傭兵王と少年 (2)
「自分ひとり面倒見きれねえ無能物が、とんだ拾い物をしたなあ」
えぇ、と少年を見る傭兵。
少年はダークエルフの少女とともに、傭兵団の仲間たちに囲まれている。もっとも、仲間とは彼らも少年も思ってはいないが。
少年にとって、この集団はただ生きるためだけのもの。絆や愛情も、信頼もない。
少年は静かに傭兵王クエンティンを見る。周囲の傭兵たちも彼を見る。
結局のところ、このダークエルフの少女の処遇はこの男の一存で決まるのだから。
「面白い、小僧。許してやろう。ただし、そいつの食事も命もお前がどうにかすることだ」
仮に、傭兵団の中で少女が暴行を受けたとしても、それはお前の責任だ。そう言う傭兵王を睨む少年。
傭兵王に面と向かって敵意さえ向ける身の程知らず菜少年。傭兵たちは知らず、冷や汗をかく。
傭兵王の力を知るものならば、逆らおうとするものなどいない。にもかかわらず、この少年は傭兵王に平然と敵意を向ける。
それを面白そうに笑うだけのドレッドヘアの男。
「クエンティン」
そんな彼に、少年は声をかける。
「なんだ、まだ言いたいことがあるのか、名無しの小僧」
「俺の名前は、アンセルムスだ」
その名前を聞き、ピクリと傭兵王の眉が動く。
そして、傭兵王は愉快、と言った表情で黒髪の少年を見る。
「お前にはぴったりの名前だな、アンセルムス」
そう言い、背を向けたクエンティン。傭兵たちも、思い思いに散り、少年と少女だけが残された。
「アンセルムス、と言う名前が、なぜあの少年にぴったりだと?」
シュビリークは先ほどの依頼で手に入れた報酬を数えながら傭兵王に尋ねる。
傭兵王は椅子にふんぞり返り、葉巻を吸っていた。
「アンセルムス、というのはとある古代神話で出てくる人物の名前だ」
「神話、ですか」
「ああ」
クエンティンと言う男は粗野な印象を受けるが、博識であり、戦術にも富む男だ。外見にだまされて油断する者もいるが、それは大きな間違いなのだ。
「君に対して反逆を起こす愚か者さ。神を信じながらも、疑念を抱いた奴は、神に刃を向けた」
クエンティンは煙を吐いて、再び葉巻をくわえる。
「結果、そいつは神の恩恵を失う。すなわち、スキルを。そして、天上の住人から、この罪深き地上の住人となった」
「・・・・・・・・・・・」
シュビリークは沈黙する。
どうして、そのようなものとあの少年の名前に合うのか、彼にはさっぱりであった。
それを理解できていない様子のシュビリークに、クエンティンは笑う。
くつくつと、暗い笑みであった。
ダークエルフの少女、アセリアは少なくとも、彼女の責任者のアンセルムス少年よりは使い物になった。
実体のある分身を作り出す能力であり、少女自身、森に棲んでいただけあり身体能力は高い。
闇にまぎれるダークエルフの特徴もあり、夜襲や潜伏任務に優れていた。
とはいえ、傭兵団に所属しながらも、その忠誠を剥ける相手は傭兵王ではなかった。
あの、無能力者の少年であった。
アンセルムスは未だ、傭兵団のお荷物でしかない。そんな彼にのみ、アセリアは口をきき、命令を受ける。
ダークエルフとはいえ、その美しさに女に飢えた傭兵が手を出そうとしたが、少女の起点もあり、その事態は未だ訪れていない。
それに、そうしたことを企てたものは、次の任務でことごとく死亡していた。
それが少女の手によるものか、アンセルムスのものか、それはわからない。
だが、傭兵たちはアンセルムスと少女に手を出すことは得策ではない、と感じていた。
アンセルムスが力をつけてきた、と感じるようになり、その危険性をシュビリークは肌に感じていた。
それまでは見えなかったアンセルムスの闇が見えてきたのだ。
才能のない少年、と侮っていたが、前回の任務では巧妙な罠を仕掛け、盗賊たちを一掃させた。
普通ならば考えつくことさえない、残忍な作戦。
傭兵である彼には、多くの残虐な行為の経験はあるが、そんな彼でも気が引けるものであった。
またある任務では国の騎士を捕まえ、情報を得ようとし、傭兵たちが四苦八苦していた時、アンセルムスが少女とともに現れ、拷問を変われと言ってきた。
厄介なことに、傭兵王の命令とあれば、従わぬわけにはいかない。
「こいつは口を割らないぞ、忠誠心の強い狗だからな」
少女を見て揶揄するシュビリークに目すら向けずにアンセルムスは捕虜の前に進む。
シュビリークは背を向けて扉を閉める。
そして、その瞬間、絶叫が響いた。苦痛に痛みさえ上げなかった捕虜の、耳を押さえたくなるほどの声。
その後、拷問室に向かった時、騎士は死んでおり、その前には騎士の物ではない生首があった。
聞くと、それはその騎士の妻子のものであるという。
短期間で捕虜の情報を調べ上げ、妻子を殺した。ただ、その騎士から情報を得るためだけに。
アンセルムスの冷え切り、底の見えない黒い瞳を見て、シュビリークは震えあがる。
得体の知れない何かに対する恐怖。
だが、それを共感する者はいない。
シュビリークは仲間にはそのことを言えなかった。言ったところで、あの無能物を恐れる必要はない、と。
「団長」
「シュビリーク、か。どうした、怖い顔をしているぞ」
いつものようにクエンティンは葉巻を吸い、愛用のサーベルを磨いていた。
彼の後ろにある寝台には裸の女が横たわっている。傭兵王によって気まぐれで買われた娼婦だろう。気の毒なことに、傭兵王の気に触れたのか、首から血を流して絶命している。
「また、ですか」
「おう、気に入らん女ばかりだ。まったくもって」
そう言い、冷徹な目をするクエンティン。どことなく、アンセルムスと通じるものを感じる。
そうか、俺はアンセルムスにこの傭兵王と同じものを感じているのだ。
「アンセルムスについて、です」
「ほう、お前があいつについて、ねえ」
クックック、と喉を鳴らすクエンティン。ゴクリと唾をのみ込み、シュビリークはクエンティンに口を開く。
「傭兵王、アレは危険すぎます。早急に追放すべきです」
「ほう、あんな無能力者、お前が恐れる存在ではないだろう」
「・・・・・・・・・・・」
そう言う傭兵王の目は不敵に光っている。
傭兵王がここまで心の底から楽しそうにしているのを、シュビリークは知らない。
絶大な力と名声を得た傭兵王にとって、世界は退屈なものでしかない。一時の楽しみを感じ、すぐに飽きてしまう。それが傭兵王。
気まぐれで圧倒的な暴力を振舞い、慈悲を与える。
アンセルムスはその気まぐれで拾っただけ、と思ったのだが、あの様子を見る限り、そうではないのだろう。
与平王は知っているのだ、アンセルムス、という少年の本質を。
「アレは、異常です。あの頭の中で何を考えているのか、俺にはわからない。あの目、まるでこの世のすべてを憎悪するような眼・・・・・・・・・・あれはいずれ俺どころか、この傭兵団さえ滅ぼす。そんな予感さえするんです」
シュビリークのそのあまりの怯え用を、クエンティンは馬鹿にはせずに、ゆっくりと肯定するように頷く。
「だろうなぁ、アレは異常だろうな」
傭兵王は静かに同意する。
「アレはきっと、この世界の理の外にいる存在だ」
「理の外?」
頷くクエンティン。傭兵王は目を細めてシュビリークを見る。
「アレはな、神の祝福を受けていない。この世界、というものから拒絶された存在だ。今までの歴史でも、無能力者、と言うものはいたが、実はな、そいつらは皆、この世界の人間ではなかったんだな」
「?異世界人、ということで?」
「そう」
クエンティンは頷き、肯定する。
異世界の人間ならば、この世界の神の恩恵など、受けられるはずはない。
だが、アンセルムスはどうか。
アンセルムスは確かにこの世界で生まれた存在。にもかかわらず、なぜスキルがないのか。
「あんなのにスキルを与えることなど、できないだろうなあ。なにせ、アレは世界を、神すら殺しかねない器。だから、神はスキルも、あらゆる才能もすべて与えなかった」
だが、逆にそれがアレをアレたらしめた、と皮肉な笑みを浮かべるクエンティン。
「面白いじゃあないか」
ただ、笑うクエンティン。
飽きるだけの毎日。退屈な日常。本気になれば、魔神すら凌駕する実力を持ち得たために、何にも価値を見いだせない傭兵王。
そんな彼にとって、そこの知れないアンセルムス、という不確定要素は興味以上の存在であった。
いずれ世界を壊す、そんな存在。
退屈を友とするクエンティンに、これほど愉悦を与えるものがほかにあるだろうか。
そんな傭兵王を、漠然とシュビリークは見る。
「・・・・・・・・・アレを、放置する、と?」
「そうだ」
シュビリークの危惧は大きくなる。
このままでは、傭兵団も傭兵王も自分も、あの少年に滅ぼされるのでは、と。
少年が傭兵団に何の価値も見出していないことを、シュビリークは知っている。
彼がここにいるのは、それが彼にとって都合がいいからでしかないのだ。アンセルムスの中の位野望を叶えるための前段階として。
世界各地に赴き、任務を遂行する。その特質上、世界事情には当然詳しくもなる。
戦術、土地、気候、人、宗教。いずれ世界を敵にするとき必要となる知識と経験。それだけのために、少年はここにいるのだ。
きっと、その気になれば、少年は傭兵団の中に混乱を持ち込むことくらい、容易くはないだろう。
止めなければ。
シュビリークにとっては、この傭兵団は彼のすべてであった。
それを、あんな得体の知れない小僧に、壊されてたまるか、と。
シュビリークの中の少年への殺意を感じながらも、傭兵王はただ笑うだけであった。
「シュビリーク、お前が何をしようと、俺はお前とあれには干渉しない。だから安心しろや」
傭兵王の言質ともとれる発言。
これは殺せるものならやってみろ、という傭兵王の許可だ。
シュビリークはその言葉を受け、決意を決める。
アンセルムスを殺す、と。
シュビリークによって計画されたアンセルムスの殺害計画。それに賛同する者は多くいた。
傭兵王から特別扱いをされる小僧に、反感を持つ者は多かった。
ダークエルフの少女がいない今、アンセルムスは丸腰も同然。
夜、寝静まったねぐらで計画は実行された。
アンセルムスの寝床を襲撃したシュビリークたちは、アンセルムスをいともたやすく捕まえた。
抵抗する暇もなく捕まったアンセルムスを、傭兵たちはゲラゲラ笑う。
そして、その生意気な面に拳を打ち付ける。
血反吐を吐き、うつむくアンセルムスの髪を掴み、鬱憤を晴らすために殴りつける。
シュビリークは止めなかった。しつけのために、殴っていたら死んだ。傭兵王に対する言い訳はそれでいい。
殴られ続けるアンセルムスは、うめき声も上げない。
シュビリークは、アンセルムスを見る。
こいつならば、自分の待つ運命はわかっているはずだ。惨めに叫んで、だっだと死ねばいいものを。
そう思ったシュビリークの目とアンセルムスの目が合う。
ゾ、と背筋に何かが奔る。
アンセルムスは、嗤っていた。
殴られながらも、その黒い瞳は、絶えず光を放ち続ける。
「―――――――――」
何事か、アンセルムスが呟いた。その瞬間、いきなりアンセルムスを殴っていた傭兵たちの手が止まる。
そして、虚ろな瞳で周囲の仲間を見る。
何事か、と様子を見ていた傭兵たちが仲間を見る。突然、動きが鈍くなり、こちらを見た傭兵の仲間を、戸惑いの目で見る。
なんだ、とシュビリークも訳が分からなかった。
アンセルムスには、魔術を使う気配もなければ、そういったスキルも魔術も持たないはずだ。
ならばなぜ、と思うシュビリーク。そんな彼の前で、虚ろな表情の傭兵の一人が仲間の一人にかみついた。
首筋にかみつき、その肉を引き千切る。獣のような衝動に突き動かされ、それは仲間の喉笛にかみつき血肉をあさる。
「何が―――――――」
そう思うシュビリーク。同じように、錯乱したように襲い掛かる傭兵たち。虚ろな瞳の傭兵を相手に、正気の傭兵が自衛をする。
剣で切り付けても、とどまるどころか歯を向ける。そんな、狂気に駆られた傭兵を見た傭兵は恐怖の叫びをあげた。
恐怖は伝染し、あたりは狂乱となった。
殺し合う傭兵たち。
そのうち、誰が正気かもわからなくなり、疑心暗鬼に陥り、正気の仲間さえ殺す。
その騒ぎの中、アンセルムスは一人、殴られた頬を撫でながら笑っていた。
シュビリークは襲いくる傭兵を倒しながら、それを見た。
すべて、この小僧のせいだ。
この小僧が、何かを仕込んだのだ。
シュビリークは自身の失敗に気づいた。この少年にとって、自分のようなものがいずれ殺しに来ることは想定済みだったのだ。
彼の懐刀のダークエルフなしでも対抗できる術を、この狡猾な少年が用意していないわけがなかったのだ。
「・・・・・・・・殺してやる」
シュビリークは憎悪の目でアンセルムスを見る。
自分の居場所である傭兵団。そこを壊されてなるものか。
シュビリークは、幼いころより、傭兵王に忠誠をつくし、生きてきた。親のように尊敬し、全てをゆだねてきた。
それなのに。
びゅん、とシュビリークの姿が消えたかと思うと、彼の姿はアンセルムスの背後にあった。
「死ね、アンセルムスッ!!」
シュビリークのナイフが迫る。
逃げることはできないはずだ、とほくそ笑むシュビリーク。
そのシュビリークの脇腹を、激痛が襲う。
見ると、そこには刃が生えていた。
背後から突き刺された剣。
シュビリークは背後を見る。
「貴様、いないはずでは・・・・・・・・・・・・」
シュビリークが見たのは、いないはずのダークエルフの少女。
「ええ、本体はいませんよ、シュビリーク副隊長殿」
ニヤリと笑うアンセルムスがシュビリークの手からナイフを奪い、それを即座に彼の手の甲に突き刺す。
「ああああああああああああああああああっ!!!」
これまで誰にも傷つけられたことのない身体とプライド。それが、激痛にさいなまれる。
「何故だ、こいつのスキルは、幻は、本体から離れては動けないはず・・・・・・・・・・」
うずくまるシュビリーク。彼は瞬間移動をしようとするが、激痛で集中はできないうえに、未だダークエルフの少女に腹を刺されている。
混乱の中、余裕の笑みを浮かべるアンセルムス。
「馬鹿め、むざむざそれを信じていたのか?お気楽だなあ、副団長殿」
嘲笑うアンセルムス。
「俺が切り札を手放すわけないだろう?」
「くそ・・・・・・・・・・・」
血を流すシュビリーク。そこに、冷静な傭兵王の副官はいなかった。
「あらかじめ、暗示をしといた甲斐がありましたよ。あと、この部屋にも精神錯乱させる香が焚いてあるんですよ」
「なぜ、俺が今日、実行する、と・・・・・・・・・・・・」
シュビリークの呻きに、アンセルムスは侮蔑の瞳を向ける。
「あんたらは油断しすぎなんだよ。魔術やらスキルやらに依存し過ぎで、それを過信しすぎている。俺は、それを逆手に取っただけさァ」
魔術もスキルも持たないアンセルムス。そんな彼だからこそ、それに慣れた者たちが見落とすものが見えているのだ。
それに、アンセルムスにもわずかとはいえ、魔力があり、使うこともできる。魔術による交信を読めない、などと考えていた傭兵たちは間抜けだ。
「ぬぅぅぅん」
唸るシュビリーク。このような小僧に、してやられた。その屈辱に、表情がゆがむ。
「安心しな、シュビリーク。あんたの代わりに、俺がこの傭兵団をまとめ上げてやるからよぉ」
「き、サマァ」
シュビリークはその手を伸ばしその細い首をへし折ろうとする。が、その手は背後のダークエルフに抑えられる。
「!?」
そして、その腕があらぬ方向に曲がる。べき、と何かが砕ける音とともに。
「あっあぁぁああああああぁああ?!!」
「いい加減、お前を見るのも飽きたな」
シュビリークを見て、アンセルムスはそう言った。
そして、彼は苦しむシュビリークの喉元にナイフを突きつける。
「ま、待て・・・・・・・・・・」
恐怖に目を剥き、命乞いをしようとするシュビリーク。だが、アンセルムスは止まることなく、一文字にその喉を掻き裂く。
血が噴き出し、アンセルムスの顔を赤く染め上げる。シュビリークは自分の死すら信じられない表情で事切れた。
アンセルムスの周りでは、傭兵たちの殺し合いも終わりを迎えていた。
死傷者であふれる部屋を見て、アンセルムスはただ嗤った。




