傭兵王と少年 (3)
副官シュビリークの死、そして数十人の傭兵の死傷。
その報を受けても、傭兵王はただ沈黙していた。口には笑みが浮かび、その瞳は目の前に立つ少年をただじっと見ている。葉巻をくわえる口から煙が吐き出される。
周囲の傭兵は、ある者は恐怖に黙り、ある者はアンセルムスを睨んでいる。
シュビリークによって企てられたものとはいえ、結果として彼を追い詰めたのはアンセルムスであり、アンセルムスもこうなるよう見越していたのではないか。そんな風に傭兵たちは考えていた。
十七歳の、自分たちよりも経験の浅い少年。戦いの才はない、と思われていたが、それは間違いであった。
策略、という戦いの才。それは、ただ戦うよりもはるかに得難い才能。
いや、才能、とは言えないかもしれない。アンセルムスにとって、策略は彼が生き残るためのものでしかない。いわば、彼の執念のなせる業であり、神から与えられた「才能」ではない。
不敵な笑みでクエンティンを見るアンセルムス。
「そうか、シュビリークは死んだかァ」
やっとしゃべったかと思うと、ただそう言っただけ。そこにはシュビリークと言う男の死を惜しむ感情は一切ない。
自分たちの王のあまり態度に傭兵たちは戦慄するが、アンセルムスは当然という顔であった。
彼は知っているのだ。この男も、自分とは違う意味で「祝福されぬ者」であると。
才能を持ちすぎたがゆえに、彼には人間として必要な「何か」が欠如しているのだ。
決して満たされることはない感情。それこそが、この傭兵王を「傭兵」という枠に閉じ込め、それ以上の人物にはしない。
彼ほどの才能と実力があれば、一国の王にもなれるのに、それをしない。
「アンセルムス、今日からお前がこの傭兵団の副官だ。いいな?」
傭兵王の言葉に動揺が走る。
その中でアンセルムスは仰々しく頭を下げ、「御意」とおどけて言う。
その姿を愉快そうに見て、クエンティンは下がれ、と合図をする。
アンセルムスが傭兵王の前を辞し、それをきっかけに周りの傭兵たちも解散する。
アンセルムスが副官となり、傭兵団の性質は大きく変わった。
それまでの真っ向勝負、ではなく、策謀や暗躍が主になった。
要人の殺害や奴隷売買の仲介など、それまではあまり行ってこなかった仕事が増えた。
アンセルムスの立てた作戦は的確であり、苛烈であった。
彼により破滅に導かれたものは多く、そのあまりの苛烈さゆえに、傭兵団を去る者もいた。
が、それらの傭兵たちはその後、行方知れずとなっていた。
アンセルムスと言う危険人物の存在を、世界に知らしめるにはまだ早すぎた。アンセルムスの命を受けたダークエルフの少女により、人知れず葬られたか、洗脳され闇の中に生きるか。
どちらにしろ、彼らを待つ運命は優しいものではなかった。
傭兵団は次第に、クエンティン傭兵団というよりもアンセルムスの部隊へと様相を変えていた。
「おう、アンセルムス。お前、隊長にでもなったつもりか」
クエンティンはある時、アンセルムスを呼びつけ言った。
「ええ、あなたには不要でしょうから」
十八歳になった黒髪の少年は、整った顔でそう言う。どこかの貴族のような外見だが、その鋭利な黒い瞳は、温室育ちの坊ちゃんではない。
アンセルムスの言葉に、かっかと笑うクエンティン。
「小僧、俺はその気になれば、いつでもお前を殺せるんだぞ?」
クエンティンのどすの利いた声。その声に狼狽えることはないアンセルムス。
「その時は、あなたが死にます」
「ほう、俺を殺す?傭兵王クエンティンを、か」
「ええ」
傭兵王のスキル『絶対者の威圧』。敵意を持った相手のあらゆる攻撃を受け付けず、敵対者に威圧を与える。このスキルのおかげで、彼には敵がいない。
魔神と言えど、このスキルから逃れることはできない。
「あなたのスキル、それを超えるすべも見当はついている」
アンセルムスはそう言い、嗤う。
「あなたのスキルは飽くまで『敵意』がなければいけない。ならば、敵意、言い換えるならば、意識のない相手ならどうでしょう」
敵意、と認識される感情のない敵の攻撃ならば、傷を受けるだろう。
アンセルムスはある時、拾われた当初、一度だけ転び、傭兵王の手に傷を負わせた。
事故であった。
その時、彼は気づいた。
傭兵王のスキルは、飽くまで敵意がなければ通してしまうのだ。
事故や暴発した魔術、といった不確定要素で傷つくことがある。
そのことを、彼はずっと覚えていたのだ。
「・・・・・・・・・」
クエンティンは沈黙する。
彼自身、このスキルの「隙」を知っていたが、まさかそれをアンセルムスがこうまで考えているとはさすがに思っていなかった。
アンセルムスが「事故」などと言う不確定要素を取り除かないわけがないのだ。
クエンティンは改めてこの少年の得体の知れなさを実感した。
「・・・・・・・・・さすがだな、アンセルムス」
「ありがとうございます」
嗤うアンセルムス。
おそらく、今もクエンティンの部屋の近くにはアンセルムスの傀儡たちがいるのだろう。アンセルムスは決して油断はしていない。
自身の持つ力は微々たるもの。だからこそ、過信することはない。
確実に勝てる方法。それを常に隠し持っているのだ。
「アンセルムスよ、お前はなぜ、俺を生かし続ける?もう、お前にとって、俺の役目は必要ないはずだ」
アンセルムスが自身の下にいた理由は飽くまで情報と、自身の手足となる駒を得るため。
その目的の大半、いやすべては果たされたはず。ならば、もはやクエンティンの必要はない。
クエンティンを見て、アンセルムスは笑う。
それは嘲笑ではなく、何とも言えない顔であった。
「一応、俺だって恩知らずではない。俺は、これでもアンタには尊敬の念を持っているんだ。偉大な傭兵王サマ」
そう言うアンセルムスは傭兵王を見る。
「あんたが死ぬとすれば、それは俺の手によるものではなく、戦場での死だ。あんたは生きた伝説。そして、伝説のまま死んでもらう」
アンセルムスはそう言った。
アンセルムス、という希代の悪党に殺される、というクエンティンのビジョンを真っ向から彼は否定した。
俺はあんたを殺さない。俺と言う存在を、表舞台に出すことはまだできない。
言外にそう言われたことを、クエンティンは感じた。
言葉はなくともわかる。
その性質は違えど、二人は「祝福されぬ者」なのだから。
「ふん、名誉も地位も、何もかも、お前にとってはどうでもいい、か。世界を壊す、ただそれだけを望むか」
「あんたも、何も望んじゃいないだろう?ただ、そうやって死を待つだけ。退屈を紛らわし、惰性で生きているだけ」
「互いに、どうしようもない馬鹿者だな」
そう言うと、クエンティンは静かに立ち上がる。
「さて、では、貴様の要望通り、苛烈に、俺は死ぬとしようか」
そう言ったクエンティンはアンセルムスを見る。
彼の役目は終わった。クエンティン、と言う男は長く行き過ぎた。
外見こそ四十代だが、彼はすでに百年以上の時を生きている。
戦神クオンタの加護を受けた彼は、老いの速度も常人より遅い。
それも、彼という人間を形成していた。
「死ぬには、やはり伝説級の相手と戦ってみたいものだ。そうだな、魔神とな」
クエンティンは魔神相手に闘ったことがないわけではないが、それは序列の低い魔神でしかない。
挑むならば、やはり序列一位、『堕天』ハーイアか。
「アンセルムスよ、喜べ。お前は、俺の命と引き換えに、かの魔神の実力の一端を見れるぞ」
それすらも、アンセルムスの計算に入っているのだろう。
アンセルムスにとって、魔神ハーイアさえも、壊すべき世界の一部でしかない。
いずれ倒す相手の情報だ。喉から手が出るほどほしいだろう。
最期の贈り物、とばかりに言うクエンティンを、アンセルムスは無表情に見る。
傭兵団には、霧の山脈の魔物狩り、とだけ言い、中央大陸に渡った。
そこでアンセルムスらに任せ、自分はオリュン山に登る。
常人ならば、上ることさえ敵わない魔の山。
針のように、剣のように、侵入者を貫かんばかりの山々。
夥しい負の魔力の中をクエンティンは苦も無く進む。
伝説の傭兵王は、その最期を迎えるために、歩いていた。
思えば、幼いころからまるできめられたレールに従っているかのように、なんでもうまくいった。
女どもも、金も、地位も名誉も、何もかも、恵まれてきた。望めば、手に入った。
だからこそ、彼の心は空虚だった。
挫折も知らぬ彼にとって、世界はあまりに単純で、簡単すぎて、無色であった。
天才の苦悩。
贅沢すぎる悩みだが、彼にとってそれはあまりにも重大すぎる欠陥であった。
そんな彼にとって、初めて見えた色。無色の世界に見えた黒い、黒い炎。それが、アンセルムスであった。
そして、彼は悟った。そうだ、俺はこいつを導くために今まで生きてきたのだ、と。
男は狂喜した。
やっと、自分と言うものの役目を見つけたのだから。
少年に戦術を教え、傭兵としてのいろはを教え、連れまわした。
闘う技能以外を、少年は吸収した。いつか、世界に刃向うその日のために。
クエンティンの望むとおりに少年は、いや、それ以上の存在へとなった。
世界をいずれ壊すであろうアンセルムス。
それは、クエンティンなりの神への復讐だったのかもしれない。
それまで自分に生の実感を与えてはくれなかった、造物主への最初で最後の抵抗。
それも、今、終わる。
オリュン山の頂上。
荒れ狂う風と、雲の波。
光り輝く太陽は、地上よりも近く、空は蒼い。
クエンティンの蒼穹の瞳が、世界を見える。
無色だった世界は、今、確かに色を放っている。
世界の頂上から、地上を見渡すクエンティン。
「ほう、世界とはこうまで美しいものだったか」
そして、その世界が業火に染まるその時を見れないことだけが、彼にとって残念であった。
そんな彼の耳に、音が聞こえる。
「――――――――さあ、始めようか」
愛用のサーベルを抜き、不敵な笑みを浮かべてクエンティンは振り向いた。
少し離れたところに立つ、上半身裸の男。下半身にまかれた衣は風になびき、その背中から生える八対の翼は、鈍く輝いている。
長い髪を揺らめかせるその男。
「魔神、ハーイア」
ゾドークの66魔神序列一位。
最強の魔神。
「さあ、やろうか」
伝説の傭兵王は、最強の魔神に不敵な笑みを浮かべて切りかかる。
ハーイアの八対の翼。鋭利な剣劇を繰り出す翼の攻撃は、クエンティンのスキルをもってしても、防ぐことはできない。
流石、魔神だな。
笑うクエンティン。身体は血まみれ、内臓がいくつか潰されている。
容赦ない魔神の攻撃。
クエンティンの剣劇は、その八対の翼の守りに阻まれる。
(よぉ、見ているか、アンセルムス)
クエンティンはただ、少年に言う。
(これが、お前が超えるべき壁だ)
お前はどうやって、こいつを倒すのかな。
死を目前にしても、彼はただ笑う。
自身の命さえ、彼にとってはどうでもいいこと。もはや、生きることさえ飽きていたから。
へらへら笑う傭兵王。
その身体は血を流しすぎたためか、もはや力も出ない。
急激に失う力を感じながらも、傭兵王は剣を振る。
だが、愛用のサーベルは、半ばから折れた。
そして、武器を失ったクエンティンの頭部に、ハーイアの翼が叩き込まれた。
(じゃあな、クソガキ)
クエンティンの頭部は、八対の翼によって、跡形もなく切り刻まれた。
頭部を失った肉体は、力なく倒れ、オリュン山の斜面を転がる。
剣のような突起により、ズタズタに切り裂かれ、やがて、跡形もなく消えた。
傭兵王クエンティンがハーイアに挑み、死んだ。
一つの伝説が終わった。
傭兵王クエンティンの物語は終わったのだ。
これにより彼の傭兵団も解体され、彼の時代は終わった、と物語も歴史も語っている。
だが、彼の作り上げた傭兵団は、アンセルムスと言う少年とともに歴史の陰で生き続けていた。
その後、闇にまぎれながらも、いずれ来る戦乱に備え動き続けるアンセルムスと傭兵団。
各地に争いの種をまきながら、彼らは潜伏し始める。
各地に散り散りとなりながらも、彼らは待った。
時が来ることを。
そして、バーティマ革命の際、アンセルムスにより招集された彼らは歴史の表舞台に立つこととなる。
悪名高き、アンセルムスとその傭兵団。
それを作り上げたのは、傭兵王クエンティンであったとは、誰も知ることはない。
「・・・・・・・・・・・・」
「アンセルムス様?」
美しいダークエルフに問いかけられ、意識を戻すアンセルムス。
アセリアはその後、美しい大人の女性となっていた。
アンセルムスの命を忠実に守り、こうして駆けつけた。
他にも、洗脳した傭兵や、アセリア同様意識をしっかりと持ちながら、アンセルムスに忠誠を誓ったものがいる。
これから挑むのは、勝ち目のない無謀な戦争。一方的で、救いようもない戦い。それでも、彼はやらなければならない。
彼が、彼であるために。
傭兵王クエンティンが、彼らしく死んだように、彼も彼らしく死ぬ必要がある。
その時まで、闘い続ける。
たとえ、どれだけの屍を築こうとも。
「さて、では戦いを始めるとするか」
アンセルムスはそう言うと、パラメスより連れてきた傭兵団も加わった自身の軍勢に命令を下す。
「バーティマを解放せよ!愚かな私欲に走った、売国奴を殺し、今こそ、市民の手に街を取り戻すのだ!」
アンセルムスの戦いがその時、本当の意味で始まった。




