(負け犬のアンセルムス)
世界蛇の腹の中。
どぅん、どぅん、と唸りを上げる帝王の作り上げた生きた城の玉座に座るのは、黒髪黒目の青年である。玉座の肘かけに肘を立てて、手に顔を乗せ、胡乱な表情で虚空を見ている。
彼の名はアンセルムス。本名はアンサズ・ルクス・アクスウォード。アクスウォード王家に生まれながら、スキルがないことを理由に迫害された王子。
そんな彼は、王宮を逃げだし、世界に飛び出した。けれども、彼を待っていたのは過酷な現実。理不尽な世界。
愛した人たちはいなくなり、彼を受け入れてくれる人は誰もいない。
アンセルムスは胸元から一つの指輪を取り出す。それは、かつていた少女の、唯一の生きていた証。
もはや、彼の記憶の中でしか、少女はいない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
神を滅ぼし、世界を壊した。それが、彼の望みであった。
本来ならば、満足したはずなのに、彼は素直には喜べない。
偽りの神の支配からの脱却。それで、あるべき世界が訪れるはずだと、あの時の彼は信じて疑わなかったのに。
今は、空しさだけがある。
数々の命をその手に駆け、殺してきた。無慈悲に、冷酷に。
血の繋がった親兄弟も、女子供も。
血に染まったその手を、アンセルムスは見る。
「そうか、俺は」
思い出すのは、いつか遠い昔に見た風景。
「俺は」
そう呟いたアンセルムスは、両手で顔を覆う。
「これが報い、か」
逃げて逃げて、逃げた先で、それでも抗い、反抗した。
それでも、彼にはこの世界を取り戻すことはできなかった。
何時だって、彼は間違っているのだ。
けれど、もう遅い。
この輪廻を断ち切れるものなど、いない。
全ては偽りの神の掌で踊っているだけなのだ。
「笑ってしまうな」
自分の愚かさに。そして、理不尽すぎる世界に。
「・・・・・・・・・・・・・」
アンセルムスは、孤独な部屋に一人の少女が入ってきたのを感じた。
キアラ。フォクサルシアの少女。
彼女の想いを、彼とて知らぬわけではない。
けれども。
罪深きこの身には、彼女の想いは重すぎる。
(マキノ)
心の中でつぶやいた名前。かつて、彼がまだ光のもとにいたころ、隣には彼女がいた。
彼女がいて、友がいた。
疑念すらも感じずに、ただただ幸せだった、あの頃を思い出す。
皮肉なものだな、とアンセルムスは息をつく。
この配役も、全ては神の采配か。そう思うと、滑稽すぎて涙が出てくる。
なあ、父なる神様よ、これで満足かい?
アンセルムスはクク、と忍び笑いをした。
そして、少女を見る。
黄金色の髪と、同色の大きな耳。可憐な少女の目は、揺れていた。
アンセルムスはこの後に起きることが分かった。いや、知っていた。
全て、思い出したから。
彼女は言った。
「これで、満足ですか、アンセルムス様」
俺はこう言うんだ。
「ああ、これでいい」
諦めの色をにじませることはない。何故なら、俺は勝利者であるから。
そう、これは俺が招いたこと。俺が終わらせなければならないのだ。
目を閉じる。息を吸い、口を開いた。
「キアラ、よく今まで、ついてきてくれたな」
言いたい言葉は、そうではない。けれど、言ったところで、彼女は知らない、思い出しはしない。
彼女はうつむき、沈黙する。
こんなときでも、彼女は俺を愛し、そして自分の裏切りを責め続けていた。
俺は立ち上がり、少女を抱きしめる。華奢で、触れれば壊れてしまいそうな体。
優しい心の持ち主である彼女に、戦いを強いた。それは、俺の罪だ。
涙を流し、彼女は言う。
「私も、あなたにとっては所詮、道具だったんですね」
言い訳はしない。
結果として、こうなったのだから。
俺は、短剣を少女の胸につきたてた。
血の花が咲き誇る。
「すまないな、キアラ。俺は、誰も愛せない。もう、誰も」
俺の愛した人たちは、皆死んでいく。お前も、ナターシャも、みんな。
それでも、俺は繰り返す。世界は、繰り返す。
死んだ少女を抱きしめながら、俺は部屋に入ってきた者たちに、悪役さながらの邪悪な顔でそちらを見る。
「遅かったな、クロヴェイル」
怒りに燃えるクロヴェイル。その姿が、遠い昔の友人に重なった。
その後ろに立つユグルタも、そしてそのほかの二人も、懐かしい顔だった。
「アンセルムス」
怒りの声を上げるクロヴェイル。
それもそうか、とアンセルムスは息をつく。
両手を広げ、嘲笑を浮かべる。どさりと、フォクサルシアの少女の身体が落ちる。
「どうした、クロヴェイル?俺はここだ」
さあ、殺してくれ、わが友よ。
「アンセルムスゥ――――――――――!!」
どうせ、また繰り返されるのだ。
諦めとともに、俺の身体は薙ぎ払われた。
血の視界の中で、最期に見たのは怒りの形相のクロヴェイルだった。
そして、俺は世界蛇の自爆装置を起動させた。
爆音とともに、俺の意識は消えた。
俺は躍り続ける。
きっと、永遠に。
輪廻は終わらない。
薄明りの中にその女は静かにそこにあった椅子に腰を下ろした。
そして、観客のいない舞台で、彼女は語りだす。
12人の神様が、この世界エデナ=アルバを作り出しました。
神様たちは、この世界を作り、命を作り出しました。
海の上に大地を作り、天を作り、星を生み、太陽と月を作りました。
五つの大陸が作られ、人々はそこに棲み、神様たちは天上のきらびやかな宮殿に棲みました。
神様たちは、人々に敬われました。
太陽の神ヴォ―ヴン。
戦と守護の神クオンタ。
平等と夢の神ゼレファフ。
慈愛の神ニドラ。
知識の神クドラ。
豊穣の神レア。
法と富の神アポクリフ。
秩序の神ゼレチア。
医学と教育の神マキノ。
気候の神サノス。
運命の神アテンシャ。
勝利と再生の神ゲシュトゥ。
12人の神様は父なる神をこの世界に迎え、人々に祝福をもたらしました。
それが『スキル』、偉大なる神々の恩恵です。
スキルはこの世界に生けるありとあらゆる生物に与えられました。
人々にも動物にも植物にも、たとえ醜い姿の魔物でさえも、神は祝福を与えました。
人々は神様たちを信じ敬い、神様たちもそんな人々を祝福しました。
あるところに、一人の青年がいました。
黒髪黒目の青年でした。彼は整った外見でありました。そして、非常にやさしく公正な人間でした。
彼は周りの人々からも愛され、頼りにされていました。神様たちとも交流があり、神様たちからは良き友として時に恋愛の相談に乗って、時に喧嘩の仲裁までしました。
そんな彼は、とてもとても人々に好かれていました。
彼も、そんな人々を導き、神様を尊重しました。決して驕ることはなかったのです。
けれど、ある時、彼は神様たちを裏切ったのです。
青年は言いました。
この世界はおかしい、と。
そして、12人の神様とその父なる神に対して、反逆を企てたのでした。
勿論、彼の反逆はうまくはいきません。
神様に反旗を翻した彼は、すぐさまつかまりました。
そして、地中深くに幽閉されました。
それまで友好的に接してきた神様にも彼はかたくなで、敵意さえ向けてきました。
それどころか、彼の反逆心は全くなくなっていません。
彼の一番の親友であるヴォ―ヴン様も、恋人のマキノ様の言葉にも耳を貸しません。
彼は言うのです。
この世界は間違っている、と。みんな、偽りの神を信じている、と。
父なる神を侮辱する発言に、さすがのヴォ―ヴン様もマキノ様も怒り心頭です。
ほかの神様たちも同様で、この青年をどうしようか、と話し合いました。
けれども、彼は友でありましたから、幽閉するしか方法はありませんでした。まだこの時、人々は戦争、というものをしたこともありませんでした。
戦争、というものを世界に初めて持ち込んだのは、青年であったからです。
青年は、幽閉されながらもその卓越した話術で人々の間に噂を撒いたのです。
神様たちが自分たちを邪険に思っている、と。
エルフたちはこのころにはもう優越感を持っていましたし、人間族は彼らの外見や能力に嫉妬していました。
ドワーフ族も見目麗しいエルフや人間に嫉妬を抱いていましたから、仲たがいを起こすのもしょっちゅうでした。それを、青年が激化させるのは、容易なことでありました。
そして、戦争が起きました。
その戦争に乗じて、青年は幽閉から逃れ、神様たちに反逆しました。
この時、父なる神や人々から恐れられていた魔物を率いて彼は天界に攻め込みました。
かつては彼もそこで神様たちと笑い合っていましたが、そこに笑いなどもうありません。
青年は戦いました。
けれども、神様たちも本気でありましたから、敵うはずもありません。所詮、青年は一人でしたから、12人の神様には敵いません。
生け捕りにされた彼は、けれども敵意は全く衰えることなく、むしろ視線で人が殺せるくらいでした。
恐れおののいた神様たちは、彼から恩恵を奪いました。
青年の見ている世界は、一気に地獄に変わりました。
そして、言ったのです。
ああ、やっぱりか、と。
彼は一人納得すると、神様たちに言いました。
本来の役割を忘れ、安穏とする神々よ、いつか破滅が訪れる。仮初の現実で、安穏と暮らし死んで行け。
そう言った彼を、アポクリフ様は怒って下界に突き落としました。
地上に落ちた彼は、生きてはいましたが、もうスキルはありません。
スキルがない、という事実は彼に重くのしかかりました。
それまで彼を敬愛していた人々も離れていき、彼は一人になりました。
孤独の中で、彼は一人、世界の果てに向かいました。
そして、そこで彼はその一生を送ったそうです。
青年の名前はアンセルムス、といいました。
彼の反逆により、世界にあらゆる悪が広がり、魔物が現れ、そしてそれが魔神の出現にもつながりました。
このようなことから、アンセルムスの名は人々から忌避され、そして決して口には出してはいけない名、として記憶されたのです。そして、彼のようにスキルを持たないものは、アンセルムスの生まれ変わりであるとして、迫害されました。
けれども、このお話が本当なのかはよくはわかっていません。
あるお話では、アンセルムスもまた13番目の神であった、としています。
反逆者アンセルムスが実は神様の一人であった。そんなことを神様たちが、人々が赦すはずはありません。本来の物語は、形を変えられたのかもしれません。
けれど、それも今ではわかりません。
神様たちがその姿を見せなくなり、多くの神様がその名を忘れ去られた今では。
レア女神や太陽神ヴォ―ヴン、戦神クオンタ。それら以外は、ほとんど忘れ去られてしまいました。
だから、真実を知る者は、もういません。
父なる神は、何も言いません。
一人、孤独な劇場で物語を語り終えた女性は、静かに立ち上がると舞台の脇に消えた。
そして、二度とは現れなかった。




