第6話:不格好
少女が目が覚ましたのは世界を明るく照らしだしたお日様が頂点へと昇りかけている頃だった。
もぞもぞと小さな体が寝返りを打ち反対向きになったり仰向けになったりと体を揺らして寝やすい位置を探している時のこと、ふと体が静止し寝やすい位置を見つけたのかと見ているとビクッと少女の身体は小さく揺れた。
「ヒッ・・・。」
がばっと体が起き上がり少女の恐らく眼前にいたのであろう生物から離れるために後ろへと後ずさっているところで、小さな体が胡坐をかいていた俺の足にぶつかり尻もちをついた。少女を起床まで至らしめたその生物はここ独自の進化を遂げたこぶし大の大きさの身体からカサカサという音を鳴らし、下水道の奥まであっと言う間に消え去った。
俺は少女の反応からどこでも共通にして忌避感をもたれている生物を見送った後、尻もちをついた少女、今は俺の胡坐に収まる形で座っている小柄な少女へと視線を向ける。
「急に立ち上がると危ないよ、お嬢ちゃん。」
綺麗な黒髪を見下ろす形で座り込む少女に声をかけると少女は前方へと転がるようにして立ち上がる。少女は後ろへ振り向き小さな体を壁へと押し付けるようにして俺を見つめた。
じっと食い入るように見つめてくる少女の瞳は一見すると黒眼であるが、僅かに差し込む光から朱が混じっているのが見える。
「大丈夫だよ・・・、そんなに怯えなくていい。」
普通の子なら泣き叫びながら父親や母親を呼ぶ年頃であるが、この子は僅かに潤む瞳から雫を零れさせまいとぐっと口を噤みながら体を震わせるのみだった。
「娘だったら泣きながらママのことを呼んでるのに、お嬢ちゃんは大人なんだね。」
目覚めたら知らない場所で、そこにいた見知らぬ大人に声をかけられたのだ怯えないはずがない。少女の身体が震え、外から入りこむ光がそれを地面へと投影させる。
「俺はね、しょーごっていうんだ。君の名前はなんていうんだい?」
自分を指差して「しょーご」、「しょーご」と言うと、少女は名前を知りたいと分かったのだろう、小さな手を自身へと指さし「あーら」、「あーら」と鈴のような通る音で喉を震わす。
「あーら?アーラちゃんか。どこか痛いところはあるかい?足やおてては大丈夫?」
下水道へと落とされるように放り出されてきたのだ、どこか打ったりしてはいないだろうか。落下時に何かにぶつかったのだろう、腕や足にうっすらと青い痣が出来ていた。もしかしたら水面に落ちた時に頭を強打してしまっていたらと思うと気が気でない。
俺が着ていたパーカーから見える手や足を所在なさげに動かしているところを見ると大丈夫かもしれないが今だ不安は拭えない。
だが、やはり言葉は通じていないのだろうアーラは壁へぴったりと体を寄せながら俺の言うことに小首を傾げ、瞳をきょろきょろと周囲を伺うようにして見渡している。
言葉が通じていない、それはこの少女を通してようやく確証を得るに至った情報だった。もしくは他国では日本語が使われていてそれを少女が知らなかっただけということも考えられるが、とりあえずこの国では日本語が使われていないのだろう。
アーラは自分が着ている服が見慣れない物に気が付いたのだろう。パーカーの袖を引っ張ってみたり、においを嗅いでみたり生地を撫でてみたりと怪しい物でないかまるで探るように観察している。
灰色のパーカー一枚でアーラの膝まで隠れるその中は、濡れた布を乾かすのにと脱がしてしまい何も着ていない。それにアーラは気づいたのだろう。パーカーの胸元を引っ張って中を確認したアーラはバッと顔を上げると、何かを探すように呟くと周囲のゴミの山を見渡す。
「----------?」
俺は下水道の出口方面を指差すと、アーラはその示した指の先にあるものに気づき駆け寄っていく。アーラが流されてきたときに着ていた紺のフードのついたローブと白いシャツとパンツは、水を吸ってしまっていたため絞った後木の枝に吊るしておいた。
「子供用というよりは大人サイズな気がするが・・・。」
アーラが流されてきたときに来ていた紺のローブは明らかにこの少女の背丈以上の大きさを有していた。アーラは若干乾いたローブを木の枝を倒しながら降ろすと生乾きのローブへと躊躇することなく袖を通す。袖を通した少女の姿はまるで父親の服を着た子どものようで、だぼだぼの袖と地面へとついてしまっている裾が床を掃除するモップとなってしまっている。
「それじゃあ不格好だろう。」
「--------------------。」
俺は少女へと近づき、誰にも盗られないようにするためか袖をぎゅっと握りしめたアーラの指を一本づつほどいていくと皺になってしまった袖をアイロンのように手で撫でていく。そして皺が目立たなくなったところで袖をアーラの指が見える程度まで折っていった。
「ほら、裾はどうにもならんがせめて袖くらいは綺麗にしたいだろ?」
「----------。-----しょーご。」
何事かアーラは呟くと、俺の名前を呼ぶ。アーラは袖を自身の目の高さまで上げると、綺麗とは言い難いがしっかりとした折り目を見るように腕をふるった。
「折り目が曲がっているのは許しておくれな。」
俺は一仕事終えたかのように近くのゴミ山へと体をうずめた。