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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
37/88

ダウク

クローリエは、なんとなく胸騒ぎがした。

今日の月は、彼女の嫌いなあの紅い月ではなく、黄色い満月。

しかし、なぜか胸騒ぎがする。


「ダウク?」


呼ぶのは長年共に過ごしてきた魔神。いつもならば、呼べばすぐに駆けつける彼が来ない。

これは、なにかあるな。クローリエはそう思った。

最近見る妙な夢。それからは、魔神の様子がおかしかったことに彼女は気づいている。

狼の顔とはいえ、見分けがつくくらいには彼女はダウクを知っている。

そして、魔神が抱いているであろう感情も、知っていた。

それでも、彼女にはそれを受け入れることはできなかった。

なぜかは知らないが、今までの人生で彼女は一度として結婚したことはなかったし、自身の純潔を奉げたことすらなかった。

なぜかはわからない、だが魂、とでもいうのだろうか。それが彼女にそうさせるのだ。

あの夢のせいか、とも思わないでもないが、わからない。

言いようのない不安が襲い、少女の脚を普段は向かわない山脈の方へと向かわせた。


なぜか知らないが、山脈中の魔物たちは息をひそめている。まるで、恐ろしい何かがそこにいるかのように、じっと息をひそめて窺うように。

個々の魔物が恐れる存在、となると魔神だろうか。

だが、魔神ハーイアが山から下りることはない。となれば、ダウクか。

いつか、傷を負っていたダウク。

おそらく、今回のことも関係するのだろう。


(ダウク・・・・・・・・・・・・・)


魔神の姿を求めてさまよう少女の耳に、微かな声と何かがぶつかり合う音がする。

久しく聞いていない音だが、それは戦闘の音だった。

低い、怒りのこもった遠吠えがした。

それが、探す魔神のものであるとすぐに少女はわかった。

少女は駆けだす。

なぜだろう、なぜか、急がないといけない気がした。

息をつきながら走る。

これほど必死になることなど、今までなかった。

長い、長い輪廻の中で、枯れ果てたように生きてきた少女は、自身を突き動かすこの感情に戸惑いながらも、身を任せる。


木々を掻き分け、少女は声の下にたどり着く。

月明かりの下、三人の戦士の姿が飛び込む。

一つは魔神ダウク。憎しみに燃え、鎌を今にも振り下ろさんとする。

そのわずかに離れた場所では、一人のエルフが倒れている。悔しげに顔を歪めて、ダウクの足元を見ている。

そして、ダウクの足元にいる少年。年のころは今のクローリエと変わらない。

だが、少女が驚いたのは、そこではない。

少年の顔を見た時、自身の中で何かが蘇る感触がした。

懐かしく、愛おしいそれ。

少年の顔、と言うよりも、その魂の放つ波動、とでもいうのだろうか、それは心地よく、ずいぶんと昔に喪ったものであった。


その時、走るのは、見たことのないはずの風景。

いや、正確には今の今まで忘れていた、大事な記憶。



今のクローリエとうり二つの女性と、少年をもう少し大人にした感じの男性。寄り添う二人。



アティア、ダウク。

それが、二人の名前。しかし、二つの陣営に分かれた二人には、私的な面を殴り捨て、自分たちの使命を果たすしかなかった。

アティアはアテンシャという神の軍団の司令官としての、そして彼にはゲシュトゥという「まよえるもの」のリーダーとしての使命が。

相容れぬ二つの種族。戦いの運命。それに引き裂かれた恋人たち。


互いに戦い、死に瀕した二人。

死の間際、アティアは願った。

再び、次の転生で、彼と巡り合うことを。

彼女は自身のスキルを使い、転生のサイクルを捻じ曲げた。

自身の崇める神の法に背いてまでも、彼女は願った。彼との再会を。

何度、彼のいない人生を送ったとしても、いつか彼と出会うその時まで。

私は転生し続ける、と。


だが、転生はうまくいかなかった。

初期のころ、記憶はうまく引き継がれることはなかった。

アティア、としての記憶は数回の転生で薄れ、代わりに「転生の魔女」としての記憶だけになった。

本来の目的を忘れた彼女だが、魂は憶え続けていたのだ。

いつかめぐりあう、ゲシュトゥの魂を持つものを。



クローリエは叫ぶ。

その鎌が、少年に振り下ろされるのを阻止するために。


「やめて!」


そして、少女の瞳と少年の瞳が交差した。




魔神ダウクの想いを知りながらも、溢れる思いは少年にのみ向いていた。

彼女が愛した男、ゲシュトゥとしてのダウク。その魂を持つ少年と、肉体を持つ魔神ダウク。

元は同じゲシュトゥ、しかし、彼女が愛したのは彼の身体ではなく、彼の魂の輝き。

故に、全てを思い出した彼女が求めるのは、魂を持つ少年であった。


それを、魔神ダウクは知っていた。

だから、今まで排除してきた。

魂を持つものの存在を。

それが、魔女を悲しませるとしても。

この想いを、ぽっと出の魂如きに否定はさせないとばかりに。





「やめて・・・・・・・・・・・・」


魔女の懇願。

だが、魔神はやめるわけにはいかない。

彼の矜持、彼の意地、彼の思い。

全ては本物である。決して、ニセモノではない。

ダウクの名は、もはや俺のものだ。



「ゲシュトゥ、我が片割れよ、死ね」


鎌の刃が、少年の首目がけて振り下ろされる。

ドスン、と刃が地面を貫いた。

少年の首が宙を飛ぶ、と思われたが、その光景はもたらされなかった。

魔神ダウクも、クローリエもネフェリエも、目を見開いて少年を見る。

少年の首を覆うのは、黒銀の鎧。それが、鎌の一撃をそらしたのだ。

少年の身体を、黒銀の鎧が覆う。

月の光を反射させ、光り輝く鎧。

爪や牙をあしらったような装飾が随所に見られた。

全身を覆う鎧。

唯一鎧の追われていない頭部。


「これは、まさか・・・・・・・・・・・・」


タムズとダウクが唸る。

かつて、「まよえるもの」の首領として纏った失われたはずの鎧、「ベオウルフ」。

持ち主の死とともに砕け散ったはずの鎧が、今、復活していた。


「何故だ、壊れたはずの鎧がなぜ、今・・・・・・・・・・・」


呆然とつぶやくダウク。

そして、少年を見る。


「貴様のスキルか」


少年はそう言われ、は、と気づく。

彼のスキルは、「想造」。自身の思い描いたものを魔力で作り出すスキルだ。

だが、正確なイメージの必要性と、また彼の持つ魔力量のせいで作れるものなど、たかが知れていた。

実用性のないスキル、と思っていたが、全てを思い出した彼の魂の封印は説かれ、本来彼の持ち得る能力が解放されていたのだ。

無意識化に思い描いたかつての自分。そのイメージが、壊れたはずの鎧を復元したのだ。

やがて、唯一おおわれていない頭部を、狼をもよおした兜が覆う。

将軍として畏怖された在りし日のゲシュトゥが、そこに立っていた。


「しかし、鎧如き復元したところで、私は負けぬ」


ゲシュトゥの鍛え上げられた肉体。それこそがダウクである。

たとえ、魂の封印が解けたところで、タムズは少年。肉体が魂に合っていない。

ダウクは鎌を両手で持ち、タムズを見る。


「殺してやるぞ、ゲシュトゥ!」


「悲しいな、ダウク」


タムズは憐れみの目で魔神を見る。


「お前は過去に縛られているだけだ、ダウク。もう、終わりにしよう、この哀しみを」


「過去に縛られている、だと?!貴様が言うか、貴様がァ!!」


吠えるダウク。月の光でその身体はベオウルフなしでも十分な鎧と化していた。

両者の持つゲシュトゥの愛用武器、「フェンリルの爪」。

どちらも攻め手に欠く戦いであった。

今の二人はほぼ拮抗状態であり、月の光を受けるダウクがやや優勢であった。

とはいえ、タムズは先ほどまでとは別人のようにダウクと戦っていた。

思い出した約束。それが彼を突き動かしていた。


愛しきアティア。

やっと会えた彼女のためにも、負けるわけにはいかない。


「ゲシュトゥ!」


「ダウク!!」


自分との戦いだった。

分かたれた二つ。それは、愛しき女をかけて、闘いあう。

少女は、目に涙を浮かべてその戦いを見ることしかできなかった。

素直に愛する男を応援することはできなかった。ダウクの想い、ダウクの献身を知っていたから。


「ごめんなさい」


誰に言われたわけでもない言葉は、誰の耳にも届かず消えた。

月明かりの下、二人の男は一進一退の戦いを繰り広げる。


「はあぁぁああああああああああああぁ!!!」


「うらぁあああああああああああああああああああああっ!!」


鎌の一撃が、鎧を砕き、皮膚を抉る。

血だらけになりながら、なおその刃を向けあう。




互いに、息は絶え絶えになっていた。

いつの間にか、月は天上から移り、山に沈もうとしていた。

両者とも気づいていた。

おそらく次の一撃で、全てが決まる、と。


「・・・・・・・・・・・」


もはや、言葉はない。

あるのは、互いの譲れぬ思いのみ。

思いを刃に込めて、構える。



黒狼たちは駆ける。

大鎌が振りかざされ、互いの命を奪い取ろうと空を切る。

必殺の一撃が、両者に降りかかる。



「いやああああああああああああああああああああああああ!!!」



二人は、互いの腹部よりその刃を生やす。

そして、血が噴き出る。

その光景を見て、クローリエは叫ぶ。



朝日が、二人の男を照らす。

闇はいつの間にか消え去り、空は青さを取り戻しつつあった。



「綺麗だな、空は」


ダウクは静かに言った。

口元からは夥しい量の血が零れていた。

タムズの頭部から、兜が落ち、少年の顔が現れる。タムズも、その口より血を流していた。


「そう、だな」


同意して、空を仰ぐ。さっきまであったはずの月は、もうない。


「夜は終わり、朝がやってくる。闇の後には光が、光の後には闇が・・・・・・・・・・」


ダウクは喋る。

二人の腹からは、未だにその血に塗れた刃が刺さり、輝いていた。

零れる血は、まるで鎌が泣いているかのようであった。


「やはり、紛い物では勝てぬ、か」


魔神ダウクはそう呟き、がくんと地に膝をつける。タムズの腹から、その刃が抜ける。

魔神はその手からフェンリルの牙を落とした。


「・・・・・・・・・・っ」


タムズは痛みにこらえながら、もう一人の自分を見る。


「ダウク・・・・・・・・・・」


どこか、悲しげな顔をするタムズに、ダウクは苦痛に耐えながらも、笑みを浮かべる。

どこか、憎しみのない、自然な笑みであった。


「勝者が、そんな顔をするな。そう、わかっていた、ことだ」


ダウクはそう言い、タムズを見る。

所詮、自分は肉体であり、その魂を持っていなかった。こうなる運命と、心のどこかで知っていた。

それでも、彼は戦う必要があった。


「ゲシュトゥ、いや、お前の今の名は、なんという?」


「タムズ」


少年の言葉を聞き、そうか、とうなずくダウク。


「タムズ、か。ふん、面白みのない名だ・・・・・・・・・・」


そう言い、ダウクは自身の鎌を手に取り、タムズに差し出す。


「受け取れ」


無言でそれを受け取るタムズ。

それを見て、満足そうにダウクは息をつく。


「今度こそ、彼女を守り、共に生きろ。それが、彼女の望みであり、お前の望みのはずだ。この俺を倒した貴様には、その義務がある」


がふ、と血反吐を吐くダウク。

タムズは膝をつき、魔神を抱える。

それを振り払うように手で払う。

そして立ち上がり、今まで守り続けてきた少女を見る。


「魔女、いや、クローリエ。今まで、すまなかった。君と彼を邪魔し続けてきた。許してほしいとは、言わぬ」


そう言うダウクを、少女は恨むわけでもなければ、なじりもしない。


「ダウク・・・・・・・・・・・」


「あなたを、愛していた。この想いだけは、たとえゲシュトゥと言えど、勝ることはないほどに」


そう言い、彼女の前に膝をつくダウク。

その魔神の顔を、少女は胸に抱く。


「!」


「今まで、ありがとう・・・・・・・・・ダウク。ありがとう・・・・・・・・・・・・・」


少女の涙が、目に当たる。その暖かさ。

ずっと、それがほしかった。ただ、それだけだったのだ。


「ああ、そうか」


魔神は納得した。

その瞬間、彼の身体が淡い光に包まれる。

そして、指先から光の粒子となって消える。

魔力になって消える肉体。徐々に消える感覚。

だが、不思議と恐怖はなかった。

消えるのではない、戻るのだ。

再び、一つに。


タムズを見る。

そして、笑う。

別れた肉体と魂は、一つになり、約束は果たされる。


魔神の身体が消失し、その魔力は少年の中に吸収される。

そして、少年はすべてを取り戻した。

『月光』のダウクとしての力も、記憶も、鎧も鎌も、彼女も。



タムズは、少女の下に向かう。

そして、彼女を抱きしめる。


「会いたかった、アティア・・・・・・・・・・・」


「今の私はクローリエよ」


そう言う少女に、悪いと苦笑する。

少女は少年の傷を撫でる。だが、そこにあったはずの傷は、もうなかった。


「タムズ」


「クローリエ、もう、君を離さない」


「私もよ」


ふふ、とクローリエは笑う。


「まるで、おとぎ話みたいね」


「でも、これは現実だ」


「そう、ね」


この熱も、この想いも、本物だ。

寄り添いあう二人は、空に昇る太陽を見る。

これから始まるのだ、二人の、本当の物語が。



二人は顔を寄せ合い、その唇を重ね合わせた。

日が照らす中、再会を果たした二人は、長い時間そこで互いの唇を貪りあっていた。



エルフの女性は一人、いたたまれない気分でそこに立っていた。

しばらくしてやっとそれに気づいた二人が真っ赤な顔をすると、苦笑しながら三人は霧の山脈の彼らの家へと向かっていく。




もう、独りではない。

分かたれた運命は、今再び交わり、二度と離れることはないだろう。

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