最終話.みぃちゃんとガラスコップ
キュッと捻った蛇口から細い水の流れがまっすぐ落ち、
新品のガラスコップの底に当たって澄んだ音を立てた。
透明な水は静かに溜まり、コップの内側を滑るように
水面が少しずつ上がっていく。
縁の近くまで満ちたところで蛇口を閉めると、水音はスッと止み、
コップの中には揺れの残る水面だけが静かに光を映していた。
真新しいガラスコップに蛇口を捻って水道水を入れた
富恵は祈る思いで、コップを食器台にそっと置いた。
(頼むでぇ。アンタが頼みの綱や)
何とも頼りない綱だが、今の富恵には新品のガラスコップに頼る他なかった。
やがて、炊事場に現れたみぃちゃんは食器台に近付き、
新しい広口ガラスコップをジーッと見詰めた。
そして、クンクンと匂いを嗅ぎ、
ついに――
ペチャペチャペチャペチャペチャ!
「ヨッシャャャャャャャャャ!!」
富恵は感動のあまり、思わず声を上げて拳を突き上げた。
今までが嘘のように、みいちゃんは心ゆくまで水飲みを堪能した。
水を飲み終えたみぃちゃんはその場に腰を下ろして
「これこれ、やっぱり水はガラスやないとね」と言わんばかりに、
前脚で顔を撫でながら、目を細めて満足気な表情を浮かべた。
その後、食欲も完全復活したみぃちゃんは、
チュールもカリカリもモリモリ食べた。
その様子を目の当たりにした富恵は、まさか「食」以外に
そんなこだわりがあるとは思いもよらず、思わず天を仰いで叫んだ。
「そこなんかい!!」
富恵に降りかかったこの怒涛の三日間は、
「コップの材質」という、あまりにも些細で、
あまりにも猫らしい理由で幕を閉じたのだった。
昔から「犬は人に付き、猫は家に付く」と言われるくらい
猫は周囲の環境の変化に敏感に反応する。
もし、愛猫の体調に異変が起きたときは病気だけでなく、
環境の小さな変化にも目を向けてはどうだろう。
そこに愛猫の新たな一面が垣間見えるかもしれない。
なお、後日、今回の騒動の顛末が自作アニメのバズるネタになるのではと、
富恵がニヤリと笑うと、その余りにも“捕らぬ狸の皮算用”的微笑みを
見た母の佳恵から「あんた、人相悪るなってるで」とツッコまれったとか。
《おしまい》




