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第9話:懇願


 何度地面に膝をつけたことだろう。


 何度彼らに懇願したことだろう。


 口元から顎先にかけて液体がつーっと伝う感覚を感じる。頭はガンガンと脳に直接木槌を叩かれているかのように脈打っているようだ。喋ろうと口をもごもごと動かすと、何処か腫れているのか瞬間的な鋭い痛みがそこかしこから神経へと伝達される。


 赤レンガが敷き詰められたような地面は硬くて冷たくて、けれど今もずっと熱を帯びたように痛み続ける腹部には心地よかった。仰向けになれば何処を殴られて蹴られたのか分からないほどに鈍い熱が背面を支配する背中も、さぞ心地良いものだろう。


 このまま倒れ込んでいたら、これ以上辛い思いをしなくて良いだろうに。



「お…ねがい…します…その…子を…かぇ…して…くだ…さぃ……。」


 言葉を一音一音紡ぐたびに肺が悲鳴を上げ、喉がじんじんとひりついた痛みに言葉を発するのを邪魔をしてくる。それでも殴られ、蹴られ、何度地面に倒されても彼らの足元が彼方へ向けられたら、俺は脚を掴み、何度も何度もアーラを何処へも行かせないようにこちらへ向けさせなければならない。


 天高くまで登っていた丸い電球も今は地へ沈むまであと2、3時間ほど。この路地裏も光が入りにくくなり影が差し込んでくる。だが、熱を帯びた体には暖かい日差しは苦しいのでちょうどよかった。袋に詰められたごみがそこら中に散らばり、せっかく綺麗になっていた小さな小道がゴミで彩られてしまっていた。


「---------------?」


「-----。」


「---------。」


「----。」


 大男に何かを喋りかける男は二、三言会話をすると俺の方へと歩みを進める。黒い髪の大男は瞳に濃紺色を僅かに携え、横目に俺を見下ろした後、ゆっくりと歩みを進め始めた。行ってしまう。アーラが何処かへ行ってしまう。娘が…。



「-------、----------。---、-----。」


「---------…。」


 赤褐色の暗ったい髪の男が、俺の前髪を掴むと無理やりアーラへ顔を向けさせ何事か喋った。それは俺だけではなくアーラにも聞こえるように言ったのだろう。それを聞いたアーラの顔にはさっと影が差して、それで…そして……アーラは俺に笑顔を作ったのだ。俺が見たかったアーラの笑顔は、ゴミに塗れた通路で叶うことが出来た。それはとても…とても。見たくなかった。


「今何を言ったぁ!!」


 それは子どもがしていい笑顔じゃなかったから。アーラは笑顔を作った。笑顔を作ったんだから。そんな悲しい笑顔を、作られた不細工な笑顔を見たいんじゃない。俺が見たいのは…心から零れ出た笑顔なんだ。作られた笑顔じゃないんだ。


「アーラアアアァァァァ!!!」


 どうしてもアーラを返してくれないと言うなら、俺からアーラを迎えに行くしかない。ぐっと身を地面から起き上がらせようと力を入れるも、背中へずしんとした重みがのしかかりまた冷たい地面へと密着するように押しつぶされた。


「アーラ、アーラ---ー---------?」


 俺の背中には赤褐色の髪の男が座っていた。何かを問い掛けられるも、何を言っているのか分からない。それは座っている男も分かっているのか、黒いローブの内側から葉巻を取り出すと吸い口を切り落としマッチで火をつける。だんだんと遠ざかっていくアーラの姿がもどかしい。


「アーラっ、アーラっ。」


 何度も身体を揺さぶり、力を入れ上にいる男をどかそうとするも力が入らない。それでも何もせず名前だけを呼ぶを男になりたくなかった。そしたら、また後悔してしてしまうから。


 ぶらりと視界の端に映った男の腕が目の端を過る。俺は男の腕を掴み、前へと引き寄せた。地面へと前のめりに倒れていく男を横目に見る。軽くなった背中に俺は地面に手をつき起き上がった。


 これが最後のチャンスだ。次倒れたらもう起きれない…そんな気さえする。力を振り絞って前へと踏み込む足はまるで不安定な足場を歩くかようにグラグラと揺れる。それでも倒れてはいけない。倒れたらアーラに、娘に、会えなくなってしまう。


「アーラ…アーラ…。」


「--っ、----っ。」


 遠目から見えるアーラの姿は俺を見て僅かに首を振っている。

 大丈夫…大丈夫だから…。


「そんな泣きそうな顔をしないで…。」


「---!!!-----------!!!---!!!!!。」


 ふと俺の背後で眩い光を発しているのに気づいた。なんだろうか…、と前へと進むなか俺は顔を後ろへと向けた。 


 それは、赤褐色の髪の男の右手の上に浮いていた。めらめらと燃える炎は赤く、そして制御されているかのよう男の手の上で30センチほどの炎が燃え尽きることなく存在している。そこから発される光と熱は俺へと到達し眩く、そして肌が焼けるような熱さをもっていた。

 それをもっている赤褐色の髪の男は熱さを感じていない顔で右手を前に出す。


 そして一言呟いた。




「フレイム」




 


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