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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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北の争乱

東の大陸のグラウキエ大宗主国の崩壊と相まって、イヴリス大陸の人間国家と魔族反乱軍との戦いも終局に向かっていた。

それまでイヴリス大陸にて眠りについていた魔神ハウシュマリアがいなくなったせいか、それまで姿を見せなかった魔物が姿を現し、人間国家を襲った。その存在を知り、対策も考えていた魔族と違い、人間はそうではない。

ハンノ=イヴリス最大の砦ナガヌ砦はあえなく陥落。

続く魔族の侵攻により、国土の半分が一週間で奪われた。

その間にも、周辺国家の征服は続き。

イヴリス大陸でしっかりとした国家の体を保っているのはパラメスのみ。形として残っているのが数国。今なおその中でも抵抗をしているのは、ハンノ=イヴリスのみ。

魔族により、人間は殺されるか、奴隷となるか。

虐げられてきた魔族の怨みは深く、彼らは過酷な仕打ちを人間にした。

人間たちは自身の行いを棚に上げて、この理不尽に歯を食いしばる。


「ふん、いい気味だな、人間ども」


そこかしこで、人間を嬲り、馬鹿にし、嘲笑う声が聞こえる。

キアラはその気持ちをわからないわけではないが、それでは人間どもと同じではないか、とも思ってしまう。

いいや、違う。私たちには正当な権利がある。それを、使っているだけ。

少女はそう言い、先日合流したオークの将軍、ドラッヘを見る。


「状況は?」


「時間の問題でしょうな、ここも」


地図に記されたハンノ=イヴリスの首都、イスカンブールを差し、にやりとオークは嗤う。


「敵の生命線は絶ち、もはや退路もありません。たとえ、最後の抵抗とばかりに突撃しようとも、負けはしませんよ」


勇猛果敢なオーク族の将軍はそう言い、満足そうに顔を歪める。

耐え忍ぶこと数十年、こうして魔族が光のもとにいるなど、信じられない。

牙を折られ、ただ逃げ隠れするだけの自分たちに、この光を見せてくれたアンセルムスに感謝する気持ちさえある。

だが、アレはきっと、自分たちのことをコマとしか見ていないことも知っている。

これからアンセルムスがどう出るか、それを注視しているドラッヘは、この若きフォクサルシアの少女がかの男に心酔していることを知っていた。

まだ若い少女で、聞けば命を救われたことがあるという。

それでは致し方あるまい、とも思うが。


(しかし、我らを破滅に追い込むならば、もろとも殺そう)


ドラッヘとて、みすみすつかんだ栄光を奪われてはたまらない。

魔族が勝ち取ったこの勝利を、たとえここまで導いてきたものとはいえ、奪い取らせはしない。


「どうしました?」


「いえ」


キアラの言葉に頭を振るドラッヘ。

まだいい。その時になれば、その時になったら考えよう。

オークはそう思い、ひとまずはイスカンブール攻略に向けて策を練るのであった。





その日は、雨でも降りそうなほどの灰色の雲が広がっていた。

イスカンブール、連邦最高議会。

政府側の人間たちは、この事態は軍の責任、あの人物のせいだ、と責任を擦り付け合い、まるで議論にならない。

軍のほうも主要な軍人たちが相次いで死に、残っているのは全く前線に立ったことのないものや、政府にコネするものばかり。とても、国防を語ることのできる者はいない。

その様子をダラス少将はさめた目で見る。

そして、時間の無駄とばかりに立ち上がる。

これでは、勝てる戦いも勝てない。

はぁ、とため息をつくダラス少将。もしかしたら、この国内の不和も、かのアンセルムスによって引き起こされたものかもしれない。

もともと軍と政府は一枚岩ではないし、かつて何度もクーデターや内乱があったハンノ=イヴリスでは負の伝統、とまで言われている。

ダラス少将は運よく生きているが、彼の受け持つ第12軍は、魔族の将ドラッヘの率いるオーク軍と交戦し、壊滅に近いダメージを受けた。

本来ならば、責任追及や降格があってもおかしくはないが、処分を待っているうちに次々と名だたる将軍が戦死。ダラスの降格はなくなり、少将の地位のままであった。


「ユグルタはどうしているか」


部下であった男の身を案ずるダラス。当初は来ていた報告も来ていない。

もしや、アンセルムスに・・・・・・・・・とも考えたが、悲観的なその考えを頭から振り払う。

あまり悲観的になりすぎては、部下にもその弱気が伝わる。士気の低下、それが最も怖いことだ。

ここ、イスカンブールが落ちては二度目はない。ハンノ=イヴリス、ひいてはこの大陸の人間の未来がかかっているのだ。

議会は今なお、討論が続いている。無意味な討論が。


「たとえ、命令に背いたとしても・・・・・・・・・」


ダラスは今では少なくなった志を共にするものとともに、独断で魔族との対決のための準備を進めていた。

魔族との交渉、などと言い出す政府や、逃げることばかり考える高官たち。それに辟易していた。

軍人としてのプライド、故国への誇りと愛。

負けるわけにはいかぬ、とダラスは意気込む。

ダラスが向かうのは、同志たちのいる軍の兵器保管所。そこで、今後について話し合うのだ。

だが。



(おかしいな)


兵器保管所の鍵は開いており、見張りはいない。

見張りの兵は、ダラスの直属の部下であった男であり、任務を放棄するものではない。

どういうことだ?

ダラスは不審に思いながら、その中に入る。

そして、喉を押さえる。


「毒ガスか?!」


中に充満するそれは、毒ガスであった。薄い紫色の霧。

口元を押さえて中を見たダラスは、血を吐いて倒れる同志たちの姿を認めた。


「なんという・・・・・・・・・・!!」


皆、苦しんで死んだ様子であった。

中には、両手足を拘束され、拷問された様子のものもいる。

魔族の仕業か、と思ったダラスは扉を閉めると、振り返る。

どす、と何かが腹に刺さる。


「お、おぉぅ・・・・・・・・・?」


よろ、と揺らめき、ダラスは何とか両脚に力を込めて立ち留まる。


「何者だ・・・・・・・・・!!?」


ダラスは腰に差した細剣を抜くと、その男に向ける。

黒い装束に身を包んだ男は、口元を歪める。


「あんたの知りたがっていた男さ」


そう言い、装束のフードをめくり上げた男の顔に、ダラスは驚愕する。


「・・・・・・・アンセルムス・・・・・・・・・・!!」


「お初に御目にかかります、閣下」


恭しく礼をする、黒髪の男。

忌々しげにその顔を見るダラスは、腹に刺さったナイフを引き抜く。


「貴様が、儂の仲間を?」


「ええ、今動かれてはたまったものじゃない。あなた方は魔族に殺されなければならないのだから」


万が一にも、騙れたり逃がしたり、と言うことは避けないと、と笑う。およそ暖かさを感じないその目の色。絶望、怒り、諦め。一体何の感情だろうか。


「貴様は、なにがしたいのだ・・・・・・・・・」


「何がしたい、か。世界を壊す。それだけさ」


「ふざけたことをぉ!!」


剣をアンセルムスに振り上げ、突進したダラス。

だが、突然がくんと膝が落ち、剣が手から零れ落ちる。カラン、と乾いた音とともに、転がる剣。

ピクリとも動かず、感覚さえない手を呆然と見るダラス。口も、開いたまま動かない。


「――――――――!!」


声にならない声を上げるダラスに、アンセルムスは言う。


「ククク、あのナイフには毒が塗ってありましてね、閣下」


そう言い、アンセルムスはダラスの剣を拾い上げる。


「閣下、あなたにはわかるまい?俺の、この言いようもない怒りを」


アンセルムスはそう言い、倒れたダラスの前にしゃがみ込む。頭を掴み、その黒い目で少将を見る。

狂人め、とダラスの瞳が告げているようにアンセルムスには思えた。


「いいさ、誰に理解してもらう必要もない」


全てを利用するアンセルムスに味方はいない。

今いる者たちは、皆駒に過ぎない。

キアラも、シャンクシーションクも、そのほかの者たちも。

理解など、必要ない。味方など、必要ない。

そんなもの、最初から存在しないのだから。


「俺は世界を壊す。俺のためにな」


だから、とアンセルムスは立ち上がり、左手に握った剣をダラス少将の背中の上に構える。

目を見開き、必死に動こうとするダラス。だが、全身に回った毒で動くことはできない。


「死んでくれ」


無慈悲に振り下ろされた剣が、ダラスの背骨を突き破る。

それを引き抜き、何度も何度も剣を突き刺す。

苦痛がダラスを襲う。

数度目かの苦痛が過ぎ去った時、ダラスは意識が薄れ行くのを感じ、そのまま永遠に目を閉じた。

荒い息をついてアンセルムスは死体を見下ろすと、手に持っていた剣を投げ捨て、一瞥をくれてやると後ろを見る。

後ろに佇むフォクサルシアの少女を見ると、アンセルムスは言う。


「キアラ、ドラッヘは?」


「攻撃の準備を進めています」


少女の言葉に、満足げに頷くとアンセルムスは少女の横を通り過ぎる。


「ならば、問題はない。後は任せたぞ」


「・・・・・・・・・・・」


沈黙して頷く少女を見て、アンセルムスは去っていった。

キアラはただただアンセルムスの背中を見る。


「アンセルムス様」


少女は彼の名を呼ぶ。だが、彼が彼女を見ることなど、ないのだ。


雨が降り出す。

血を流すダラス少将の死体と、儚げに立ちすくむ少女だけが、そこにいた。






翌日。

濃霧にまぎれ、攻め込んできた魔族反乱軍とイスカンブールにいたハンノ=イヴリス軍が激突した。

闇夜と霧にまぎれた魔族の攻撃。

空から魔物の背に乗り攻め込む者、川から流れる水路から侵入する魚人族、壁をすいすい上る身軽な猿人族など、様々な方向、不規則な攻撃にさらされた。

人間側には優秀な指揮官がもはやおらず、また連携もうまく取れていなかった。

突然の襲撃、無能な指揮官、政府高官の無茶な要求。

様々な不和、トラブルが、人間たちを追い詰めた。

市民は抵抗することもできず殺されていく。


「や、やめて」


子どもを抱きしめなく母親を無慈悲に殺す魔族。

それを見て、父親が叫ぶ。


「化け物め!俺たちが、お前たちに何をした!?俺たちは、平和に暮らしていたのに・・・・・・・・・」


「はん、平和、だと?」


顔をゆがませたインヴォテールの青年は激昂する。


「俺たちという存在のおかげで築いた平和の上で、貴様らはさぞ、平和に暮らせたろうなあ!」


だがなあ、と声を荒げる。


「その間、俺らは魔物たちのいる大地で、極寒の地で、必死に生きてきたんだよ!ぬくぬく生きてきて、俺らを追いやったお前らが、俺らは許せねえんだよ!」


そう言い、青年は父親を強い力で殴る。

倒れた人間の上に馬乗りになり、何度も何度も殴りつける。


「この、クソッタレがぁ!」


男が動かなくなっても、青年は殴り続ける。

殴り続ける青年の手を、後ろからオークの将軍が抑える。


「もう、死んでいる」


「クソッタレ・・・・・・・・・」


インヴォテールの青年はそう言うと、立ち上がり戦いの中に戻っていく。

ドラッヘは死んだ家族を見ると、ポツリとつぶやく。


「恨むなら、お前たちの祖先を恨むのだな」


そして、ドラッヘは静かにイスカンブールの街を見る。

小雨の中、勢いよく燃える炎。

繰り広げられる死の連鎖。


「そうだ、我々とて、こんなことはしたくはない。すべては、人間たちが悪いのだ」


そう言うと、ドラッヘは片手に持った斧で立ちふさがる人間たちを屠った。





イスカンブールが攻撃されて十六時間後。

ハンノ=イヴリス連邦の政府高官はすべて殺害され国の中心である議会も制圧。

抵抗を続けていた軍も、補給を受けられず孤立。そのまま、魔族反乱軍に打ち取られた。

生き残った人間たちは、家畜を入れるための小屋に押し込まれるか、牢に入れられ、物のように扱われた。

ハンノ=イヴリス連邦はここに敗北し、滅亡した。

これにより、イヴリス内で残る人間の国家はパラメスのみとなった。

パラメスのアラン・ミードは、流石の魔族もここには攻め込めないだろう、と高をくくっていたし、まだまだ栄光の時代は終わらない、と豪語していた。

しかし。


「なにぃ!?」


部下の持ってきた報告を受け、彼は驚き叫んだ。

魔族軍が、パラメスに向かっている、と。


「馬鹿な、どうやって・・・・・・・・・」


アランは舐めていたのだ。

魔族の執念を。

人間への怨みを。

どれほどの過酷な環境だろうとも、生き延び雌伏してきた彼らにとって、この程度、どうということはなかった。

アンセルムスももはやパラメスは用済みとばかりに侵攻を黙認したこともあり、もはや戸惑う理由もなかった。


商業国家パラメスに軍はない。

傭兵たちはとっくの昔に逃げ出し、残っているのは戦う力もない商人たち。

魔族側に対し、交渉の使者を送ったが、返ってきたのは死者の首であった。


「馬鹿な」


呆然とアラン・ミードは呟き、窓を見た。

雪の中蠢く影。

魔族の軍勢。

爛々と怒りに燃える目を輝かせ、この街を見ている。


「あ、あ、あ・・・・・・・・・・・」


呆然とアランはそれを見て、震えた。


「アンセルムス、アンセルムス、どこにいる・・・・・・・・・・・?」


自身の雇った傭兵の姿を探し、おろおろと探すアラン。

その傭兵に利用されるだけされ、捨てられたなどとはつゆにも思わぬ商人は、屋敷をうろついているところを魔族に発見され、有無を言わさず殺害された。


パラメスの街が陥落するのに、さほどの時間を要さなかった。

イヴリス大陸のほぼすべてを手中に収めた魔族たちは、「魔国」と言う国を立ち上げ、他大陸の人間族やエルフ族などへの攻撃を宣言した。


バーティマ革命よりおよそ一年。世界はより混迷に落ちて行く。



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