いざ、戦場へ!②
しらじらと夜は明け始めていたが、まだまだ暗い駅までの道を、俺とミワ坊は自転車のライトと外灯を頼りにひた走る。超高速でペダルを漕ぐこと十五分。駅前の駐輪場に自転車を停め、改札までの階段を駆け上がった。
やって来た始発電車に乗り込むも、車内はやはり人はまばらで、俺達はボックス席でゆうゆうと足を伸ばして座ることができた。
マーフェスの入場券を兼ねたガイドブックを広げながら、俺とミワ坊は今日の狙いと戦略をそれぞれ発表し合う。東京まで一時間、乗り換えてさらに三十分の移動時間も、俺達は十分満喫した。
だが、いつもハイテンションだったわけではない。
「あーあ。本当に燕雀堂さん、終わりなのかな」
俺ががっくりと肩を落としながら呟くと、三和も表情を暗くした。
「ガレキサークルの? 今回で無期限活動休止に入るんだよね。わたしも大好きな原型師さんだけど、ナオは特に大ファンだもんねえ……」
「二次創作のもいいんだけど、サークルオリジナルの『戦乙女【ヴァルキリー】』シリーズがめちゃくちゃカッコいいんだよ」
「確かに、彼女達すごくいいよね」
ミワ坊がうっとりと溜め息を洩らす。
燕雀堂は俺的フィギュア原型師ランキングのナンバーワンに君臨するガレージキット製作個人サークルだ。まるで動き出しそうな――なんて陳腐な言葉だが、その躍動感、表情など、どれをとっても製作者である鈴乃木燕氏の造形センスは抜きんでていた。そのガレージキットを組み上げる時に彼のセンスをどれだけの精度で現出させてられるかが、ガレキファンとしての俺の腕の見せ所だと思っている。
「きっと、今日は瞬殺でなくなるだろうな。それでも、なんとか新作の戦乙女【ヴァルキリー】をゲットしなければ」
俺が拳を握りしめると、ミワ坊も大きく頷く。
「わたしもお目当ての作家さんのドールをお迎えに行くよ!」
「よし。気合い入れてくぜ!」
「おー!」
※
「よっしゃ着いたぜ、海浜幕原駅!」
「心なしか、空気がピリッとしてるね」
俺達と同じ目的だと思われる同志達が、改札から外へとどんどんは吐き出されていく。その波に乗って、俺達も会場である幕原メッセへ向って歩き始めた。
広々とした街には、ショッピングビルや高層マンションの他に、いかにも立派なビジネスビルが並んでいる。花ヶ塚市ののほほんとした片田舎とは違うビシッとした空気感に、気が引き締まると共に緊張感も増してきた。
「もうこんなに人がいるんだな」
「わたし達も指定の位置に並ぼう!」
「一般の方の迷惑のないようにしないとな」
俺達は幕原メッセへと続く遊歩道へ足を踏み出した。
その時だった。
この辺りに住んでいる人なのだろうか、前方からシルバーカーを押しながら歩いてくる白髪のおばあさんがいた。我々のことを物珍しそうに眺めているが、俺とミワ坊がそのおばあさんとすれ違おうとした時、突然、おばあさんが歩道にうずくまったのだ。
「うぐぐ……」
おばあさんは手で胸を押さえながら呻き声を洩らしている。
「どうしました、おばあさん!」
「じ、持病の高血圧が……」
俺は慌てて駆け寄り、おばあさんを支えながら、ミワ坊を振り返る。
「救急車だ、ミワ坊!」
「う、うん!」
三和も慌てて携帯を取り出し、通報した。
「大丈夫ですよ、おばあさん!」
「すぐ救急車が来ますからね!」
俺とミワ坊が交互に励ましたが、おばあさんは苦しげに顔を歪めるばかり。その顔は蒼白どころか真っ青で、荒い呼吸と大量の汗がおばあさんの症状の深刻さを示していた。
「ごめんなさいね……ごめんなさいね……」
こんな状態なのに謝るおばあさんは、俺の手を掴む力が次第に弱くなっている。今にも意識が遠退きそうな様子で、三和はハンカチでおばあさんの汗を拭ってあげていた。
周りの人達は何人かは立ち止まって様子を見ていたが、ほとんどの人は心配そうに横目で見つつも通り過ぎていく。
救急車は五分とかからずに到着した。救急隊員が手際よく担架におばあさんを乗せる。
「通報されたのはあなた達ですね? お孫さんですか?」
「いえ、通りがかりの者です」
「申し訳ありませんが、病院まで付き添って頂くことは可能でしょうか」
俺は俺の手を離すのも忘れて苦しみ続けるおばあさんを見た。
確かに、今日は大事なフィギュアを買うためにここまで来た。ありえないくらい早起きまでして。だけど――。
俺はミワ坊に視線を移し、黒縁メガネの位置を直しながら宣言する。
「俺はおばあさんについてくよ。心細い思いをしてる人を放ってはおけないから」
「そうだね。わたしも付き添うよ」
「え? ミワ坊はいいよ。先に会場行っとけって」
「わたしも一緒に行く! おばあさんが心配だもん。それに、ナオに抜け駆けはできないから、わたし」
ミワ坊の言葉と優しい瞳の光に、心がグッと熱くなるのを感じた。
「三和……お前はいい奴だな! お前みたいな奴が親友で俺は誇らしいよ」
「えへへ!」
そんなわけで、俺とミワ坊はおばあさんに付き添って救急車に乗り込んだのだった。
※
おばあさんは病院で緊急処置がなされ、命に別状はないという診断が下った。しばらくしてご家族も駆けつけてこられたので、俺達は病院を出ることにした。
「おばあさん、無事でよかったね、ナオ」
「ホントにな。お、まだ開場前の時間だぜ。今から並べばなんとか……」
俺達は病院の出入口に向かって歩いた。
エントランスでは俺達とは逆に外から院内に入ってきた十人ほどの男子とすれ違った。俺達と同じ高校生くらいの、お揃いのジャージを着た男の子達で、がっくりと肩を落としながら歩いている。そのうちの一人が話しかけてきた。
「すいません、あのー、救急患者のいるところってどこかわかりますか?」
「それだったら、あっちですよ」
俺は入り口から向かって右手側を指差す。さっき行ったばかりの場所だ。
「ありがとうございます……」
男子学生達は暗い顔でそっちに向かいつつ、「困った」「どうする?」「せっかく今日までがんばって練習したのに」「マネージャーが……」と、肩を落として話し合っている。
「あの、どうかしたんですか?」
俺はついつい気になってしまって、話しかけた。彼らは戸惑いつつも、溜め息と共に経緯を話してくれた。
「実は、俺達高校のサッカー部員なんです。っていっても、全員一年生の部員十一人と女子マネージャー一人だけのギリギリの弱小チームなんですけど」
「そのマネージャーが病気で。来週から入院するってなっちゃって」
「今日はこれから隣の高校と練習試合で、マネージャー入院前の最後の試合なんです」
「勝ってマネージャーを送り出そうって、みんなで必死に練習してたんです」
「なのに今朝、うちのキーパーが車のひき逃げに遭っちまって。この病院に運ばれたんですよ」
俺とミワ坊は思わず息を飲む。
「キーパーの奴は足を折られちまって。それでも試合に出たいって電話では騒いでたけど、親御さんが言うにはどうにも無理な状態らしいんだ」
「俺ら、十人だけじゃ、試合にならないしな……」
十人の男子部員達はがっくりと肩を落とした。
俺は彼らを眺めた。みんな、陽に焼けた顔に暗い表情を浮かべている。俺は考えに考え、さらに考えた。
その結果、俺は彼らの一人の肩に手を置いて言った。
「練習試合ってことならさ、部外者が一人入っても問題ないですよね?」
「え?」
驚いて顔を上げた男子部員に、俺はメガネをずり上げながらニッと笑いかける。
「素人だけど、もし、俺でよければ試合、手伝いますよ」
「マジか!」
男子学生たちは目を見開き、やがて、「よっしゃー!」「やったー!」と歓声を上げた。
※
サッカーの試合は、前半に相手に点を取られたが、後半すぐに取り返し、一対一となったまま膠着状態が続いていた。
「ナイッシュー!」
「ドンマイ、ドンマイ!」
「ナイスカット!」
キーパーのポジションについた俺は、誰よりも声を出すように努めた。運動は得意でも不得意でもない上に、サッカーは体育と遊びでやった程度。声掛けぐらいでしか貢献できないからこそ、声を張り上げた。
女子マネージャーの早弥子ちゃんは、キーパー崎森くんの事故を知ってショックを受けていたが、なんとか気力を取り戻し、今はベンチで必死に俺達を応援してくれている。ちなみに、形の良いツインテールがチャームポイントの、幼顔の割にはミワ坊と違って発育のいいオッパイとお尻の形をした素敵なお嬢さんだ。
その早弥子ちゃんの隣にはミワ坊が付き添っている。「先にマーフェスに行ってていいって」と何度も言ったが、「わたしだってサッカー部員のみんなを放っておけないよ」と、俺について来てくれたのだった。
試合はもう後半の終盤で、残り時間は少ない。
ゲームを通して、ボールの支配率は相手の方が圧倒的に高く、俺達のチームは根性と泥臭いディフェンスでなんとか耐えている状態だった。しかし、選手交代の使える相手と違って、十一人だけで試合を乗り切るしかない俺達は、スタミナと集中力が切れ始めていた。
「あ! ボールとられた!」
敵は中盤でボールを奪い取り、後半に交代した選手を中心にドリブルとパス回しでどんどん俺達のディフェンダーを突破してくる。
「やばい! みんな頑張れ!」
ついに最後のディフェンダーが抜かれ、ペナルティエリア内で俺と相手との一対一になってしまう。相手は勢いのまま、狙い定めて思い切りボールを蹴り抜いた。
「クソッ!」
俺は飛んだ。ボールがどこに来るのかなんてわからない。
勘しかない!
とにかく飛んで、体のどこかにでも当たって跳ね返ってくれれば万々歳という思いだった。
「グオオオ!」
顔面に激痛が走った。特に鼻。
そのまま、俺は地面に突っ伏す。どこかに怪我をしたかもしれない。だが……!
「そんなことよりもボールだあああああ!」
慌てて飛び起きた俺が周りを見回すと、ゴール前にボールが落ちてコロコロ転がっている。審判はホイッスルは鳴らしていない。ということは、点は入っていないということ!
「しゃああああああ!」
俺はボールに飛びつき、少しでも前へ放るべく、思い切り蹴り上げた。
「あ、しまったあああ! 悪いいい!」
素人の俺のこと、ボールは右サイド、誰もいない方角へと飛んでいってしまった。
「大丈夫だ!」
そう応えてくれたのはミッドフィルダーの青井くんだ。彼はボールに追いつくべく必死に走る。彼はこの試合中、自陣ゴール前での防御から敵陣ゴール前への攻撃へと常に走り回っていた。体力はもう限界を超えているだろうに、ものすごいスタミナと気迫だった。
青井くんはなんとかボールを拾うと、右サイドを駆け上がり、ゴール前へセンタリングをあげた。だが、そこにはうちのチームは誰もいない――。
いや、エース・フォワード古田くんだ!
「うおおおおお!」
古田くんが敵からの強烈なプッシュを押し除けながら、青井くんの上げたセンタリングめがけて突っ込んでいくではないか。なんという俊足。まるで獲物めがけて飛んでいく猛禽類のようだった。
追いつくか? 追いつきそうだ! 追いつけ! 追いついた!
そのまま、古田くんが左足をダイレクトにボールに合わせて、振り抜くと――。
ゴール!
ボールはキーパーの手の間をすり抜け、吸い込まれるように枠へ入り、ネットを揺らした。
俺達も、相手チームも、そして、おそらくは審判すらもしばらく動けなかった。数秒の間があってから、思い出したようにホイッスルが鳴らされる。そして、直後に試合終了の笛。
「やった……やった……!」
「マネージャー! 俺達やったぜ!」
「なんだってやればできるんだよ、早弥子ちゃん!」
「だから、早弥子ちゃんも入院、がんばれよ!」
飛び跳ねたり、ガッツポーズを取ったり、全身で喜びを示しながら、部員達は皆、マネージャー早弥子ちゃんの元へ走り寄る。早弥子ちゃんは三和に支えられながら泣いていた。
「みんな……わたし……」
涙を流す早弥子ちゃんを笑顔で励ます部員達の姿は、とても美しい光景だった。
※
試合終了後、部員の皆さんとマネージャーの早弥子ちゃんに何度もお礼を言われながら、俺とミワ坊はサッカー場を後にした。
「いやあ、感動的な試合だったなー」
俺は鼻に詰めたティッシュを突っつきながらニヤニヤと笑う。
どうやら俺はボールを止めた時に顔面セーブを披露してしまったらしい。それで鼻血が出てしまったのだが、美乳・美尻の早弥子ちゃんが優しく手当てしてくれたのだ。
役得役得。
指が柔らかくて、なにかこう、良い匂いがしたなあ。
「なーんか、ナオってば、早弥子ちゃんに手当てしてもらってご機嫌だみたいねー。鼻の下伸びてるけど、大丈夫ー?」
横を歩くミワ坊が、いつもはくりくりした丸い目を、不機嫌そうに細めて俺を見ている。
「ん? そうか?」
「別にいいけどさー」
腕まで組んでなんでか機嫌が悪そうなのだが、何なのだろう。マーフェスの開場時間の十時をとっくに過ぎて――というより、もう、お昼すら過ぎてるからか。俺に付きあわせて悪いことをしてしまった。
「ごめんな、ミワ坊。俺の勝手のせいで、せっかくのマーフェスに遅れちまって……。早く会場に戻ろう」
俺は手を合わせて頭を下げた。でも、反応がなくて、心配になって三和の顔を覗いてみると、なぜか困ったような顔をしていた。
「どうした、ミワ坊?」
聞いてみるが、ミワ坊はさらに困ったような顔をしてから、頭を何度か横に振る。柔らかそうな短い髪がそれに合わせてふわふわと揺れた。
「なんでもない。ナオのしたことは正しいよ。だから、もういいや」
そう言って、ミワ坊はニコッと笑うと、走り始めた。
「ナオ、会場まで急ぐよ!」
「お、おう!」
なんだかわからないが、機嫌が直ったみたいだからよかった。
俺達二人はは揃って駆け出す。いざ、幕原メッセへ!
となればよかったのだが。
「ママー! ママー!」
「どうした、ボウズ?」
「ママがどっかいっちゃったー。うわーん!」
迷子の子供に会ったり。
「あのー、このビルがどこか知ってますか? 国際会議に出席しなければいけないんだけど、迷ってしまって」
背広姿のおじさんに道を尋ねられたり。
「エクスキューズ・ミー・バット……」
スーツを着た外国人に、さっきの人と同じビルの場所をまた尋ねられたり。
なんだか知らないが、やたらと人に頼られた結果――。
「も、もうすぐ四時じゃないか!」
幕原メッセの遊歩道を歩きながら腕時計を見て、俺は絶望の悲鳴をあげた。隣でミワ坊も溜め息をつく。
「きっと燕雀堂のキットはとっくに売り切れちゃったろうね」
「ぐむむむ。この日のために必死にバイトしたのに……!」
歯ぎしりしても時間が戻るわけでもない。俺は肩を落としながらまた三和に頭を下げた。
「ミワ坊、ごめん。俺に付き合せたせいで、お前まで目当てのドールがなくなっちまったかもしれないよな」
「いいよいいよ。わたしだって、自分の意志でナオについて行ったんだし。それに、そういうとこがナオのいいところじゃん」
三和が優しく言うから、俺は少し涙が出た。
「ミワ坊、お前……!」
「うん?」
「お前、なんていい漢なんだ!」
「ガハハハハ! そうだろう、そうだろう!」
オヤジみたいに笑うミワ坊と俺は、グータッチで友情を確かめ合う。
そんなわけで、午後四時すぎにようやく幕原メッセ内に入った俺達は、一直線に燕雀堂のブースへと向かった。
希望は少ないだろうが、一縷の望みに夢を託す。どうか、まだ作品が残っていてくれ!
だが――。
「うがー!」
ブースには「売切れ御免」の手書きの紙が貼ってあった。俺は頭を抱えて崩れ落ちる。
そんな俺の様子を見て、ブースに立つ、紺色の作務衣を着た長身イケメンなお兄さんが申し訳なさそうな顔で言った。
「ごめんね。午前中に全部売切れちゃったんだ」
俺はよろよろと身を起こしつつ、黒縁メガネの位置を直しながらイケメン青年をしげしげと見つめ返した。その顔をフィギュア専門誌で見たことがあったからだ。
「あ、あの!」
「ん?」
「もしかして、燕さんご本人ですか……?」
「うん。そうだけど」
「やっぱり! すげえ!」
俺は感動に打たれて体を震わせる。今、目の俺の前にいる人こそが、個人サークル燕雀堂を主宰する、あの天才原型師、鈴乃木燕その人なのだ。涼やかな目元、端正な面立ち、繊細そうな細長い指、すべてが只者ではない雰囲気を醸し出している。
「あ、あの。俺、大ファンなんです。よ、よければサインを!」
俺は斜め掛けカバンを漁って、マーフェスのガイドブックとサインペンを取り出した。
「え、僕なんかのサインでいいの?」
大きく頷く俺を見て、燕さんは戸惑いながらもサインを書いてくれた。
「あの、燕さん、あんな風に素晴らしいフィギュアをどうやって生み出しているんですか?」
「何より必要なのはやっぱり愛だと思うよ。二次でもオリジナルでも、その子の一番いい表情、ポーズ、そして、纏ってるオーラを引き出したいなって思ってる。僕の大好きなこの子を見てほしいって思うからね」
「さすがです! だからこそ、あの生きてるみたいな女の子達がいるんですね!」
そうなのだ。この人の作り出すフィギュアは、フィギュアであってフィギュアでない。まさに『少女』そのものなのだ。俺はこの人の作り出した造形を最高の形で再現したくて、日々ガレージキット製作の腕を磨いていると言っても過言ではない。
「あのー、本当にサークル休止しちゃうんですか?」
隣のミワ坊が恐る恐るといった様子で問い掛けると、燕さんは爽やか笑顔を浮かべながら頷いた。
「実は師匠からしばらく修行に来いって言われていてね。だから、当分、製作はお休みするつもりなんだ。いつ戻ってこられるかはわからないんだけど」
師匠? 造形の先生がいるのだろうか。
心のうちで首を傾げる俺に、燕さんはサインを書き終ったガイドブックを戻してくれた。
「サインもどきは書いたけど、本当にこれだけでいいの?」
「いやあ……。本当は燕さんのフィギュアが喉から手が出るほどほしかったですけど、売切れなら仕方ないっす」
俺は頭を掻きながら、「ハハハッ」と笑った。実際は歯ぎしりしたいほど、泣いちゃいたいほど悔しいけど、我慢する。だって男の子だもん!
そしたら、隣の三和に頬っぺたを抓られた。
「いてて。なんだよ!」
「ナオはいい人すぎなんだよ」
ミワ坊は俺の頬から手を離し、燕さんに向かって訴えかる。
「今日だって、急病のおばあちゃんとか、人数の足りないサッカーチームとか、迷子の子とかを助けて回ってたんですよ。花ヶ塚から始発に乗って来たのに、この時間になってやっとここに来れたんですから」
「だってさ、俺が困ってる人を見捨ててフィギュアやドールを迎えにいったところで、彼女達が喜ぶかよ! 俺は彼女達に顔向けができないようなことはしたくないんだ!」
俺が拳を握りながら熱く訴えると、三和は小さく溜め息をつき、それからにっこりと笑った。
「まあ、そこがナオのいいとこなんだけどね」
なんだか、照れ臭いぞ。
頭を掻く俺を見て、燕さんはクスクス笑う。
「二人とも熱いねえ。あ、君達、もしかして『花ヶ塚美少女名鑑』の管理人さん達?」
「え! 知ってるんですか、俺達のサイト!」
驚いて目を見開く俺に、燕さんはイケメンの顔でウィンクしてくれた。
「僕の子達も、他の原型師さんの子達も、生き生きとした姿をしているし、ドールたちも愛されて大切にされてるのがわかる。好きなブログだから、時々チェックしてるよ」
俺とミワ坊は顔を見合わせ、ニンマリ笑った。だって、こんなに嬉しいことってないだろ?
そんな俺達に、燕さんは「そうだ。君達、明日ヒマ?」と訊いてきた。
「え? はい。夏休みなんで」
「じゃあ、よかったら、僕の工房に遊びにおいでよ。色々見せてあげられるし、もしかしたら、何かお土産を渡せるかも」
『マ、マママッマ、マジっすか! 行きます! 行かせてください! 行きますとも!』
俺とミワ坊はハモりながら、歓びの絶叫をあげたのだった。




