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第8話:一緒にご飯を食べような


「・・・。」


 どこかへ行ってしまったのだろうか。アーラを助けてから僅かにしか時を共にしていない。そら、そうか。もしかしたら、「しょーご。」とかあわよくば「ぱぱ」とでも言ってくれた日には涙を流すことだろう。


「そうか・・・、こんなに俺は食べられないなぁ・・・。」


 手元の食べ物を見下ろし、近くの出来るだけ綺麗な布の上に山のように食べ物を下ろしていく。アーラがもしかしたら戻ってくるかもしれない。そうしたら、直に置いていたらきっと怒ることだろう。そうだ、きっとそうに違いない。


 俺の身体の内側で何か満たされていたようなものが流れ出ていくように減っていく。俺の身体には切り傷も刺し傷もないのにまるでどこかに空いた穴からちょろちょろと零れ出ていくような感覚が絶え間なく続く。

 抑えよう、抑えようとその漏れ出ている穴を塞ぐように我慢しても、また別のところで穴が開いたかのように漏れ出る何かは留まることはない。


 ゴミ山へと体をうずめるように倒れ込むと、うんと身体を伸ばし薄暗いトンネルの天井を見つめる。陽が差し込まない下水道の中はひんやりとしピチャンピチャンと水滴の落ちる音と指に僅かに冷えた液体の感触を感じる。ピチャン、ピチャンというBGMを耳に俺は思考の海に落ちる。


 娘とそっくりの顔。大きなくりくりとした瞳も、つんとした小さな鼻も、桜色の様な鮮やかな唇もむしろ似てないところを探すほうが難しいほどだ。だが、内面はその年齢とはそぐわない大人っぽさを持っていた。泣かないところ、我慢するところ、それは身に沁みついたかのようにアーラは自然に行っていたのだ。

 

 「アーラ・・・君は笑うとどういう顔をするんだい?・・・」


 一度だけ、ただ一度だけ娘に似たアーラが笑うとこを見てみたかった。


 ブンと顔に飛んできた虫を追い払うと、瞼を下ろして視界を完全な暗闇に支配させる。だが、その時に微かに嗅いだ匂いがここで嗅ぎ慣れない匂いな気がして、なんだったろうかと思い出す。どこで嗅いだ匂いだったか。


「どこから匂ったんだ?」


 下水の臭いが充満するこの場所では色んな臭いが混ざり合って、何が何の臭いなのか特定することは難しい。そんな中で、くんくんと臭いを嗅ぎどこから臭っていたのか探す。ゴミ山?違うな。服?違う、腕?違う、どこか・・・。

 手に鼻を当てると、その普段は嗅がない臭いがが鼻を通ってくる。

 どこか生臭いようで、金属質を帯びたような臭いはどこで嗅いだものだったか。


 くん、と鼻を指についたそれに近づけることで、あぁ・・・とこれの臭いが何なのかを思い出すに至った。


「おいおいおい・・・どうしたらそんなことになるんだよ。」


 外へと駆けだした俺は通りへと飛び出し、アーラの姿を探す。少なくとも遠くへは行っていないのは血液が固着していないとこから見て取れる。つい先ほどまでアーラはあそこで待っていてくれたんだ。待っていてくれたのかもしれないし、休憩していたのかもしれないが、少なからず俺から逃げようとしていなかったんだ。この国から嫌われている俺でもアーラは嫌っていなかったのだ。


「どこだ・・・、どこに!!」


 背が小さいアーラであるが、今回はアーラが自身の足で歩いているというわけではないだろう。下水道から外へ点々と残された、・・・血液は誰かに、何かされたのだろう。


 お昼を過ぎて店内から人が出てくる。通りは歩くだけでも一苦労。


「はっ、はっ、はっ、どこにいるんだ。お腹空いているだろう。ご飯食べてお腹いっぱいにしなくちゃダメだろう。どこだ、ほら、返事をしておくれ。」


 飲食店が立ち並ぶ通りから脇道の細い路地裏へと足を踏み入れる。誰に聞いても、アーラのことが伝わらない。店主にも、そこらのおばさまにも、子どもにも、怒鳴られ、怪訝な顔をされ、怯えられ。それで、何度も色んな人に聞いて、自分の黒い髪を指差してどうにか伝えた。伝えた。伝えた。

 そうしたら、誰かが路地裏へと指さしたのだ。


 息を乱し、重い足を無理やりにでも前へと押し出す。袋にぶつかり、石に躓き、地面に手をついても前だけを見つめた。

 娘に似たあの子を、もう会えないと思っていたあの子にもう一度。


 -----ぐぅ。


 路地裏の人気が少ない細い道の奥から、小さな小さな合図を鳴らす。


「ははっ、まさか、本当に、こんなことがあるとは。」


 壁を支えに立ち上がると、小さな音を頼りに細い路地裏の薄汚れた道を奥へと進む。飲食店の通りから少し入るだけで、人気は一気になくなってしまった。けれどそれのおかげで、アーラを見つけ出せるのかもしれないのだ。


 --ぐぅぅぅ。


 あと少し。


 -ぐぅぅぅぅ。


 あと少し。


 ぐぅぅぅう。


「やっとだ・・・。」


 目の前には大男の肩に担がれた小さな女の子がいた。紺のローブがその子の身の丈に合っていないのか、女の子の足の下までローブの裾が垂れ下がっている。せっかく捲った袖も片方だけ元に戻って腕を覆い隠している。

 フードに上手く顔を隠しているが、そこから零れ出る艶やかな黒髪はフードの隙間から僅かに零れ出ている。


 ぐぅぅぅぅ。と今だ場違いな空腹の目覚めの声が主張を続ける。


「アーラ。」


 ぐっと、気だるげな動作でフードの部分が動くとそのフードの奥から綺麗な朱色交じりの黒眼がちらりとのぞいた。僅かに見える顔からは殴られたのだろうか、鼻から赤褐色の液体が垂れていた。


「しょー・・・ご。」


 沢山叫んだのだろう、枯れたような掠れた声でアーラは俺の名前を呼んでくれた。後ろからの声で気づいたのだろう。アーラを担ぐ大男とその隣を歩く男が俺へと振り向いた。


「一緒にご飯食べような。」


 お腹を空かせてるのはアーラだけじゃないんだ、一緒にご飯を腹いっぱい食べないとな。

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