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最終話 曇町のウグイス

「お、来た来た。やっぱりカウボーイはちゃんと仕事をしてくれるな。カロナールもニコチンをなんとかしてくれたんだろう。本当に大した奴だ。……みんなの協力があったから、ここまでこれたんだ。みんな、本当にありがとう!」

 俺は川の中州で、前方から流れてくる仲間の全裸たちに叫んだ。


「駆ちゃん! そろそろ行けるぜ!」

 ビーストお婆ちゃんが声を掛けてくる。

「ああ!」

 俺は返事して、『それ』に乗り込んだ。


「頑張っといでよ……でも無理するんじゃないよ」

 ブーストお婆ちゃんが心配そうな顔をする。

「ここまで手伝ってくれたみんなのためにも、絶対成功させてみせる。見守っててくれ。──さぁ、テイクオフだ」

 俺の乗った気球は、ゆっくりと上昇を始めた。


     〇


 川を流れる仲間たちが手を振ってくれている。手を振り返しながら、俺はカメラマンの内藤を探した。……あ、いた!

 曇町大橋のところに撮影クルーがいる。今は川をどんぶらこしている仲間たちを撮っているようだが……お、俺に気づいてくれたようだ。

 こっちにカメラを向けた。今この瞬間、俺たちの戦いは決着した。俺たちは勝ったのだ。


 まったく……長かったな。そして、疲れた。今までの準備もそうだが、今日一日のことについては綿密に計画を練らなければならなかったし、予定外のことも起こったため、とても神経をすり減らした。

 日が沈んでゆく。川に浮かぶ仲間たちの姿が段々と黒い点のように見えてくる。あの仲間たちがいなければ、今回の計画は成らなかっただろう。


     〇


 彼らが曇町大橋で警察から挟みうちにされたのは、演出だ。あれはわざと追い詰められたように見せた。そうなるようにカウボーイに先導してもらったのだ。

 集団で走ることで、注目を彼らだけに集め、気球の準備をする時間を稼いでもらうという意味合いもあった。


 カロナールには黙っていたが、ニコチンが来ることは予定通りの展開だった。そうなるように俺が誘導したのだ。

 自作自演の書き込みによって曇町へと派遣されるようにしたのは、ニコチンがついてくるのが分かっていたからだ。


 ボスはカロナールのことを信用していないようだったので、カロナールをパートナーに指名すればニコチンが監視役として見張りに来ることは予想できた。

 しかし、カロナールを仲間に引き込みたかったのは本当だ。彼は組織に従っているふりをして、心の底ではまだ諦めていなかった。彼を仲間に引き入れたのは正解だった。

 まさか撃たれるとは思わなかったが……。


 ニコチンがついてくると、俺にとってどのように都合がいいのか。それを考える上で、まずは前提の確認をしよう。

 そもそも俺の目的とは、『注目を集める』ことだ。その点においてニコチンは適任だった。奴は組織の中で一定の地位を確立している。ボスからの信頼を得ているのだ。


 そんな奴だからこそ、ボスはきっと実弾の銃を持たせる。そして粗暴で気の短いニコチンはすぐに銃を使うだろう。町中で銃声が響けば、大騒ぎになる。そうなれば警察だって全力で動かなければならなくなる。


 いくら【曇町のウグイス】に対して憎悪の炎を燃やし、逮捕に躍起になっている警察とはいえ、まだどこか本気じゃないところがある。何故なら、俺は市民に危害を与えるようなことはしていないからだ。


 しかし、銃が使われたというのなら話が変わってくる。警察は全身全霊で俺たちを止めに来るはずだ。その様子はきっと町民によってSNSに投稿され、更に人々の関心を集めることができる。


 そして最大限に高まった注目を曇町大橋に収束させる。あの場所にはカメラマン内藤の誘導によって撮影クルーにスタンバイしていてもらう。

 これだけの騒ぎだ、当然野次馬も集まってくる。彼ら彼女らは、この歴史的事件を映像に残そうとカメラを向けるだろう。


 このように人々の目をこの場へと集中させることで俺がしたかったこと。それは、暴露だ。《トキシポイズ》の悪行を世間にバラし、社会的な制裁を加えることが俺の目的だった。


 しかし、あの組織相手に普通の方法で暴露したのでは、あらゆる手段で揉み消される。SNSを使おうが、メディアに匿名のタレコミをしようが、《トキシポイズ》の絶対的な権力の前では簡単にねじ伏せられてしまう。


 そこで俺たちが今回行ったのが、ライブ配信。つまりテレビの生中継である。そこに映り込んで組織の悪行を暴露したのだ。


 だが、その方法ですら本来であれば圧力がかかって揉み消されてしまっていたことだろう。生中継に乱入して、

「《トキシポイズ》は裏で悪いことをしているんだ!」

 などと叫んだところで、すぐに映像が切り替わる。その映像が切り抜かれて話題になったとしても、ネットでオモチャにされて終わりだ。

 誰も本気にはしない。本気にした者がいたとして、そいつはきっと組織に消されるだろう。

 だから、俺は何も語らない。視聴者が勝手に調べるように誘導するだけだ。


 前置きが長くなったが、結局俺が何をしたのか、教えて差し上げよう。球皮(気球の風船部分)にQRコードをデカデカとプリントした気球を飛ばしたのだ。

 というか、その気球は現在進行形で飛んでいる。俺が今乗っているこれのことだ。


 プリントされたQRコードを読み込むと、《トキシポイズ》の悪行の数々を記したサイトに飛ぶようになっている。そこには脱税の証拠となる書類も添付している。


 仮に生中継が強制的に打ち切られたとしても、一瞬でも映り込んでいれば十分なのだ。きっと中継を見ている人の中にはQRコードが映った途端に面白がってテレビを直撮りする人がいるだろう。

 そこの曇町大橋にいる野次馬たちが撮った画像をSNSにアップすることもあるだろう。もちろん、俺の仲間の広報係も画像を拡散する予定になっている。


 いずれにせよ、ここまで世間的に話題になっている事件なのだ。何らかの形でQRコードの画像は広まるだろう。いくら権力を持った《トキシポイズ》とはいえ、この状況から隠蔽することは無理だ。そんなことをすればむしろ目立つ。


 報道機関による情報発信より、一個人の発信による情報の拡散の方が効果的に作用することは珍しくない。今はそういう時代だ。

 そしてデジタルタトゥーという言葉があるように、一度出回った情報を完全に消すことは不可能だ。《トキシポイズ》はもう終わりだろう。


     〇


 俺は空を見上げた。今日はちょうど中秋の名月だそうだ。お月様が俺の戦いを労わるように煌々と光っていた。

 今度は下に目を向けてみる。もう随分と高度が上がった。四度に渡って走り抜けてきた町を見下ろす。感極まり、涙が出てきた。


 遂に終わったんだ。俺は成し遂げたんだ。もう、復讐の炎に胸を焦がすこともないんだ……。


 涙を流すと体温が若干下がったが、真上で燃え盛っている炎が俺の冷え切った体を包み込んでくれるような気がした。


     〇


 皆さんは、ウグイスが実は地味な色をしていることをご存じだろうか。鮮やかな黄緑色であると誤解されることが多いが、それはメジロである。

 ところで、人間は服を着る。それは赤色であり、青色であり、黄色であり。実に様々な色の服を着ることで、優雅なメジロのように自分を華やかに彩るのだ。


 なればこそ、一糸纏わぬ姿はまるでウグイスのようではないか。見た目など大したことではないのだ。

 例え醜い姿をしていようと、全裸であろうと、人々に愛されるウグイスのようになることはできる。駆は地上にいる仲間たちに叫んだ。


「《トキシポイズ》に全てを奪われた俺たちは凍えるように寒く、暗澹(あんたん)たる長い冬を生きてきた。それも今日で終わりだ! 《トキシポイズ》は瓦解(がかい)する! 俺たちの冬はようやく明け、光り輝く春がやって来るんだ!」


 寒々しい冬の終わり、そして(きた)る春の訪れを知らせる駆の姿は、まさにウグイスであった。


  完

ここまで読んでくださりありがとうございました。

終わりです。


協力してくれた人 上田ジュゲムさん

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