第7話:沢山持ってくるからな
ぐぅぅぅぅ。下水道に僅かに差し込む光のみが唯一の光源で、入口から少し歩いてしまえばその光の恩恵はあっという間に失ってしまう。薄暗いトンネル状の下水道の中で光が奥まで差し込まず相手の様子が分からないかと思いきや、案外音のみでも分かりそうだと思い始めた。
空腹の目覚めの声は壁に寄っかかるようにして座っているアーラの方から聞こえ始めた。暗闇に目が慣れてくれば今どんな体勢をしているのか大雑把に分かってくる。目の前の少女は案外大きく鳴ってしまった空腹の主張を誤魔化すためだろうか、目を閉じて「ぐぅ、ぐぅぅ。」といびきのふりをしている。
だが、それに覆いかぶさるようにお腹からは更なる主張が負けじと鳴るのだから、アーラはぷるぷると震えながら、お腹に手を当ててどうにか鳴らないようにと頑張っているようだ。
「どれ、俺も腹が減ってきたどうにかして食べ物を調達してくるさ。」
流石に小さな女の子がお腹を空かせているのに無視するというのも酷であろう。ゴミ山から「よいしょっ」と勢いづけるように起き上がると女の子の頭を撫で、陽が頂点へと昇った空へと繰り出した。
「さて、どうしたものか。」
アーラのために是非とも食べ物を持って帰りたい訳であるが、そんな簡単に食べ物を得ることが出来ないのは俺の現状を見て容易く想像できることであった。すぐに食べる物を得ることが出来たなら今日まで断食するなんてこともせずに済んだであろう。
とりあえず、串焼き肉のような物やパンなど様々なものを売っている飲食店の通りへと来てみたわけであるが、ちょうどお昼時であるのだろうか、男性女性、老人子どもが屋台を見て回ったり店内へ入って行ったりと、各々好きな物を食べている。
後ろから駆けていく男の子は一度振り返ると、「---、------!」串焼き肉の屋台へ指さして、後ろにいるのであろう父親又は母親に何事か叫んでいる。あれが食べたいとでも言っているのだろうか。女性の声が男の子に向かって言っていることは何であろう。そんなに走らないで、だろうか。串焼き屋さんは逃げないから、だろうか。
母の気持ちなどつゆ知らず目の前の男の子は屋台の方へとまた駆けていくと、地面の段差に躓いたのだろう前のめりに転んでしまった。
俺は目の前の男の子にしゃがみ込むと、両脇に手を掛け「ほい、じゃーんぷっ」と持ち上げて地面へと足をつかせる。目をきょとんとさせた男の子に「よく泣かなかったな。」と頭をポンポンと撫でる。
この国の子どもは精神の成長が早いのだろうか。僅かに潤んだ男の子の目は翡翠色でまるで宝石のようである。
どんっ。
横から急に押されたために、手をつくことが出来ず肩から地面に倒れ込んでしまった。
「-----、-------!!------!」
少なからずお礼の言葉を言っているのではないのだということは、女性の言葉のニュアンスから察することが出来た。
「-------!!!イムーーーーーーーー!!」
男の子に駆け寄った母親は俺のことを恐らく罵った後、男の子にしゃがみ込んで顔や脚などの怪我がないかを心配している。
キッ、と男の子の母親は俺を睨んだ後、男の子の腕を掴んで人混み溢れる通りを足早に去っていった。
「イム、イム、イム、この国で生活するとしたら相当苦労しそうなものだな。」
怪しい人が子供に近寄ったら警戒されるのは無理もないと分かるが、些か警戒され過ぎているというのが今のところの見解だ。周囲の人々も突き飛ばされた俺を不憫な目で見ているのかと思いきや、やられて当然とでも思っているのだろうか眉間に皺を寄せた屋台の店主や家族連れの男性が子どもを隠すようにして俺を睨みつけている。
「アーラちゃんに何か食べ物を探さないとな・・・」
ぐっと身体を起こすと、食べ物を探しに歩みを進めた。
「ほっ、ほっ、ほっ!アーラちゃんもきっと喜ぶぞっ!」
両腕に抱えるようにして食べ物一杯に持つ俺は足早に下水道へと戻っていた。俺の持つのは食べかけのパンや歯形のついた果物であるが、そこを避けてしまえば食べ物に何ら支障はない。
「待っててね、今日はパーティーだ!」
久方ぶりに食べられる食事、久方ぶりに一緒に食べる人がいる。それは失ってから大事なことであったと知ることができた。
時間がかかってしまったが、お腹を空かせたアーラちゃんのために少しでも早く帰れるように駆け足で帰路へとついていた。
コツコツコツとレンガ造りの階段を降り、下水道へと戻る。
「アーラちゃーん、ご飯持ってきたよー。」
下水道の入口から中へと声をかけて、足早にアーラちゃんのいるであろう場所へと近づいていく。
「アーラちゃん、お腹空かせてるよね、ご馳走持ってきたよー。ほらっ!」
俺はローブなどが干してあった近くまで近寄って見せつけるように腕の中の食べ物を見せるも、そこには綺麗な黒髪も、ぶかぶかのローブの姿も、ぐぅぐぅとお腹を鳴らす女の子の姿も欠片も見つけられなかった。