第4話:削られる精神
それから三度月が地へ沈んだ。一日目は、もっと街を見て回って何か手掛かりになるものがないか下水道を中心に辺りを見て回った。建築物、動物、食事、言語、兎に角何でもいいから地球にあるどこかの国と合致するものを見つけたかったのだ。だが…辺りは俺の知らない物で埋め尽くされていた。宙に浮く城―――知らない。翼の生えた白馬―――…知らない。食事―――そもそもお店に入れてもらえず見ることも叶わない。言語―――…「イム」「イム」「イム」「イム」「イム」。
通りを歩くだけで、遠目から俺を指差して「イム」「イム」「イム」。少なからず良い言葉ではないのは彼らの顔を見れば分かる。見下したような目。汚い物を見る目。場違いな物を見る目。
道を歩けば腫物を触るかのようにさっと人が俺から離れていく。
イムって何なんだ…。
陽が沈み辺りが橙色に染まっていく最中、どこからかぐぅぅぅと腹が鳴った。
二日目は、遠目から見えた城壁へ向かった。下水道の流れに沿ってずっと下流へと行くと、それが見えた。ビル数階にも及ぶのではと思うような、高い城壁。それも人間並みの大きさのレンガが幾何重と積み重ねられた堅牢な城壁だった。
俺は城壁へと備え付けられた階段を檻状の簡単な金物のドアを開けて昇っていく。コツ…コツ…コツ…と備え付けられた手摺を支えに靴音を鳴らし上へ上へと昇っていく。ここの階段はあまり使用されていないのか、レンガの継ぎ目に緑の苔がびっしりと生えている。5メートル。10メートルと階段を昇って行くと建物のオレンジ色の屋根や茶色い屋根、遠くでは通りに面して屋台があるのか白、紺、緑と様々な色の屋台の外壁となる布が見える。
そうして壁の内側へと視線を向けながら城壁の頂上へと辿り着くと、この街の全貌が明らかになった。四角く囲われた城壁。中央には先日見た宙へ浮く白亜の城。その城を中心として十字によって区切るように四つの大通りが城壁へと伸びていた。城の周りには大きな豪邸のような建物が立ち並ぶ。大きな屋敷が立ち並ぶエリアから離れると恐らく商店、民家というような形態なのだろうか。
四角の右隅辺りから見ているため、反対側へと目を凝らしても外壁が霞むのみだ。
俺は街の全貌に僅かに震える脚を、今度は城壁の反対側、城壁の外へと向き直させる。だが、その光景は俺の脚を崩れさせるには十分の威力を擁していた。
視界に広がるのは小さな起伏を波立たせる野原とそう遠くない場所から左から右へとこの街を半分囲うように森林が形成されている。
俺が想像していた灰色のコンクリートが地面から伸びるように生えたビル群や金属のアングルが幾重にも天へと主張するように建設された鉄塔の影は、遠くの彼方へと視線を向けても欠片も見つけることが出来なかった。
城壁から森の中へと伸びる道路は沢山の人や馬車が往来したためだろう、緑の草々が剥げ地面が剥き出しになって形成されている様だ。一片たりとも人が通るために、自動車が通るためにアスファルトを敷くなんていうものはなされていない。
時代遅れ。いや、そもそもアスファルトというのが存在していないのか…。
俺は暫くその景色を見続けた。野を森を空を。野を駆けるのは鎧を身に着けた騎士然とした集団。森から空へ飛びだった姿は小鳥なんて生易しい姿ではない。陽に照らされて輝く鱗、強靭な体躯を誇る空想上だった生き物ドラゴン。その遠目から見た大きさは旅客機サイズではなかろうか、その姿はなるほど、空の王者と呼んでも納得のいく姿だった。
その後俺はふらふらと城壁を降り、今では塒となった下水道へと歩みを進めた。
きゅぅと締め付けるように縮まった胃が、空腹から痛みと倦怠感へと移り変わっていく。
…三日目、俺は下水道で横たわったまま動けなかった。空腹から胃の痛み、倦怠感、そして身体のだるさを主張し、腕をあげるにも足を動かすにも億劫で動きたいという意欲が湧かなかったのだ。脳にエネルギーがまわせないのか考えることもめんどくさくて、億劫で、めんどくさくて、めんどくさくて…。
うごきたくない…ねむい…。先のことを考えるのもつかれるのだ。
そうして、時々ねがえりを打って月がしずむのをみとどけた。
もうおなかが鳴ることもなくなった。ただ、まぶたが重くてからだがだるくて眠いのだ…。
そうして五日目?七日目?の朝を迎えた。