最終話「ヒューマン・コネクト」
最終話、読んでくださってありがとうございました!
01
二日目、僕と春咲は日本で大人気のエンターテインメント施設「お寿司ランド」に来ていた。
お寿司ランドはシャリ側とネタ側でアトラクションが分かれており、僕らは若者に人気なネタ側に来ていた。
ネタ側のアトラクションはクッキング系とホラー系が多く、中でも怖いのが寿司にされる前の魚になって寿司屋から抜け出す迷路型アトラクションだ。
立体的な映像で映し出された包丁を持っている大将が魚に扮した客を追いかけ、客は捕まらないように複雑な迷路を進みながらゴールを目指す。
大人も子供も血に濡れた大将の顔を見ただけで絶叫するらしい。
僕は全く興味は無かったが春咲がどうしても行きたいと言うから着いてきただけ、怖くなんかない。
……シャリ側に行きたかった、あそこなら心臓に優しいものが多い。
「タケルくん? 何で入口から全く動かないの?」
春咲は僕と違って真っ暗な寿司屋内部でも平然としていた。
肝心な僕は入口に入った途端、生まれたての子鹿のように足を震わせていた。
……どう説明する?
男の俺が幽霊が怖いなんて言えるわけがない。
中学生の頃、彰さんと遊園地のお化け屋敷に行ったときに怖すぎて周りのお客さんを怖がらせてしまうほどの悲鳴を出したことがある。
作り物だと頭では理解はしているが、いざ真っ暗な部屋に入っていつどこから襲ってくるかわからない状況で楽しめと言われると無理だ。
「……タケルくん、素直に怖いから行きたくないって言えばいいのに」
春咲は微笑みながら糸で繋がれている小指を立てていた。
糸は僕が動揺している様子を表していた。
「あんなにワクワクしてる顔を見たら行きたくないって言えないだろ」
先日、今日の予定を立てるときに春咲は真っ先にお寿司ランドのネタ側に行きたいと提案してきた。
彼女に話を聞いてみると、お寿司ランドには学校の友達と何回も行っているみたいだが自分の好きなホラー系には友人に遠慮して行けていなかったらしい。
僕とお寿司ランドに行くことを決めたときから、ネタ側に行くことを決めていたと目をワクワクさせながら話していた。
人と心を通わせるということがこんなに嬉しいとは思いもしなかった。
胸の中がほんのりと暖かくなった。
「私以外の人にそんなデレデレした顔見せないでよ」
春咲は僕の手を引っ張り、暗闇の中へと連れ込んでいく。
本来なら耳が張り裂けてしまいそうな悲鳴を出してしまうところだが、春咲といっしょなら大丈夫な気がしてきた。
寿司屋に入った僕たちと他の客はまずアルバイトにアトラクションの説明をされる。
新入りのアルバイターである僕らは頭が狂ってしまった大将に魚にされる呪いをかけられる。
魚になってしまった僕らは制限時間内に複雑な迷路と化した寿司屋から脱出しなければならない、もし制限時間内にゴールに辿り着かなかったり大将に捕まったりするとゲームオーバーになる。
大将は僕らの熱を感知し、どこにいても見つけられるらしい。
映画に出てくるエイリアンみたいだな……
説明が一通り終わるとアルバイトの合図により会場の扉が開かれる。
「いよいよだねタケルくん」
「あ、ああそうだな」
春咲は汗にまみれた僕の手を握っている。
特に何も言っていないのだが、春咲は僕を安心させるために手を繋いでくれているのだろうか。
もし、そうなら情けない気持ちになる。
本来なら男の俺がリードしないといけない立場だ、あれだけ春咲を守りたいと言っておきながら……幽霊嫌いだけは直せないなんて。
まあ、今更愚痴を言っても仕方ない。
春咲が楽しもうとしているんだ、僕のせいで気持ちが下がることはしたくない。
「もう手を離しても大丈夫だよ、流石に慣れてきた」
僕は自分から手を離そうとすると春咲は強く握り返してきた。
「……私がしたいからしてるの、あまり恋人ぽっいことしてなかったから今日ぐらいはいいでしょ」
館内の照明でうっすらと春咲の顔が映し出された時、僕は気づいた。
彼女の顔が赤くなっていた、普段は僕をからかってニヤニヤしている彼女が今は僕といっしょにいるだけで照れてくれている。
こんなに嬉しいことが続くなんて後が怖いな。
02
館内に入ってから既に十分経過していた、身も毛もよだつような音楽が館内に響き渡っており、僕は汗が止まらなかった。
いくら恐怖感を演出するために作られたものと理解していても、僕らから見えない位置から仕掛けが飛び出してくるせいで余計に怖い。
大将に見つからないように僕と春咲は物陰に隠れながら移動する。
ふと周りを見てみると僕らと同じような学生のカップルたちが暗闇なのを良いことに目を瞑りたくなるような行為をしていた。
「……移動しようか」
僕は春咲の腕を引っ張ろうとすると、彼女は強く引き止めた。
体勢を崩してしまった僕は春咲の胸に顔をうずくまってしまう。
とても柔らかいものが顔に当たってる……じゃなくって!
「わ、悪い!」
「シッ、黙って」
自分の胸に僕がうずくまっていることに気づいていないのか、春咲は目の前にいた大将を指さす。
いつの間にいたんだ……いや周囲にイチャイチャしているカップルがいればいくら意志のない映像だといえ気づくだろう。
迂闊だった。
「危なかったね、まだ気づいていないみたい」
僕らの隣にいたカップルが大将に捕まってしまい、アルバイトに連れてかれていた。
大将がいなくなったことを見計らって僕らを含めた魚たちはゴールを目指して歩いていく。
道中、障害物や仕掛けに驚かせられたりしたが順調にゴールまで進んでいった。
最初は怖くて仕方なかったが、時間が経つにつれて恐怖感が薄れていった。
無事にゴールをすればシャリ側で利用できるお食事券一万円分を貰うことが出来る。
早くお寿司をお腹いっぱいになるまで食べたい、ゴールに辿り着いていないのに妄想に浸ってしまった僕はある異変に気づいていなかった。
「なんか焦げ臭くない?」
匂いを嗅いでみると確かに焦げ臭い、何かトラブルが起きたのだろうか。
「ちょっと電話してみる……」
館内にある従業員に連絡ができる電話を取ろうとした時、悲鳴が聞こえてきた。
前方から大勢の客が死にものぐるいで走ってきた。
……まさかそんなはずは。
火災が発生したことを知らせるアラームが赤く照らされていた。
僕は春咲の手を引っ張ろうとしたが、逃げ惑う人々のせいで手が振りほどかれてしまった。
「春咲!!!」
「タケルくん!!」
スプリンクラーが遅れて起動し、屋内にいた人たちの頭を濡らしていく。
視界がボヤけていく中で僕は春咲の場所を探ろうと、指に絡みついている糸を引っ張ろうとした。
「……嘘だ、そんなはずはない」
糸という概念を覆すほど太かった赤い糸が今は本来の姿に戻っていた。
時間が経つにつれて糸はどんどん細くなっている。
このまま放っておけば春咲と僕の関係は壊れてしまう。
それだけは……それだけは何としても避けたい。
せっかくお互いを理解し合える関係になったのにまた僕は孤独に戻ってしまう。
頭の中が渦を巻いてしまい、上手く考えることができない。
焦る気持ちを抑えるために僕は目を閉じる。
春咲を理解した僕は彼女がどうするか分かるはずだ。
僕は以前彰さんが話してくれたことを思い出す。
もし、まだあの時のまま時が進んでいないのなら……見つけられるはず!
人混みの中に入っていき、転びそうになりながらも僕は死にものぐるいでひとりぼっちの女の子を探す。
「……パパ、ママ。莉央もうすぐ二人のところに行くからね」
端っこで体を丸めている春咲を見つける。
「僕を置いていくなんて良い度胸だよ! 春咲……いや莉央!」
「!? た、タケルくん?」
僕が現れたことに驚いたのか目を丸くしていた。
「僕はまだ君に本当の姿を見せていない、莉央だけ僕に本当の姿を見せて逃げるのかい!?」
「ほ、放っておいてよ。私はもう誰も失いたくない、タケルくんを好きになればなるほど傷つけてしまわないか不安になるの。だからそうなる前に死んじゃった方が……」
春咲が最後の言葉を言い切る前に僕は彼女を自分の背中に乗せた。
「莉央がいなくなったら僕はもっと傷つく、だから死ぬなんて言うなよ……君のトラウマは僕が引き受けるから一緒に生きていこう」
最後の力を振り絞って僕は全速力でスタート地点まで走る。
顔が傷だらけになろうが、骨が折れようが莉央の心の傷と比べたら痛くない。
むしろ気持ちいいぐらいだ!
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お寿司屋から脱出したあとのことは良く覚えていないが、一つ思い出したことがあった。
それは春咲……いや莉央が泣きながら僕に謝っていたこと。
子供のように泣きじゃくっていた彼女の姿を見た僕は黙って抱きしめた。
莉央の両親の代わりにはなれないかもしれないが、トラウマを共有することはできる。
「莉央、君を絶対に離さないからな」
人という字は人と人が支え合うことで成り立つ。
だが本当にそうなのだろうか、人間という生き物は些細なことで感情をむき出しにしてこれまで続いていた関係を壊していく。
そうならないようにするには人と人の繋がりが脆くなり始めてしまう前に糸を切ってしまえばいいと、昔の僕は思っていた。
だが今は違う。
人間は誰かに寄り添って生きていくことが大事なんだ。
例え関係が壊れてしまってもいずれ糸は修復されていく。
その事実に気づけたのは……莉央のおかげだ。
「ありがとう、タケルくん」




