第29話「内なる乱」
十二月。
空気は鋭く、街は光で飾られ始める。
大型案件は順調に進み、売上は過去最高を更新した。
社内は活気づく。
だが活気は、時に摩擦を生む。
発端は些細だった。
AI開発チームの若手、真鍋が退職を申し出た。
理由は一言。
「方向性が違う」
徳川は面談に同席する。
真鍋は優秀だ。
アルゴリズム改善の中心人物。
「何が違う」
徳川が問う。
真鍋は目を逸らさず答える。
「最近、商業寄りすぎます」
大型案件への最適化。
カスタマイズ優先。
基礎研究の時間が削られている。
「会社だから当然だ」と言えば簡単だ。
だが徳川は沈黙する。
面談後、チームはざわつく。
「真鍋が辞めるなら…」
連鎖の気配。
城の内側で、ひびが入る音。
緊急チーム会議。
若手たちの不満が溢れる。
「研究に集中できない」
「短期成果ばかり」
徳川はすべて聞く。
反論しない。
夜遅く、石橋に報告。
「内側が揺れている」
石橋は静かに言う。
「成長の痛みだ」
だが痛みは放置すれば傷になる。
徳川は北村にも相談する。
北村は腕を組む。
「辞めたい者は止められん」
「止めたいのではありません」
徳川は言う。
「納得させたい」
数日後、徳川はAIチーム全員と一対一で話す。
それぞれの不満。
理想。
将来像。
真鍋は最後に言う。
「研究で勝ちたい」
徳川は頷く。
「分かる」
その夜、徳川は考える。
大型案件は確かに会社を支える。
だが、基礎が弱れば未来はない。
戦国で言えば、兵糧と訓練。
目先の勝利ばかりでは軍は痩せる。
翌週、徳川は提案を出す。
「基礎研究枠を正式に設ける」
売上の一定割合を研究投資へ。
短期成果とは別評価軸。
役員会は難航。
「今は攻め時だ」
「投資はリスク」
徳川は数字を示す。
競合の研究投資比率。
長期成長モデル。
そして言う。
「人が離れれば、成長は止まる」
北村が問い返す。
「研究は利益を生む保証があるか」
「ありません」
徳川は即答。
「だが、生まない保証もありません」
沈黙。
石橋が静かに言う。
「攻め続けるには、鍛錬が要る」
最終的に、限定的な研究枠が承認される。
完全勝利ではない。
だが一歩。
徳川は真鍋に伝える。
「研究枠を作る」
真鍋は驚く。
「本当に?」
「ただし成果は問う」
甘やかしではない。
挑戦。
数か月計画の研究テーマが立ち上がる。
若手の目が再び光る。
十二月半ば。
社内の空気は落ち着きを取り戻す。
退職は撤回。
真鍋は言う。
「続けます」
徳川は短く頷く。
だが徳川自身の内側も揺れていた。
選択の連続。
責任の重さ。
夜、帰宅後に疲労が残る。
母からの電話。
「最近、声が疲れてる」
徳川は笑う。
「戦だから」
母は笑う。
「ほどほどに」
十二月下旬。
研究チームが新しい仮説モデルを提示。
小さな突破口。
社内発表。
拍手は控えめだが、確か。
北村が徳川に言う。
「若い芽を折らなかったな」
「折れば楽です」
「だが残らん」
北村は頷く。
天下とは何か。
外に勝つことか。
違う。
内を保つこと。
城は外敵より内乱で崩れる。
徳川はそれを知っている。
だから聞き、調整し、枠を作る。
クリスマスの夜。
オフィスは静か。
窓の外、街は光る。
徳川は一人、椅子に座る。
今年も終わる。
若武者は少しずつ将へ近づく。
だが完全ではない。
迷いもある。
揺れもある。
それでも立つ。
内なる乱を鎮めるために。
天下は遠い。
だが形は見えてきた。
人が続けたいと思える場所。
それが城。
徳川は立ち上がる。
灯りを消す。
戦は続く。
外でも、内でも。
だが恐れは薄れた。
揺れを受け止める術を覚えたから。




