3-2
町外れの森を暫く進むと、あそこですとリアンが指し示す、木造建築のこじんまりとした一軒家が建っていた、そここそがリアンとデレクの暮らしている家だ。
「へぇ、デレクが好きそうな家だな…なんだっけ…そうだ確かポツンと一軒家だったか??」
「御託は良いからお前は早く薬を買ってこい、道は覚えただろ。」
「へいへい~…人使い荒いんだからこの主は。」
喧しい男は来た道を物凄いスピードで戻って行きすぐに姿が見えなくなった。
♢
『リアン…リアン嫌だ行かないでくれ、消えちゃ駄目だそんなの絶対に駄目なんだ…お前まで失ったら俺にはもうこの世界が耐えられない…お願いだから…神様お願いだからリアンを消さないで…。』
遠のくリアンの後ろ姿を追うデレクだが黒い何かに足元を取られ思うように身体が動かせない、それなのに更に闇の奥へと進んで行くリアンの後ろ姿へ死に物狂いで手を伸ばしていた。
『父さんごめんなさい…僕行かなくちゃ駄目なんだ父さん達と僕は違うから。』
寂しそうな顔で振り向いたリアンはデレクにそう伝えるとまた前を向き進んで行った。
『何が違うって言うんだ…何も違わないだろ止まりなさいリアン!!!…リアン!!!!』
デレクの声は届くこと無く、リアンの後ろ姿が段々と見えなくなる。
『あぁ…あぁそんな…駄目だ行かないでくれ…あの子が何したって言うんだ…俺が代わりになるからあの子だけは返してくれ…頼むよ…お願いだ、お願いします神様どんな事でも何でもしますから。』
項垂れ這い蹲るデレク。
それでも遠のくリアンの足音は止まらない、暗闇の中で足音とデレクの慟哭だけが響く、まるで地獄の様だ。
そんな悪夢に魘されているデレクの傍で心配そうにしている声があった。
「父さん…父さん、しっかりして、もう少しで五月蝿い人が薬を持ってきてくれるんだ。」
「リ…ン…行かないで…リアン…だめ…だ」
段々と熱が上がり更に悪化していっている様子が伺えた。ゔぅと声を上げリアン行かないでくれと手を伸ばすデレク、その手をリアンはギュッと握り返した。
「大丈夫だよ傍にいるよ…言ったでしょこの前、父さんの傍にずっといるから安心してねって、だから大丈夫だよ」
「…リア…待って…」
それでも鎮まることなくリアンはどうすればいいのか分からず只々手を握っていた。
「…デレクの発情周期は何時だ…昔とは違うだろう。」
デレクのフェロモンを嗅ぎ付けたのか男は口と鼻に腕を強く押し付けて、自分の心の滾りを抑えた。
デレクの発熱症状の原因は疲労も有るだろうが、Ω特有の発情期も重なっていると男は察知した。
「…??…???…何ですかそれ??」
そうである…リアンに、いや4歳児に発情云々の話をデレクが伝えているわけもない。
いくらリアンが利発で聡明だとしてもまだ4歳なのである…
「……3月程に1度1週間ほど部屋に籠っているのは何時だ。」
「あぁっ、確か……ちょうど今週くらいですね、そうだった…父さん何時もそのくらいの頻度で風邪をこじらせるんです。風邪がうつると危ないからって父が僕を街の教会に預けるんです。看病できると伝えても駄目の一点張りなんですよね。」
「なるほど…やはりそうか…」
「何ですか、やはりそうかって?風邪のこと知ってるんですか?父さんの決まった周期で拗らせる風邪は昔からなんですか?」
「………」
「……????」
知的好奇心を満たしたい息子に伝えづらい話題、更にはついさっき初めて顔合わせした息子だ、どう伝えれば良いのか分からない男はただ黙っていた…そうして二人の間には気まずい空気が流れるが、そこへバタンと扉が開く音がした。
「ただいま帰還~!!薬買ってきましたよ~!!」
何時も五月蝿くて堪らないがこんな時ばかりは、伝えはしないが内心は少し感謝をしていた。
「ありがとうございます。早速父さんに解熱薬を飲んでもらいましょう」
リアンは張り切り、急いで水を用意しようとしていた。
「待て…薬は不要だ。」
「何ですか?」
男に行動を止められ不振な顔をしながらも理由を聞く、だが何も言わない、と思ったら男二人で耳打ちしだした。リアンの耳では全て聞き取ることは出来なかったが数単語だけ聞こえて来た。周期・連れて行け、など何やらリアンを家から連れ出せと指示しているようだった。
「なぁ坊主お前の父ちゃんはまた別の病気を拗らせてるからさお前に伝染っちゃ駄目だろ?だから今日のところは俺と二人で街の宿で待機しようぜ、な?」
「別の病気って大丈夫なんですか…!?、僕だって父さんの看病くらいできます!!ここで手伝います!!」
リアンは街の宿へ行こうと言われたがデレクが心配なのだろう、その提案をすぐに断った。
「い、いやぁ~…それは無理だと思うけどなぁ~。」
「…できます……」
顔を引き攣らせやんわりと駄目だと喧しい男は伝えるがリアンの意思は固く中々街の宿へ行くと言わなかった、その後も何とか連れ出そうとお菓子や玩具で釣ろうとしたが無駄だった。
「…あのな、実はそこに居るさっき会ったばっかの坊主の父ちゃんにしか、お前の父さんは救ってあげられないんだ、だけど俺達がいると邪魔になる、その結果治るものも治らなくなるんだ。」
「治らないんですか?……で、でも僕…父さんの傍に…居たい。」
少し強い言葉はリアンの胸に刺さったのか眉が垂れ下がって、目頭に薄らと涙が浮かぶ、リアンのデレクの傍に居たいと言う不安な気持ちは男の言葉では拭い切る事は難しかった。
そのままリアンは下を向いて思い詰めた顔をしている…すると頭の上に大きな手を添えられた。
「……今日が最後になる訳では無い、お前の父はお前の傍に居る為ならばそこが地獄であろうと力ずくで突き進む男、だから安心しろ、お前の父はお前が思っているよりも強い人だ。」
男の真っ直ぐな言葉に心動かされリアンは何も出来ない自分に苛立ちながらも、この男になら任せられると本能的に悟った。
「……父さんを、父さんをお願いします。」
そうしてリアンは少しこぼれた涙を腕で乱暴に拭き取ると、デレク達を家に置いて喧しい男と共に街の宿へと向かって行った。