第6話 R
私はついに、カクの住んでいた世界にやってきた。ここが技術大国というものらしい。昨日まではカクの賭けを家で見ていただけだったが、今日はこの世界を堪能しよう。
「カクさん、起きてくださーい。朝ですよー。」
「あと10分…」
今日は特に予定がないからって、ゆっくりし過ぎではないだろうか。仕方ない、奥の手を使おう。
「カクさん、助けてください!」
「な、なんだ、どうした、何かあったのか!?」
カクがベッドから転げ落ちてしまった。少し驚かせすぎたようだ。仕方ない、私を心配してくれるその優しさに免じて、今日のお寝坊は許してあげよう。
「ごめんなさい。ちょっと驚かせてみただけです。」
「そうか、無事なら良かった。お互い声しか聞こえないんだから、何かあったらすぐに助けを呼んでくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
…お互い声しか聞こえない、か。カクはまだ、私に向こうの様子が見えることに気が付いていないようだ。言ってあげたほうがいいのだろうか。いや、きっと言ってしまうと、カクがずっと見られていると思って、気を張り詰めたままになってしまうだろう。それに、カクの無防備な姿が見れるのは私だけ、というのも面白いではないか。このことは秘密にしておこう。
おっと、こうしてはいられない。今日はカクに聞くことがたくさんあったのだった。
「カクさん、いくつか質問してもいいですか?」
「どうぞ。」
まずはこの家について聞かないと。2日過ごしたといっても、まだわからないことだらけだから。
「居間にある、フィヨルドシステム、というのはなんですか?中に人がいるみたいに、今に入ると時々話しかけてくるのですが。」
「それはAI、人工知能だ。文字通り、人の作った知能、だよ。」
人の作った知能、か。向こうで言う精霊のようなものなのだろうか。
「では、ネットショッピング、というのは何でしょうか。そのフィヨルドシステム、というのがしきりに勧めてくるのですが。」
「必要なものをそれで買うんだよ。これを買いたい、と言ったらそれが家まで運ばれてくる。代金は僕の持っていた口座から引き落とされる。食事とかもそれで注文できるよ。…もしかしてコーディリア、今まで家にあったものしか食べていないんじゃないか?」
図星だ。おせんべいを食べる音でも聞かれてしまったのだろうか。ああ恥ずかしい。
「今度からそれで食材を注文します。それで、口座にはいくらぐらい入っているのでしょうか?」
「日本の口座には1億8千万ほど。外貨とか、金融商品等の現金同等物も含めると47億4千万円ある。」
「ええと、カクさんはその、この世界でとんでもなく裕福だった、ということですか?」
「そこまででもないよ。自分よりお金を持っているひとはいくらでもいる。」
謙遜だろう。ともかく、私はこの世界に来ていきなり、こんな豪邸と大金を手にしてしまった、ということなのだろうか。…皮肉なものだ。数日前まで私が望んでいたものは、全てここにある。周りは技術が進んだ世界。そこで不自由なく暮らせる。それなのに、この数日間で私にはそれよりも欲しいものが出来てしまった。そして、それはどうあがいても届かないもの。あぁ、私はどこで選択を間違えてしまったのだろう。
「どうした?コーディリア。」
嗚咽がもれてしまったのだろうか。カクを心配させてしまった。
「いえ、なんでもありませんよ。ええと、質問の続きをよろしいでしょうか?」
まだカクに聞かなければいけないことがあったのだった。
「新聞なるものを見たのですが、わからない単語ばかりでして。『空振』というのはなんですか?」
カクの表情が少し暗くなった。聞いてはいけないことだったのだろうか。
「地震に似た現象だ。ただし発生原因はよくわからない。それと、2つの特徴がある。」
「どんな特徴ですか?」
「1つ目は、震源が地下ではなく、主に地上80㎝くらいだということだ。2つ目は、同時に2つ起こることが多い、ということだ。」
主に、ということは、そうでないときもあるのだろうか。
「どちらも例外があるのですか?」
「1つ目の例外は、建物の上で起こることがある、という例外だ。割合にして4割くらいかな。2つ目の例外は、1つだけ起こることもある、というものだ。初めて観測が開始された2021年以来、1回しか起こっていない。」
「その1回について詳しく教えてくださいませんか?」
カクさんの表情がさらに暗くなった。どうやら、カクにとってあまり話したくないことのようだ。申し訳ない。でも、どうしても私が知らなくてはならないことのような気がするのだ。
「2027年6月17日木曜日。ちょうど僕たちが出会う2週間前だ。未明3時に、突然大規模な振動が起こった。普通、空振というのはすぐに揺れが収まるものだ。だが、その時は長い間揺れたんだ。遠くで大きめの地震が起こっているのだろう、と思ってニュースをつけた。ところが、画面に映っていたのは自分のよく知る風景だった。いや、よく知る風景だった場所、だった。大きなディッシャーで地面を切り取ったみたいに、半径10mの土地が球状に抉られていた。幸い死者は出なかった。住民が先日に神隠しにあっていたからだ。なぜこんなイレギュラーが起きたのか、神隠しとの関係はあるのか、未だにわからない。ただ残ったのは、自分のすぐ近くでも大規模空振が起こるかもしれない、という漠然とした不安だけだった。」
そんなことがあったとは露知らず、カクのトラウマを抉ってしまったようだ。
「ごめんなさい、そんなことだったとは知らなくて…」
カクが驚いた表情をした。
「いや、僕はもう大丈夫なんだ。そもそも僕は異世界にきているわけだし。僕が心配なのはコーディリアのことだよ。空振にあたってしまわないか、気になってしょうがない。くれぐれも気を付けてくれ。」
「え、もしかして私のことを心配してくれているのですか?」
「だからさっきからそう言っているだろう。」
カクが先ほどから暗い表情だったのは、トラウマだからではなくて、私のことを…。まったくお人よしな人だ。
「私は大丈夫ですよ。なんたって私には、最高の頭脳の持ち主がついているんですから。」
私は、明るくそう言った。しかし、どうしても引っかかることがあった。空振は2つセットで起こる、とカクは言っていた。ならば、2週間前の空振にも、セットで起こる空振があるのではないか。私の見えないところで、私の未だ知りえない位置で、それが起こるのではなかろうか。空振について調べ上げなくてはいけない。私はそう心に決めた。




