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FIRE(d) HERO  作者: 三山零
プロローグ
1/6

プロローグ

 

 

 キツかった。辛かった。大変だった。やってられなかった。

 

 俺なんて、いなくたっていいんじゃないか。

 

 そう思えるほど、無力だった。











 瓦礫の山の上で、辺りを見回していると、背後から声をかけられた。気配に気がついてはいたが、声をかけられるまで、振り返ることはしなかった。自分が目当ての人物でなければ良い。そんなことをぼんやり考えていた。

 声をかけられては、応えないわけにはいかない。振り返ると、瓦礫の山の麓で、制服の男が見上げていた。わざわざ人を寄越すあたり、緊急の要件なのだろうが、自衛官ではなく、警察官というのは珍しかった。

 警官は、視界が悪い中、目を凝らすように細めてから、少し見開く。


「どうかしましたか?」


 できるだけ、人当たりが良く聞こえる声を作ったつもりだったが、彼に伝わったのか、自信はない。警官は、小さく顔を顰めて、一つ空咳をした。


「えっと、宮本翔さんですよね? 報告書の件で参りました」


 挙動からしてまだ若く見える警官は、崩れかけていた敬礼を正す。


「その、とても言いにくいのですが」


 気まずそうに言葉を切り、目一杯に罪悪感を滲ませた声で続けた。


「報告書は不要、とのことです」


 背後で轟音が響いた。振り返り、拡張された視力で目を凝らすと、1キロは先の方で、家屋が倒壊したようだった。すでに避難誘導は完了しており、瓦礫の下敷きになるような住民はいない。念の為、周辺を探ってみるも、人影はなかった。

 警官に向き直ると、何が起きたのか気にはしていたが、先ほどの報告に対する返答を忠実に待っていた。


「わかりました」


 短い返事で話の続きを促す。しかし、警官は緊張した面持ちで、こちらを見つめるだけだ。小さく息を吐き、「他には何かありますか」と、再度、先を促す。


「あ、す、すみません。以上です」


「了解です。わざわざ、ご苦労様でした」


「あ、いや、はい」


 しどろもどろに言葉をお手玉して、警官の体から硬さが抜けていく。色々な意味で拍子抜けだったのだろう、敬礼を解いて、うなだれてしまった。


「お気をつけて」


 放っておくといつまでもそうしていそうだったので、遠回しに突き放す。警官は、その言葉に、弾かれたように顔を上げた。そして、その顔を、何かに反抗するような悔しさで歪ませた。

 その表情に、どこかで会ったような気がする。その時は、励ましてくれたような、発破をかけてくれたような、そんな記憶が、どこかに引っかかっていた。


「この辺りは、まだ危険です。お気をつけて」


 聞こえなかったわけじゃないだろう、と語気を強めると、警官は目を伏せる。ややあってから、小さく頭を下げ「失礼します」と言い捨て、踵を返す。急に機敏になった動作の最中、彼はこちらを見ないようにしていた。


「あの」


 汚れた制服の背中を見て、思わず声をかけてしまった。安っぽい罪悪感だ。彼の思いが嬉しかったのかもしれない。

 しかし、曖昧に口を出た言葉は届かず、若い背中は去っていった。


 小さく息を吐き、振り向くと、死はずっと向こうまで続いていた。


 この街は、どんな街だったのだろう。

 外国人が多かったのだろうか。古き良き日本家屋が立ち並んでいたのだろうか。学生の間では、何が流行っていただろうか。

 この街の特有の空気は間違いなく流れていただろう。しかし、この街に着いた時には、遍く死が横たわっているだけだった。

 今回の「人怪」は、触れたものを燃やす、という能力を持っていた。他の3人にしか出動要請が出なかったのはそのためだ。能力の相性を考慮したのはもちろんのこと、それ以上に世間体を気にしたのだろう。街が燃えさかる炎に包まれていたら、誰しも、炎の能力が頭をよぎる。結局、人怪制圧は三人だけで行われ、それをブリーフィングルームで眺めていた。

 人怪制圧後、自衛隊に混じって救助活動を行ったが、炎の能力で、炎を小さくできるのかと言われると、そんなことはできない。そういうことは、氷の能力者であるレイにやってもらうべきではあったが、レイはすでに戦闘で使用許可量以上の能力を使ってしまっていたため、救助活動には参加せずに帰投していた。その中で救助活動を行っていると、嫌でも背中に視線は刺さった。


━━お前に何ができる?


 乾いた笑いを漏らすと、鼻腔に嫌な臭いが入り込んだ。同時にせり上がってくる感情を、刹那の記憶として閉じ込める。

 それを冷酷だと誹る人もいる。現実逃避だと責める人もいる。

 しかし、纏うほど死の臭いを浴び、死が夢にまで忍び寄るようになった時、自分を守るためにはそれしかなかった。もはや、他人の目を気にする余裕などなく、名も知らぬ死を壁で囲んで堰きとめることしかできなかった。


「あと、何回この景色に立てばいい」


 以前、救助活動を行っていた際、傍の自衛隊員がぽつりと漏らした。絶望がこもったその言葉は、心に重くのしかかり、引き連れてはいけない感情さえも引き連れた。

 

 俺のせいか?

 俺のせいなのか?

 俺が無力だからか?


 自分の無力さが恨めしかった。過去の栄光を羨むわけではないが、何も考えずに力を振るっていられた頃が、遠く感じる。


 どうして、俺は戦っているんだろう。

 どうして、俺はここにいるんだろう。


 かすかに声が聞こえたような気がした。

 この辺りに生存者がいないことは、すでに確認している。聴力を拡張しているわけでもないので、遠方からの音を拾うことはできない。ただ、その声は確かに助けを求めていた。

 聴力を拡張し、膨大に拾う音を取捨していく。様々な災害音が反響し、邪魔をする。正直、万が一の可能性だと思っていた。夢にまで忍び寄る死が聴かせた幻聴なのだと諦めかけていた。

 立ち尽くしたまま目を閉じると、闇に引きずり込まれながら、そのまま意識を手放せそうな気がした。

 

このまま消えてしまいたい。

いつまで続くのかわからないこの苦しみから逃れたい。

一度は光を当てられ、その光の中で、必死で英雄を演じた。

出番は終わった。舞台からの退場も命じられた。

もう、やりきったのだ。

 


━━私は、あなたのおかげで生きている。あなたのおかげで生きていられる。



 灯った小さな火が、優しく照らしている。

 拠り所にするには小さすぎたが、消えはしなかった。



━━助けてくれて、ありがとう。



 声が聞こえた。助けを求める声が。今度こそ。



勢い良く足元の瓦礫が弾け飛び、体が中空に舞う。視線の先には小さな手が見えていた。




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