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戦乙女ドールズ、ただ今参上!  作者: フミヅキ
第一章 いざ、戦場へ!
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いざ、戦場へ!③

 翌日、俺とミワ坊は再び電車に乗り込み、昨日燕さんにもらった名刺に書かれた住所に向かった。場所的には花ヶ塚市と同県内の政令指定都市なのだが、何度か電車を乗り換えるうちにオフィスビルや高層マンションの立ち並ぶ都市中心部から離れ、のどかな風景が車窓に広がり始める。


「俺らの住んでる場所と雰囲気近いな」

「政令指定都市って広いから、いろんな雰囲気の場所があるんだね」


 電車から乗り換え、バスで二十分。さらに歩いて十五分。道はどんどん細くなり、雑木林へと続いていた。

 ミワ坊は汗をハンカチで拭いながら、少し不安げな表情を見せる。


「本当にこの道であってるのかなあ?」

「たぶん……」


 少なくとも、俺のスマートフォンの地図アプリはそう示している。俺達は顔を見合わせ、頷き合うと、ところどころアスファルトの禿げた道に足を踏み出した。


 雑木林の作り出す影のせいで、小道は薄暗い。蝉の鳴き声がいつもよりうるさく聞こえる中、俺達はゆるく勾配のついた坂道を歩き続けた。


「あ、あれじゃない?」


 ミワ坊の指差した先に、小さな家があった。家というよりは小屋、むしろ「庵」と呼びたいような、趣きある和風の小屋だった。呼び鈴がなかったので、引き戸を少し開いて声を掛けてみる。


「こんにちは! 燕さんのお宅でしょうか」

「ああ、直蔵くんと三和ちゃん。いらっしゃい。汚いところだけど、さあ、上がって」


 藍染の暖簾の奥から、柔らかい笑顔を浮かべた長身イケメンの燕さんが顔を出した。今日も作務衣姿だ。


「お邪魔します」


 少し緊張しながら入ってみると、室内のカオスな散らかり具合にびっくりする。


 小さな仏像やら、曼荼羅風の掛け軸やら、キリスト教系の絵画やら、神道の神様の絵やら、オリンポスの神々っぽい小さなブロンズ像やら、土偶やらが雑多に並び、その数に負けないくらい、美少女アニメのポスターやフィギュア、キャラクター設定集などが積み上がっている。


「なんか……すごいな……」

「うん……」


 三和と若干引き気味に小声で話していると、燕さんがクスクスと笑った。


「驚いただろ? 心配しないで。別に妖しい宗教を布教しようってわけじゃないから」


 そう言うと、小さなキリスト像を手に取って僕達に見せる。


「僕達は通信環境の整った現代にいるから、どんどん新しい美少女――僕達にとっての共通認識できるアイコンだね――に出会って、製作意欲を受ける」

「はあ……」

「でも、昔はなかなかそうはいかないでしょ。唯一、みんなで共有できるアイコンが、広く分布していた宗教に関する人物だったんだろうと思うんだ」

「つ、つまり……」

「そう。昔の人の表現欲求の発露のためのアイコンという面もあるんだろうなって、僕は考えているんだ」


 ニコリと微笑む燕さんに、俺と三和は目を瞠る。


「うちにあるのは無名の人のものばかりなんだけど、その中にも素晴らしいものがたくさんあるんだ」

「確かに。有名サークルの作品だけが凄いってわけじゃないですもんね!」

「そうそう。隠れた名品を探すのが楽しいんだよね。僕の製作の勉強材料として蒐集しているんだよ」

「なるほど! さすが、燕さんです」

「勉強になります!」


 俺とミワ坊は燕さんの見識に感心しきりだった。その後には、燕さんなりのフィギュア原型制作手法や考え方について教えてもらい、燕さんが製作した歴代の作品を見せてもらった。


 やはり、燕雀堂作品はイイ!


 俺とミワ坊は、もう、ずっと興奮しっぱなしだった。あっという間に夕方になって、惜しみつつ帰りの挨拶をしていると、燕さんが一旦裏に下がって何かを手に戻ってきた。


「これ、二人にお土産」

「え……!」


 大きな紙袋を燕さんから渡され、中身を見た俺とミワ坊はびっくりする。


 それは昨日売り切れたはずの、燕雀堂オリジナルフィギュア・戦乙女【ヴァルキリー】シリーズの新作・聖乙女騎士団の美少女フィギュア三体だった。ガレージキットの納まった三箱で、販売価格で合計三万円は下らないはずだ。


「これ……! こんなの頂けないですよ」

「そうですよ! お、お金払わないと!」


 だが、燕さんは柔和な笑顔を浮かべたまま、首を横に振る。


「いいんだ。君達みたいに良いことをした子には、良いことが起こって当たり前なんだから」

「でも!」

「昨日ね、型に材料を流して、新しいのを作ったんだよ。通常使うものではない樹脂で作ったから、厳密には昨日売ったものとはちょっと違うんだけどね」


 そう言って、燕さんは苦笑する。


「僕の気持ち、迷惑だったかな?」

「い、いえ、そんなわけないです!」

「とっても嬉しいです!」


 俺と三和は即答した。


「よかった。じゃあ、僕の子供達、二人で迎えてくれるかな?」

「はい、喜んで! ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 俺とミワ坊は、思い切り頭を下げる。二人とも、もう、夢みたいな気持ちで家路についた。



 その日から俺達の新たなる戦いの日々が始まった。


「こっち、サフ吹き終わったぞ」

「わたしのはまだだよー」


 燕雀堂の戦乙女【ヴァルキリー】シリーズは、燕さん自身がイラストから描き起こし、原型を作り上げたオリジナル作品だ。


「三人とも可愛いなー」


 俺は燕さんの描いた三人のイメージイラストと、着色済み完成体の見本写真を眺めながらニマニマと笑う。


 戦乙女【ヴァルキリー】シリーズは「戦女神に仕える戦う少女達」というコンセプトで、それぞれ独自の武器を携えた凛々しくも愛らしい少女達がラインナップされている。シリーズ内にはいくつかのユニットが存在し、今回、燕さんがくれたのはその中でも最新作「聖乙女騎士団」の三人の少女達だった。


「でも、これ、何でできてるんだろうね。普通のレジンキャストじゃないっぽいよ」


 ミワ坊が不思議そうな顔でしげしげとパーツを見つめている。


「そうだよな。燕さんも普通の材料じゃないものを使ったって言ってたしなあ」


 今回もらったキットは、通常の合成樹脂のパーツよりもほんの少し弾力があり、手にするとうっすらと暖かい感触があった。


「でも、別に作業性が悪くなるようなものじゃないだろ」

「そうだね」

「俺は早く塗りに入りてえな」


 美少女フィギュアのガレージキットは普通、髪、顔、胴体、臀部、足、腕、服の飾りなど、いくつかのパーツに分かれている。それを磨き上げ、塗装し、組み上げていくのだ。


「可愛いな! マジ可愛いな!」

「ねー!」

「この子は本当にスタイル良くて、双剣を構えるポーズが映えるよなあ。顔も可愛いし、きっと性格もいいんだろうなー。お、なんか、今、照れた顔になった気がする」

「さすがに、そこまでいくとヤバいよ、ナオ……」

「うっせ」


 パテで凹凸を均され、ヤスリで磨かれ、下地材のサーフェイサーを吹かれたパーツを見ながら、俺はワクワクを抑えられずにいた。



 ガレージキット製作に没頭しつつ、合間に夏休みの宿題とコンビニバイトと夏期講習をこなしているうちに、俺達の夏休みは後半に突入していた。


「おっしゃ、塗装開始!」


 俺達は塗装にはエアブラシを使う。コンプレッサーにつないでハンドピースで塗料を吹き付ける塗装道具だ。こういう道具やガレージキット・ドールの購入には、俺も三和もバイト代を見境なく突っ込んでいる。


「右上から光が当たってる感じだよね、ナオ?」

「うむ!」

「よーし、やっちゃるぞー!」


 ガレージキットは均一に色を塗ってはダメだ。美少女達のフォルムをさらに躍動的に見せるためには、光と影を意識した塗りが不可欠となる。


「ふふ~ん♪」


 コンプレッサーの唸りが軽快に響く中、俺達は存分に腕を振るう。換気のために窓を開けていても塗料の独特の臭いはどうしても漂うが、俺とミワ坊は慣れもあって、ご機嫌に作業を続けていた。


 だが――。


「ん?」


 俺は、ふと、どこからか視線のようなものを感じて作業を一旦止める。顔を上げて首を巡らすと、隣の三和の家から、背の高い男の人がこっちを見ているのがわかった。


「あ、ゆ、祐二くん……! こんにちは……!」


 やけに暗く見える室内から無表情でこっちをじっと見ている祐二くん――ミワ坊のお兄さんに、俺は慌てて頭を下げた。

 だが、祐二くんは色白の顔を不機嫌そうに歪め、こっちを、特に三和を冷たい黒い瞳で睨みつけていた。ミワ坊は体を縮めて悲しそうに顔を伏せる。


「ご、ごめん。煩かった……ですか……?」


 俺はペコペコと何度も頭を下げる。だが、祐二くんは氷のような冷たい表情のまま口を噤み続けた。


「あの……えっと……」


 長いこと沈黙が続き、そのいたたまれなさに、さすがの俺も心の中で悲鳴を上げ始めた時。


「死ねよ、三和。直蔵もな」


 それだけ言って、祐二くんは窓と雨戸を閉めた。ぞっとするほど、冷たい声だった。俺はともかく、妹に向ける目つきと声ではない。

 振り返ると、三和が申し訳なさそうな表情で俯いていた。


「ナオ、祐二兄さんが……ごめん……」

「あ、あはは。俺達、煩いからな。イラつかれても仕方ないさ」


 俺が笑うと、三和は頭を横に振った。


「でも、あんな言い方しなくてもいいのに……」

「大丈夫、大丈夫。気にすんなって!」


 俺は努めて明るい声を出して、三和の肩を叩いた。


「あとで俺、謝りに行ってくるよ」

「でも……兄さん、ああいう風に閉じこもると、誰にも会わなくなっちゃうから……」

「そんじゃ、謝罪の手紙書くわ。ドアの隙間に挟んでおく!」

「うん……」


 俯きがちなミワの顔を覗き込みながら、俺は元気付けるように笑う。


「ほら、そんな暗い顔すんなって。三和は何も悪くないんだし!」

「……気を使わせてごめんね、ナオ」

「何言ってんだよ。それより、手を動かせって! 夏休み中に三人をきれいに仕上げなきゃだろ!」

「……うん!」


 ようやく元の笑顔が戻ってきた三和に、俺はほっとする。


「つーか、お前には大事な工程がまだ残ってるんだからな!」

「おっとっと。そうだったね」


 俺からとあるパーツを渡されたミワ坊は、キリリと表情を引き締める。


「三人のぱんつ塗装は、『ぱんつマイスター』たるこのわたしに任せ給え! ワハハハハハハハ!」

「よろしくお願いします、師匠!」


 腰に手を当てて高笑いを上げるミワ坊の前で、俺はひれ伏しながら「ぱんつマイスター」を崇めたてた。

 実は、俺にはどうしてもこなせない工程が存在する。どうにもこうにも、俺は彼女たちの下着類を塗ることができないのだ。羞恥心なのか何なのか、どうしてもエアブラシと筆先が鈍るのだった。


 ということで、俺は全ての少女の下着関係のやすり掛けからサフ、塗装までミワ坊任せにしていた。結果、奴は「ぱんつマイスター」と言っても過言ではない、精妙なる下着塗装テクを身に着けてしまったのだ。


「ふふふ。このちっちゃい子はかぼちゃパンツ。可愛い、可愛い、可愛い! オフホワイト基調で塗っていいよね?」

「おう! 頼む!」

「こっちの子はノーマルなパンティータイプだねー。しかしながら、この絶妙に丸みを帯びたフォルム! ぱんつの食い込み具合! 皺の寄り方! すべてが只者ではない! 流石は燕雀堂の燕さん。結構な尻フェチ――いや、おぱんつフェチと見た!」

「ぐふぅ……!」

「ふふふ。この子には腕によりをかけて、縞パン塗装を施したいと思うが、如何?」

「ほ、ほう……。わ、悪くないのでは……」


 表面上スマートなふりをしつつ、俺は頭の中の妄想と体の震えを必死に抑える。


 いかん! 俺は彼女達に紳士的であれと誓った身。煩悩にやられてどうする!


 人知れず煩悩と戦う俺のことは眼中にない様子で、ミワ坊は三人目の下着チェックを始める。


「そして! この和風セクシー衣装のダイナマイトバディなこの子は! ぬふふふふ!」

「ど、どうした、ミワ坊?」

「ぱんつ穿いてない!」

「は?」

「ぱんつじゃなくて――ふ、ふ、ふふふ、『ふんどし』なのだああああ!」

「な、なにいいいいいいぃぃぃぃぃ!」

「ナオ、見る?」

「ぐぐぐ! え、遠慮しておく!」

「じゃ、これからわたしちょっとゾーンに入るから話しかけないでね」

「お、おう! よろしく頼みます、マイスター!」


 そんなわけで、ミワ坊改めぱんつマイスターは超真剣な表情で少女三人の下着塗装を開始した。俺はその横でいかがわしい妄想を跳ねのけつつ、精神を統一し直して自分の作業に没頭した。



 俺とミワ坊の高校一年生の夏休みは、ガレージキット製作に捧げられた。その成果たる三人の美少女達が完成したのは、夏休み最後の日の夕方だった。


「遂に完成だあああ!」

「やったあああああ!」


 早速、棚に並べて悦に入る俺とミワ坊。塗料で汚れながらも二人でニマニマ笑うのは何より楽しいひとときだ。


 まるで生きているみたいに凛々しく愛らしく武器を構えた三人の少女を、目に入れても痛くない思いで、飽きもせず二人でずっと眺めていた。

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