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夢現の圏士  作者: くろよ よのすけ
2章:回帰事件
8/8

調査と捜査と


「それで、キリエが巻き込まれたということか」

「はい…その通りでございます……」


 正座をさせられたおれの目の前にハイネの足先がブラブラと、というかイライラと揺れていた。

位置的には、おれが床に直接正座していて、ハイネは机に座った状態で足を組んでいる。その状態で貧乏ゆすりをしているのだから、いつおれに蹴りが見舞われるのかは分かったものじゃない。


(顔が痛え…)


 観測室に入ろうとした瞬間の初撃はすさまじかった。思わずというかほぼ無意識で略式契約を使ってしまったほどだった。あれがなければ死んでいたかもしれない。


「はぁ…、油断するなと忠告しておいたにもかかわらずこれとは呆れかえるしかない」

「面目次第もございません……」

「当然だ。で?」

「で? …うげ」


 聞き返したら頭の上に足を乗せられた。

 抵抗したら怒らせるから、自然と目線は床の方へと向かう。


「他に分かったことはあるのかと聞いている」

「あ、ああそっちね。あの犯人、予想通り『具象契約』は使えたし、ガキにする能力もそれだったんだけど、本人自体はそんなに強くなかったんだよな。『具象』使ってるはずなのに動きが変わってないっていうか」

「取り逃がした貴様が言うのかソレを」

「足で頭をグリグリすんなって、…ていうか話し辛いから普通に話させてもらえねえかな。おれも反省はしてるし、次は同じミスはしないようにする…。それにこれじゃ無駄に時間かかるぞ」

「…………はぁぁ、その程度のことは分かっている。だが、ここで取り逃がしていなければ私の時間が帰ってきたはずだと考えるとこの怒りは収まらん」

「お前なぁ」

「だが」

「おっと」


 不意に消えた頭の重みに顔を上げると眉間にしわを寄せたハイネの視線がこっちに向けられていた。


「…椅子に座れ、私も少し熱くなった」

「少し?」

「次はないといったはずだ」

「少しです、はい」


 なるほど今回のがハイネのボーダーラインらしい。そこを超えてたらマジで死んでたかもしれん。気を付けよう、何をどう気を付けるかはともかく。


「何か飲むか」

「ん? ああもらえるなら欲しいけど。っていうかお前大丈夫か? フラフラだぞ」

「ふん…っ、このところ徹夜が続いているだけだ。いつものことだからロストが気にするようなことでもない。お前はお前のやることがあるだろう」

「いいから。ハイネは座ってろって、茶くらいおれがいれるから。給湯室って通路の一番奥だったよな」

「あ、ああ…」

「了解、んじゃちょっと待ってろ」


 ちょっと無理矢理にハイネを座らせると、観測室に備え付けられている給湯室へ向かう。

 昼間会った時には普通そうだったのに、立ち上がるだけであそこまでふらつくなんて。大分無理をしていたのか。

 初めて会った時から他人には弱い部分を見せようとしない奴だったし、おれが怒らせたせいで溜め込んでたなんやかんやが一斉に出てきちまったのかもしれない。


「悪いことしちまったなぁ…」

『いいえ我が主、そのようなことはありません』

「うお……、ってアンタか。急に話しかけられたから驚いちまった。悪いな」

『かまいません、元より我ら『代行者』は存在があってないようなものです。それに契約を結んでいるとはいえ我々の関係上、私は貴方の道具のようなもの。謝る必要はございません』

「その自分を道具っていうのやめてほしいんだけど……、これは聞いてくれないわけ?」

『善処いたします』


 急に響いてきた声と共に影が現れる。

 その影は湯を沸かすおれの隣へ並ぶと、一人の女性の姿を取っていた。

 煤けたエプロンドレスを身に纏いながら、くすみ一つ無い白い肌。濡れた黒髪を伸ばした女性。おれの所持している『原型』に宿った『代行者』。

 彼女は時折、というには少しだけ多い頻度でその姿を現わしては助言をしたり、話し相手になってくれている。

 ……少しやりすぎなんじゃないかと思う時もあるが、善意でやってくれているらしい以上あまり強く言えないこともある。


「どうかしたのか? 外で話しかけてくるなんて珍しいよな」


 彼女が話しかけてくるのは部屋に一人でいるときがほとんどで、今回みたいに外で話しかけてくるのは記憶にある限り無かった気がする。

 すると彼女は小さくうつむき、真白く細い指先を合わせながら口にする。


『主が悩んでいらしているようでしたので。私のようなものでもお力になれればと、出過ぎた真似とは思ったのですが』

「そんなことない。アンタにはいつも助けられてるし、これから一緒に戦ってく以上はゆっくり話せればって思ってはいたんだ」

『そのようなお言葉、私には余りある幸福です。私のようなものを選び取ってくれた主、やはり貴方は私にとって唯一人仕えるに値するお方です』

「ゴメン…そこまで褒められてもそれはそれで困る……」

『いえ、当然のことを言ったまでです。褒めるというのならば他にいくらでも言葉はありましょう』

「あー、いい、今はいいから。そ、そうだ。そういえばハイネのことなんだけど」


 止める前には指折り数え始めていた彼女を止めつつ、現れた時に言っていたハイネのことについて聞いてみる。


『はい、彼女のことであれば怒らせてはしまいましたが、私の見ていた限りあそこまで感情的になるのは主が相手の時のみです。普段から自分の疲れさえ自覚できないほど抑え込んでいるようですですし、主の存在は大きなものかと思います』

「そうかぁ…? おれには当然の怒りに加えて八つ当たりがほとんど、みたいにしか思えねえけど」

『そういった行いが出来る相手というものは誰にとっても得難いものです』

「そんなもんかね。さてさて湯も沸いてきたな。一緒に飲めたならアンタの分も淹れられたらよかったんだけど」

『先ほどもお伝えしましたが我等『代行者』は幽霊のようなもの。現実に干渉する方法が無いわけではありませんが、これからの話に私はお邪魔でしょう。それでは失礼します』

「ああ、まあずっと一緒にいるんだから気が向いたらまた出てきてくれよ。話し相手が欲しくなったときとかでいいから」

『ありがとうございます。我が主』


 一歩身を引くと、また元の影となって音もなく姿を消した。

 本体はおれの持つ『原型』に宿っているとはいえ、こうして現実で話すことができるのは彼女自身との繋がりを持てているようでなんだか嬉しく思える。

 棚に適当に詰め込まれていた茶葉をポットに突っ込み、沸いた湯を適量。あとは少し待って金属製のコップに注ぎ込む。同じようなのが一杯積まれてるのは皆が適当に取っていくためだろうか。


「よっし、こんなもんで——うぉびっくりした」

「じー…………」

「今度はカルディアかよ、どうした。茶が欲しいなら湯余ってるからいれるぞ?」

「…あの、ロストさん…一緒に病院行くっすか…?」

「いきなりなんだ失礼な」


 入口の向こうからこっちを覗き込んでたかと思ったら急に心配された。ああいや、ハイネに殴られてる姿はあの場にいた瞳士全員に見られてるからおかしくはないのか。


「だ、だって一人でぶつぶつ楽しそうにしゃべってたっす……、頭がおかしくなったとしか思えないっす…」

「……」


 そっちだったか。

 確かに言われてみれば『代行者』は基本的に契約してる人間にしか姿が見えないのだから、傍から見れば馬鹿みたいに喋ってる危ない奴だ。

 普段部屋の中でしか姿を現わさないのも、そういうところを気にしてくれているのかもしれないと今気づいた。


「そんなんじゃねえの、『代行者』と話してたから独り言じゃねえの」

「あっ、なぁんだそうだったんすね。ついにロストさんが先輩の横暴に耐えかねて、脳内に友人という名の第二の人格を生み出したかと思ってしまったっすよぉ」

「それはそれで失礼だと思わねえのかお前は」


 ケラケラと笑うカルディアはおれだけでなく地味にハイネも巻き込んでいる。また聞かれてたら怒られるぞ。


「それにしてもお前の方は仕事終わったのか? 昼間は大分唸ってたろ」

「う…っ、それを言うのはダメっすよぉ……。ホントのマジに厳しいんすからぁ」

「あー、そうだったのか。そりゃあ悪かった。おれも手伝えたらいいんだけど、刀振るしか能がない上に、別の仕事で手が離せなくってな…」

「うむぅ…、まあギリギリもギリギリで何とかなりそうな目途は立ったんで、あとは…寝なければ……何とか…」

「…まあ、なんだ。頑張れ、ほらこれやるから」

「う…っす、いただくっす」


 追加で茶を注ぎ、カルディアに渡すと小さな体を更に小さくしながら、とぼとぼと自分の机に帰っていく。その背中は、やけにくすんで見えた。


「大丈夫かアイツ」


 人のことが言える立場ではないがそれはそれ、心配するくらいはいいだろう。さてと、おれも遅くなったし、これ以上待たせるとまた怒らせちまうな。

 幸い、まだ湯気の立っているコップを二つ手にして元の会議室に戻る。


「悪い、時間かかっちまった。冷めてはないからあんま怒らないでほし——っと」

「すー………」


 扉を体で押し開けた先では、椅子に座ったハイネが背もたれに身を預け、腕を組んだまま静かに寝息を立てていた。

 まさか眠っているとは思っていなかったから少し動きが止まるが、とりあえず音を立てないようにコップを置いて扉もしめる。


(起こした方がいいかな)


 もしも起こさなかったら、なんで起こさなかったのだと怒りを向けられるかもしれない。起こしたら起こしたで何か言ってくるかもしれないが。


「………」


 思考数秒、導いた答えは起こさない方針。

 良くも悪くも、さっきの怒り爆発で疲れが押し寄せたのが原因なのは明白だ。

普段から寝てないのだろうし、ここで休ませなければ今度こそ寝る間もないかもしれない。そうなったらハイネが今度こそ倒れちまう。

 それならおれ一人で怒られた方がずっといい。もう少ししたらアイリスがやってくるだろうが、それまでの間くらいならハイネが休むことくらい許されてしかるべきだ。


「……」


 起こしてしまわないよう、静かに茶をすする。

 我ながらほどほどの味には仕上がっていたのを見せつけられないのは少し残念だが、香りくらいはハイネにも届く。

なら今回はそれでいい。

  真夜中でも扉の向こうからは、遠く瞳士たちの声が聞こえてくる。

 外を駆けまわる圏士を支え、絶えず街を見守っているのだ。

 彼等もまた常に戦い続けてくれている仲間であるのだと再認識しながら、おれも少しの間だけ目を閉じる。

 それは眠るためではなく、彼女の元へ行くために。


「———」


 もう一度目を開いた時、そこは観測室にある会議室の一室、ではなかった。そこはおれと彼女の意識だけが、立っている夢と現実の狭間の世界。

 何もない世界に扉が一つだけ存在していて、その前には机と椅子が用意されていた。


「さっきぶりであれなんだけど、少し話せるかな」

「もちろんです、我が主。お待ち申し上げておりました」

「外で何かあればすぐお知らせします。主もどうぞごゆっくりお過ごしください」

「助かるよ。じゃあさ、前から気になってたんだけど」

「はい、何なりと」

「その…、“我が主”って呼び方もう少し何とか……」

「いえ、我が主は我が主です」

「名前で呼んでくれた方がおれ的にはマシなんだけ——」

「こればかりは譲れません」

「少しずつでもいいから——」

「いえ——」

「じゃあ他の候補——」

「申し訳ありません——」

「——、———」

「————」


 まさかここまで頑固な一面があるとは思っていなかった。

だが思っていた以上に彼女は彼女なりの貫き通す我があるのだと分かったのは、一つの収穫だったかもしれない。

 呼ばれ方は、まだしばらくの間はこそばゆいままになりそうだったが。


  □ □ □


「すみません、遅くなりました。どうかしましたか?」

「い、いや…っ、なんでもねえ…からちょっと待っててくれっ」

「私にはロストへ剣が突き立てられようとしているようにしか見えませんが」

「当然だッ、そのつもりで力を籠めているからな…!」


 アイリスが戻ったのは日が昇ってからだった。

 その前からおれはハイネと格闘していたわけだが、理由は予測出来ていても剣を突き立てられようとは思っていなかった。

 

「寝てたの起こさなかっただけでこれは厳しすぎやしないか!?」

「時間がないと言っているのに休んでいる暇があるわけなかろうが!」

「その元気も睡眠による産物だろうが、おとなしく感謝してやがれって!」

「時間を消費したことよりも貴様の前で無防備に眠っていたことの方が屈辱だ!」

「んだそれ、誰がお前の寝顔なんぞ見てるかよ! こっちはこっちで目ぇ閉じてたわ!」

「貴様も貴様で眠っていたというか…! この……っ」

「ぐ、ぬぬぬ……っ、おいちょっとマジでヤバイ…、力入れすぎだバカっ、ズレたら刺さるって!」


 『代行者』の報せを受けて目覚めた瞬間襲い掛かられたのに、良く反応できたものだと自分をほめてやりたい。

 とっさに持ち上げた刀の鞘で受け止めてはいるが、そろそろ均衡が崩れてきていてちょっと力の入れ方をミスったらそのまま刺さりそう。


「ハイネ、落ち着いてください。一夜明けましたがキリエの被害以降、事件は発生しておりません。犯人もロストからダメージを負わされていますし、すぐには行動出来ないかと」

「だってさハイネっ! だから落ち着けおれが死ぬ!」

「貴様は殺しても死なんだろう。安心しろ、生きてるうちに傷は治してやる…!」

「だぁー! クッソ人の話聞きやがらねえ!? アイリス助けて!」


 男の意地とか言ってる余裕は無し、恥より実を取るのが賢い生き方…、というか実を取らねば死んでしまう。


「では、失礼します」

「…なっ!?」

「……おお」


 そういうとアイリスは自らの手を切らぬよう気を付けながら、鞘に突き立てられた細剣の刀身を掴み、そのまま押し返していく。ハイネも大概力を籠めていたはずなのに、素の筋力のみで押し返すとは、アイリスの力に驚かされた。


「すみませんハイネ、邪魔をされて気分を害しているかと思いますが、一度落ち着いていただかなければこの手を離すことは出来ません」

「……」


 完全に押し返されたハイネはというと、刀身を掴まれたまま色々な方向へと細剣を引っ張ったり押し込んだりしている。


「……はぁ。これでは無理そうだな。仕方ない、アイリスに免じて今回は諦めよう」

「ありがとうございます」


 その動きで細剣をアイリスの手から離させるのは無理と判断したのか、ようやく諦めてくれた。危なかった、アイリス来てくれてなかったら『略式』使わないといけなかったかもだ。


「ふぅ…、悪かったなロスト、流石に頭に血が上りすぎてしまった。寝起きはいかんな」

「大前提として、仲間に剣向けてるのがおかしいってのに気付いてくれ」

「悪かったと言っている。少し外すぞ、顔を洗ってくる」

「あいよ」


 一切悪びれた様子無く言ってのける姿は、見てるこっちが納得してしまいそうになるくらい落ち着く払っていた。


「いや——」


 そういう問題じゃない、と言いたいが言って聞くような奴でもないのは分かり切っているし、思えばであった頃からこんなんだった気がする。


「まあ、いいや」

「…いいのですか」

「ん? ああ、いいや。なんか気晴らしにはなったみたいだし」

「そういうもの、ですか?」

「そういうもんなんだよ。アイツとやってくとなると…まあ、おれの場合はだけど」


 ハイネが爆発するときの原因を大体担ってる自覚のあるこちらとしては、爆発した後のことも面倒見るのは当然ではある。やったからには最後まで、というのと近いか。


「やはり切り替えが……」

「何か言ったか?」

「あ、いえ、キリエが…小さくなったキリエが眠る前に口にしていたのですが——」

「戻ったぞ、ついでに適当なパンを持ってきた」

「ああ助かる。んでキリエが何て?」

「…いえ、やはり気のせいでしょう。あまり気になさらないでください。ハイネ、ありがとうございます。この大地の恵みに感謝し、いただきましょう」

「ん、そっか、ならいいんだけど。気になることあれば言ってくれよ。溜め込んだりしないでさ」

「はい、ありがとうございます」

「おいロスト、それは私のことを言っているんじゃないだろうな」

「お前のこと言ってるから大人しく飯食ってろ。今後のことも話さないとだからな」

「分かっている、それくらい…」


 少し拗ねたようにしながらもパンを口に運び始めた。腹も膨らめば苛立ちももう少しマシになるし、話はそれからだな。


「そういや昨日思ったんだけどさ。アイリスって子供の相手上手いよな、おれ一人だったらキリエ連れてくるのに間違いなく通報されてた」


 犯人ボコボコにしてたせいか、ガキになったキリエからは大分警戒されてしまった。あのまま説得したとしても話を聞いてもらえたかどうか。


「『灯日』に来る以前、『教戒』では孤児を相手に本の読み聞かせや、食事の配給などの面倒を見ていました。そのため人よりは慣れているかもしれません」

「なるほどなぁ、おれはどうにも…振り回されちまうから上手くできる気がしねえ」

 昔、迷子がいたから話を聞こうとしたらガン泣きされたこともあって、どうにも苦手意識がある。おれ自身にガキの頃の記憶がないのも関係あるかもしれないが。

「ふっ、犯人だけでなく子供の相手もうまくいかなかったらしい」

「少なくともガキの相手に関してはお前もこっち側だろ。いつもの感じだと絶対怖がられるぞ」

「その時は式神に相手をさせておけばいい。あれはあれで子供受けもいいようだしな」

「あーなるほどな、確かにあのウサギ、おれ以外には普通だもんな。…とか言ってたら背後からっ! …いねえ」

「確かに姿が見えません。どこかへ向かわせているのですか?」


 静かに咀嚼していたアイリスが口にいれていた分を飲み込むと部屋の中を見渡す。が、いつもの白い塊の姿はどこにも見えない。


「ん、ああ、アレはたまに姿を消す。困ったものだが有事の際には戻ってきているからもう気にしなくなっているな。お前たちが気にするほどの問題ではないぞ」

「ならいいけどさ。ハイネ相手でも自由なんだなアイツ」

「元の持ち主が元の持ち主だ。予備が残っていれば解体して中身を調べたいところだが、残っているのがあの一体だけだからな。下手に手を出せん」

「そのような状態のものを使用されていたのですか?」

「観測室内で勝手に動きまわっていたのを私が捕まえて、そのまま所有権を上書きした。とはいえ少し目を離せばこれだがな」


 やれやれと言わんばかりに息をついたのを合図に、パンと一緒に持ってきていた茶を三人そろって口に運ぶ。


「「「…………ふぅ」」」


 これにて朝食終了、話題であり議題は昨夜の犯人について移り変わる。


「分かったことはあるか」

「昨日も一応言ったけど、ガキにするのは『具象契約』の能力で間違いない。獲物はナイフで、刃から水を発生させて浴びた相手をガキにするみたいだ。写真の光については閃光弾だった」

「戦闘技能については大したことがないと言っていたな」

「ああ、『具象』まで行ってるクセしてあんなに弱いのもおかしいけど、事実おれの『略式』で押し切れたしな」


 本来、『代償契約』を発動すればその位階に応じて肉体においても強化される。これは別に『原型』に能力のみを発生させているから肉体は関係ない。

 ……なんてことはなく、仮面野郎のように神の異能を発生させているだけでも、相応に身体能力は跳ね上がる。『略式』による上昇など大きく超えるはずの力がだ。


「そこがどうにも引っかかるんだよな。自分で言うのもあれだけど、流石に『具象』使える相手を圧倒できるほど強くはないし。第一『略式』で『具象』相手に正面突破できるような奴なんていねえ」


 『略式』による能力、扱える神威の上限幅を百とするなら、『具象』は千とか万だ。どだいやり合う以前の問題、全力の攻撃でも素手で止められてしかるべき、というほどに生命としての格に差が生まれる。


「……——でもない—な」

「ん?」

「そうか、ならば本当にその能力が『具象契約』によるものかどうかも、頭の片隅に置いておいた方がいいかもしれんな。光が閃光弾だったように、また他のトリックが仕込まれているかもしれん」

「複数犯、という可能性はおそらくないかと。ロストが犯人を完全に抑え込んでいるようでしたので周囲を調べましたが、それらしい影も、気配もありませんでした。また、あの周囲には隠れるような場所自体少ないです」

「なるほどな、であればロストが戦ったという男による単独犯である。というのはまず間違いないと見ていい。『原型』を所持している以上、背後に何らかの組織の影はあるだろうが」

「どっから持ってきたのかね、うちの倉庫は問題なかったんだろ」

「ああ問題なかった。アイリス、『教戒』への連絡はしてくれたか」

「はい、とはいえまだ届くのはしばらく先になりますが」

「……そうだったな。そこは期待せずに待つか。…次だ、ロスト、犯人について他の情報は」

「中肉中背だと思うけど体形隠すためのフード付きの外套、んで顔はセンス悪い仮面してたから分かんねえ。大物ぶってるけど、煽ってやるとすぐ小物が出てくる。内面も大した奴じゃねえなありゃ、更生させるにしても殴ってやった方が速い」

「昨日は必要あれば殺すと言っていたと思ったが、気が変わったのか?」

「別にそういうんじゃねえけどさ。必要ならやるだろ」

「…………」


 今回は運がよかったが、キリエだってどうなっていたことか。…どうかはなってたな。

 

「アイツぶっ倒したらガキにされたみんなも元に戻るといいんだけどな……」

「…言っておくが、そのためにも生きて捕らえろ。聞きたいことは山ほどある」

「善処するよ、どうしようもなけりゃ斬るけど」

「……その判断は限界まで耐えてほしいものだがな」

「…ロストは、誰をも助けたいという目標を持っていますが、犯人を殺すことについてはためらいはないのですか?」


 なにやら二人の表情が曇ったように見えなくもない。

 まあ人の生き死にだしな、そう簡単に済ませていい問題じゃないのも確かだ。


「そりゃ全員助けるつもりだけど…、あんなバカでもなんとかしてやれるなら何とかしてやりたいさ。でもどうしても優先順位ってのは出てくるし、アイツが私利私欲のために他人を殺すっていうなら、その前にだ。そこがブレたら全部崩れる」

 どれ程に独善的な願いであろうが、その願いを持っている本人がブレたら何もかもがおかしくなる。なら、決して揺らいではならない。

「それはそれ、これはこれだ。これ以上被害が出るなら殺す。おれはまだ弱いからな、この手で助けられる範囲から外れた領分へ足を踏み入れたなら、特別にアイツ一人を拾いあげるのは無理だ」


 多くを救うために少数を切り捨てるなんて言うつもりはない。

その判断は、おれにとって諦めに他ならない。たとえ醜かろうが足掻いた先の結果であるならまだしも、初めから少数に分類するつもりは毛頭ないからだ。


「だから、アイツがおれの手に余らないうちは、前を向いて真っ当に進む意志を持っているうちは、最後の最後まで付き合ってやるつもりだ。生きてる限り他人を貶めるつもりなら斬るしかねえってだけだよ。…おかしなこと言ってるか?」

「ロスト、自分の頭がどうにかしているという自覚を持った方がいいぞ。馬鹿者」

「ひでえ良いようだなおい…」

「ロスト自身が道を踏み外してしまわぬよう周りで支えることはできます。些細な変化を見逃さないよう気を付けるべきかもしれません」

「アイリスもか…」

「当然だ。将来おかしなことをするなよ、私たちがお前を切ることになったとしてもおかしくはない。それほど、貴様の口にする夢というものは危うい意識の上に成り立っている」

「あ、ああ」


 釘を刺すように、自分の言葉を縫い付けるように、真剣な目を向けるハイネにはただただ頷くことしか出来なかった。


「忘れるなよ。……『雷環』の再臨など御免だ」

「それって例の特級のことだろ、討滅局全員に喧嘩売るなんてことしたらそれこそ頭おかしいぞ」

「ですが、彼は一人で抗い、そして姿を消しました。今も生きているという人もいますが、詳細は不明です」

「特級、ね」


 『雷環戦争』の首謀者というか、たった一人の反逆者。

 なんでそんなことをしたのかは分かっていないらしいが、おれがそこまでのことをするなんて思われてるのか。


「そうだ、だから忘れるなと言っている。人は容易く道を踏み外すからな」

「やるやらない以前におれの実力じゃ出来ねえよ」

「なら、それでいい。むしろその方がいいかもしれんな」

「それはそれでよくねえ」

「ロストは『エイオス』との戦いの後、着実に実力を伸ばしています。焦らず、諦めることをしなければ特級とまではいかずとも一級、『具象契約』を扱うに至る力を手にできるはずですよ」

「んー…、褒めてくれてるんだけど、比較対象が特級じゃあ手も足も出ねえな」

「同じ能力だというのにこうも差があるのは一体何だろうな」

「そういや前に言ってたな。おれと特級の『具象』、似てるんだっけ?」


 『エイオス』戦の後、ハイネに聞いた話ではおれの使った『具象』は未完成ながらも特級の使っていた異能に近しいものらしい。

 おれの使っている『原型』が例の特級が使ってたのと関係あるのか。

 もしかしたら『代行者』ごとに契約を行う神格というものは、本人たちが交渉しやすい相手とかである程度決めているのか。彼ら自身にも個々の意志がある以上、毎回別の相手よりも同じ相手と契約する方が話も円滑に進むのかもだ。

 分からないことだらけだし、次に話す機会に“彼女”に聞いてみるのもいいかもしれない。

 

「なに、実力をつけているといってもあの調子ではまだまだかかりそうだしな。どうやら私の杞憂だったようだ」

「言ってろ、その内ちゃんと使いこなしてやるからな」

「ふ…っ、脱線したな。どうでもいいことで時間を使ってしまった」


 少しだけ満足そうに口元を緩めたハイネは軽く咳ばらいをし、元の議題へと話を戻す。


「戦力については信じることとしよう。ロスト並みの実力さえあれば正面から対処可能だとな。他に情報になりそうなものは?」

「そうだな…、最初話した時に“準備が整うところ”て言ってた。今までの分でガキにする相手は十分になったんじゃないか?」

「……、ならば今までの軟弱も——、被害者には襲うべき共通点があったということだ。それも、これまで私が調べても分からなかった部分で」

「やはりすでに調べていらしたのですね。そして共通点は無かったと?」

「年齢、階級、性別、特にこれといった共通点は見られなかったのでな。関係ないものとして深くは調べなかった部分もあるが、犯人自身がそう言っていたのなら有力な情報にはなる」

 いうと机の隅に積まれた資料の山から下の方で埋もれていた束を抜き取る。下手したら崩れそうで見ているこっちとしては気になってしまう。

「器用なもんだな。場所も覚えてんのか?」

「自分で置いたものだからな。把握していないわけがない」

「そういうのって大体すぐ忘れちまって——、じゃなかった。なんかありそうか」

「そら」


 取り出した資料を覗きこむと面倒くさそうに机に並べる。

 中身はこれまでの被害者のリスト、改めて共通点を探すには自分の目で見るしかなさそうだった。


「…私から見ても、それらしき共通点は見られませんね」

「準備が整うっていうなら、何かに合わせて動いてるとかないか? 何かしら行動を起こすために準備したわけだろ?」


 何事をするにしても手始めに大なり小なり準備が必要。

 コイツも他の目的のためにこんなことをしでかしているのだから、その目的さえ分かればアタリが付きそうなものだが。


「そうなれば真の標的が誰かということになる。わざわざ圏士を敵に回す危険を負ってまでの行動だ。見返りもあってしかるべきといったところか」

「見返りってなると、やっぱ金か。もっと純粋に誰かへの復讐ってこともあるけど」

「とはいえ被害者の中でとびぬけて裕福な家庭の出身である方はいらっしゃらないようです。いるとすればキリエなのですが、彼女がロストを庇うというのは予測不能のため除外しても良いと思います」

「……金、復讐、か」

「んだよ…、単純すぎるってか。意見上げてるだけまだいい——」

「いや、確かにあり得ない話じゃない」

「っと」

「ですが…、やはり危険に対してのメリットは少ないように思います。金銭の強奪が目的なら、わざわざ警備にあたる圏士を狙った犯行を行うよりも、初めから標的にあたる人間の家に忍び込んだ方が確実ではないでしょうか」

「アイリスの言う通りだな。金しかり復讐然り、そんなことをするメリットは見えん」

「煮え切らねえな」

「ああだが、一つ思いついた部分もある。なぜそんなことをするのかまでは私の知ったことではないが、もしもそうなら厄介であることに変わりはない」


 さっきまでと比べ、確信めいた光が眼光に宿っている。ハイネなりの答えは見つけたらしく、アイツがそういうならそうそう外れた推理じゃないはずだ。


「一つ調べてみないことには確定しないが、恐らく間違ってはいないだろう。こんなときに上がいないことが足を引っ張るとはな」

「上、というとフォムド一級のことでしょうか」

「リッカさんもしばらくいないけどな。どこ行っちまったんだか」

「まったくもって役に立たんことこの上ない。責任者が現場を開け放しにするなどふざけている。彼等であればすぐに気付いたかもしれんというのに」

「「……?」」


 アイリスと顔を見合わせ、何故そこで局長たちのことが出てくるのか疑問符を浮かべる。


「いったん解散するぞ。調べようにも貴様らでは当てにならん分野だからな。特にロスト」

「多分だけどそれ、わざわざ名指しする理由ないだろ」

「事実だ。今日中には片を付けるからそれまでは好きにしていろ。もし偶然にでも見つけたらぶちのめして構わん」

「今日中に調べるとはいえ、また他に犯行に及ぶ可能性があるのでは?」

「おそらく、もう犯行が行われることはない。いや、一人くらいならば可能性があるが、全員ということもないだろう」

「全員って、どういうことだ?」

「いいから任せておけ、もしも仮説があっていたなら根回しもしておく。夜になったらまた来い」


 こうなったらもうダメだ。ハイネは答える気もないだろう。むしろ早く出て行けと言わんばかりの空気さえ発し始めている。

 一つ心配があるとするなら、事件の調査ではなくハイネのこと。


「ったく、いいけどさ。身体の方は大丈夫なのか? ここしばらく寝てなかったんだろ」

「どこかのお節介のせいで一晩は寝られた。アレで十分だ」

「しかしハイネ、私がロストと別れた時間から計算しても、十分な睡眠時間とは言えません。一度しっかりとした休息をとるべきです」

「もう一人いたか…、ならこうしよう。調べごとが済めばあとのことは引き継ぐ、私の仕事は終わりだ。もしも私が戦う羽目になれば話は別だが」

「おれたちが戦ってる間だけ休むって?」

「私たちには休む暇などないのが実情だ。正面きっての戦闘なら問題ないと口にしたのは貴様の方だぞ」

「ん、ああそっちじゃなくってさ。一日でいいから休み取れよ、中途半端に休むよりそっちの方がずっといい」

「…休む暇などないといったばかりだぞ、私は」

「いえ、私もロストの意見に賛成です。小さな休みを取ったとしても、疲労は消えません。例えハイネであってもいずれ限界が訪れてしまいます。であれば、一日かけて回復に努めるということは重要です」

「ほら、アイリスもそう言ってるしさ。我ながら結構いい提案だと思うんだけどな」

「ふん…っ、だが我々の抱える問題は回帰事件だけではない、今は任務から離れているが『穢れ』はいつ何時襲い掛かってくるか分からんのだぞ」

「考えすぎだって、その時はその時に頑張ればいいだろ。……んじゃこうする」

「なんだ」

「事件解決した後にハイネが休み取るって言わなかった時は、それからお前からの呼び出し全部無視する」

「では私もそうします。ロスト一人の行動だけでは意地の張り合いとなってしまうかもしれませんから」

「お、助かる」

「いえ、大したことでは」

「……子供か貴様ら…。はぁ、まったく…休めばいいのだろう休めば。事件が解決した後だな。休んでやるから早く出ていけ、調査するには一人の方がいい」


 勢いがそがれたのか、肩を落としながら手を振られる。虫を払ってるみたいだな。


「へいへい」

「何かあればすぐお呼び出し下さい」

「早くいかんか…っ」


 これ以上は怒りだす方向へ振り切れそうだったので、それ以上は言わず大人しく出ていくことにした。気難しいのは相変わらずだ。


「休んでくれるでしょうか」

「ハイネがそう言ったなら休むさ。終わった後に何か言われるのが人一倍嫌いだからな、文句をつけさせないために休む」

「そうなのですね。では、私たちは時間までどうしましょうか」

「自由行動って言われても、って感じだからな。キリエの様子でも見に行こうかな。おれのせいでああなっちまったわけだし…」

「そうですね。あ、ですがキリエはまだ眠っているかもしれません。寝かしつけるのに少し時間がかかってしまったので」

「ああそれでこっち来るの遅くなってたのか。まあいいさ、おれたちも少し身体を休ませよう。緊急事態でも起きたら別だけど」

「そうですね。私たちの役目がハイネの行動後というのであれば、万全の態勢を維持しなければなりません」

「じゃあそういうことで、キリエは病院だよな」

「はい、他の被害者である圏士の方については子供となっても容体に変化はありませんでしたが念のため。それに宿舎へ連れて行っても一人になってしまいますから」

「そうだな、じゃあ先に行っててくれ。おれは適当に食い物でも買っていくからさ。キリエも子供だと起きた時に一人だと寂しがるかもしれないし」

「そうですね。では、また後で」

「ああ、また」


 今度も討滅局の前でアイリスと別れると、大通りの方へ足を向ける。子供のキリエが何を好きかは分からないけど、いくつか種類を買っていけばどれかは食えるだろ。


「…普段、アイツ何食ってたかな」


 孤独な食堂利用者のおれとキリエが一緒に飯を食うことはあまりなかった。第一任務も別なことが多かった。これからはもう少し気を向けてみるかと思いながら、それでも何かしらヒントが無いものかと記憶を探りつつ、おれは大通りへ向かっていった。


  □ □ □


「はぁっ…、ふぅ…っ! ひぃ…ひぇ……」


 自分の運動不足というものをここに来て痛感させられるとは思いもしなかった。

 その上、好みも何でもない、絶対に自分から着ることのない服にそでを通している。走りにくくてたまらない。


「なんで、どうしてっ、目は覚めてたのにぃ…!」


 あとちょっと、もうすこしだけなら寝ていられると、睡眠時間を秒刻みのスケジュールで決めていたのに、昨日までの疲れがここに来てどっと押し寄せてきた。

 睡魔に意識を落される寸前に決めたスケジュールなんて、暖かいベッドを前にしたら何の役にも立たない。


「ぅわわ…、時間、時間が…っ」


 普段は持ち運びもしない新品同然の懐中時計を確認すると約束の時間まで……。


「あぁ~!? もう絶対間に合わないっっすーー!!」


 どうしようどうしよう、遅れたら何言われるか分かったものじゃない。この日のために仕方なく滅茶苦茶頑張って休みを捻出したというのに。


「あぁぁ…っ、もう、もうお終いっす……。アタシの自由がぁ~…、あ」


 絶望、その感情のみが心を埋め尽くし、体力も底を尽きた。もう終わりなのだと、足を止めようとした時、向こうからあくびをしながらやってきたのは、圏士の中で唯一仲のいいロストさんだった。


「………ぐぅ…っ」


 ど、どうしよう。渡りに船、運んでほしいと言えば絶対に助けてくれる人だとは思うけれど、思うけれどっ。あの人にこんな格好見られるなんて恥ずかしくてたまらない。

 もしも似合ってないなど言われたら結構、いや大分傷つく。まあ自分でも似合ってないのは分かってるんすけど、人に言われるとなるとまた別なわけでありまして。


「く、くぅ……っ~!」


 だけれど、それでも背に腹は代えられない。

 アタシのこれからの生活を護るためにも、アタシらしく生きていくためにも。


「しかた、ないっす…」


ここは恥を捨てるしかないのだと、酸素の足りていない頭で結論を導き出した。


  □ □ □


「くぁ……、仮眠は一応取ったんだけどな…」


 朝日による陽気の下ではついついあくびが抑えられなくなる。

 ハイネが眠った後、おれも一応体を休めはしたのだが、精神は『代行者』と会話をしていたようなものなので、完全な休息というわけにはならないのだろう。

 頼めば“彼女”が起こしてくれるだろうから、ちゃんと眠るべきだったかもしれないがそれは流石に気が抜けすぎじゃないかとも思う。


「朝飯食った後が本番だな…、午前中さえ乗り越えちまえば……」


 下手に飯食ったらそれこそ寝ちまうのは間違いない。睡魔とは腹を満たした時に最高の効果を発揮してくるのだ。


「いっそおれは食わないのもありかもなぁ」


 今頃アイリスはキリエのいる病室に到着して、おれの買っていく朝飯を静かに待ってることだろう。

あんまり待たせていたら注意されるかもしれない。

 そういう予想が容易にできるようになったことを考えると、出会った当初と比べたら自分の意志で動くようになったものだと実感する。

 一緒に任務に行くことも増えて打ち解けてきてくれていることは嬉しいが、同時に注意されることも増えてきた。仲良くなれた早々に失望されてちゃ敵わない。


「っと、阿呆なこと考えてたらそれこそ遅刻だ——、ん?」


 一人で歩いていると色々と考え込んでしまう。……のだが、今誰かに呼ばれたような?


「……、気のせいか?」


 立ち止まって辺りを見渡してみるが、それらしき人影はなし。耳を澄ましても大通りの雑多な話し声や物音が届くばかりでおれ個人を呼ぶような声が聞こえてはこな——。


「——ストさーん…、こっち……こっちっすー……っ!」

「んあ?」


 今の声と語尾には覚えがあるというか、心当たりのあるヤツが一人しかいない。


「…こっちっすー、って言われてもおれから見えねえんだけど」


 しかし、いつもならだらしない格好さらしてよくくっついてくるのに、今日は珍しくその姿が見えない。その辺の建物の角にでも隠れたのかと思って目を凝らしてみるけど、それ悪しき人影もない。


「だからこっちですってぇ……っ」

「んなこと言われても、用事があるなら普通に話しかけてくれりゃいいだろうに」

「んもうっ、だから普通に話しかけてるじゃないっすかぁ!」

「は? ……あれ、お前カルディアか?」

「まさかまさかっす…、いくらロストさんでも目の前にいる相手を気づかないだなんて思わなかったっす……」

「ああ、それは悪かった。やけに隠れてそうな声だったからつい…。にしても、珍しい格好して——」

「ああもうっそんな場合じゃないっす! 時間がないんすよぉ!! とりあえず助けてほしいっすぅ~…!」

「お、おお?」

「はいっ、じゃあよろしくお願いっす! 駅まであと五分っす!」

「いや、はいっ! じゃなくってさ、おれだって別に用事がないわけじゃないんだぞ? とりあえず朝飯買ってかないとだし」

「そんなの駅前でも買えるっすからぁ~、後生なんで運んでほしいっす~!!」

「…はぁ、しかたねえなあ。駅でいいんだな?」

「ろ、ろすとざぁあ~ん…!」

「泣くな、誘拐に見える。あとおれの服で拭こうとするな」

 

 おんおん泣きながら抱き着いてきたカルディアを引き離す。 

 どんな理由があるか知らないが、昨日死に物狂いで仕事してたのは今日のためだったらしい。寝なければ何とか、という言葉は何とか達成できたのだろう。


「てか残り十分って余裕ねえな。ほら、運んでやるから背中に…、乗れるか?」


 さっきは言葉の途中で止められてしまったが、カルディアの服装は今までコイツが来てるところを見たことない、なんともお嬢様染みたドレス風のワンピースだった。


「デートの待ち合わせで男に運ばせるのはどうなんだ?」

「そういうんじゃないっすから! 時間ないって言ってるじゃないっすか!?」


 パニック寸前で懐中時計を手にあたふたしている姿はいつも通りのカルディア。

だが、染み一つない新品同然のワンピース姿から受ける印象は、おとなしくさえしていれば良いとこのお嬢様には見えるだろうな。

 髪だって、走っていたせいもあって少し乱れているが、普段と比べたら大分整えられている。クセっ毛なのはどうしようもないのか、ところどころ跳ねてはいるが。


「分ぁってるって、つっても駅ならこの通りの向こう側だろ。すぐじゃねえか」


 カルディアの行こうとしてるところなら、おれたちの今いる通りから道を二本挟んだ先だ。直線距離ならひとっとびだ。


「遠回りしか出来ないから困ってるんすっ、この通りの先まで行かないと曲り道が無いから急いでたんで——、あの…、ロストさん?」

「うん?」

「なにゆえアタシは抱きかかえられているっすかね」

「そりゃあスカート履いてる奴をおんぶは出来ねえだろ。後でパンツ見られたとか言われて怒られたくないし。お前もちゃんと捕まっとけ、落ちるかもだ」


 肩と足に手を回し、抱えるようにしてカルディアを持ち上げる。

 いわゆるお姫様抱っこというやつらしいが、コイツ相手ならちょくちょくやらされてるし、まあそこは問題ないだろうと思っていたが、そういう気分じゃなかったか?

 だが、カルディアの気にしているのはそこではなかったらしい。

 震える手でおれの肩に手を回し、出来る限り揺れないようくっついてきている。


「あとぉ…、なんで壁の方を見てるっす…?」

「駅っていったらあっちだろ」

「そっちに道はないっす……」

「ん、まあ、そうだな」

「そうだな?!」

「時間がないって言ったのはお前の方だぜ?」


 さてと、仮眠はとったがこの程度の高さを跳べないほどに身体が固まってるわけじゃない。残り時間はあと五分くらいか?


「五分前行動にはギリだな」

「おぉぉ…ぉおぉ……っ」


 何やら呻いている声が肩口から聞こえてくるが、おれに頼んだ以上付き合ってもらう。


「最近さ、厄介な仕事に巻き込まれたのもあって、こっそり練習してるんだよ」

「……なにをっす…ぅ?」


 コイツからしたらもはや分かり切っているであろうこの後の展開、観念したらしいボソボソした声で念のため問いながら、決して振り落とされてなるものかと隊服が力強く握り占められる。


「他の奴にバレない程度の『略式契約』で身体強化するのが!」

「———むぎゃ——にぁッ?!」 

 

 まさにひとっとび、脚に集中させた神威はおれの望んだとおりに肉体へ作用し、大通りに立ち並んだ店々の屋根よりなお高く、おれたちは飛び上がっていた。


「おぉ、今日は調子いいな」

「———ひ——っ、ひぉぉ……!?」


 驚きのあまりに声が全く出ていないが、服を掴んだ力が更に強くなっている。別に落としたりするつもりはないけど、そりゃあまあ怖いは怖いか。


「すぐ着くからちゃんと捕まってろよ」

「———ゃぁぁあ——!?」


 屋根へと着地した力はすぐさま跳躍への反力に変換してさらに跳ぶ。

 足が地上よりも中空にいる間の方が長いのだから自然とカルディアのスカートがはためいていた。


「そら、おんぶじゃなくてよかったろ」

「そういう問題じゃないっす! ひやぇ!?」


 顔を上げた拍子に下を見てしまったのか顔を真っ青にしつつ、肩に顔を押し付けられる。

 目的地は目の前、というか真下。

 まばらに歩く市民の姿から、着地の瞬間に視界に入らない位置をなんとなくで割り出すと、そこへ向かって二列目の屋根を跳ねる。


「っと」

「—ぅ、ぉ——ぉぉぉ……っ」


 ガッシリとくっついて呻いているカルディアの後頭部に手を当てて、着地の衝撃で怪我しない様に支えると、重力に引き寄せられた二人分の肉体はしかし、音も衝撃もなく周囲の人々に存在を気取られることもせず。

 空から落下してきたというのに、元々そこを歩いていた一人の人間として素知らぬ顔で振舞っていた。


「よしついた」

「よしついたじゃないっずよおおお!?」

「なんだどうした、時間には間に合ってるぞ。珍しい体験できたと思えば安いもんだろ」

「もうちょっと普通に急いでくれればよかったんすぅ! な、にゃんで今みたいなの、下手したら死んじゃってたかもっすよぉ!」


 掴みっぱなしの服を思いきり揺さぶりながら、わんわんと声を上げる。

 言ってることは何も間違ってないけど、普通に走ってたら間に合ったとしても人目について怒られるのはおれだ。なら、少しくらいズルさせてほしいね。


「そんな暴れたらせっかくの服が皺になるだろ。ほら降ろすぞ」

「はぁぁ~…、こんなことなら頼まなきゃよかったっす…。でも、確かに間に合ってはいるんで、それは助かったっす…」

「おう」


 すっごい疲れ、呆れかえった目での感謝だったが明日にでもなれば笑い話だ。


「じゃあおれはおれの用事に戻るから、また結婚式には呼んでくれ」

「だからそういうんじゃないっす! まったくもう…、困った人っすねぇ」

「そりゃあお前もだろ。変なこと言ってたらまたハイネにどやされるぞ」

「その言葉そっくりそのまま返すっすぅ~」

「だな。次は二人同時かもだ」

「えっへっへ、その時は——」


 少し話しただけでいつも通りにケラケラ笑うカルディアの姿は、服装の違いはあれどやはりカルディアだった。人と会うっていうなら、おれがいても邪魔になるしアイリスたちも待たせてる。いい加減行かないとな。


「じゃあな、次からは寝坊しないよう気を付けろよ」

「む~…、言い返せないっす。その時は起こしに来てほしいっす」

「反省してねえなお前」

「えへへ…。冗談っす、じゃあアイリスさんによろしくっす。結婚式には呼んでください」

「そういうんじゃねえ。ったく、調子のいい奴だ」


 それじゃあ今度こそと、手を軽く振りながら大通りへと戻る。今度は飛び跳ねたりせず、ちゃんと地面を歩いて。

 すると、後ろから大きな、そしてよく通るはつらつとした男の声が駅前に響き渡った。


「ディア!! 元気だったか! 見ないうちに大きくなったな! どこに出しても恥ずかしくないレディじゃないか!!」


 駅員、散歩中の人、巡視中の式神、その場にいた全員を振り向かせるほどの存在感。そしてそれはおれも例外ではなかった。

 あれほどの大声、相当鍛えられていないとまず出てこない。

 そのような声をこんな人前で気おくれもなく発するのは、一体どんな奴なんだろうと気になってしまって振り向いた。……のが失敗だった。


「そういえば紹介したいと言っていた相手はどこだ!? ディアが選んだ相手ならば自分も認めざるを得ないが、やはり兄としては気になってしまうからな!!」

「………」


 振り返った先、広場にいる全員の視界の中心には、声の印象と同様に大柄な肉体、しかしスーツを端正に着こなすさまからは、男自身の生真面目さが表れているように見えた。

 そして、その男が話しかけていた相手は一体どんな奴なのだろうと、ちょっとした興味本位で振り向いたはずなのに、なぜか男はおれのほうを真っ直ぐ見ている。

 相手の方はというと注目を浴びて恥ずかしいのか、おれから全力で目を逸らしながらも真っ直ぐ伸ばされた指先は間違いなく此方へと向けられていた。


「ほう! 君か!!」

「……………え…なに?」


 何かよく分からないが、おれはひどく面倒くさい事柄に巻き込まれている。それも、巻き込んできたのはさっきいい感じに別れたはずの同僚で。


「ディアの兄であるからと気を使わなくて構わない! せっかくだし、共に食事でもとろう! 手紙ではぐらかされていたがまさか想い人が圏士だとは思わなかったなぁ、ハッハッハ!!」


 なるほどカルディア、待ち人はあの人だったようだ。

 それはいい、全然いい。問題があるならそれは見ず知らずの相手がこっちの方を見て、大笑いしながら手招きしていることだ。


「…………あー……おれのこといってんなあの人……」


 見回してみたがここにいる圏士は間違いなくおれ一人のみ。つまり、何故だかは知らないが…、おれはカルディアの恋人と認識されてるらしい。

 意味が…わからねえ……。


「おいカルディア、説明を——」


 状況が飲み込めない。唯一分かってそうな本人に聞こうとしたが、指差していた手を開いて静止するようなジェスチャーに変わる。


「なん…っ」


 マジで意味がわからねえ。

 ただ、顔を耳まで真っ赤に染めながら肩を震わせるカルディアの横顔は、怒りやら羞恥心やらやるせなさが綯交ぜになった、今にも死んでしまいたいとオーラを発している。


「どうしたのだ! なぁに恥ずかしがることはない!! 取って食おうというわけではないのだからな!! ハハハハハ!!」

(声がうるせえ……)


 意味が分からない上、ここで応じでもしたらアイリスとの約束に遅れるのは必至。更なる厄介ごとに巻き込まれるのは目見えている。

 正直ここは無視して逃げてもいいんだが……。


「———っ、——!!」


 男の背後でなんとかバレないように、滅茶苦茶必死な身振り手振りでおれを引き留めようとする小っこい瞳士の姿は、なんというか……。


(ほっとくのも……悪い、よなぁ……)

 

 皆を助けたい。そうはいったが、これは対象範囲なのか? 

 自分の夢へと答えの出ない自問自答をしながら、地面に縫い付けられたかのような重い足取りで二人の元へ向かう。

 カルディアと別れた時、すぐさま飛び出さなかったことを悔やみながら。


『本編について』

・カルディア、ヒロイン化?

割とコメディリリーフとして書いてた気のするカルディアですが、他キャラ含め雰囲気で書いてるところがあるので、可愛いと思ってもらってるのかはよく分かってないです。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。(https://x.com/kuroyonosuke)

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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