アンセルムスの誤算
時間は遡り、第一部 (時間旅行者)の直後のお話です。
キアラ・フォクサルシアはその人物を見る。
激突せんとする人間と魔族の軍勢。
その合間に突如現れたのは、光り輝き七色の髪の剣士。
煌めく目は直しに堪えないほどの輝きを放ち、圧倒する。
その純白の騎士服に身を包んだ剣士は、しかし女であり、年のころもキアラとさほど変わらないように見える。
少し吊り上った目が意志の強さを感じさせ、きりりと結ばれた口元もその印象を強める。
腰より抜かれたその剣を、キアラはどこかで見たことがあるような気がした。どこにでもありそうで、しかし唯一この世に一つしか存在しないその剣は、彼女の見間違いでなければ、魔神レヴィア=ツィリアの持つ『剣聖剣』に他ならない。
ツィリアの名を許された剣の王にのみ許されしその剣を、なぜこのような少女が?
そんな思いで彼女を見たキアラはさ、と横にいるドラッヘに指示をする。
「攻撃を」
頷いたドラッヘが攻撃を指示しようとした時、少女が口を開き、透き通る声で喋り出す。
「双方、剣を納めよ、さもなくば、我が剣でもって成敗する」
戦場に響く少女の声は、不思議とその場に居たあらゆる者たちの動きを一瞬止めた。
そして、全軍の注目を浴びる中、その純白の騎士服の少女は高らかに名乗りを上げた。
「我が名はミアベル=ツィリア!」
ツィリア、の名に全軍がざわり、と騒ぎ出す。
未知の人物は、ツィリアを名乗った。その言葉の大きさは計り知れない。
ちい、と舌打ちをしたキアラは少女を見る。不思議と少女の言葉はほらを吹いているように感じない。だからこそ、全軍には困惑が広がっている。
それに彼女自身も信じたくはないが、少女の言葉が嘘とも思えない。
言に彼女の持つそれは剣聖剣であり、少女の放つ威圧感も普通の兵士が醸し出すものではない。
それに、一人で人間と魔族、二つの軍勢の間に立つなどと、常人ではできない。
なるほど、この人物が魔神の関係者なのかどうかはわからないが、只者ではないことだけは確かだ。
(アンセルムス様でも、予想していなかった新たな敵か?)
アンセルムスのシナリオではこのような人物は登場しないはずだった。
まずい。キアラはそう感じ始めていた。
「ドラッヘ、アテナ」
オークの将軍と魔女の名を口に出し、少女は二人に目くばせする。オークはおう、と今にも戦える準備万端であり、魔女は胡乱下ながらも命令には従う、と言う面持ちで立っている。
「排除して」
邪魔者は排除せねばならない。
キアラの言葉に二人は頷く。ドラッヘはオークの精鋭たちを引き連れ、魔女は魔術の構築に入る。
キアラはその様子を見ながら、自身も前に進み出てミアベル=ツィリアを見た。
「ミアベル、と言ったわね。あなたの目的は何かしら?私たちの邪魔かしら」
フォクサルシアの少女の言葉に、ミアベルは首を振る。
「いいえ、私の目的はそんなことじゃあない。アンセルムス、奴を止めることよ」
「・・・・・・・・・・・・!」
アンセルムスが陰で動いていることを知っている。それは、あり得ないことだ。キアラは驚愕する。
アンセルムスが幾重にも計画を組み立て、そして秘匿してきたこと。彼の存在を感じるものなど、そうそういるはずはない。
「フォクサルシア、そこを退け。さもなくば、お前も斬る」
「切れるものなら、やってみなさい」
オークの軍勢に囲まれながら少女は言う。
「人間の味方をするというならば、容赦はしない」
「私はどちらの味方でもない」
その言葉を聞き、それまで黙っていたハンノ=イヴリス軍がざわつく。
ならば、何をしに来たというのだ、と両軍が惑う中、少女は迷いなき瞳で全軍を見渡す。
「あるべき世界を取り戻す。そのために、私はここにいる!」
そして、剣聖剣を光らせながら彼女に敵意を向けるキアラたちを睨む。
「来るがいい、アンセルムスに操られし者たちよ。だが、覚悟せよ。我が剣の腕は魔神にも劣りはせぬぞ」
「戯言を、小娘が」
前に出てきたオークの将、ドラッヘは大きな斧を構えて言う。
「我らの大義を邪魔立てするならば、容赦はせぬ」
にやりと、不敵に笑うミアベル。そして、彼女は剣を構えた。
なぜか、その笑みはアンセルムスにそっくりであった。
「いいよ、なら私は私の意志を押し通すまで」
そう言い、少女はオークの将軍に切りかかる。
ドラッヘ・ガルファルムは圧倒されていた。
瞬く間に精鋭を切り倒し、将軍に肉薄した少女。その力は強く、片手でしか己を持ったことがないドラッヘに、両手を使うことを強いた。
押し負ける、それもこんな小娘に。
そこでドラッヘはその思い込みを捨てた。
目の前のこいつは、そう、敵だ。
侮っては死ぬ。
そして、オークは叫び声を上げる。
戦場に響くオークの声は敵味方に恐怖を植え付ける。
だが、少女は怯みはしない。
直視できぬその瞳はより強い輝きを煌めかせる。
スピード、力、技量。そのすべてが卓越していた。
ドラッヘが、一対一で圧倒されるなど、考えられないことだった。
「はぁはぁ」
息をつくドラッヘに対し、少女は行きすらつかずまだまだ余裕を思わせる貌である。
なるほど、ツィリアと名乗るのは伊達ではない、か。
「だがぁ!」
振り上げられた斧が少女の剣を弾き、一瞬だが隙を作る。
「我々も、負けるわけにはいかぬ!」
虐げられてきた我が種族のためにも、魔族のためにも。
その渾身の一撃で肉薄し、ドラッヘは斧を叩きつけた。
だが。
少女の脇腹に突き出された斧は、見えない光で遮られていた。
「ち、これで一つ使っちゃったな」
そう言い、少し苦笑する少女。
「悪いね、でも私も負けられないんだ」
そう言った少女は、素早く剣を振る。
ドラッヘの両足のふくらはぎが裂けて血が噴き出し、オークの将軍はその場に倒れ込む。
ドラッヘに対して、止めを刺せるのに、彼女はささなかった。
それは彼女の甘さであった。しかし、彼女の中に流れる血の半分は魔族であった。だから、同族の命をできるだけ奪いたくない思いがあった。強い信念を持つ武人であるドラッヘを殺すのは、心がひけたのだ。
「おぉおお!?!?」
「さて、と」
「待てぇ!!」
呻くドラッヘに背を向け、少女は魔族反乱軍を見る。
その中心にいた魔女が、大規模な魔術を練り上げていた。
「これまた、厄介なものを」
そうミアベルは呟くと、自身の胸に手を当てて目を閉じる。
そして呟いた。
「行くよ、母さん」
そして、剣聖剣を持たない左手に、魔力で作られた一本の刀が握られる。
唯一、彼女が自由に使えるスキル。それは母から譲り受けた思いである。
魔を滅し、己が信じる道を貫くための力。
迫りくる魔術は、地獄の業火を思わせる巨大な玉を形成し、少女に放たれる。
追尾の魔術も付与されているそれを避けるのは不可能。ならば、
斬るのみ。
「斬るつもりなの、あの娘!?」
アテナが驚愕に叫ぶ。走り出した少女は左手の刀を構える。アテナの最大の魔術であり、現存する魔術の中でも複雑なものを、切るなどと。
できるわけがない、と思う魔女だったが、その顔は強張っている。
そして。
刀はその業火を切り裂いた。
切り裂かれた業火は、魔力となって空気に散った。散り際、その魔力は桜の花びらを思わせる色合いになって、消えた。
とん、と大地に降り立った少女は、静かに魔族反乱軍を見る。
「まだ、戦う気?」
その言葉は、魔族軍を恐怖させるに十分だった。化け物のような相手を前に、逃げ出す魔族軍。
それをキアラは横目に見ながら、少女を見る。
「アンセルムス様が、放ってはおかないわ」
「そのアンセルムスの居場所を、吐いてもらおうか」
剣聖剣を向けるミアベルに、強い敵意の瞳を向けるフォクサルシアの少女。長い耳がピンと天に伸びる。
「私はあの方を裏切りはしない。死んだとしても、言わないわ」
「なら、死ぬかい?」
そう言ったミアベルは剣を持ち、キアラに迫る。
そして、その心臓に剣を突き立てようとし、なぜか剣先が止まる。
「なに?」
わからない、と言う顔で戸惑いを見せたミアベル。手に力を入れても、動かない。
まるで、誰かがキアラを殺してはいけない、と言っているように。
その期を、キアラは見逃さない。
「―――退却!」
そう言い、傷を負ったドラッヘが救出されたのを確認すると、迅速にキアラは全軍に退却を命じ、去っていった。
何が起きたかはわからないが、とりあえず救われたハンノ=イヴリス軍は歓声を上げて、その正体不明の少女に称賛の声を上げた。味方ではない、と言っていたが、少女は結果的に救ってくれたのだから。
「礼を言わせてもらいたいな、騎士殿」
そういい、ミアベルに近づいてきたのはダラス少将であった。
「あなたは?」
「私はユリウス・クラウシス・ダラスだ。騎士殿」
そう言い、手を差し伸べたダラスを一瞥し、ふぅん、と言い少女は背を向ける。
ダラスが慌てた様子で少女を呼び止める。
「待ってほしい!君は、アンセルムスと言う男のことを知っているのだろう?!」
「・・・・・・・・・・・少しは、まあ」
そう言った少女はふと気づき、バイザーを駆ける。眩しそうに目を閉じていたダラスたちはようやく満足に目を開く。
「少し、その話を聞かせてほしい。我々も、かの傭兵について調べているのだ」
そう言ったダラスをじっくりとミアベルは見る。
自分一人で世界を変えられるなんて、ミアベルとて思ってはいない。誰かの力が必要だ。
個人的なわだかまりのないハンノ=イヴリスの人間ならば、話してもいいかもしれない。
ダラス少将の目に宿る光は、狡猾な軍人、と言うよりは誇り高い騎士のそれであった。
だから、彼女は信用することにした。
「わかった」
そして、剣聖剣を鞘に戻し、左手の刀を魔力に変換する。そして、脱ぎ捨てたコートを着込み、その純白の騎士服が隠れると、ダラス少将の後に続いてい歩き始めた。
一方、キアラはアンセルムスに今回の件の報告を行っていた。
水晶の先のアンセルムスは思案した様子であり、苛ついていた。
「ツィリア、とその女は名乗ったのだな?」
「はい」
水晶の先の黒髪の男にはっきりとうなずくキアラ。
キアラの言葉に顎を掴み、アンセルムスは考える。かの魔神に弟子はいない。魔神となったレヴィア=ツィリアは俗世を離れたはずであり、この戦乱の終盤、魔神たちが登場するまでは精悍に徹しているはずだ。
それに、なぜ北にいた?いるとすれば、南のラカークン。敵の意図がわからない。
「申し訳ありません、アンセルムス様」
アンセルムスのその顰めた顔を見て、キアラが謝意を伝える。
アンセルムスはいや、と首を振った。
「俺にもそのような状況は想定できなかった。仕方があるまい。だが、このままにもできぬ、か」
今はまだ、そうまで大きな差異はない。だが、この小さな異変がどう大きくなるかは、わからない。
アンセルムスの中で進む破滅へのシナリオは、大きく崩れるかもしれない。
アンセルムスは悩んでいた。
キアラやアテナ、ドラッヘを今ここで失うのは、得策ではない。だからと言って、動かせる駒も限られている。
シャンクシーションクや、魔族国の生き残りにまぎれさせた者には役目がある。探らせるのは、難しいか。
くそ、とアンセルムスは爪を噛む。
バラル帝国やアクスウォード、それに南の諸国に対する工作もあり、アンセルムスには余裕がない。
どうするべきか。
アンセルムスはキアラに追って指示する旨を伝え、水晶による交信を切った。
「どうしたものか」
「なんなら、俺様が言ってあげてもいいぜぇ、そいつのとこによぉ」
にへらと笑う褐色の魔神を見て、アンセルムスは椅子に深く腰をつく。ソファで寛ぐ魔神ハザは、相変わらず不快な笑みを浮かべている。
「貴様をそうそう多用するわけにはいかないのはわかっているだろう?」
「とはいえ、つまんねえんだよなあ、体動かしてえなぁ」
そして、下卑た笑みを浮かべる。
「それに、その女騎士ってえのは、たいそういい女だそうじゃないか、え?」
「・・・・・・・・・・・・・」
悪趣味なこの魔神がそう言うことを好むことをアンセルムスも知っている。この魔神はくぎを刺さねば、すぐにでも行きかねない。
「ハザ」
「おいおい、おれに指図する気かよ、アンセルムス?」
そう言い、漆黒の目をアンセルムスに向ける魔神。笑ってはいるが、その目は彼を威圧してくる。
忌々しい、欲望だけの魔神め。アンセルムスは心の中でそう毒を吐くと、「わかった」と言う。
「ただし、くれぐれも計画に支障をきたす真似だけはしてくれるな」
「わかってるさぁ、アンセルムス」
本当にわかっているのか、と言う視線をひらひらと手を振り、遮った魔神の姿は一瞬後には闇に溶けていた。
やれやれ、と首を振ると、アンセルムスはき、と窓から空を睨む。
夜が迫り、空には紅い月が見える。
不吉な月だな、とアンセルムスは空を睨み、そして次の準備に取り掛かるために、自身の部屋を後にした。




