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「故郷に帰るか、それともこの世界に残るかって……」

 ナジェージダの宣言で涙を流し始める王都の住民たちや、それまで味わい尽くしたであろう苦難を乗り越えて喜びが堰を切ったように飛び出していく兵士たち。

 世界は救われた――そう誰もが思った時だった。

 笑い声とともに王都の地面を覆っていた石畳が弾け飛び、その上に立っていた住民と兵士たちが勢いよく宙を舞ったのだ。

 あまりに突然すぎる出来事に、誰もが呆けて言葉を出せない。

 地面へと叩きつけられた兵士たちが、再び粒子へと姿を変えていく。


 『ふはははは――』


 何が起きた――と同時に笑い声が王都へと木霊する。

 誰の声か?

 一斉に耳目を集めたのは――見慣れない青年の姿だった。

 リンチと同じ黒目黒髪だったが、頭髪の一部が白くなっており、不自然な感じの斑模様を描いている。

 長身ではあったが、不健康そうな痩せ気味の体躯をしていて、ボロ布を纏い敵意に満ちた瞳が時折金色にも見える光を放つ。


 『因果は打ち消された……しかしそれが何だ?』


 嘲るように喉を鳴らす口調、聞き覚えがある声……


 「同志――」


 リンチが思わず口を開く。

 『我々を騙そうったって、そうはいかない。因果を打ち消したからと言って、そいつらのやってきたことを無かったことにはできないだろう?』

 リンチが同志と呼ぶ青年の瞳は憎悪そのものと言っていいほどの禍々しい光を帯びていた。


 『我が、イポニアを断罪する!』


 青年の手が白い光を放った。

 ナジェージダと同じ光、その力は云うまでもなくプラーナの操作。


 『こいつらにディアスポラを与えるのだ』


 白い光が迸り、王都全体を包み込もうとした。

 が……銀色の光がそれを妨げる。


 『また、お前か……』


 苛立ちながら唸り声を立てて、青年の鋭い視線がアリカへと突き刺さった。


 『邪魔なんだよ!』


 青年の手がアリカの首を掴み、体を持ち上げる。


 「邪魔か……」


 擦れる声だったが、アリカが呟く。


 『そうだ、復讐は個人の不可侵な権利。部外者のお前がそれを侵していい訳がないだろう?』


 「ボクは事実を述べただけだ。因果が絡み合い、結果的に召喚者はこの世界の一部となったって。この世界の一部になったお前が、この世界を滅ぼす? 自滅したいのか?」


 『黙れ、黙れ、黙れえええっ!!!』


 アリカの気管が絞まっていく。


 『そうやって、我に……我々にやってきたことの罪から、この世界の人間たちを逃がそうって魂胆だろう? みんなこの世界を作る仲間だなどと言って――っ!?』


 と青年の腕が捩れて、掴まれていた手から放されて、地面へと叩きつけられるアリカ。


 『我は……我は絶対にこの世界の人間を許す訳にはいかない――』


 再び光を放つ青年、だがその色は白ではなく、金色を帯びていた。


 『同志リンチ、我に手を貸すのだ』


 青年が叫ぶ。

 その声にリンチは身を強張らせた。

 内心、戸惑っていたからだ。

 彼女もこの世界の人間たちを赦した訳ではない。

 嘗てされてきたことへの清算がなされないことには納得がいかないのは事実だ。

 しかし世界を滅ぼした時に、自分も同じように消えていこうとしたあの感覚が蘇っていく。


 『何をぼさっとしている? 復讐こそが我々の――ズメイの本願だろう?』


 畳み掛けるも、リンチは動けなかった。


 『ちっ――おい、同志ナージャ、お前なら――』


 憎悪に満ちた黒い目がナジェージダを捕えた。

 彼女の足が前へと出る。


 『そうだ、分かってくれたか』


 喉を鳴らし喜びを表す青年へと、靴音を立てるナジェージダが進んでいく。


 『やはり持つべきものは同志――っ!?』


 唐突にナジェージダが青年へと触れると、青年の体が透け始めた。


 「私は、思ったんだ……」


 ナジェージダが言った。


 「どうして私たち召喚者がこの世界の一部になったのかって……」


 『……っ!?』


 悲しげに赤と青の瞳が青年を捉えた。


 「この世界の人たちは、確かに私たちに酷いことをしてきた……」


 『なら――』


 「でもそれと同じくらい、私たちだってこの世界に対して酷いことをしてきたんだよっ!」


 絞り出す声で、ナジェージダが言った。


 『だから何だ? そうされて当然なことを――』


 「だから、私たちがしてきたことで……復讐と称してこの世界に対してやってきた行為が、私たちがこの世界の一部になってしまったってことなんだよ。きっと……」


 『な……』


 ナジェージダが、リンチが、そしてこの青年が、この世界でしてきた数々の行為。

 ズメイとなり、世界を滅ぼそうとしたこと。

 魔王を、それも二度作り出して世界を脅かしてきたこと。

 国を滅ぼしかけ、その王都を封印したこと。

 ニャポニカという新たな国を造りだし、悪政を敷かせたこと。

 ニャポニカの皇族を殺し、帝都を破壊し、世界を滅ぼしかけたこと――それらの行為の数々が、この世界との結びつきを強めてしまったのだと。


 「私は世界を救いたい、そう思ってきた……」


 ナジェージダが続ける。


 「だけど、私のやってきたことは間違っていた……」


 肩を震わせ、拳を握り締めながら、ナジェージダが擦れる声で言う。


 「私はただ、認められたくて、自分が選ばれた人間だと証明したくて、この世界の危機を利用しようとしただけだったんだっ!」


 歯を食いしばる音がする。


 「でも、今なら分かる……そんなのは世界を救うことじゃないんだって」


 そして青年へと両手を伸ばし――


 「本当に世界を救うって、それは自分のエゴを実現することじゃないんだって……」


 青年をその両手が抱きかかえた。


 『それと我の復讐は――』


 それでも怒りの炎を燻らせていた青年へと、もうひとつの声が放たれる。


 『復讐はもう終わったんだよ……』


 よく響く声――青年の視線がその先へと向かう。

 何処へ?

 リュボーフィーが持っていた、あの槍へと。


 『久しぶりだね。アジーン』


 『……っ!?』


 青年の黒い瞳が大きく見開かれる。


 『何で……その名を?』


 『我のことを忘れちゃったのかなぁ?』


 槍が少しだけ寂しそうに言った。


 『まさか――』


 『そう、アジーンたちがずっと探してきたズメイの一人だよ。まあ、あの聖女に分離させられて、槍使いになったりしてたからね』


 驚きの表情を見せる青年が槍を凝視する。

 青年だけではない。

 アリカやエリーナ、ナジェージダたちもまた呆気に取られた顔をしていた。


 『この世界で我たちがやってきたのは、復讐なんかじゃない。ただの八つ当たりだよ……』


 槍が言った。


 『だが復讐は個人の――』


 『復讐は個人の不可侵の権利。それは勿論だが、しかしその権利を行使できるのは、あくまでも加害者に対してのみ成り立つ話……我たちは、あまりに無関係な人たちを巻き込みすぎたんだよ……』


 信じたくないといった表情を浮かべる青年、だが槍は尚も続けた。


 『だから……我たちがしてきたことが、結果としてこの世界を造ってしまったために、もう我たちは世界の一部になったってことなんだよ……』


 アリカの言う因果を打ち消すとは、彼らのこの世界へ向けられた様々な感情、憎悪や怨恨から世界と彼ら召喚者たちを解放するということなのだろうか?

 彼らが世界を引っ掻き回したことで、この世界はある意味で作り直された。

 それは彼らの憎悪や怨恨などの感情がなくては起き得なかったからだ。

 では、彼らが世界と複雑に絡み合った因果から解放されるにはどうしたらいのか――その答えを口にするのは野暮というものだろうか?


 『アジーン。お前なら分かるだろう?』


 槍が語りかける。

 即ち、赦しである、と。


 

 






 一ヵ月後。

 世界はナジェージダとその分身、それとズメイを自称していた元召喚者たちが与えた傷跡から立ち直り始めていた。

 みすぼらしかった地表部が吹き飛ばされた結果、地下に隠されたイポニア時代の街が「発見」され、それを基に新たな街が出来上がりつつある。

 全体を石で覆う街並みだけではない、以前のニャポニカでは有り得なかっただろう、人々の暮らしもまた少しずつではあったが、豊かになる兆しが見え始めたのだ。

 以前よりも見違えるほどに立派になったニャポニカの帝都では、宮殿の上から明日に即位を控えた、赤髪と青髪の男女が街を見下ろしている。

 一人はエリオ・V・フォルクマンであり、もう一人は帝都の地下のスラムにいた少女ジェーニャだ。

 二人は仲睦まじく、そして新たに復興したニャポニカで、以前の無能と称されたのが嘘のように、今では名君とさえ評され始めたエリオ。


 あの後、一度処刑されたと思われたナジェージダは、帝都帰還後にリンチともども自首し、処刑を逃れるつもりはないが、それは自分たちの罪を償ってからにしてほしいと願い出た。

 即ち死を賜りたいという彼女らの願いに、しかしエリオはそれを聞き届けなかったけれど。

 何故なら、即位式における恩赦が行われたからだった。

 死罪を免ぜられたとはいえ、ナジェージダたちは自主的に世界をめぐり、今までしてきたことへ対する償いの日々を送っているという。


 それからエリヴィラは、新たに復興していく帝都に何を感じたのか、イポニアとニャポニカの歴史を編纂すると言い出して、何処から集めたのか、膨大な史料をまとめながら、時々帝都の地下を探索する日々を送っている。

 つい先日も、地下街だった現帝都の更に地下に、別の街があったことを突き止めたくらいだ。


 「陛下……」


 着飾った格好で、青い髪を風になびかせながらジェーニャが口を開く。

 以前の粗野な言葉遣いはどこへやら、今ではかなり皇后らしくなりつつある。


 「アリカたちは、今どうしているでしょうね?」


 怪しげな邪教から、自分を救ってくれた彼女は今どうしているだろう――と思い巡らすジェーニャ。

 エリーナの持っていた槍を盗もうとしなかったら、彼女の人生はまた違ったものになっていたことだろう。

 アリカたちが、あれからどうしたかというと、リュボーフィーや弓使い、それにエリーナと一緒に絨毯に乗って飛び出していったっきりだ。

 曰く、まだ残っている因果を解消すべく、そしてこの世界に残された召喚の術式を消して回ると告げて。


 「明日は即位当日、街はお祭り騒ぎだし、ご馳走だって並べられている。匂いを嗅ぎつけてひょっこり帰ってくるかもしれないな……」


 とエリオが空を見上げて呟く。

 思わず羊の丸焼きに齧り付くアリカの姿を思い出し、噴出しそうになるジェーニャだった。






 翌日、帝都には銅鑼や太鼓の音が鳴り響く。

 ニャポニカの各地からだけでなく、ウラジドゥラークやヴォストクブルグなどからも、即位を祝う使者や観光客が押し寄せていた。

 にぎやかな声、色とりどりの街並み、今までの陰惨とした帝都が、そしてニャポニカと世界が嘘のように、希望に満ち溢れているようにさえ見える。

 そんな帝都を上空から見下ろす四人がいた。

 云うまでもない、アリカ、リュボーフィー、エリーナ、弓使いの四人だ。


 「それにしても……最後のは手こずりましたね……」


 最初に口を開いたのはリュボーフィー。


 「まさかあんな仕掛けが施されていたなんて、ウチでも思わないなのね」


 弓使いが顔を引き攣らせる。


 「でも、まさか本当に異世界から人を召喚する術式があったなんて、私あれを初めて見ました! あれを使えば逆に故郷に帰れるんじゃ――」


 と言いかけたエリーナを弓使いが窘める。


 「あれこそが全ての元凶だったなのね。召喚の術式は全てなかったことにする、そう言ったはずなのね?」


 嘗てはズメイとなって世界を脅かし、或いは傷心のナジェージダが齎した混乱は、結局はこの世界へと彼女らを召喚したことから始まった。


 「それに帰るにしても、みんなまだこの世界でやってきたことの清算が済んでいないからね。それを終えれば、みんな帰ることはできるよ」


 アリカがそう述べる。


 「――」


 まじまじとアリカの顔を覗くエリーナが問う。


 「アリカも……帰っちゃったりするんですか?」


 どことなく寂しそうな顔をするエリーナに、アリカが答える。


 「でもさ。あくまで帰ることができるってだけなんだよ」


 「……?」


 「どういう意味なのね?」


 エリーナと弓使いがアリカを突き刺した。


 「だから、ボクとリューバには二つの選択肢があるってことさ」


 アリカが微笑んでそれを述べる。


 「故郷に帰るか、それともこの世界に残るかって……」


 「それで、二人はどうするなのね?」


 弓使いが問う。

 リュボーフィーが微笑みながら言った。


 「私は、この世界好きだよ」


 つまり、残るという意思表示だ。

 顔を綻ばせる弓使いと、はしゃぎつつももう一人の答えを待っているエリーナが、アリカへと視線を向ける。

 少しばかり吐息してから、アリカが胸の内を打ち明けた。


 「ボクはさ、この世界に召喚された時、嫌な世界だなって思っていたんだ……」


 まあ、無理もない。

 いきなり連れて来られた世界で、理不尽な出来事に巻き込まれて、それでもノルマを達成したら殺された世界であるのだから。

 アリカの告白を聞きシュンとなるエリーナだったが、アリカは続けた。


 「でもさ、この世界で色々あって、ボクは決めたんだ」


 次の言葉を注視するエリーナに、アリカは言った。

 「ボクは多分いつでも帰れるんだから、この世界の未来を見れるところまで見てみたいなってね――わっ!?」


 それを聞き嬉し涙をこぼしながら、顔を綻ばせたエリーナがアリカへと抱きつくと絨毯は帝都の上空で大きく揺れるのだった。

これにて完結になります。

最後の方はだれてしまいましたが、ひとまず完結できたことに、そしてここまでお付き合いくださりありがとうございます。




この話を思いついたのは、去年でした。

ただ、主人公はアリカではなく、魔法使いが盗賊幼女に振り回される感じの話だったのですが、十万字ほど書けたところで話を動かしづらくなったために、一から書き直したのが本作になるという次第です。

あのまま書き続けていたら、また違った作品になったかもしれません。

でも自分がやりたかったことの多くがやれたと思って一人にやけていたり……

まだまだ至らない点はあるかもしれませんが、これからもよろしくお願いいたします。

では、またどこかでお会いしましょう。

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