4話「君が好き」
01
「彰さん、話があるんだ」
春咲とデートをする数日前、僕は居間で見た新聞について話を聞くために非番で休んでいる彰さんの部屋に来ていた。
僕は自室で読書をしていた彰さんに話しかける。
声に気づいた彰さんは身につけていた黒縁のメガネを取り外しし、僕の方へと振り返った。
彼の目からいつものような温厚な雰囲気を感じられない、恐らく僕が話をしたい内容に気づいているからだろう。
「……十年前、彰さんは無理心中をした家族が住んでいた家の火災を消すために出動したんだよね」
彰さんは僕の発言から少し間を置いた後、重く閉ざしていた口を開いた。
「あの時のことは未だに脳裏に焼き付いているよ、悲しい事件だった」
十年前、近隣住民から火災の通報を受けて現場へ駆けつけてみると目を疑うような光景が広がっていたと彰さんは話す。
火元である家から発生した炎は隣接された住居を飲み込んでいき、誰もが生存者は存在しないと思っていた。
しかし、火元である家から甲高い声が外に鳴り響いた。
幼い女の子の声だった。
彰さんは上司の制止を振り切って火元である家に入っていった。
家の中は既に歩き回るスペースはゼロに等しく、一歩踏み間違えればそのまま死に直結するぐらい状況は悪かった。
だが、彰さんは息苦しいのを堪えながら女の子の声が響いた部屋にまで向かっていた。
僕は何故見ず知らずの他人に自分の命を懸けようとしたのか不思議に思う。
いくら人の命を救う仕事に就いていても、救えない命もまた存在する。
例えその娘が……春咲莉央だとしても。
「どうして自分の命を賭けてまでその少女を救おうとしたの?」
彰さんは僕の問いかけに対して、さも当たり前のように返答を出した。
「当時の僕には守るべきものなんて無かったからね、目の前で小さな命が消えかかっているのを黙って見過ごせなかった。今はタケルという守るべきものが出来たからもう無理はしていないけどね」
ああ、この人が僕の親代わりで良かったと心から感じる。
彰さんの勇気ある行動のおかげで僕は春咲と出会うことが出来たのだから。
「彰さんのおかげで僕は春咲と出会うことが出来た、だからこそ僕はいざという時に備えて春咲のことをもっと知りたいんだ」
人との繋がりを持ってしまえば糸は紡がれる、紡がれてしまえばきっとその人を傷つけることが必ず起きてしまう。
僕は母のことがあってから自分は人の限界に気づくことは出来ないと思い込んでいた。
自分には人と関係を作る資格がない、自ら孤独を選ぶことで僕のせいで傷つく人はいなくなると自惚れていた。
それが大きな間違いだったと気づけたのは彰さんが幼い頃の春咲が置かれていた現状を教えてくれたからだ。
「……それを知ってタケルはあの子のことを腫れ物を触るような扱いしない自信はあるのかい」
彰さんの顔から表情が消えていた。
自信があると言えば嘘になる、僕には受け入れる度量はないと昔の僕は言っていただろう。
だけど今は違う、笑顔が誰よりも綺麗な彼女が見せた涙は僕自身の胸を締め付けた。
「どんなことがあっても彼女を守りたい」
僕の言葉を聞いて安心をしたのか、彰さんは部屋に到着した後の話をしてくれた。
部屋に到着した彰さんの目に映ったものは奇妙な光景だった。
虚ろな目をした春咲が両隣に倒れている男女の遺体に話しかけている姿は見ていられなかったと彰さんは言った。
春咲の首には赤い痣が出来おり、状況から察するに無理心中をしようしたということがわかったらしい。
運が良かったのか、悪かったのか春咲は息を吹き返したが自分を殺そうしたのが両親だったことに気づいてしまった。
命の危険が再び迫っているのにも関わらず、春咲はずっと両親に謝っていたそうだ。
『何で私を置いていくの』と。
「このまま莉央ちゃんを放っておいたら、亡くなった両親と一緒に火の海に飲み込まれると思った。小さかった彼女を無理やり抱きかかえて家から抜け出したよ」
事件後、春咲は親のいない子供たちがいる児童養護施設へと預けられた。
彼女には親戚がいるらしいが、誰も引き取ろうとはしなかったらしい。
トラウマを抱えた子供のケアをするのは大人でも厳しい、何かあったら責任を負わなければいけない。
……卑怯な大人たちだ。
「誰にも心を開かずに一人で過ごしてた彼女が心配でね、仕事の合間を縫って児童養護施設に行ったりしていたよ」
僕と出会う前の彰さんは春咲が人に心を開くまでずっと献身的に支えてくれていた。
彼女の誕生日になればプレゼントを購入したり、両親の代わりに勉強を見てあげたりなどしていたがやはりトラウマまでは消せなかった。
春咲は心のどこかで寂しさを感じてしまい、人との繋がりを求めた。
「莉央ちゃんが精神的にも落ち着いた頃に僕はタケルと出会ったんだ。……君も彼女のようにどこか寂しそうな目をしていた」
ギャンブル依存症だった父は幼かった僕を暗く薄汚れた家に二三日置いていくような人だった。
誰とも関わることが出来なくて、どんなに足掻こうとしても僕の目の前には白く大きな壁があった。
一人で乗り越えることの出来ない壁だ。
僕は孤独だった、誰かと喜びを分かち合いたかった。
でも僕にはその資格がないと勝手に思い込んでいた。
羽虫が飛び交う部屋の中で生きるのに必死だった僕は、重く閉ざされた扉を開けてくれた彰さんが来てくれたことで救われた。
壁は残されたままで。
「僕らにとって彰さんは命の恩人だよ、彰さんがいなかったら僕はどうなってたか……」
考えるだけでも恐ろしい、父と一緒に過ごしていたら僕はもっと拗らせていたかもしれない。
そうなっていたら春咲と出会ったとしても、僕は自分の過ちに気づいていなかっただろう。
「タケル、お前は誰よりも人の寂しさに気づける子だ。莉央ちゃんのこと守ってあげるんだよ」
彰さんは僕の頭を優しく撫でてくれた。
02
デート当日、僕は春咲と約束した時間よりも早く待ち合わせ場所の学校駅前の改札口に来ていた。
「……これで大丈夫なのかな」
前日、僕は彰さんと一緒にデート当日の服装を購入した。
僕は中学生の頃から着ている英字プリントのTシャツが良いと言ったけど、彰さんは今までに見せたことのない鬼の形相でまともな服を買えと断固拒否された。
生まれて初めて彰さんに怒られたから、正直怖かったけど今考えると確かにシンプルなデザインの方が良いかもしれない。
僕は春咲と会う前に自分の身だしなみがおかしくないかチェックするためにトイレに向かった。
以前までの僕は極端におかしくなければなるべく鏡などで身だしなみをチェックする人間では無かった。
春咲と出会ってから僕は彼女の隣にいてもいいような人になるために姿勢や髪型は矯正をした、僕がおかしな格好をしていたら笑われるのは春咲だ。
他人に三度見をされるほど、鏡で身だしなみを整えた僕は再び改札口の戻ろうとした。
隣りの女子トイレから出てきた春咲と目が合ってしまった。
「「あっ……」」
春咲は茶色のロングコートを羽織っており、中から白いニットのワンピースが見えていた。
学校では髪を下ろしているはずが今日に限っては髪を束ねていた。
天真爛漫な彼女が今はとても大人ぽっく見える。
「……感想はないの?」
春咲は顔から足をジロジロと見ている僕に不満そうな表情を見せた。
気温が低いせいかほんのりと顔が赤くなっている。
「可愛いと思う、よ?」
「そんな自信なさげに言われたら私ショックだな〜」
「春咲は可愛い!! 世界一可愛いビバ世界一!!」
せっかくドキドキした気持ちを抑えながら感想を言ったのに春咲は僕をからかう。
お返しとして聞こえるように春咲を褒めた。
まさか僕が仕返しをすると思ってなかったのか、春咲は目を丸くした。
そして顔を真っ赤にしながら僕の体を殴っていく。
「全くもう……誰に似たんだか」
「さぁ? 誰に似たんだろうね」
僕と春咲は目的地であるショッピングモールへと向かった。
モール内にある映画館で映画を見たあと、ランチをする予定だ。
今日観る映画は「修平VSビックプレデター」というエイリアンと得体の知れない筋肉ムキムキの修平が宇宙の存続を掛けた戦いを繰り広げるよくわからないアクションものだ。
これは春咲がずっと観たかった映画らしくて、映画館に入ってから彼女は修平がいかに凄い人間かを力説してくれた。
修平って誰だよ……もっとマシな名前あるだろう、そうツッコミたい気持ちを抑えながら僕は春咲の話を聞いていた。
興味がある物に対して目を輝かせながら語る春咲の顔は見ているだけで癒された。
「いやぁ……修平がまさかビックプレデターと結婚するなんて思いもしなかったなぁ」
約二時間、修平の激闘を見守った僕らは遅めのランチを取っていた。
「製作者の性癖が心配だよ……」
最初はあまり興味が無かった僕だったが修平が最後、ビックプレデターにドギャントイカンス語で愛の告白をするシーンを観て感動をしてしまった。
一生分かり合えないと思っていた彼らが最後に結ばれる、在り来りなものだけど心が惹かれた。
春咲が好きになるのもわかる気がする。
「タケルくん、聞きたいことがあるんだけどいい?」
春咲は突然、真剣な眼差しで僕の目を見つめる。
「どうしたの? いきなり改まって」
「私に無理やり彼氏にされたけど嫌じゃなかった? タケルくんが嫌なら……っ!?」
僕は彼女が言葉を言い終わるまえに自分の気持ちを正直に告げた。
まるでドギャントイカス語を使って愛の告白をした修平みたいに僕は勇気を振り絞った。
「僕は君といて嫌だったことは無かった、だから最後の言葉は言わせないよ」
咄嗟に触れた彼女の唇は雪のように柔らかった。
春咲と出会ったおかげで僕は自分の気持ちを正直に言えるようになったんだ。
「君が好き、君と出会えてから僕は自分のことを好きになれるようになったんだ」
自ら孤独を選ぼうしていた僕を赤い糸で繋がっているというだれけで日陰から連れ出してくれた春咲は、誰よりも優しくて誰よりも傷つきやすい。
そんな彼女を支えてあげられるのは同じ能力を持った僕しかいない、自惚れていると言われてもいい。
僕は自分が持っている能力を彼女の為にだけ使いたい。
「……ふふっ、言うようになったね、タケルくん。私も君が好きだよ、愛してる誰よりもね」
僕らに結びついている赤い糸はまた一段と太さを増した。




