その口がわずかに動いた。
ゼル、と。
「エレナ」
青年は少女を抱きしめた。
長い時間、二人はそうしていた。
少女の手はいつの間にか、青年の背に回され、その目からは涙がとめどなく溢れていた。
正気に戻ったわけではない、けれど希望がないわけでもない。
ゼルは疲れたのか眠ってしまった少女をもう一度見ると、その部屋を去っていった。
タムズとクローリエ、それにネフェリエはイヴリス大陸にいた。
彼らの追う魔神ハザの目撃情報を頼りに、彼らはここに来た。
かの魔神とともにエルフの少女の姿が確認されたため、ネフェリエの目は何時になく熱を帯び、静かに燃えていた。
「ネフェリエさん」
「わかっているさ、タムズ」
一人で突っ走らないか、心配な同行者二人を見てネフェリエは言う。
今更彼らに気遣いは不要であった。遠慮なく、頼りにさせてもらう、とネフェリエが言うと、二人はコクリとうなずいた。
そんなエルフと人間の奇妙な集団を見つけた魔族が、剣を向けて襲い掛かってくる。
「人間とエルフがいたぞ!殺せ!」
獣人たちが武器を構えて襲いくる。
ネフェリエの棒術、タムズの鎌、クローリエの魔術により、あっけなく撃退された彼ら。
「命までは奪わん、行け」
「くそったれ」
武器を奪われ、エルフにそう言われたことで、反感はあったが、こんなところで死ぬつもりは毛頭ない。
魔族たちは素直に逃げ出していった。
「さて」
そう言い、ネフェリエは目の前を見る。
「探しに行こうか、私たちの宝物を」
そう言い、自身の得物を愛おしげに撫でる。
キアラの前には、彼女の愛する男とその共犯者である魔神、その従者のエルフの少女がいた。
彼らのことはキアラも知っているし、別段問題ではない。問題なのは、そのまた後ろにいる者たちだ。
男が一人、女が二人。しかも魔神、である。
キアラはその三人の魔神のことは知らなかった。
男は背が高く、垂れた黒髪と高い鼻が特徴であった。ハンサムな顔立ちではあるが、そこはかとなく闇を感じさせる。腰には装飾のついた騎士剣を下げている。
その隣の女性は、オレンジ色の髪の、物語のお姫様、といった感じの女性だ。美しい顔は、病的なまでに白い。
この二人はそれなりに親しい中らしく、時折目を合わせて会話をしている様子である。
もう一人の魔神は、ほか二人が人間に近い外見なのに対し、まったく人間らしくない外見である。人間から転じた存在ではないのだろう、とキアラは思った。
女性らしい身体の凹凸があり、ドレスのようなものを着ているが、肩からは腕の代わりにそれぞれ六個の翼がついている。朱い血のような真紅であり、ところどころ毒々しい黒色が混じっている。
ドレスから覗く脚は鳥のソレに近い。鋭い爪が光り、カチカチを動かしている。
顔は花嫁のヴェールのようなもので覆われ、よく見えないが頭部からは長い羽のようなものが生えていて、ヴェールから時折覗く瞳は、猫の目を思わせるものであった。
ちなみに魔神たちの名はそれぞれ、バルドバラス、セリーヌ、アミテリア、と言うらしい。
キアラの記憶にない名前から、それらがロスとナンバーズである、とキアラは感じた。
ゾドークによって取り上げられなかった魔神、ロストナンバーズ。ただ単に、語るに足りない、という理由で省かれる者もいるが、ごくまれにそうではないものがいる。
あまりに強すぎる力故に、ゾドークでさえ触れられなかった魔神。
目の前の三人がそれなのだ、とキアラは感じた。下手をすれば、一桁の魔神にも匹敵するのではないか、とさえ思わせる。同じ一桁のハザに勝るともとらない魔力と威圧感に、ただのフォクサルシアであるキアラは先ほどから震えが止まらない。
アンセルムスは平然そうな顔をしているが、実際のところ、彼らを使うのは避けたかったのだろう。
微かに感じるアンセルムスの息遣いは、いつもの余裕に満ちてはいなかった。
下手をすれば、この魔神たちに殺される、そうわかっているからかもしれない。
それでも、それを辞めないのは、彼がアンセルムスであるから、なのだろう。
「なるほど。随分と無茶なことをしているな」
バルドバラスが冷たい、無機物のような声で言う。
「しかし、気に入った。よかろう、手を貸してやろう」
「ずいぶん偉そうな奴だなあ、え?」
ハザがそう言い、バルドバラスを見る。
「黙れ、道化」
バルドバラスは不快そうにハザを見て、口を閉じる。ハザは不満そうな顔でアンセルムスを見るが、アンセルムスは黙って首を振る。
「け、詰まらねえ。だいたい、俺一人でもどうにかしてみせるのによぉ」
そう嘯くハザをアンセルムスが見る。
「魔神ハウシュマリアを抑えるには、お前一人では役不足だ。それに、お前を倒した謎のイレギュラーやほかの一桁魔神の動向にも気は配らなければならない」
魔神レヴィア=ツィリア、ハウシュマリアは確実に介入してくるだろう。
それを一人で止めるのは、流石のハザと言えども、不可能であろう。
それにあのイレギュラー相手にハザは一度、重傷を負っている。下手をすれば倒されていたかもしれないのだ。危ない橋を渡るわけには、いかない。
とはいえ、こいつらも十分危険だな、と三人の魔神を見る。そのうちの一人、アミテリアに関しては何の情報もない。
いざ、イヴリスへと思い移動していたアンセルムスらの前に広がった謎の空間。そこにこの魔神はいたのだ。
未知数ながらも、仕えるのではないか、と思い、封印を解いたのだが今のところ、特に何も行動もしなければしゃべりもしない。
実際に使えるかはわからないが、ないよりはまし、程度にしかアンセルムスは考えていなかった。
(何はともあれ、もう手段を選ぶ余裕もない)
向かってくるラトナ騎士団、それに魔族国の生き残り。グラウキエ大宗主国でも、何やら動きがあるらしい。
一体どこで狂ったのか。
黒髪の青年は自虐的に笑い、キアラに背を向けた。
「アンセルムス様」
その、孤独な背中に声をかけることはできなかった。




