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第11話 Retrograde -逆行-

「カクさん、カクさん?」

 もはやすでに動かなくなったカクを見て、私は狼狽した。

「もう死んでるよ。まあ安心したまえ。君一人にはもはやどうすることもできない。私には既にこの世界が滅びる未来が見える。だから君を殺しはしないよ。」

 保食神は先ほどまでと変わらぬ調子で言った。

「あなたに見えている未来は、本物の未来ではありません。だってあなたは、『自分がこれ以上関わらなかった場合』の未来しか見えないのでしょう?」

「いいや、すぐ本当になるさ。もう計画が成功する未来が見えたんだから、私はこの世界にこれから一切関わらない。そして世界は滅びる。これはもう決まったことだ。」

「それは違います。あなたはこれから、1回だけその世界に関わることになります。」

「どういう意味だ?」

 まだ気が付いていないようだ。今の時刻は18時5分56秒。あと4秒。

「はっ、まさか…!」

 保食神が気づいたときには、私はすでに空振の震源地に立っていた。後2秒…1秒…0!

 その瞬間、轟音とともに周りが光で満たされた。その光が収まると、先ほどまでとまったく同じ場所に立っていた。

 カクの家の窓に表示されている現在時刻は、2017年6月17日の未明3時。どうやら本当に時間が入れ替わったようだ。おそらく彼はまだ家で寝ているはず。私は鍵を使ってカクの家に入った。

「カクさん、起きてください。」

 この時期のカクはまだ自分のことを知らない。だが、この後保食神に会えるのがカクだけであることも事実だ。私は今ここで、カクにすべてのことを離さなければいけないのだ。

「はっ、だ、誰だ!」

 カクが飛び起きた。

「突然起こしてしまってすみません。私はコーディリア・クラーク、あなたの…」

 私はカクの、なんだろう。友であろうか。いや、それよりもふさわしい言葉があるはずだ。

「あなたの、将来の伴侶です。」

 カクが怯えと驚きの混じった表情をした。

「何をしに来たんだ?」

 カクが部屋の電気をつけ、訝しげに私を睨んだ。きっと話をすればわかってもらえるはず。だからここで伝えなければ。

「私は、あなたにこれから起こることを伝えに来ました。私は未来から来たんです。」

 私は異世界のこと、保食神のこと、空振のことなど、私の知りうるすべての事実を伝えた。カクはそれでも私のことを信用しきってはいなかったが、それでも私を家に置いて、私の話を聞き続けてくれた。


 そうして、6月31日が来た。

「カクさん、今日の夜、あなたは夢を見ると思います。異世界の夢です。そしてその夢が覚めると、あなたは保食神の元にいると思います。なるべく怪しまれないように、うまくやってください。」

 カクが眠りについた。これで私の仕事は終わった。私は、カクの横でずっと見守っていた。おそらくカクと過ごす時間はこれで最後になるだろう。そう思うと、眠れなかったのだ。しかしそれすらも睡魔が勝ろうというころ、ドンッ、という音がした。ハッと目を覚ましてベッドを見ると、カクの姿はいなかった。保食神の元へ転移させられたのだ。どうか、どうかうまくいきますように――。私は、そう祈った。祈り続けた。

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