9話 vs.ニコチン
俺たちの予想は当たっていた。ニコチンは会話を盗み聞きし、増援を呼んだらしい。
《トキシポイズ》には、社員であることを示すバッジを胸元に付けなければならないというルールがあるのだが、さっきからそのバッジを付けた人間をたくさん見かける。のんびりしていたら逃げられなくなるな。
彼らは人目につくところで襲ってきたりはしないはずだが、この町には人気のない場所が各所にあり、いつ襲われるか分かったものではない。
今は大通りを歩いている。レンタル自転車は返却してきた。俺たちは胸を張って堂々と歩いている。組織の人間とすれ違っても気にせずに。
彼らも俺たちの横を素通りしている。当然、彼らは俺たちに気づいているが、町中で襲うわけにもいかないのだろう。警察の目もある。特に今日の警察は殺気立っているため、こんな場所で下手な真似はできないだろう。
しかし、それもいつまで続くか分からない。人目につく場所で派手なことをするのは『好ましくない』というだけで、全くやれないことはないのだ。
痺れを切らしたニコチンが町中で銃をぶっ放してきても不思議ではない。
ちなみに、今は俺もイブプロ先輩も服を着ている。何故かと言うと、俺たちの敵は《トキシポイズ》だけではないからだ。
全裸になれば警察にも追われてしまう。冷静に状況を見極めるために、服を着たまま町の様子を観察しているのだ。
「社員、めっちゃいますね」
「だな。こんなところで作戦を説明するわけにはいかないが……しかし、だからと言って人気のない場所に行けばすぐに襲い掛かってくるだろうし……」
俺たちがどうしようかと悩んでいるところに、凄まじい勢いでブーストお婆ちゃんが駆け付けてきた。俺たちの横に急停車し、台車を顎で指し示す。
「乗りな」
「いいタイミングだ。ありがとうブー婆。助かるよ」
先輩が嬉しそうにお礼を言う。俺と先輩は台車に乗った。
ブーストお婆ちゃんの台車に乗るということは、【曇町のウグイス】の関係者であることがバレてしまうということなので、俺たちは覆面を被って乗った。俺は服を脱がずにおいたが、念のために先輩は全裸となった。
ブーストお婆ちゃんがゆっくりと加速しだす。走る場所は車道だ。ブーストお婆ちゃんの出すスピードで歩道を走行すると死者が出る。
やがて法定速度ギリギリくらいまで速度が上がった。こんな速度で走っていれば、盗み聞きなどできないだろう。ようやく先輩の作戦を聞くことができそうだ。
「バー婆とビー婆はどうしたんだ?」
「二人とも他のウグイスたちのサポートをしとる」
先輩の質問に素っ気なく答えたブーストお婆ちゃんは、俺の方にちらりと視線を寄越した。
「……そこの坊主は、確かカロナールとか言ったな」
「はい。イブプロ先輩の後輩です」
「駆ちゃんは作戦前からお前さんを仲間に引き込むと決めとった。お前さんは例の組織の中でも正気を保っているっつってな。しかし、さっきお前さんは駆ちゃんのことを撃った。……本当に信用してもいいのか?」
目出し帽から覗く目は、俺のことを訝しげに睨んでいる。
「……俺は、先輩に協力するしかない立場なんです。もし先輩を裏切っても、組織に殺される。俺が生き残る道は、《トキシポイズ》を崩壊させることだけです。だから俺は先輩と戦う。戦って、勝って、自由を掴み取るんだ」
「そうか……」
ブーストお婆ちゃんはそれ以上何も言ってこなかった。
〇
イブプロ先輩から作戦の全容を聞かされた。暴力的手段に訴えかけるような強引なやり方ではなく、なおかつこれほど効果的にダメージを与える方法というのも、そうそうないだろう。
「よくぞここまで準備しましたね。ほぼ完璧じゃないですか。テレビ局にも仲間を送り込んでるんでしょう?」
「ああ、カメラマンとしてな。こういった諸準備に時間を食って、計画の実行まで二年を要したわけだが」
「これまでに三度も全裸爆走をやってたからこそ、今の状況があるんですよ。費やした二年は決して無駄じゃないです。このまま上手くいけば、俺たちの勝ちですね。ただ……」
先輩はその先の言葉を予想したのか、苦々しい表情で頷いた。
「ニコチンにバレたのが痛い。増援を呼ばれ、いくら何でも敵が増えすぎた。警察だけなら誘導できるが、《トキシポイズ》の連中の相手をする余裕はない」
「だとすると、ニコチンを撃破することが現状の最優先事項ですね。連中を取り仕切っているのは十中八九ニコチンでしょう。奴を行動不能に陥れることで統率が取れなくなるはずです」
「俺はこれから最終調整に行かなくてはいけない。ニコチンのことを頼みたいんだが、できるか? バビブ三姉妹や他のウグイスたちと連携してニコチンを倒してほしい」
「任せてください。あの偉そうなニヤケ面に一発入れてやりたいってずっと思ってました」
「頼んだぞ。健闘を祈る」
それから先輩はリンゴ川に程近い場所で台車から降りた。ここからまた別行動だ。俺はそのままブーストお婆ちゃんの台車に乗った状態で、ニコチンの捜索を始めた。
〇
「一旦休憩しませんか?」
俺が提案すると、ブーストお婆ちゃんは無言で路地裏に突入した。曇町の路地裏は、先述した通り複雑怪奇に入り組んでいるわけだが、ブーストお婆ちゃんはまるで自宅の庭のように迷いなく進んでいった。
そのうち、ちょっとした広場に出た。広場とは言っても、四方は雑居ビルに囲まれている。ちょっと広いだけの何もない空間だ。先ほどの空き地よりは一回りほど広いが、見事に何もない。
「ここには誰も来ねぇ。休みてぇならここで休みな。私は他の連中のサポートに戻る」
「え? あの……あぁ、もう行っちゃった」
走りっぱなしのブーストお婆ちゃんのことを気遣ったつもりだったのだが……。しかし、俺が疲れているというのも事実だった。
「ん? でも俺は別に全裸なわけではないから、覆面を脱ぎさえすればその辺で休めるな」
銃を持っているから職質されたらヤバいが、まぁ普通にしてれば大丈夫だろう。それに疲れているとは言っても、呑気にしているわけにはいかない。
任された役目はかなり重要なものだ。俺の立ち回り次第では作戦が失敗してしまうかもしれない。早く行かねば。
俺は覆面を脱ぎ、急いで路地裏を出ようとしたのだが、どこから出ればいいのか分からず、とりあえず目の前の道に行ってみようと足を踏み出した。その時。
「裏切者、み~つけた!」
声がして、振り返る。そこにはニコチンとその部下三名がいた。ニコチンはニヤニヤしながら俺に銃を向けている。
「こんなとこで会うなんて奇遇ですね。そちらは男四人で観光っすか?」
軽口を叩いてはみたものの、実際俺の脳内はパニックになっていた。
マズいぞ。こんなところで、しかも四対一の状況だ。会いたかったが、今じゃなかった。
「お前とイブプロを抹殺しろってのがボスからのお達しだ。馬鹿だよなぁ、お前ら。組織を敵に回してタダで済むと思ってたのか?」
「組織を敵に回す? 何のことですかね? 俺は別に裏切ってなんか」
俺の言葉を遮るように、銃声が響く。俺の背後の壁に弾丸がめり込んだ。
「もう全部バレてんだよ。ここじゃ逃げ場もない。テメェは終わりだ。次は外さねぇよ。……最後に訊くが、イブプロの野郎の目的はなんだ? 奴は何をしようとしている?」
「……さぁ? 知らないですよ」
「あっそ。じゃあもういいや」
ニコチンが今度こそ俺を殺すべく、心臓に標準を合わせて引き金を引こうとしたその時、
「ヒィーハァー!」
雄叫びと共にカウボーイが現れ、銃を持っているニコチンの手をムチで狙い打った。ニコチンは痛みに顔を歪ませながら銃を取り落とす。
「よぉ、助けに来たぜ。bad boy」
〇
「ヒィーハァー!」
突然現れた全裸カウボーイは、俺を攻撃した後、部下たちも次々とムチで打った。俺は落とした銃を拾おうとしたが、走ってきたカロナールが銃を蹴り飛ばしやがった。
「クソが! これでも食らいやがれ!」
俺は素早く催涙スプレーを取り出し、カロナールに噴射した。奴は「目が! 目が!」と呻き声を上げながら目を押さえる。その隙にスタンガンを取り出す。
カロナールに向かってスタンガンを突き出そうとしたところで、顔の前を左から右へと何かが高速で横切った。左を向いてみると、そこには全裸マジシャンがいた。
「It's show time」
マジシャンは無数のトランプカードを俺に向かって投げる。
「畜生! 次から次へと!」
トランプカードは全て顔を目掛けて飛んでくる。当たると結構痛いので、腕でガードしなければならない。俺が怯んでいる隙にカロナールの目は回復したらしく、銃を拾うために動き出している。
「おい! 閃光弾だ! 早く投げろ!」
部下に命じると、すぐに光が弾けた。これでカロナールの妨害ができ、更には馬を光でパニック状態にして制御を失わせることができるだろう。
光が消失した後に目を開けると、狙い通りカウボーイが暴れ馬に振り回されていた。カロナールもまた「目が! 目がァ!」と唸っている。
ようやく俺は銃を拾うことができた。
「よし! これで終わりだ!」
撃とうとした瞬間、暴れ馬に振り落とされて地面に伏した状態のカウボーイが苦し紛れに放ったムチが俺の左肩に直撃し、大きくコントロールがブレた。
心臓を狙ったのに、撃った銃弾はカロナールの右足に当たる。しかし、着弾した箇所は出血すらしなかった。不思議に思い、持っている銃を確認する。
……違う。これは俺が持ってきたものじゃない。カロナールとイブプロに支給されたもののはずだ。であれば、込められているのはゴム弾ということになる。
「まさか……入れ替えたのか!?」
マジシャンが「フッフッフ」と不敵に笑う。
「あなたが銃を落としてからあれだけ時間があったのです。カロナール氏の銃と入れ替えることくらい朝飯前ですよ。マジシャンを舐めないことですね、ニコニコチンチンボーイ」
「ニコチン様だ! 馬鹿垂れが!」
俺は増援を呼ぶべく、トランシーバーを取り出した。しかし、
「助けを呼ばれては困りますねぇ」
と言って、マジシャンにトランシーバーを撃たれた。奴が今持っているのが、俺の銃だろう。
それにしても、なんて精密な射撃だ。こいつ絶対只者じゃねぇ……。
マジシャンはそのまま俺に銃を向けた。カウボーイもいつの間にやら馬を落ち着かせたようで、馬の上からムチを構えている。クソッ!
……でもなぁ、銃は一丁だけじゃねぇ。もう一丁持ってきてんだよ、馬鹿が。俺が懐から銃を取り出そうとしたところで、ドタドタと足音が近づいてきた。
「銃声が聞こえたぞ!」
「こっちの方からだ!」
俺は思わず舌打ちした。警察が来たようだ。俺たちもカロナールたちも、警察に見つかるとヤバい。次の瞬間、この場の全員が蜘蛛の子散らすように逃げ出した。
〇
ニコチンたちとは別の道で逃げようと駆け出した時、マジシャンに、
「カロナール氏!」
と呼び止められた。マジシャンは立ち止まった俺に銃を投げ渡してくる。
「それは【曇町のウグイス】の銃です。あなたに預けておきます」
「ありがとう」
銃をキャッチすると、もうすぐそこまで迫ってきている警察から逃げるべく広場を後にした。撃たれた右足が悲鳴を上げているが、こんなところで捕まるわけにはいかない。俺は気合で足を動かした。




