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夢現の圏士  作者: くろよ よのすけ
1章:夢始点想
1/6

01.昨日とか今日にあったこと

※1:この作品は過去作である『輪廻の圏士』の直接の続編にあたります。見つけてくださったついでに前作を読んでいただければ嬉しいです。


※2:2025年4月28日~5月2日において、1章範囲を投稿しているかと思いますが、その後のエピソードについては完結したのちに定期投稿を開始します。


「———!」


 白銀の輝きの下、ただ一つの黒点が疾走していた。

 煌々と輝く、月に照らされた荒野を夜空よりもなお暗い影が地を這うようにひた走る。

 命足りえる要素の見当たらない荒野。月明かりを遮るものも無いというのに、枯れた大地に息づく僅かな草の影を縫うように疾駆しては、瞬く間にその命を奪っていく。

 急速に枯れ果てた植物は塵となって荒野の一部と化していくのだ。

 世界を脅かす存在、『穢れ』と呼ばれる条理の外にある怪物。

 ただそこに存在するだけで自然を侵し、不毛の土地へ変生させる。生きとし生けるもの達にとっての世界を侵食する陰に他ならなかった。

 だがしかし、その怪物たちを討滅すべく戦う者達もまた存在する。


「チィ…ッ、すばしっこい……!」


 夜闇に融けこむ黒き隊服を着こんだ男が一人、『穢れ』を追って荒野を駆ける。

 人の膂力を超えた速度は常人であれば眼で追うことも難しい。しかしその速度を以ってなお追いすがることで限界。彼の手中では、鈍く輝く黒刀が獲物に狙いを定めながらも、その牙を突き立てる決定打を得られずにいた。


「クソ———っ、『灯日(アカリビ)』に行かせたらおれが叱られるんだよ……!」


 荒野を照らすは月明かりのみ。

 残る生命もわずかな草木しかない荒野だが、『穢れ』の向かう先には夜空を照らす輝き、人工の光が人の営みを示す、『灯日(アカリビ)』と呼ばれる都市が存在していた。


「苛つくくらいに眩しいなっ、電気消しときゃ『穢れ』共も寄ってこないだろうよ!」


 だからこそ、あの場所へ行かせるわけにはいかない。

 灯日には都市を護るための結界が張られてはいる。だが、それも絶対ではないのだ。

 一度『穢れ』が入り込めばそれだけで水は淀み、還らぬ命も生み出されてしまう。奴らは何処まで行っても生命とは相容れない。

 何としてでも、街に到達する前に仕留め切らねばならない。

 そして、彼の手に握られた黒刀にはその力が宿っている。


「代償契約———、略式……ッ」


 短くも明確に紡がれる、神格の力を授かるための合言葉。敵を殲滅するための異能の発現。

 かつてこの世界に存在し、遠い昔に立ち去った神々、英雄の力、伝承をこの身に宿す。

それを可能とするのが彼の持つ武器、『原型』であり、その力が今、生命の仇敵に対し振るわれんとしていた。


「代替により代償を履行——、……っ」


 青年の身体から『原型』へ闇の中でさえ視認できる闘気、『神威』が現出し伝わっていく。

 神格との契約により増幅された神威こそ、人を護る為にこそ振るわれる守護の真意に他ならない。白く、白く、明滅する輝きは穢れた闇を一切漂白せんと、己の存在を荒野に知らしめる。

 目を潰さんばかりの純白の輝きは刃へ到達し、雷光のカタチをとって触れるモノ全てを破滅へ導かんと、猛々しく『穢れ』へと吠え立てた。


「krrrr———ッ!?」

「はっ、もう……遅ぇッ!」


 彼の意思によって縛り付けられた白き猛獣が、獲物へ喰らい付く瞬間を待ちわびている。

 その意思、殺意の塊を唯一向けられた『穢れ』の動きがにわかにこわばり、数舜の隙を生む。そして、その隙を逃す彼ではない。


「オオオオ……、ッラァアアーーーッ!」


 振るわれるは雷撃の神威、白く染まりきった刃から視界を覆いつくさんばかりの雷光が、一直線に『穢れ』へ向かう。その雷撃は影でしかない身体を雷の刃で切り裂き、核熱を以って灼きつくすために襲い掛かる。


「———ッ!!」


 叩きつけられた衝撃は、目の前の荒野ごと爆散せしめんと『穢れ』へと奔る。

 決して回避を許さず、破滅を知らせる真白き極光。

 神格の力の一端でしかない神威の発露。しかしそれでさえ、生命の侵食者を討滅するには十全すぎる威力を宿していた。


「く、ったばれぇえぇええ!」


 極光の刃が枯れた大地を爆散し、その中心にいた『穢れ』は塵一つ残さず、土煙が晴れた時にはすでに消滅を迎えていた。

 ……はず、だったのだ。


「——ッ、だああッ、たくよォ、何がダメだってんだ! あんにゃろう!」


 振り切った刹那、彼の手に握られていた刃は純白の輝きを失い、元の黒刀に戻っていた。雷撃はその性能を完遂することなく夜闇へ粒子となって霧散し、標的さえも仕留めることはできてはいない。

 不発となった“原因を知っているヤツ”ときたら、いつものとおりにうんともすんとも言いやしない。そのことは分かっているからせめて悪態くらい付いても文句は言われないだろ。


「k———、———rr!!」

「オマエはくたばっとけ!」


 今更成功するかどうかの能力なんて使ってられない。なんの神威も神秘も纏わぬ黒刀を力任せに投げつける。単なる投擲、ただの八つ当たり。


「———!?」


 神格の力を満足に扱えなかったが、瞬間的にでも動きの止まった『穢れ』にとって、迫る刃を防ぐ手立てはなかった。

 一晩中の追いかけっこ、更には敗北寸前という中々に緊迫した状況ではあったモノの……決着などというものはあまりにもあっけないものだった。



  □ □ □



 『穢れ』と呼ばれる連中は、通常の武具では殺すこともできない不条理の怪物だ。だが、ただ一つ、奴らを討滅することのできる武具が存在する。

 それが『原型』。

 神格と契約し、その力を授けてくれる特別な武器。選ばれしものだけが使うことを許された、現代における伝説の武器といっても過言ではない。

 そして、『穢れ』を討滅し、人類を、いや生命の全てを守護すべく戦い続ける存在。それこそが『圏士』。おれたちのことだ。

 つまりおれたちは人類の守護者であり、現代における英雄。夢物語を体現する戦士達だ。


「…って、聞いてたんだけど?」

「そんなこと私に言われても困るわ、だって私は問題なく使えるもの」

「そういう事じゃなくってさ。もっと具体的な意見ってのを——」


 『穢れ』とのおいかけっこから一夜明け、仕事の報告ついでにおれの“教育係”に話を聞きに来た。

 その”教育係“はちょうど昼休憩だったんだろう。包み紙の中身はサンドイッチ、彼女は中身を満足そうに確認すると、こっちの話も差し置いてチマチマと食い始めた。


「そう言われてもね、アナタ自身に心当たりがないんだったら助言のしようもないわ。機械の修理だって明確な故障個所が分かってないと手の打ちようがないんだもの」


 小さな口にサンドイッチを運びながら食べる姿は小動物にしか見えない。


(これでおれよりも年上だってんだから、女ってのは良く分からん……。いや、それはコイツくらいのもんか…)


 腰まで伸ばされた艶やかな黒髪、くすみ一つない白い肌。ぱっちり開いた瞳は愛らしい猫を思わせる。その上、身長自体は小さい。もしも彼女を街で見かけたなら学生にしか見えないのは間違いない。

というか、おれが初めて話した時にそんな感じだった。年下だと思って話してたら恥かいたよ、ああ。

 いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。


「……だから、使える人間の立場からの意見を聞こうってんだよ。オマエ、おれの教育係だろ。何でも分かってろよ、なんていうつもりもないけどさ、心当たりくらいないのか?」

「そうね、もしかしたらあったりするかもね。それにしても……はぁ…」

「な、なんだよ…」


 その上ため息、なんだってんだ。


「そんなんだからいつまでも三級なのよ。いい加減、略式契約くらい使えるようになったら?」

「ぐ……っ。そ、そいういうオマエは、たまには訓練つけてくれてもいいんじゃないか……? 人手足りないんだからこそ個々人の育成をだな——」

「ふぅ…ごちそうさまでした。じゃ、私はこれから任務だから」

「おい、ちょっと待てって、『ミカ』」

「そういうのはね、誰かに聞いてわかるものじゃないの。しいて言うならもっと鍛えることね。この仕事、身体が資本だもの」


 ”教育係“こと、『ミカ・ルアック』はテキパキと弁当を片付けるとさっさと立ち上がってしまう。


「ま、がんばりなさいな。“代償契約”が使えない件について私から言えることは無いけど、訓練くらいならその内手伝ってあげるわ。アナタの意識があるうちはね、ふふっ」

「ぐ……」


 イタズラな笑みを浮かべながら立ち去る姿はまさに猫。その言動から、以前訓練をつけてもらっていた時に行った模擬戦で、毎回気を失うまでボコボコにされたことを思い出した。


「い、いや、おれだって成長してるからな。次はそう簡単には負けねえぞ」

「じゃ、その時を楽しみにしてましょうかね。それじゃ、……ああそうだ、『リッカ』がアナタのこと呼んでほしいって。その内『式神』経由で呼び出されるんじゃないかしら」

「局長が? ああ、分かった。それじゃあ気を付けろよ。って、ミカに言う必要も無いか?」

「ふふ、確かにそうかもだけど。心配してくれるならありがたく受け取っておこうかしら。ありがとね」

「あ、ああ……。どう、致しまして」

「照れない照れない、彼女出来ないわよ。うりうり」

「うっせ。ってか頭撫でようとすんなっ」


 小さい体と腕を伸ばし、おれの頭に手を置くミカは機嫌がよさそうだった。撫でやすいように無理やり下げられた頭はミカの顔に近づいてしまう。


「………」

「あはは、目逸らしてるっ」


 必然的に目の前に来てしまったミカの顔は、そこらを捜してもそうはいないくらい可愛い。彼女が職場内の男性人気をほぼ独占してるのもうなずける。


「うっせぇ……。ってか任務あるんだったら早く行けよ、犠牲が出たら大問題だ」

「そうね、それはアナタの言う通り。それじゃ行ってくるわ。リッカから呼び出されたらちゃんと行くのよ」

「わぁーってるって。……ガキじゃねえんだから」

「そういうことは大人になってからいうのね」

「…早く行けよっ!」

「うふふ、はいはい。アナタもおかしなことしないようにね。『ロスト・ヘリオール』三級圏士さま」

「ああ…、肝に銘じますよ。ミカ・ルアック一級圏士殿」

「じゃね」


 今度こそ去っていったミカの後ろ姿はやはり、少女と形容するしかないような気がするんだよなぁ。


「っと、おれも飯だな」


 一人食堂に取り残されたけど、まだ飯を食っていないことを思い出す。ミカを捜しに来てたのが主目的になってて自分のことを忘れてた。

 とりあえず適当なものを注文して座り直すと、日替わり定食をチマチマ口に運んでいく。


「……んんん」


 この食堂、安いのはいいけど味はどうにもイマイチだ。

 そのおかげで結構広い筈の空間にはおれ一人だけ、窓の向こうから鳥の鳴き声が聞こえてくるくらいには静かだった。


(利益出てんのかココ?)


 この疑問はおそらく圏士全員が持ってるものだが、値段据え置き、閉鎖の予兆も無しってことは何とかなってるんだろうと思うほかない。

 他の連中は任務に出てるか、少し離れた店にまで足を運んでる。おれもそうすべきかとも思うけど、ミカのヤツに遭遇しようと思うとここに来るのが確立高いんだよなぁ。どうにも静かなのが好きらしい。

 おれも態々騒がしいとこに行きたいわけじゃないから、その辺は似た者どうなのかもしれん。


「しっかし、あの見た目で強いってんだから意味が分からん」


 思い返すのはさっきまで話していたミカの事。

 我らが組織、『討滅局』は馬鹿みたいに人手不足だ。そのくせ『穢れ』の被害数は年々増加傾向、だなんて言われてるし、困ったことに数値的な統計もそうだ。

 そのせいもあって実力のある奴は忙しいからな。日がな一日街の外で『穢れ』狩り、だなんて当たり前。今日ミカと会えたのも実はかなりの幸運だったりする。

 入りたての頃、訓練をつけてもらった時はアイツも時間が空いていたんだが、容赦なくボコボコにされた。十分で三回は気絶させられた気がする。


「ホント、見た目と腕っぷしの落差がどうかしてやがる……」

「人は見た目に寄らないっていうし、ロストも似たようなものだけどさ」

「うわ…っ、って『ジャイロ』かよ、脅かすなアホウ」

「そっちが勝手に驚いたんだろ? こっちに文句言われても困る。お邪魔するよ」


 背後から掛けられた声に驚くが、その正体は同じく圏士の『ジャイロ・サントル』。大体同時期に討滅局へと入隊した仲間の一人だった。

 男にしては長め、肩口まで伸ばされた薄茶の髪をなびかせながら微笑む姿は王子様ってとこか。性格の方も非の打ちどころがないせいか女に言い寄られてる姿も良く見る。…別に羨ましいわけでもないが。

 ジャイロは正面の空いた椅子へ座ると、脚を組んで話し出した。


「聞いたよ、昨日任務だったんだろ。その上——」

「ああそうだよ、いつも通り略式契約すら満足にできませんでしたよ。理由教えやがれ」

「ハハハ、やっぱりそうだったか。大変だとは思うけどさ、それボクに聞く? そういうのはミカさんに聞きなよ、あの人ウチで一番強いんだし、ボクはあの人が戦ってるところ直に見たことないけど、知ってる人に話を聞くとスゴイってみんなが言うしね」

「それならさっき聞いたよ、自分で考えなさいってだけ言うとそのまま任務行っちまった。……ぜってえなんか知ってる」


 ため息をひとつ、熱い茶をすするとホウと息をつく。なんにせよ、原因が分かってるであろうミカが何も言わないんだから自分で何とかするしかないわけで。

 今焦って考えていても仕方ないという結論しか出せないのだった。


「そういうジャイロは二級昇進の話どうなったんだよ。『穢れ』の討滅数も稼いでるんだろ?」

「ん? ああそれね、流れたよ」

「あん? そりゃまたなんで」


 おれたち圏士は四級から一級、その上の特級と、計五段階の等級がつけられている。

 判断基準としては四級が新人、三級がマシになった新人、二級以降は『代償契約』が満足に扱えるかって話になってくる。いわば『原型』を通して神の力を扱えるかどうか。

 ミカとジャイロにもからかわれたけど、おれは昨日使おうとした時に不発だったからまだ二級になれそうにはない。他の奴はコツさえつかめば問題なく使えるっていうからおれのセンスが悪いってことなのか?


「ロストの場合はセンスないとかじゃなくて、他の要因のような気もするけどね。だって普通『代償契約』も満足に使えないのに『穢れ』倒してくるとかちょっとどうかしてるよ?」

「心を読むな。っていうか、おれがどうかしてるみたいに言うのヤメロ。昨日のは変な能力も無くて、ただたんにすばしっこいだけだったからな、動きとめりゃ大丈夫だったんだよ。まず命懸けの任務に新人を一人で行かせることが——。じゃなくて、なんで昇進流れたんだよ。ジャイロだったら『略式契約』も問題ないだろうに」


 等級が二級に上がるためには『略式契約』と呼ばれる技術が必要となる。要はおれが昨日失敗したヤツ。契約した神格の力を一部だけ扱えるようにする能力だ。

 おれの契約してる神格は雷神だから、刃に纏わせたり、飛ばしたりできる力は必然的に雷となる。ま、いっつも不発なんだけどさ。


「うーん……、なんでだろ。ボクも今回は大丈夫だと思ってたんだけどね。…はぁ、自信あっただけに落ち込むってところかな」

「人手不足だからって下手に昇進させないのは良いかもしれないんだけど、捉え方次第だよな。ジャイロは十分強いと思うんだが」

「あはは、ありがとロスト。気を遣わせたかな?」

「いんや」


 白い歯が輝く笑顔も見慣れはしたけど、見るたびに顔が整ってるっていうのはこういう奴のことを言うんだろうなって思わされる。


「いいって、おれがそう思ってるだけの話だ。ここでわざわざ嘘つく必要も無い。ま、ジャイロが弱かったら『お前は弱いんだから昇進とか無理にきまってんだろ』くらいは言ってるよ」

「まったく、ロストは正直…というか歯に衣着せないね」

「目の前に見えてるもん無視して、自分に都合よく生きてこうなんて甘いこと抜かす奴が嫌いなんだよ。ちゃんと前見て、自分の力で戦ってるやつが偉いんだ」

「ご高説どうもありがとう。あとは『略式契約』を使えるようになればロストも胸を張って言えるんだけどね」

「…それを言うなよ、おれだって訓練自体は続けて——。ん?」

「どうしたの?」

「いや、なんか音が聞こえて……」


 遠くの方からドタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。その音は少しずつこっちに近づいてきて。


「ミカさんっ! いらっしゃいますか!?」

「いねえよ」

「お疲れ様、『キリエ』もお昼? 折角だし一緒にどう?」


 さっきのデカい音の時になんかぶつかったのか? ところどころ金色の髪を乱れさせた女が駆け込んできた。

 名前は『キリエ・ディロン』、コイツもジャイロと同じ時期に圏士となった仲間の一人。実力も確かで将来を期待される優秀な人材ってやつ。あと実家がかなりの金持ちらしい。

 初めてその話を聞いた時は、なんでこいつ圏士やってるんだ? とか思いもしたが、その理由は行動を見てれば大体分かる。


「な、何でいないのよ!? ロスト! アンタまさか誘拐したんじゃないでしょうね!?」

「やらねえよ、できねえよ。あとやってたらココにいるはずだろ」

「そ、そうよねっ、アンタなんかにミカさん捕まえられるわけなかったわ。まぁ髪の毛一本触ろうものなら地獄の果てまで追い詰めるけどね」

「一々表現がヤバいんだよお前」


 さっき頭を撫でられたのは黙っていよう、生きながらに地獄の果てまで逃げたくはない。


「アハハ、キリエは相変わらずだね。ミカさんならボクがここに来る前には任務に向かったらしいからちょっと遅かったね」

「そんなぁ……、今日は任務も早く片付いたから会えるかもって思ったのにぃ……」

「っとと…」


 当たり前のようにおれたちの傍に座るとそのまま机に突っ伏す。そのままだと昼飯をひっくり返されかねなかったからお盆ごと持ち上げ、ことなきを得た。つまるところ、キリエというこの少女はミカの大ファンなわけだ。それも熱狂的な部類に入る。それきっかけで命掛けの仕事に就くってのもどうかしてるけどな。

 しかし、普段だらけた所を見せないコイツがここまで疲れてるってのはよっぽど急いできたんだろう。黙ってれば清楚なお嬢様だってのに、今の姿はとてもそうには見えなかった。

 跳ねた髪の毛が鳥の巣に見えなくもない。


「おい、腕どけろ。昼飯が置けないだろ」

「っさいわね、こんなとこで食べてるのが悪いのよ。味もあんまりだし」

「そりゃあキリエはお嬢様だからね。大抵のものは見劣り……味劣り? するよ」

「ジャイロだって実家は商家でしょう。それほど大差も無いわよ」

「んー、まあね。確かにここで初めて食事をとったときは少し驚いたかな」

「そりゃ大変だ、おれの実家の喫茶店なんか来ようものならひっくり返るぞ。一番マシなメニューは既製品のドリンクだからな。固形物は見た目の時点で終わってる」

「……その話聞くたびに思うけど、アンタの実家、よくそれで経営してられるわね…」

「利益度外視だからな、町の人達にとって憩いの場になれればそれでいいのですよー、ってことらしい」

「へぇ…、それは素敵な心掛けね。そんな人に育てられたのに品性が足りないんじゃないの?」

「上流階級で生まれ育ったお前らには負けるね。ああ惨敗だ」

「あらあら、なぁに? まさか私に喧嘩売ってる? ロスト・ヘリオールくん?」

「まさかまさか、キリエお嬢様は疑い深くていらっしゃる」

「………」

「………」

「ウフフ…」

「ハハハ…」


 朗らかな笑みを浮かべるキリエの姿は端から見ればまさにお嬢様。しいて言うなら額に青筋浮かべてなけりゃ完璧だったろうさ。


「はいはい、二人ともそれくらいにね。ロストもあんまり挑発しちゃダメだよ、キリエもね」

「へいへい……」

「仕方ないわね……」


 空気がジリジリと軋み始める中、割って入ったのはジャイロ。その落ち着いた声で正論を差し込まれるとやる気だったのがアホらしくなってくる。

 それはキリエも同じだったらしく、突っ伏していた体をちゃんと起こすと胸元から取り出した櫛で髪を整えだした。こういうところはちゃんと女の子してるんだよなコイツ。

 おれはおれで、元に戻ったスペースに昼飯を置き直すと改めて口に運ぶ。つっても量もあとちょっとだけから食い終わるのはすぐだったが。


「にしても、なんでそこまでミカにご執心なんだよ。確かに強いし圏士として素直に尊敬できる奴だけどさ」


 飯を食い終わるのと、キリエが身だしなみを整えるのは同時だった。そういえば聞いたことが無かったしいい機会だと、キリエがミカに対してあそこまで慕ってる理由を聞いてみる。


「ふんっ、アンタみたいな唐変木には分かんないでしょうよ。ミカさんの尊さが!」


 言葉と共に立ち上がるキリエはもはやこっちを見ていない。視線の先は……蜘蛛の巣か?

 ……期待してたわけじゃないが、第一声は予想の斜め上な単語が飛んできて、思考が一瞬停止する。


「……、尊さと来たか…」

「ははは、相変わらずだね」


 尊さ、尊さと来たか。それってアレだろ? それこそ神様とかに使う言葉じゃないのか?


「ホンット、アンタたちときたらミカさんの魅力が欠片も分かってないのね。圧倒的な実力も、お人形みたいにカワイイ容姿も、もちろん全部が全部素敵だけど、一番の魅力はそこじゃないわ。圏士として、人々を護る為に戦おうとする精神の高潔さ。それこそがミカさんを構成する要素で最も美しい部分よ。……少なくともロストには足りないわね」

「余分に付け足すんじゃねえよ。ってか、精神の高潔さっていうなら、それこそ今の圏士は全員持ってておかしくねえだろ」


 圏士の所属する組織、討滅局。

 厳密には『表裏境界圏・残穢討滅局』なわけだが長いから誰もその名前で呼ばない。

 主たる仕事は『穢れ』の探知、討滅。世界規模での治安維持か。まあ世界って言っても、灯日の外は荒野ばっかりだから人の住んでるところもそう多くない。

 小さな都市がポツポツと、あと海の方に灯日に次ぐデカい街があるが、行ったことは無いから良く分からん。大きな街に住んでいない人々は、『穢れ』が侵しきっていない自然の残る地域に小さな町を作ったりしてつつましく生きている程度。

 圏士、ないし討滅局はそこに住む人々を『穢れ』から命を懸けて命を護る。それは今の命を護るだけでなく、これから繋がっていく未来を護る為に、命を懸けて戦い続けている。

 戦闘となれば常時命を懸ける必要がある。当然のごとく人死には出るし、そんな危険な仕事に付こうっていう奴もそう多くない。

 つまり、慢性的な人手不足だ。

 具体的な理由としては死亡率の高さに比例する激務と、反比例する安月給か。しかも、過去に人類滅亡に手を掛けた程度に大きな問題を起こしたこともあって、各種機関だけでなく市民からも目を付けられている。

 首輪を何重にもつけられて身動きを取ることもできない、地面を這いずるが如き体制で残る旧時代の組織。それこそが討滅局の現在の姿だった。


 そのことを理解した上で、度重なる苦難を耐え忍ぶ心を持つ者のみが圏士になりたいなどと言い出すのだ。つまるところ、凄まじく高潔な精神を持つ者か、頭がどうかしてる奴。

大きく分けりゃその二択。ミカは前者で、おれは多分後者だろう。


「その中でも特出してるって言ってるの。任務があれば休むことなく戦いに赴いて、人々を助けるために剣を振るう姿……。はぁ…カッコいぃ……」


 何を考えているのか。手を合わせ、恍惚の表情を浮かべながら息をつく姿はまさに不審者。同じ人間としてああはなりたくないもんだ。


「仕方ないよロスト、キリエは昔ミカさんに助けられたらしいから。それがきっかけで圏士になったみたい」

「ああ、なるほど」


 その話は聞いたことは無かった。

 ただまあ、そういう事なら分からないでもない。命を救ってくれた相手への尊敬だったり敬意だったりみたいな想いは、そう簡単に薄れるものじゃない。それでも圏士になってまで追っかけてくるのは凄いと思うが。


「だからロスト、今度ミカさんと会う時があればすぐ私を呼びなさい。そして時間を稼ぎなさいっ。もう嫌われる覚悟で行きなさいよ!」

「知るか、人と会うくらい自分で何とかしやがれ。ごちそうさまでした、っと」


 食った食った、金があれば外で食ってもいいんだが、ここの味にも慣れてきちまった。もしかしたらおれの舌は常人よりもおかしいのかもしれん。

 元々大した話をしていたわけでもないが、おれとジャイロ、ようやく落ち着いたキリエ、半同期三人組は偶然時間が空いているということで、湯飲みに注いだ茶を三人ですすっていた。


「ふぅ……、あっそう言えば聞いたわよ。ロスト、アナタ昨日一人で『穢れ』倒してきたんだって? しかも、また略式契約も失敗したらしいじゃない」

「お前らなぁ……、その一字一句間違いのない情報はどっから来てるんだよ。ったく、人手が足りないからって正式入隊してから一年ちょっとを一人でほっぽり出すかね」

「アンタもねぇ。剣振る姿だけは模範的なんだけどねぇ。これもミカさんの指導のたまものだわ」

「へいへい、褒められてんのか皮肉なのか分かんねえ言葉をどうも」

「型が綺麗ってのは一応本心よ、今まで見てきた誰よりもアンタほど教本通りなのもすごいわよ。契約は出来てないみたいだけど」

「ぐぬぬ」

「ハハ、まあ任務に一人で行かされてるのは信頼の証じゃないかな。情報についてなら多分後でわかるよ」

「ん? どういうことだよ?」

「ま、それは後で。でも、実際に一人で行って倒してきたんだから凄いじゃないか。ボクはまだ先輩に付いて回ってる段階だからね。これじゃ昇進も出来ないわけだ」

「普通なら三年かかる所を二年足らずで到達しかけてるのは素直に凄いことだと思うわよ。自信を持ちなさいな」


 昇進の話が無くなったってことだが、ジャイロは通常よりも大分早く三級になっている。おれが討滅局に入ったのは二人と比べて少し遅れての事だったが、その時には既に三級だった。最初からよっぽど期待されてたんだろうな。


(正直、二級相当の実力はあるとは思うんだが、昇進が認められないのは圏士としての経験が足りないってことなのかもなぁ)


 実力主義の仕事だってのに、どれだけ実力があっても何年以上働かないとダメ。ってのはケチ臭く思うがな。


「ありがと、そういう二人だって頑張ってるって聞くし、ボクたちはこれからだよ。ま、“例外”も一人いるけど」


 けどジャイロは嫌な顔一つせず文句も口にしない。まさに優等生、おれもミカから、『見習ったらどう? というか爪の垢でも飲ませてもらえば解決ね』だなんてからかわれる始末。


「これが育ちの違いってやつか」

「アンタ自身の問題よ」

「言うねキリエ」

「言いやがったなキリエ…」

「言わせてもらいましたわロスト殿? 実際、アナタはもう少し一般的な動きをすべきね」

「どういうこったそれ」

「もちろん昨日の事よ。普通は『略式契約』も満足に使えない癖に『穢れ』を倒すこと自体がどうかしてるの。二級相当でしょ、昨日のヤツ」

「ん? ああ、確かそうだったかな? つってもさ、『原型』で斬れば倒せるんだからおかしなことも無いだろ。そのための武器だ。てかそれさっきジャイロにも言われた」

「あらそ、肉体強化もしてないのに、素早いヤツに追いつくってどんな走り方してるのよ」

「んなこと言われてもな……走り方なんて数えるほど種類も無いぞ……。ああでも、脚癖悪いってのは何回も言われたことある…じゃなくて。なんで昨日の『穢れ』がすばしっこいヤツだったこと知ってんだ?」

「『瞳士』の友達に教えてもらったの。街の近くまで追いかけっこしてたみたいだからね、『式神』の探知範囲に入ったのよ」

「あー……、やっぱり入ってたか…。ってことはお前らが昨日のこと知ってたのも……」

「うん、ほぼ間違いなく苦情が来てるだろうね。ロストの『略式契約』は夜だとよく目立つから」

「はぁ……、まだ結構距離あったから大丈夫だって思ってたんだが、…話に聞いてたより市民共の声がデケぇ……」

「それくらい覚悟してきてなさいよ。そんなこと一々気にしてたら今時圏士なんてやってられないわよ」

「はは、キリエはキリエで容赦ないね。ボクのは地味な能力で良かったよ」

「その上毎回不発だからな、そろそろ解決しときたいんだが…。キリエ、お前なんか偶然原因知ってたりしねえ?」

「分かるわけないでしょ。それが分かるとするならアンタの『代行者』だけよ」

「なるほどね…。じゃあもうしばらくは分かりそうにないな」

「ねぇロスト、アナタ本当に一度も声聞いたことないの? 『代行者』の姿を見る、っていうのは一級くらいじゃないと無理にしても、契約完了の声くらいなら聞いててもおかしくないわよ?」

「んなこといわれてもなぁ、ないもんはないよ。一回も無い。一級の先輩とかにも対話する時の感覚とか聞いてみて、自分なりに試してみたけどダメだった。ホントに『代行者』が入ってるのかどうかも分からなくなってくるね、マジでさ」


 武器へ神威を通すことで神格と契約し、まさに神の領域へ足を踏み入れることが可能となる武器、『原型』。しかし、厳密にいうのならもう一歩足りない。

 圏士は『原型』を通して神格と契約をするが、“人は神と対話することはできない”。というのが大前提だ。魂の格が違う。そも肉体という器を持つ人間と高次元の魂である神格が同じ土俵に立つこと自体不可能だ。

 そんなことができる奴がいたとしたら人間辞めてる。というか人間じゃない。


 そこで重要な役割を果たすのが『代行者』だ。

 『原型』一本一本に宿っている幽霊、というか精霊みたいなやつらで、神格との契約はソイツらがやってくれてる。魂だけの存在だからか神格と対峙しても多少は問題ない、らしい。で、ソイツらが神格と交渉の席に着くことで、圏士に力を与えてもらうよう契約を結ぶ。

 まさに『代行者』だ。彼らがいなければおれたち圏士は『原型』を通した能力行使も不可能となり、『穢れ』との戦闘なんてやってられない。

 ただ、それなりに強くなるか、契約してる『代行者』本人と仲良くならないとまともに仕事してくれないって面もあったりする。嫌いな奴のために神格と交渉したくないってこったな。アイツらにも意思があるからそれは仕方ないと思う。

 そうなると『代償契約』自体発動不可能、まさにお終い。

 だから、おれが現状『代償契約』を使えない理由として考えられる最も大きな原因はソレだ。嫌われるようなことした覚えはないが、どうにも嫌われてるのかもしれん。

 そこまで考えて、そこの二人はどうなんだろうと疑問が湧いてきた。折角だし聞いとくか。


「お前らは『代行者』と話せてるわけ? ジャイロはできてそうな印象あるけど」

「ちょっと、なんで私はできてない扱いなわけ?」

「できてんの?」

「………“彼女”の性格なのかもしれないけど、うまく話せてるような…そうでもないような……」

「なんだそれ」

「へぇ、それでも話せてるんだったらいいじゃないか。ボクはどうにも上手くいかなくてね」

「なんだ、てっきり日常会話くらいはしてるもんかと思ってたぞ。それでも『代償契約』出来てるのは立派なもんだけど」

「あはは…、そう言ってくれると救われるよ。こんなんじゃ試験に落ちるのも仕方ないね。もっと頑張らないと」

「おーおー、その意気だ。そんでおれたちの仕事を減らしてくれ」

「それは…ちょっと……どうだろう」


 困り顔すら絵になる男はそれでも笑顔を絶やさない。……なんというかこういうところで男としての格を見せつけられている気がしないでもない。…ちょっとな。

 とはいえ、そうか。やっぱり話すくらいなら皆出来てたりするわけか。


「うーん……、おれがなにしたってんだ?」

「ロストのやりそうなこと……、乱暴に使ってるとか?」

「そりゃあ、昨日も投げつけたりしてたから否定はしないけどさ……。それでも最初の最初くらい話してくれてもいいとか思わねえ?」

「本当に一度も聞いたことないのね。それはそれでビックリだわ…」

「そんな驚くなよ。……コイツもおれに押し付けられた形だから拗ねてるんだろうさ」

「押し付けられたって?」


 そこに興味を持ったのはジャイロだった。あー、そりゃあ普通に入隊試験受けた側からすると気になったりするのかね。


「おれってさ、二人より遅れて入ってきただろ? 確か、着いた時には入隊試験終わって一週間、とかだったか?」

「一週間? 私、ロストのこと初めて見たの確か入隊して半年くらい経ってからよ?」

「そっから色々……、住むとことかの準備してたんだよ。入居用の契約書運んでた業者が『穢れ』に襲われてたらしくってな、おかげで最初っから探し直しだ」

「そうだったんだ、じゃあそれまでどこに住んで——」


 よせジャイロ、この場でそれ以上はマズイ…!


「で、だ。この『原型』渡されたのは灯日に来た初日でさ。ミカから問答無用でコレ使えってな。いやまあ、おれも了承したしコイツからも拒否はされなかったんだが」


 “コイツ”こと『原型』を軽く見せながら無理やり話を軌道修正する。……ミカの住んでる喫茶店の世話になってた、だなんて言ったらキリエに殺されかねん。


「なっ、なによそれ! ミカさん本人に選んでもらったって訳?!」


 ただそれはそれとして、そこにも引っかかるのかキリエ。もはやミカのこと話した時点でアウトじゃねえか。


「そ、そう言うわけでもねぇよっ、マジで押し付けられた…っていうかコレ以外認めない、って感じだったんだぞ」


 キリエの勢いにたじろぐが、本当の事しか言ってないからこう言うしかないんだよ。


「…押し付けられたって、どんな感じだったの? ミカさんって優しい印象あるからそういう言われ方してるのはなんだか違和感だ」

「ん? そうかぁ? アイツ結構ガサツな気がするけどな、ずっと片頭痛抱えてる感じ。…じゃなくって、あの時だろ? えぇっと、たしか……」


 

  □ □ □



 思い出すのは一年ほど過去に遡る。

 小さな田舎町から長旅を経て灯日に到着した矢先、育ての親と友人だっていうミカに案内されていくつかの問答をした後、討滅局への入隊はとりあえず認めてもらうことができた。


 そのすぐ後、有無を言わさず連れていかれたのは大量の武器、『原型』が立ち並ぶ武器庫だった。

 封印の為なのか札が張られて記号みたいなのが大量に刻まれている。その多くは使えないようにされていたが、その最奥。かけられるだけの封印を掛けたと言われてなお足りないのではないのか。そう感じるほどの圧力を放つ一振りの黒刀が、横たわっていた。


「アナタが使うのがあの『原型』。逆に言うとアレを扱えなさそうだったら圏士になるのは諦めなさい」

「………」


 他の選択肢を与えもせず、失敗即放逐。だなんて無茶苦茶を言っていたものだと思うが、その時のおれはそんな話を聞いちゃいなかった。

 ———綺麗だ。

 そんな言葉が頭蓋を反響し、心臓を高鳴らせる。心は悲しみに締め付けられ、同時に肉体は歓喜していた。


(なんで——)

 そう思ったのか、それは今でも分からない。

 大量の鎖が巻き付けられ、その上から読めない字が書き殴られた札が隙間なく張り付けられていたから、見た目でいうなら醜い部類だ。それも生半可なものではない。それ程の封印が無ければ危険だと、そう判断された『原型』なのだ。

 美しい? いったい何を根拠にそう思ったのか。

 刀としてのシルエットは封印のせいでグチャグチャ、出来の悪い粘土細工にしか見えない。施された封印さえも打ち破りそうな圧力が今なお刀身から漏れ出そうとしている。


「ああ」


 だが、その姿を見てなお美しいと思ったのだ。その姿が醜かろうと、悪なる存在であろうとも、”コイツだけは、俺が使わねばならない“。

 そんな、確信だけがあった。


「選び取るのなら、手を……伸ばしなさい」

「———」


 伸ばした手、触れようとする指先が近づくにつれ、『原型』から発せられる脈動は強く、封印である鎖を揺らし、カチャカチャと音を起こす。その度、神威の波動は心音のように部屋全体を撃ち震わせる。

 その場に居さえすれば、多くの者が恐怖を、怒りを、悲しみを、淀んだ負の感情を抱えただろう。

 けれど、指先が触れる瞬間、おれが感じ取った想いはそうじゃなかった。


「行くぞ」

「………」


 言葉はそれだけ、どうやっても負の感情しか感じ取れないはずの鼓動はなぜか、おれにとって懐かしく、柔らかな感情だった。


「あ……っ」


 封印は既に限界だったんだろう。むしろとうの昔に限界を迎えていたのかもしれない。人の恐れが具現したように馬鹿みたいに巻き付けられた鎖も、その鎖を押さえつけるように張り付けられた札も。

 指先が触れた瞬間に砕け、内に秘されていた『原型』の姿が現れた。

 今にも爆発するほどに漏れ出した神威も圧力も、空気を震わせた脈動も消えた。あれほどの封印が施されていながら、握られたソレは、他の『原型』と変わらないように見えた。


「これが……」

「そ、アナタが使う『原型』。特に問題も起きなかったみたいだし、大切にしてあげることね。多分アナタに使えるのそれだけだし」

「いや、流石に試しさえすれば他のだって」

「じゃ、行くわよ」

「行くって、どこに?」

「ちゃんとした戦闘訓練なんてしたことないでしょ? 時間あるうちは私が鍛えるから、せめて他の子達よりは強くなってもらわないと」

「は? いやちょっと待て、さっき灯日についたばっかなんだぞ。荷物とか着替えとか」

「そんなの後で大丈夫よ。じゃ、せっかくだし“彼女流”でいきましょうか」

「え、誰だって? ぬああ——ッ!?」


 次の瞬間、おれの身体は空を舞っていて、視界に映ったミカの表情はなんともまあサッパリしたような顔だった。


「おれに何の恨みがあるってんだーーーっ!?」



  □ □ □



 時は戻って現代、食堂。思い返すだけで体の痛みが戻ってきそうな幻覚を覚えながら、あの時あったことを話し終える。


「そっからは酷いもんでさ、日が暮れるまでボコボコにされた。しかもほぼ毎日だぞ? 忙しいとか言ってるくせにその時間どっから持ってきたんだって感じだったよ。……今思えば、おれが来た時の為に時間空けといたんだろうとは思うけどさ」

「それはまた、波乱万丈って言えばいいのかな。それにしても、その『原型』…、まさかの曰く付きだったんだね」

「んー、なんでこれなのかはよく分かんないんだけどな。『代行者』とは一回も話せないし、物々しい封印されてた割には何も起きないし」

「へぇ、面白いね。また今度時間ある時にゆっくり見せてほしいな」

「ん? ああ良いぞ。好きなだけ見ろ」

「本当、じゃあその時を楽しみにしてるよ。それにしてもキリエ、さっきから静かだけどどうかしたの?」


 そういえば確かに、キリエの声は聞こえてこない。黙り切ったキリエの方を見ると顔を俯かせ、考え事に没頭したみたいに小さな声でなんか言ってる。


「———、…さか……、………こと———」


 なんというか、非常に重苦しい空気を醸し出してきている。おれの『原型』について何か知ってること思い出したのか?


「お、おいキリエ? どうしたんだよ。やっぱり『代償契約』できないことでなんか知ってるのか? おい、キリエー?」


 肩を叩こうと手を伸ばした矢先、思い切り立ち上がった。そして開口一番。


「アンタね!! ミカさん直々に訓練付けてもらってただなんて羨ましすぎるんだけど!!」

「あー……、やっぱりそういう感じかお前……」

「……っ、ふふ……。ごめんロスト、ちょっとボクは助けられなさそうだ…っ」

「他人事だと思って笑いやがって……」

「私の話を聞きなさい! なんでド新人のアンタが討滅局最強も名高いミカさんに初対面で訓練付けてもらえたのよ!? こーたーえーなーさーいーっ!!」

「が…っ、ゆ、揺らすなバカっ。くび——、締まるだろう、がぁ——っ」


 迫るキリエを何とか落ち着かせ…られはできなかったけど、話を聞く体勢を取らせる。これ下手なこと言ったら死ぬんじゃねえだろうな。


「だから、育ての親がミカと友達だってんだよ。その伝手で灯日来たの、おれはっ」

「なによそれ、ズルイっ!」

「んなこと言われても知らんっ、アイツらの昔話まで把握できるか! そもそも、圏士になるって言ったのはおれからだしなっ。それまでは料理が下手な喫茶店店主くらいの認識だった」

「じゃあその人も昔は圏士だったの? 縁っていうのは繋がってるものだね。そのおかげでボクたちが出会えたわけだし」

「その言い方は大げさすぎる、と思うけど。でも確かにそうらしい、圏士だった時の事は話そうとしなかったけどさ」


 そう考えるとアイツ、どことなくミカに似てるな。いや、順番的にはミカがアイツに似たのか。


「もうっ、そういうのは聞いときなさいよぉ!」


 憤慨止まぬキリエは暴走特急だ、ほっといてもいいがその時被害を受けるのは間違いなくこっちなのが厄介さを増してる。


「……別に、コネだっていいたきゃ言えばいい。そういうのがないとも言えねぇからな。さっきの話の通り、この『原型』も押し付けられる理由がある程度には、曰く付きみたいだし?」


 この『原型』の前に案内される前、確かミカは”おれにしか使えない“。みたいなことを言ってたような気がするし、なんかがあるにはあると思う。


「むむむぅ……っ」

「な、なんだよ……」


 何が気にくわないのか、唸りながら頬を膨らませるキリエの顔は真っ赤になってる。どういう感情なんだそれは。


「だ、だって、羨ましいものっ。私はどんなにがんばっても会えたとしても、ミカさんの前に立つと緊張で挨拶くらいが限界なのに……。ロストったら当たり前みたいに会えるし、話せるし……。ズルイ…」

「…そう言われても困る。キリエがアイツに助けられれたってのは聞いたけど、おれとしてはアイツにそこまで緊張したことないからな。会うたびにからかってくるのが厄介なくらいだ」

「…それが羨ましいって言ってるの。それにロストにこんなこと言っても仕方ないのは分かってる。それに———、ぅぅ……」

「今度はどうしたんだよ」


 一人で頭を抱えるキリエは急激に勢いを失っていく。何かしら、コイツなりに気になることでもあったのか。


「キリエ、大丈夫? 体調が悪いなら医務室までついていくけど」

「……はぁ…。ゴメン、…ちょっと落ち着いた……」

「もういいのか? どうせたまにしか会わないんだ、言いたいことありゃ聞くけどさ」

「ううん…、いい、大丈夫。…ありがとう」

「別に誰も気にしちゃいないだろ、会う度に似たようなことされてりゃあおれたちの方も慣れるってもんだ」

「なによそれ…、おかしなことばっかり言って」

「なっ、おれはおれなりに気を使ってだな…っ」

「ふふっ、でもいいわ。ありがとう二人とも。ちょっと、昔のこと思い出してね。自己嫌悪っていうやつよ。…でももう大丈夫、本人の許しも出たし、これからはロストでストレス発散するから」

「なんだそれ、得が無さすぎやしないか?」

「ま、それも慣れてもらうということね。うん、完璧。それじゃ、これからもよろしくねっ」

「なんだかなあ」

「でもキリエらしいよ」

「…まあ、なぁ」


 さっき落ち込んだのは幻覚だったのかと思うくらい、キリエは痕跡もなく元に戻ったらしい。何が何だかって感じだが、まあ元気になったのならいいさ。

 たしかに、そっちの方がキリエらしいからな。


「それじゃあそろそろボクは行くよ。『代償契約』のこと、力になれなくてゴメンね」

「いいって、そのうち何とかなるだろ。それにしても気を付けろよ? 死なれちゃ目覚め悪い」

「はは、分かってるよ。危なくなったらすぐ逃げる」

「あー……、まぁ、そうな。それでいいんじゃねえかな」

「?」

「じゃあ私も行くわ。今日あった事ミカさんに言ったら承知しないからね」

「わざわざ言わねえよ。ほら、行くなら行け。キリエも気を付けろよ」


 内容に反してその声は柔らかい。

 好き勝手言ったからストレス解消にはなったってところか。ぶつけられるこっちはたまったもんじゃないが。

 ——そんな中、新たな声が現れた。 


『相も変わらず、か』

「あん?」


 キリエとは違う棘のある女性の声。しかも聞き覚えがある類のやつ。

どこから声が聞こえたろうか。辺りを見渡しても話しかけてきた人物はいない。


『こっちだ、いい加減慣れろ』

「あ、あー…。『式神』か。で、なんの用だよ『ハイネ』」


 再び呼ばれ、音の発生源である足元を見ると、そこに居たのは人ではなくうさぎだった。そして、声はそのうさぎから聞こえてきていた。

 その声の主は『ハイネ・ルビア』。おれたちにとって最後の同期だ。

 喋るうさぎ、それは『式神』と呼ばれる動物を模した作り物。基本的には遠距離の連絡に使われている。……くらいしか良く分かっていない。ってか見るたびにどうやって動かしてるのかが気になって仕方ない。

 

 そして、その式神を扱うのは圏士ではなく、瞳士(ドウシ)だ。

 圏士が武力を振るう前線部隊なら、瞳士は知力を内包する後援部隊といえばいいのか。普段は『穢れ』とか『原型』の研究をしていて、各所に現れる『穢れ』の探知とか、各種連絡事項なんかも式神を通して伝えられる。

 正直、瞳士達がいてくれないと、おれたち圏士が現場にたどり着くころにはほぼ手遅れだ。それくらい、彼等の存在は大きい。

 ……ただ、まぁ、今連絡してきてる奴はその二つのどっちとも違うとかいう特例な訳だからちょっと説明するのが面倒な訳だが。


「何をじろじろ見ている。話ならさっき聞いたばかりだろう。貴様、耳の穴が繋がっているのか、ロスト三級」


 人の名前にしっかりと階級つけて喋るあたり、仕事熱心という方が正しいのか? いやちがうな、多分嫌味混じっとる。


「ハイネの方も、口開くたびズケズケ言うのは相変わらずだな。初めて会った時から今の今まで毎回だ」

「安心しろ、貴様相手だけじゃない。好きだろう? 平等」

「悪平等じゃなけりゃな。わざわざ下に合わせて仲良しこよしして何が楽しいってんだ。…って、んなこたどうでもいい。用事ってなんだよ」

「聞いているだろう、ルアック局長がお呼びだ。大方新たな任務か市民からの苦情処理だろう。昨夜も無駄に能力を使ったらしいじゃないか。貴様のは暗がりで目立つからな」

「む、無駄じゃねえ…っ、ただ上手くいかなかっただけだ……」

「わざと失敗したのならともかく、不本意な結果であればそれは無駄であり無意味。せいぜいまともに扱えるくらいにはなることだ。伝えることは伝えたぞ、さっさと行け。それとキリエ三級、ジャイロ三級、お前達もだ。圏士としての使命を果たせ、時間を無駄にするな」

「………はーい…」

「……あはは」

「………こりゃまた」

「どうした? ついに耳だけじゃなく脳みそに孔が空いたか?」

「あーいや、おれの周りの女って面倒な性格した奴しかいないなって思っ——イッテぇ!?」


 言葉を言い切る前に、式神うさぎがどこからか拾ってきた棒で脛を思い切り殴ってきた。完全に油断してたせいで必要以上に痛い…、立ち上がった時に机で膝も打ったし……っ。キリエもキリエで頭はたいてきやがった。


「な、何しやがるっ!?」

「なに、この式神は気を抜くと勝手に動く癖みたいなものがあってな。おそらくそれだろう。運が悪かったな」

「ゴ、ゴメン……つい手が……」

「こ、こいつら……っ」


 キリエはさっきのこともあってすぐ謝ってきたが、問題はもう一人の方、ハイネだ。

 悪びれません反省しません。自分が正義で他者はそれ以外。本当に面倒な精神構造してるのは目に見えて明らかだが、それを言うと二発目が飛んでくるから下手なことは言えない。


(恐怖政治……)

「間の抜けたことを考えてないで行け。…今回は私も呼ばれている、待たせるなよ」

「思考を読むな」


 そう言い放つと、こっちの言葉も聞かずにうさぎが机の間を縫って去っていく。

 完全に勝ち逃げ、まあ抗議したところで真正面から押し切られるんだろうが。


「はぁ…、行くしかないか。確かに呼ばれてたのはちょっと忘れてたしな」

「相変わらずだね彼女も。それが許されるほどの才格ゆえ、だから言い返すつもりもないけど」

「ああ、相も変わらずつっけんどんだ」

「あれで私たちの中で唯一、一級だしね。……はぁアレが天才っていうのね…」


 ジャイロの言うところの“例外”、二級に上がるかどうか、なんて話をしているおれたちの中で唯一、飛び級をしている。しかも討滅局数百年の歴史においても、かなり特殊な例だ。それこそハイネ一人だけかもしれない。

 一級圏士の称号、階級だけで言うならミカと一緒だ。ここまで来ると『略式契約』超えて『具象契約』まで——。


「ロスト、アナタもさっさと行かないとまたどやされるわよ。ハイネもいるんでしょう? 待たせたら何言われるか」

「ん? ああ、そうだった。にしても、今日はやけに機嫌悪そうだったなアイツ」

「そう? 私にはいつも通りに聞こえたけど。アンタどうかした? 心無い言葉に胸打たれたわけ?」

「んなわけあるか。それに、アイツが天才かって言われると、違っちゃいないがちょっと違和感だ。まぁ、なんとなくだけど」


 アイツと話してるとそんな感覚がどうにも首をもたげてくる。いや、おれたち三人が同時にかかっても敵わないのは間違いないんだが、……何となく。


「彼女が天才って分類じゃなかったら流石にボクも自信失くしちゃうなぁ」

「妬みもそこまでにしとかないと拗らせるわよ?」

「好き勝手いいやがって……。分かったよ。じゃ、ここでな。また時間あれば飯でも食おう」

「そうだね、楽しみにしてるよ」

「じゃあちょっと賭けてみない?」

「なにを」

「次集まるまでにロストが『略式契約』使えるようになってるかどうか。出来てなかったら食事代全額持ち」

「ああ、いいね」

「な…っ、原因も分かってないのに分が悪すぎねえか。じゃ、じゃあもしも出来るようになってたらお前らが全額持つんだろうな」

「言い出したのはキリエだから」

「うぇ!? …ま、まあいいわ、それくらいバシッと出してあげる。私だってディロン家の女よ。一度言い出したことを無かったことにはしないわ!」

「じゃ、そういう事で。いやあ、また集まれるときが楽しみだね」

「ジャイロ、お前はお前で中々図太いよな」

「え? そうかな?」


 どっちが勝っても得をするポジションを獲得するってのは、ジャイロが商家の息子ってのが関係してたりするのかもな。血筋ってやつ。

 話はなんでも聞いてくれそうでいて、その実損得勘定はしっかりしてるから侮れん。


(おれも気を付けよ、ってか金ないんだけど……)


 薄給圏士である以上、金欠からは逃れられない。そうなるとやることは任務をこなして給料を加算していくことで。


「じゃあ、またな」


 今度こそ二人と別れ、食器を片付ける。


「はぁ…、行くか」


 ほぼ間違いなく怒られるんだろうけど、重い腰を上げていくしかない。

 向かうは表裏境界圏・残穢討滅局、局長室。

 そこにおわすは我らが圏士、討滅局の長。『リッカ・ルアック』局長、彼の前に顔を出しに行くとしよう。……もう一人の方は顔を合わせた時に色々といわれそうだけどな。

『本編について』

・主人公【ロスト・ヘリオール】

 前作である『輪廻の圏士』最後に登場した彼です。

 色々と厄ネタを抱えた子であることは想像つくかと思いますが、本人的には割と普通の青年かと思います。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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