第2話:ここはどこか
左右に囲まれた建物は人が暮らす住宅というよりは、パン屋や肉屋、魚屋とスーパーやショッピングモールが主流となっている現代に比べると異なる販売方式をとっているようだ。
下水道から上がった通りをそのまま左へと進んだ俺は店を見て回りながら、何かこの国が分かるものを探し始めた。
空へ浮かぶ二つの月に疑問が残るが、月が太陽を覆い隠す皆既日食、金環日食なんてものがあるくらいだ、何かの気象現象によって二つの月が見えるなんてものもあるのかもしれない。俺が知る月は一つしか見えない、断じて二つ月が見えるなんて可笑しな現象を許容することが出来ないのだ。
もし二つ見えるのが普通なのだとしたら俺はどうしてしまったのか。前々から月は二つあったとか?俺の頭がいかれてるとか?知らないうちにタイムスリップして未来に来たのか?はたまた二つの月がある星や世界にきたのか?どれにしろ笑えない冗談だ。俺は正常だ。俺は正常なのだ。
通りを十数分とそこまで長い距離を歩かないうちに目の前がT字路にぶつかる。そこは更に道幅が太くなり、馬車の通りも人の通りも倍近く増加した。そして、普段なら絶対に見ないものも通っていた。
人を乗せた台車だ。それも移動手段というよりもそれをある所へと届けるような移送手段として用いられているようだ。俺の目の前を大人二人が木の台車に横たわり通っていく。その二人は簾のようなものをかけられ身体を覆い隠されていた。だが剥き出しになっている顔にはつい最近出来たばかりのような裂傷の跡があり頭部から頬にかけて肉が抉られめくれあがっている。血が流れ出ていないのを見るに時間が経っているのだろうか。
「どうして皆そんな悠長にしていられるだよ。」
明らかな人の遺体に対して、道行く人は僅かに視線を向けるだけで我関せずといった態度で歩調を進めている。日本なら遠巻きにそれをを見たり、ひどい場合には話題の種のために写真に収めようとやっきになる。まるで、これが常に見慣れた光景であるかのようだ。
そうして、二人の遺体がT字路の右側を行き、人がまるで吸い込まれるように入っていく大きな建物で止まった。木の板に乗せられた遺体は大きな建物にある脇の入口へと運ばれていく。俺は人が運ばれているのに夢中になりすぎていたようで、もう一つの台車も先ほどと同じように大きな建物へと運ばれていく最中だった。それは日を遮るほどの巨大で凶暴で強靭な体躯をもっていた。。
四台は隣通しで通れる馬車の通りが真ん中を開けて、全ての馬車が端へと避ける。そして馬車の通り道を二つ潰してでも通らなければならない体躯が左側から運ばれてくる。それは大人が4人ほど肩車してもその高さに到達することが出来ない。その長さは電車の車両二両分はあるだろう。それが俺の目の前に到達するころには日が遮られその大きさに口を開けざるを得なかった。
「あり得ない。」
そう、ありえるはずがなかった。
「いるはずがない。」
そう、地球ほぼ全てを観測することが出来る昨今こんなものがたまたまでいるはずがないのだ。
「どうして。」
どうして。
「どうして、ドラゴンなんてものがいるんだ・・・。」
俺の目の前を通っている巨大な体躯の持ち主は、茶褐色の体色をしている。生きていた頃は三角形状の尖った鱗をびっしりと隙間なく埋め尽くし、どんなものの攻撃も通さず身を守っていたのだろう。だが、今では激戦を繰り返したのか頭部や首、脚の腱といった目に見える範囲で鱗が剥がれ赤褐色の固形物がこびりついている。後頭部に当たる部分からは白い角が枝分かれしていたのだろうが、片方の角は戦闘の際折れたのだろう、台車の上に載せられている。
ゴロゴロと巨大な体躯故に台車に載せられても、重さを感じさせる音が聞こえる。それを数人が引いて、台車の横に4人ほどが杖を構えて杖の頭に不可思議な光を放っている。
異常な光景だった。20トン以上はあろうかという重量を重機を用いずに人力で引いていいるのもあるし、そのドラゴンを目にし、通りを歩く人々がそのドラゴンを討ち取った功労者に対して歓声を挙げていることが。
「これは見慣れた光景・・・なのか。」
地球にドラゴンというものは自然に存在しないのだ。もし森の中、空の上、海の中で目にしたのならばそれは人が関係しているはずだ。こんな風に公にドラゴンを通りで引っ張るなどあるはずがないのだ。
「戻ろう・・・、とりあえずはあの場所へ。」
目にした光景、周囲の反応、それは俺を解決することのない疑問の海へと深く沈めるには十分の重しだった。ぐぅ・・・、腹が鳴る。
「腹が減った・・・、手持ちは1万と少し。」
買うには十分すぎる金額だが、この国の通貨じゃないから買えない。
ぐぅ・・・、俺にしか聞こえない空腹の鐘が鳴り響く。