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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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追憶 (1)

この世界には、どれだけ努力をしても、覆すことのできない「現実」が存在する。そんなことを知ったのは、いつだったろう。


俺は、この世界において「異物」であった。

この世界において、命ある万物に与えられる祝福ギフト、神の恩恵「スキル」。

生まれつき、俺にはそのスキルがなかった。

アクスウォード王族の一人として生まれた俺にスキルがない、などとは両親は信じられなかった。

スキル占い師を呼びつけ、幾度にもわたって鑑定したが、俺には何の能力もない無能力者である、ということが確認できただけであった。

恩恵を持たない、というのはそれだけで忌避すべきことだ。

この世界の神に祝福されないということは、生きている価値がないということも同然だからだ。

スキルを持たない王子の存在を、王家は忌々しく思ったが、それだけの理由で王子を殺す、と言うのも外聞的にもあまりよくはない。

仕方なくも、彼らは王子を育てることにしたが、ほかの王子ほど愛情も期待も抱きはしなかった。

世話は必要最低限度であり、王族らしい華やかな生活など、少年は送ることはできなかった。

奉仕人や騎士たちすら、この王子の存在を内心忌々しく思っており、中には隠すことすらしない者までいた。

それでも俺は、そんな王宮の中で生きていく以外の生き方を知らなかった。

俺とて、そんな自分の責任による者でない理由で蔑まされることを理不尽に思わないでもなかった。

しかし、こればかりは仕方がない。

スキルがなくとも、努力して剣や魔術の才を磨けば、こうやって冷笑を浴びせられることもなくなるだろう。

そう思い、父に頭を下げ、剣術や魔術の師をつけてもらった。

貴様などに期待などしていない、と視線は語っていた。

俺はそれでも、努力さえすれば、と思っていた。

努力すれば、きっと父上も母上も、俺を認めてくれる。

そんな幻想を俺は抱いていた。



けれど、それが幻想にすぎないと思い知らされるのは、すぐであった。

まず、俺には魔術の才能はなかった。

俺の魔力保有数は、そこらの農民よりも低く、魔術のセンスも壊滅的であった。

よくて初級魔術しか行使できない、と言うことを知った魔術の師は、俺に言った。

王子、時間の無駄です。わたくしは忙しいのですよ。

そう言い、こちらを振り返ることなく、彼は去っていった。

わずか六歳の子どもに対し、一切の同情も抱くことなく、平然と去るその背。何度、同じ光景を見て来たか、わからない。

剣術の師は、俺に手ほどきを加えたが、一向に剣を振ることすらできない俺を見てため息をついた。


「あなたの兄上は、あなたと同じ年のころには私と同等の剣の腕にまでなったというのに」


剣に関するスキルを保有する兄や、筋力増強のスキルを持つ兄と比べてその騎士は言う。

加えて、生きるのに最低限の食事しか出されていなかった俺は、余分な脂肪はなかったが、かといって筋肉がある、と言うわけでもない。

体力など、たかが知れていた。

騎士は俺に木剣を渡し、言った。


「もう少し、ましに剣を振るえるようになったら、教えてあげますよ」


そして、彼も俺に背を向けて去っていった。


俺は、木剣を振る。

手に肉刺ができ、それがつぶれて痛い。

手当てをしてくれる者はいないし、我慢するしかなかった。

どれだけ剣を振ろうとも、腕に筋肉はつかない。

どれだけ魔術の知識をつけても、魔力は足りない。

周囲はやはりな、と言う目で俺を見ていた。

それでも、それでも、と俺はただひたすら打ち込む。

涙を流すことはない。絶対に泣いて堪るか。そんな思いだけがあった。

泣いたところでどうにもならない。この状況を打開するには、ただ努力して、実力をつけるだけ。

孤独な夜を過ごしながら、俺は明日こそは、明後日こそは、と意気込む。



一人で剣を振る俺のもとに、一人の兄が来る。


「よう、こんなところで何しているんだ、無能物」


兄の一人、アレスター。

女好きで、遊びほうけている兄。しかし、美術に関する知識や才能のおかげで、貴族たちからの評判はいい。魔術の才能も、ある一点にのみ特化しているが、それでも王族としては十分なレベル。

俺とは、ほど遠い存在。


「相変わらず、汚いなぁ。美しくない」


着飾り、不自由ないようすのアレスター。そんな彼には、薄汚れて王族らしくない平民の服装の俺はさぞ惨めだろう。


「・・・・・・・・・・・」


黙る俺を、アレスターは気に入らない、と言う目で見る。


「何を黙っている?陛下の恩上でこうして王宮に居られるだけでも、お前には過ぎた扱いだというのに」


そう言うとアレスターは俺の胸ぐらをつかむ。


「気に入らないなあ、本当に。ちょっと、機嫌が悪いんだ、付き合ってくれないか」





アレスターは魔術の試うち、と言い、俺をいたぶった。

アレスターの行為を止める者はいない。

俺が死ぬようであれば止めるだろうが、そうでない限りは止める気はない。アレスターもそれはわかっているのだ。

ぼろ雑巾のように庭に倒れている俺を見て、アレスターは一瞥もせずに去っていった。


「くそ・・・・・・・・・・・・・・」


抵抗すらできず、一方的に痛めつけられた。

青い空。それを見上げながら、俺は呟く。


「神様、そうして俺をこんな風に生んだのですか」


神の存在を信じていた俺は、そう問わずにはいられなかった。

神は行けとし生けるものすべてに平等だと、皆言うが、それは本当なのか。

なぜ、この世界の生物である自分は、その恩恵を受けなかったのか。

どうして、俺、ここにいるんだろう。



十歳になっても、少年の才能は開花することはなかった。

ひたむきな熱意をもってしても、魔力がそれ以上上がることはないし、体つきも並以上になることはない。

弟・妹たちは聞くところによると少年以上の才能を示している、と言う。

まだ、自分の半分の年齢に至っていないというにもかかわらず。

自分の人生の空虚さを少年が感じるには十分すぎた。

親しいものは一人もいない、この王宮で努力し続けてきた。しかし。


俺はその時、初めて日課だった剣を振ることを辞めた。

魔術の本を読むのを辞めた。

そして、逃げた。

この辛すぎる現実から。

王宮を抜け出し、城下町に降りて人の中にいた俺。

平民でさえ、幸せそうに日々を生きている。

生き生きと生活する彼らの姿を見て、ますます俺の中の空虚は大きくなる。

彼らには自分が恩恵を受けている、神に認められた、という意識がある。だから、辛くとも生きていける。

だが、自分は違う。

恩恵すら、ない。

自身の存在価値を証明するものが何一つない。

地位、家族、愛、才能。それ以外にも、たくさんの何か。それが、ない。

無性にそれが悲しかった。


そして、俺は泣いた。

絶対に泣くものか、という思いはもう、なかった。


みっともなく、人気のない場所で鳴いた俺は、夜が明けるまでそこにいた。

翌日戻った俺を出迎える者はいなかった。

この王宮に、俺の居場所はない。

俺のいるべき場所は、ここではない。

そんな気がした。




それから俺は、辛いことがあるたびに逃げだすようになった。

伝え聞く兄の才能や、他国の王子の噂。

俺と同い年の隣国のクロヴェイルは「神に愛されたもの」とまで呼ばれているそうだ。

どうして、これほどまでに生まれに違いがあるのか、とつい笑ってしまう。

どうして、神は俺を愛してくれないのか。



努力することすらしなくなった俺への風当たりは、より強くなる。

穀潰し、と声高らかに言うものは少なくなかった。

王族としての義務も果たせぬとは、と嘲笑すらする。

期待なんてしていないくせに。

勝手に死んでくれれば、なんて考えているくせに。

生かしておいているのだって、外聞のためであって、結局俺のことを愛してなんかいないんだ。

この世界で、彼の味方は誰もいない。

自分一人だけ。


「ああ、なんて理不尽なんだろう」



忌むべき紅き月を見て、俺はそう言った。

太陽と月。それが同時に存在することはない。

全ての種族が思い思い生きていくには、世界は狭すぎる。

この理不尽な世界は、全てのものが平等に暮らすには、あまりにもアンフェアだ。

俺のような存在がいることで、ほかのものは自身の存在意義を再認識できる。

俺のような、弱者の不幸。それが、より多くの物の幸福につながる。

そんな世界、間違っている。

神の説く平等な世界。それが、この世界か。

違う。違う。

そんなものが、認められてなるものか。


だけど、俺には何もできない。

才能も何もない俺には、なにも。

そうやって、また俺は逃げ出した。

逃げた先には、また新しい苦痛があるだけなのに、俺は逃げ出さずにはいられない。




ある日、妹の一人と俺は会った。

名前はエノラ、と言った。まだ俺の半分にも満たないかくらいの年齢。

自分よりも大事にされている、と傍目でもよくわかる。

長い黒髪の愛らしい少女。わずかにその目は悲しそうであった。

彼女も才能がないのか、とも思ったがそうではないだろう。

力があることで感じる重圧もある、と言うことだろう。俺からすれば、それは贅沢な悩みであるが。

名前を呼んで語りかけると、わずかにうれしそうに顔をほころばせた。


その一件以来、度々彼女は俺に会いに来た。

彼女の母、つまりは王妃からは俺に近づくな、と言われているはずだ。実際、俺に近づく王族はアレスターなど、俺に不満をぶつけたい連中くらいだ。

それなのに、彼女は俺に会いに来てくれた。

誰かに必要とされた、という感情が俺を満たす。




そんな時、国王である父から何年かぶりに声をかけられる。

やっと、認めてくれたのか、と内心喜ぶ俺。

そんな俺に父は、隣国のバラル帝国での式典に参加しろ、と冷たく命令した。

俺は、自分が王子である、と言うことを認めてくれたか、と思ったが、それが違うとはすぐに分かった。


俺は聞いてしまった。家臣たちの嘲笑を。


「ほかの王子方が病気や学業でいないからと、あの無能物にお声をかけるとは」


「こちらにも体裁があるからな。あれでも一応は王子。これくらいはしてもらわねば」


ただでさえ、あれには温情を与えているのだから。

違いない、と笑う貴族ら。

それを聞いて、俺は悔しさに拳を握る。

所詮、俺は代わりとして連れて行かれるだけ。

決して、俺と言う存在を認めたからではないのだ。


ただ惨めだった。

ただ悲しかった。





式典の中で見たバラル帝国のクロヴェイル。

その輝かんばかりの姿に、俺は我慢できなかった。

もう、俺の中の感情は限界であった。

この状況から逃げ出したい。何もかも捨てて。

いっそ、死んでしまいたい。

そうすれば、次の人生では幸せかもしれない。誰かが認めてくれるかもしれない。


でも、死ぬことは怖かった。




帝国へ行って、数週間が経った。

俺は、今まで過ごしてきたこの王宮を抜け出すことにした。

もう、ここにとどまる理由はなかった。

愛も、理由も諦めた。ただただ辛い日常だけがあるここから逃げ出したいと、切に願った。

金も、ろくなものもない俺の部屋。無色の部屋。それが、俺の今までの人生を見ているようで、空しい。

別れを告げる相手は、いない。

いや、一人いたか、と俺は思い、彼女と会う庭を見る。

こんな自分を、唯一見てくれた妹。彼女にだけは、別れを告げてもいいかもしれないな。




「エノラ、君だけは俺のことを」


妹と会い、別れを告げようとした俺。

君だけは、俺を忘れないでいてくれるかい?

そう言おうとして、俺は口を閉じ、沈黙した。

それを言うことは、あまりにも惨めであったし、所詮、自分は忘れ去られてしまう。

それならば、言葉にすることは無意味で。

だから、俺は言おうとした言葉を飲み込んで、いや、なんでもない、と首を振る。


「元気で過ごせ、エノラ」


いつか、人に誇れる自分となれ、俺のような奴にだけはなるなよ。

そう言って、俺は彼女に背を向けた。

俺は逃げる。

俺は逃げるしか、できない。

俺は、この世界から必要とされていないから。

俺は、祝福されぬ者だから。





王宮を抜け出し、街に降り、盗みを働いた。

生きるためには仕方がない。

そう言い訳をして。

そして、さっさとこの忌まわしき国を出よう、と思った。

この国はあまりにも辛いことが多すぎる。

だからと言って、バラル帝国に行くなど我慢できない。

クロヴェイル、という存在。俺とは正反対の存在がいる国など、行きたくない。

とはいえ、どうするべきか。

街道は随分と整備されたとはいえ、魔物が出る。

俺の腕ではすぐに殺されるのがオチだ。

生きることすらままならない。王宮で飼い殺されていたほうが、まだ楽ではあっただろう。

だが、もう遅い。

俺は一人で生きていくと決めたのだ。

逃げることのできない現実。

それだけが、俺の目の前には広がっていた。

十三歳、という年齢の、まだ世界を知らない少年にとって、それはあまりにも過酷、と言ってもいいだろう。



数か月の放浪。

魔物に殺されかけた数は限りない。

人間に騙され、衣服も持ち物全てを奪われたこともあったし、罪をなすりつけられそうになったこともあった。

多くの難を、運と少しの悪知恵で乗り越えてきた。

なんとかアクスウォードは抜け出たものの、生きる目的も何もない俺は、ただ歩いた。

どこかにある楽園を求めて。



ある森の中で、俺は倒れていた。

水も食料も尽きた。

今まで魔物避けに使っていた道具類ももう、消耗してしまった。

なるほど、ここが俺の死に場所か。

薄ら笑いを浮かべ、俺は空を見上げる。

忌々しいほどに太陽は輝いていた。


「まったく、いいことなしだな」


惨めに孤独死か、魔物に喰われるか。

そちらにしろ、自分にはぴったりの死に方だな。

俺は息をついて、目を閉じる。


次の人生では、きっと。


そんな風に思った俺は、意識を失った。






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