↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/6

一.沈黙の朝

 ここは笑いと人情が交錯する街、―大阪―

 大らかな土地柄にフレンドリーな人々が集う街、―大阪―

 阪神タイガースの戦いに一喜一憂する街、―大阪―

 粉もん文化が息づき、ソースの香りが漂う街、―大阪―


 この物語はそんな街の片隅で繰り広げられる、

 おバカな飼い主と愛猫の日常を描いたものである。


 大阪市内某所―

 その日の朝、ようやく依頼されたイラストの修正を終えた

 佐藤 富恵、三十三歳、独身、実家暮らしは、

 徹夜で強張った体を椅子に座ったまま伸ばしていた。


「う~んっ、やっぱ、この歳で徹夜はキツイわぁ」


 そろそろ、仕事のやり方を考えた方がいいかもしれないと、

 富恵が思ったと同時にお腹が「グゥ~ッ」と、

 何とも情けない声を上げた。


「そういうたら、夜食も取らずに、夜中ぶっ通しで描きっ放しやったな」


 そりゃあ、腹も減りますわぁと、富恵は二階の仕事場兼自室を後にした。


 木造モルタル二階建ての実家は昭和を色濃く残す下町の風情がよく合う家だ。

 薄い鼠色のモルタル壁は朝の光をやわらかく受け止め、

 所々に残る細かなヒビが年月を物語ている。

 低い瓦屋根がゆるやかに影を落とし、木製の玄関扉は少し色あせているが、

 その古びた質感がかえって温かい。

 窓には細い格子がかかり、すりガラス越しに朝の淡い光が滲んでいた。


 そんな家の一階のこじんまりした炊事場兼食堂へ富恵が入るや否や、

 朝の挨拶もなしに、母親の佳恵が血相変えて迫ってきた。


「富恵、おかしいんや」

「なんやの? “おはようさん”もなしに」


 怪訝な顔をする娘に佳恵は深刻な口ぶりで言った。


「みぃちゃんが、食べへんねん。あんた、何か知らへん?」


 みぃちゃんとは、佐藤家の飼い猫ことである。

 今年で齢(よわい)一〇歳(人間で約五六歳)を迎えるオスのキジトラで、

 友人に連れられて行った譲渡会で一目惚れした富恵が

 両親の断りもなく家に連れ帰ってきた。


 初めは、無断で猫を受け入れることに拒絶反応を示していた両親も、

 みぃちゃんの愛くるしい仔猫姿と人懐っこい性格に次第に心許すようになり、

 今では家族の一員として迎え入れ、みんなでお世話している。

 ちなみに、譲渡会出身なので、当然「去勢済み」である。


 そして、母親の佳恵によると、いつもなら「ニャー、ニャー」と

 うるさいくらい朝ご飯を要求するのに、今朝に限って居間の座布団の上で丸くなってピクリともしない。

 わざわざ鼻先に餌を近付けても、なめる程度ですぐに丸くなる。


 これは何かあると、心配した佳恵は娘の富恵に

 何か心当たりがないか訊いたのである。


 しかし、富恵は不満げに返した。


「それだけ?」


 真顔で肯く母親に呆れつつ、富恵は猫の気まぐれなど、

 よくあることだと、切って捨てた。


「そんなん、いちいち気にしていたら何もできひんよ」

 

 何しろ、買ってきたオモチャより段ボールである。

 エサやオヤツにしても、気に入らなければ、

 ソッポを向くなど、普通にある。

 まあ、最終的には何事もなかったかのように

 食うのだが……。


「せやけど、今までこんなこと一度もあらへんかっんたよ。

 あんた、ホンマに何の心当たりもあらへんの?」


 食い下がる佳恵に小さく息を吐いた富恵は席に着くと、

 空腹に耐えきれず、仕方なく従うことにした。


「わかった。朝ご飯たべたら、すぐに様子見るから。

 早よ、ご飯、ちょ―だい」

「ホンマに見るんやで。

 この家に連れてきたんは、あんたやからな。

 ちゃんと、最後まで面倒見るんやで」


 そう釘を刺した佳恵は富恵の朝食に取り掛かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。