第7話 対戦
快晴だった。街路樹は青々と茂り、鳥たちが仲睦まじく飛んでいる。風の吹く方向が変わったからだろうか、いままで気が付かなかったが、どこからか潮の香が漂ってくる。当面の生活の心配はなくなったことだし、今日はゆっくり散歩でもしようか。
そういえば、スライムを使い魔として登録することを勧められていたのだった。では暇そうな通行人に道を聞こう。
「すみません、使い魔の登録ができる場所を教えて下さいませんか?」
僕は白髪の老人に質問した。
「ギルドだね。それなら大聖堂の裏にあるよ。これを持っていくといい。」
そう言うと老人は、ポケットから1枚の紙を取り出した。老人は人差し指をその紙にのせ、目をつぶって念じるような仕草をした。すると周囲にうっすらと漂っていた光の輝きが濃くなっていき、その輝きが紙の上に集まっていった。そして紙が折りたたまれて、鶴の形になった。
「後はこれが案内してくれる。」
老人がその鶴を手のひらにのせて上にかざすと、鶴がぱたぱたと羽ばたきはじめた。こんな魔法もあるのか、と感心した。老人にお礼を述べ、鶴に案内されてギルドへと向かった。
「では、ご要望は召喚士認定試験と使い魔の登録でよろしいですか?」
ギルドの受付に事情を伝えると、召喚士になった方が良いと言われ、流れでテストを受けることになってしまった。まあコーディリアにも勧められたことだし、良しとするか。
「認定のためのテスト、というのは具体的にどのようなものなのでしょうか。」
「まず簡単な能力測定があり、その次に、他の認定試験を受ける方と対戦してもらいます。」
「対戦、というのは何をするのでしょうか。」
「純粋な戦闘です。ただし相手に重傷を負わせることは禁止されていますのでご安心を。治癒魔法でのサポートも万全です。」
なんと物騒な。
「他の認定試験を受ける方、というのは具体的にどのような方なのでしょうか。」
「戦闘系の魔法士認定試験を受ける方ならすべてが対象になります。風術士と対戦することもあれば、氷術士と対戦することもあります。」
無茶だ。自分は魔法をまだ使えない。怪我をするだけじゃないか。
「例年、初めて魔法を使う方も来られますので、大丈夫ですよ。初歩的な魔法についてはこちらでチュートリアルを用意しております。」
心を読まれたのか、受付が励ましてくれた。
「では、そのチュートリアルをお願いします。」
かくして、僕は1滴の水を作る魔法、ぎりぎり感じられる程度のそよ風を起こす魔法、0.1度ほど指先を暖かくする魔法など、およそどうでもよい魔法を数種類覚えることが出来た。講師によると、自分は数十年に一度レベルの無能らしい。それもそうだ。そもそも自分は魔法など存在しない世界にいたのだ。
やや落ち込みながら能力測定へと向かった。するとそこには、巨大な水槽があった。複数の魔法士らしき人間が水槽に手をついているのが見えるが、勝手がわからないので、近くにいる赤髪の青年に声をかけてみることにした。
「すみません、どのように能力測定すればいいのか、教えて下さいませんか?」
すると赤髪の青年が振り向き、にこやかに答えてくれた。
「向こうにある紙を手に持って、もう片方の手のひらをあの魔力槽につければいいんですよ。そうすると、魔力槽から魔力が流れて、紙に自分の能力が浮かび上がります。良かったら一緒に行きませんか?」
「お願いします。」
確かに魔法士たちはもう片方の手で紙を持っている。僕は赤髪の青年についていくことにした。
「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「エドガーです。貴方は?」
「カクです。エドガーさんは、どんな魔法を使われるんですか?」
自分が魔法に詳しくなっても、使えないのでは意味がないかもしれない。しかし、それでも諦めきれないのだ。幼いころから夢見た世界に、今こうして立っているのだから。もしかしたら、自分がまともな魔法を使えるようになるための糸口が見つかるかもしれない。
「炎系統と雷系統を使います。小さいころはほとんど使えなかったんですが、練習を重ねてある程度使えるようになったので、今日ここで試験を受けに来ている次第です。」
「『小さいころほとんど使えない』というのは、どれくらいのレベルだったのですか?」
「そうですね。水魔法でしたら最初はコップ1杯分しか作れませんでした。」
自分の5000倍の量じゃないか。
「風魔法でしたら扇風機くらい。」
これは速度で言ったら自分の2倍くらい、エネルギーなら4倍か。
「炎魔法なら蝋燭と同じくらいでした。」
これに至っては自分と比べて範囲2倍、温度変化1万倍か。どうやら自分は本当に魔法が下手なようだ。
「貴方は…」
そう言いかけてエドガーは話を止めた。エドガーの視線の先には、自分の能力測定用紙があった。どうやらもう数値が浮かび上がっているようだ。
「体力2、魔力0.01、速度7、幸運15、付与25、とありますね。これはどれくらいの値なんでしょうか?」
「平均がちょうど10です。」
そう言ったエドガーは、ちょっと気まずそうな顔をしていた。エドガーの用紙を見ると、すべての値が15を超えていて、魔力に至っては30もあった。
「あ、でも、もしかしたら測定ミスかもしれませんよ。ほら、思考力のところが文字化けのようなことになっていますし。」
思考力の欄を見ると、0が大量に並んでいた。0が用紙の左端まで並んでいて、一番上の桁を確認することができない。
「たまにいるんですよ、用紙で測定できない体質の人。たぶんこのままだと受付で拒否されてしまうとおもいますけど、思考力の値を直しておきましょうか?」
ありがたい。このまま受付で不審がられるのも困る。ぜひお願いしよう。
「では10、と書き直しておいてください。」
すると、ほんの一瞬、エドガーの指先が光った。もう一度用紙を見たときにはすでに、文字が直されていた。相当に魔法を使い慣れているのだろう。対戦相手がこの人でありませんように、とカクは祈った。
「やあ。また会ったね。」
だが現実は非情であった。対するは強力な炎と雷の使い手、エドガー。彼は膨大な魔力と豊富な経験を持ち合わせている。その上、弱点がないことは先の能力測定で明らかだ。対して自分の武器は、水一滴を作る魔法、その他ばかばかしい魔法各種、そしてこのスライムだけだ。
「お手柔らかにお願いします。」
本当にお手柔らかにしてくれないと、こちらが重傷を負いかねない。
「わかった。」
本当にわかっているのだろうか。エドガーの周りにはまばゆいばかりの魔力の輝きが見える。特に輝いている場所には、水銀のようなかたまりが浮遊している。魔力が濃いとこうなるようだ。おそらくエドガーは、その有り余る魔力で炎やら雷やらを撃ってくるつもりだろう。
「では」
審判がアリーナ中に響くような大きな声を出す。
「試合開始!」
ゴングの音がアリーナ中に鳴り響く。
聞くところによると、どちらかが気絶するか、降参するか、指定された円状の範囲を出るかすれば負けとなるらしい。自分はエドガーを気絶させる術も、降参するまで追い詰める術も持っていない。円からエドガーを追い出すほかないだろう。ただしその前に、エドガーの攻撃を封じなければ此方がすぐにやられてしまう。向こうは高電圧・低電流の雷魔法を此方に直接当て、スタンガンのように筋肉を収縮させ、こちらの動きを止めるつもりだろう。炎魔法は重傷を負わせる可能性があるから、おそらく動きを止めた後も使わないだろう。すると相手の狙いは、僕が動きを止められている間にこちらを円から押し出すというものになる。僕を円から押し出すために近づいたときがチャンスだろう。だが一手足りない。身動きが取れない状態で、エドガーを押し出せるだけの魔法を持ち合わせていない。…あの手しかないか。
「すみませんが、初めから全力で行かせてもらいます。」
そういうとエドガーは、両手を大きく広げてその手に魔力を集中させた。その時、バチッ、と音がした。
痛い。とてつもなく痛い。おそらく10mA以上の電流が腹のあたりを流れたのだろう。動けない。だが予想通りの動きだ。
エドガーが近づきながら、もう一度両手を大きく広げた。そしてまた、バチッ、と音がした。我慢できないほどに痛い上、動きが取れない。エドガーが自分のすぐ横に来た。そして今度は、カクの脇腹に手をあてた。ゼロ距離で雷魔法を使う気だろう。
またバチッ、と音がした。脇腹に激痛が走る。これでリーチがかかった。そして、エドガーがカクの体を押し出すため、もう一歩踏み出した。
その瞬間、試合終了のゴングが鳴り響いた。
「試合終了!エドガー選手がラインを超えたため、カク選手の勝利となります!」
エドガーが困惑して、審判に異議を申し立てた。
「どういうことですか!?僕はラインの近くまでは来ましたが、ラインを一歩も出ていないはずです!」
そう言ってエドガーは、自分の足元を確認した。しかし、その足は確かにラインを踏み越えていた。
「なんで…?最後に足を踏み出す前は、あと3歩ほど離れていたはずなのに…。幻惑魔法でも使われたのか?」
そんな魔法もあるのか。それはともかく、このままだとエドガーが可哀そうだ。ネタ晴らしをしよう。
「僕の魔力量を見たでしょう。僕は幻術魔法なんか使えませんよ。僕が使えるのは、水を一滴作る魔法くらいですよ。ほら、ちょうどあなたの頬に流れているその涙くらいのね。」
エドガーの頬には水滴がついていた。
「いや、僕は涙など流していない。これはどういうことだ?もしかして今まで僕の目に水滴を…」
そこまで言って、エドガーは気が付いたようだった。
「正確には、レンズ状に形を整えた水を両目に2枚ずつ、ですがね。ガリレオ式望遠鏡の仕組みで、距離感を狂わせました。足元を見ればバレバレですが、あまり下を確認する癖がなかったようなので、利用させていただきました。」
カクが説明すると、エドガーはもう一つの真実に気が付いたようだった。
「なるほど。あなたはよほどの戦略家のようですね。もしや、先ほどの測定用紙で思考力の欄に0が並んでいたのは…」
「それは秘密にしておいてください。ばれると後々面倒ですから。」
かくして僕は、無事召喚士として認定された。
「ところで、この『付与』というのは何を表しているのですか?」
受付の人に、今まで疑問に思っていたことを聞いた。能力測定用紙には、体力、魔力、速度、幸運、付与、思考力の6種類の項目があった。その内『付与』だけは、何のことかわからなかったからだ。
「わあ、25ですか。高いですね。」
彼女は測定用紙を見てそう言った。
「付与、というのは自分以外の存在が持っている能力です。体力とか魔力は自分についての値ですが、付与というのは、自分に近い存在がどれくらい高い能力を持っているかを表しています。人脈に近い概念ですね。」
「つまりこのスライムに高い能力がある、と?」
僕はスライムを持ち上げて受付の人に見せた。彼女はふふ、と少し笑ったあと、カクの質問に答えた。
「まさか。普通、付与の数値に関わるのは、伴侶の能力だけですよ。」
伴侶。心当たりがいないわけではない。あとでそれとなく、能力値の平均を聞いてみよう。ともかく今日はあいつが通信を切っていてくれて助かった。もし今の会話を聞かれていたら、なんていえばいいのかわからなくなっていただろう。
僕は熱くなった顔をスライムで冷やしながら、宿へと帰っていったのだった。




