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嘘つき⑤

 もう日も充分に傾いた午後四時頃、やっと私の家がある町に辿《たど》り着いた。まさか本当に入学初日に徒歩《とほ》で帰ることになるとは、思わなかった。


 疲労の所為《せい》か口数は減り、からからと車輪の回る音だけが西日に照らされて響《ひび》くばかりだった。


「ちょっと、休憩」


 ついに稲川《いなかわ》が先に音を上げて、足を止めてしまった。華奢《きゃしゃ》なことが裏目に出たか。それとも、美術部が仇《あだ》となったか。


 どちらにしろ、私も疲れてはいたから、近くの公園で一休みすることにした。


 植物園が隣接《りんせつ》しているからか、それは随分《ずいぶん》と広い公園だった。休日は家族連れで賑《にぎ》わうのをよく見かける。昔からみんな自由広場と呼んでいるけど、それが正式名称なのかどうかは知らない。


「だから言ったのに」


「まじ、余裕《よゆう》」


 空《から》元気もいいところだ。稲川はベンチを見つけるとすぐに腰を下ろして、天を仰《あお》いだ。


 自転車のスタンドを降ろして、稲川の隣に座る。


 平日の夕方ということもあって、そこまで人はいなかった。新学期も始まったばかりだからか、小学生の遊ぶ姿も見えない。


 あまり人のいない公園は、なんだか新鮮だ。


 隣で伸びる稲川に溜息《ためいき》を吐《つ》いて、その目を覗《のぞ》き込む。


「ちゃんと帰れそう?」


 私はあと二十分も掛からないから大丈夫だけど、稲川は疾《と》うに限界を迎《むか》えていそうだった。


 それを聞いた稲川は下を向いて黙り込み、ゆっくりと瞬《まばた》きをした。


「……あのさ、宇田《うだ》」


 急に改まった口調《くちょう》になって、私を呼んだ。


「なんでしょう」


 私はまた茶化《ちゃか》すようなことを言うと思って、適当に相槌《あいづち》を打った。


 すると稲川は俯《うつむ》いたまま、ひとつ息を吐いた。


「……わたし、嘘ついてた」


 春に似合わない涼やかな風が吹いて、葉の擦《す》れる音がする。汗の滲《にじ》んだ背中を撫《な》でて、少し寒かった。


「ほう……」


 稲川の言ってきた嘘なんて、どれのことなのか見当《けんとう》もつかなかった。泊まらせてほしいとか、可愛《かわい》いとか。数え出したら枚挙《まいきょ》に暇《いとま》がない。


 でも、今の言葉は、決して野放図《のほうず》な告白だとは思えなかった。


 だって、笑っていなかったから。


「家の場所、ほんとは違うんだ」


「家……」


 唇《くちびる》を結ぶ稲川の顔が、昼前の姿と重なった。


 でも、思っていたよりも小さいことで、どんな顔をすればいいのか分からなかった。そんなに深刻そうな表情をしてまで言うことでも、そもそも嘘を吐《つ》くようなことでもない気がする。


 私と一緒に帰る口実《こうじつ》なら、いくらでもあったはずだ。


 最初から怪しいとは感じていたけど、こんなことだとは思わなかった。


「なんとなく分かってはいたけど……」


「わたし、清瀬《きよせ》から来てるの」


「うそっ」


 思わず声が出た。


 土地勘《とちかん》があるわけじゃないけど、真反対ということくらいは知っている。確か北の方で、埼玉に近かった気がする。


「ほんと」


 私たちがいる場所はどちらかと言えば神奈川に近いから、ここから帰るとしたら東京を縦断《じゅうだん》するようなことになってしまう。


「……帰れるの?」


 もう二時間弱も歩いてきて、立ち上がるのすら億劫《おっくう》だ。私は今すぐにでも横になりたかった。


 稲川は、目を細めてその手を強く握った。


「……帰りたくない」


 夕日に照らされた茶髪は、心許《こころもと》なく靡《なび》いていた。

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