第43話 盗むだけじゃ足りないらしい
勇者は間に合ってます。
でも冒険は、まだまだ間に合ってません。
今日もゆるっと行きます!
精霊女王から《闘神の加護》について聞いた翌日。
カンダたちは再び山向こうの城塞都市へ戻ってきた。
ヴァルザス討伐からまだ日が浅い。
町では壊れた建物の修理が続き、兵士や冒険者が忙しく行き交っている。
それでも魔王を倒したことで、人々の表情は以前より明るかった。
「斧の勇者だ!」
「またそれか……」
カンダはフードを深く被る。
もう遅い。
子どもたちが指を差していた。
「魔王倒した人!」
「斧でドーンってした人!」
「説明が雑!」
アリスが笑う。
「人気者だね」
「最近どこ行ってもこれなんだけど」
ジュリアが肩をすくめた。
「有名になるって大変ね」
「他人事みたいに言うなよ」
そんな話をしながら市場へ入った時だった。
ジュリアの足が止まった。
◇
「お願いします。薬だけでも……」
年老いた女性が、一軒の大きな店の前で頭を下げている。
店先には食料。
薬。
日用品。
戦いの後で不足している物ばかりが大量に積まれていた。
その前に座っているのは、丸々と太った男。
指にはいくつもの宝石。
派手な服。
名前は《ゴルドン》。
この町で急速に力を伸ばしている商人らしい。
「金がないなら売れんな」
ゴルドンは女性を見ようともしない。
「でも、昨日まではこの半分の値段で……」
「昨日は昨日だ。今は物が足りん」
「息子が怪我をしていて……」
「なら借りればいい」
ゴルドンが紙を一枚出した。
「ここに署名しろ。来月までに払えなければ、家をもらう」
「家を……?」
ジュリアの眉が動いた。
「ねえ」
カンダ。
「ん?」
「あいつ殴っていい?」
「早いな」
「じゃあ盗っていい?」
「もっとダメだろ」
ジュリアはゴルドンの店を睨む。
「……気に入らない」
リホも店の商品を見ていた。
「確かに高すぎるわね」
ゴルドンがこちらに気づく。
「なんだ?」
ジュリアを見る。
「買わないなら邪魔だ。どけ」
「…………」
ジュリアが一歩出る。
カンダが肩を掴んだ。
「待て待て」
「離して」
「目が盗賊になってる」
「盗賊よ」
「そうだった!」
リホが二人の横を通り抜けた。
「ちょっと見せてもらっていい?」
「何をだ」
「商品」
ゴルドンは鼻で笑う。
「見るだけなら勝手にしろ」
リホが袋に入った麦を手に取る。
《鑑定》。
少しして。
「……なるほど」
ゴルドンの顔を見る。
「何だ?」
「これ、一袋十キロって書いてあるわね」
「ああ」
リホは店頭の秤を見る。
「でも、この秤」
指で軽く叩いた。
「一割くらい軽く出るように細工してある」
「なっ――」
周囲の人が一斉に振り向いた。
ゴルドンの顔色が変わる。
「で、でたらめを言うな!」
リホ。
「じゃあ普通の秤で量ってみる?」
「…………」
ざわざわ。
買い物客が集まり始める。
ジュリア。
「おお」
カンダ。
「始まった」
リホ。
「まだよ」
「まだあるの?」
◇
少し離れた場所。
ジュリアがリホへ小声で聞いた。
「どうするの?」
「仕入れ先を変える」
「そんなすぐに?」
リホは市場を見回す。
「ここ、大きな町よ」
「商人ならいくらでもいる」
そして大きく息を吸った。
カンダ。
「まさか」
リホ。
「《大声》!」
声が市場中へ響き渡る。
「食料と薬を大量に扱える商人!」
「今すぐ来て!」
カンダ。
「その使い方!?」
しばらくして。
一人。
二人。
さらに三人。
旅商人たちが集まってきた。
「なんだなんだ?」
「商談か?」
「量は?」
リホの目が変わる。
完全に。
商人の顔。
「保存食、薬草、包帯。継続して入れられる?」
「できる」
「値段は?」
「これくらいだな」
「高い。三割下げて」
「無茶言うな!」
「ここの市場を定期的に使えるように話を通す」
「……二割」
「二割五分」
「…………」
「わかった!」
カンダ。
「賢者になったよな?」
アリス。
「賢者だよ」
ジュリア。
「完全に商人なんだけど」
◇
その日の午後。
市場の一角に新しい店が並んだ。
食料。
薬。
日用品。
値段はゴルドンの店のほぼ半分。
客が一気に流れる。
「こっち安いぞ!」
「薬もある!」
「普通の値段だ!」
ゴルドンの店。
誰もいない。
「…………」
ゴルドン。
震える。
「ふざけるな!」
リホ。
「何が?」
「この町の商売を荒らす気か!」
「荒らしてないわよ」
リホは普通に答える。
「競争してるだけ」
「ぐっ……」
「あなたも値段下げれば?」
「そんなことをしたら利益が!」
「出るでしょ」
リホは例の麦袋を持ち上げる。
「一割抜いて」
「値段三倍にして」
「十分儲けてたんだから」
周囲から冷たい視線。
ゴルドン。
「…………」
リホ。
さらに続ける。
「それと」
「細工した秤の件」
町の商業組合には報告しておいたから」
「なっ!?」
「商人は」
リホ。
少しだけ笑う。
「信用なくしたら終わりよ」
ゴルドンの顔が青くなった。
カンダ。
「怖っ」
アリス。
「リホ怒らせないようにしよ」
「そうしよう」
◇
夕方。
先ほどの老女が薬を抱えて何度も頭を下げていた。
「本当にありがとうございます」
リホ。
「私は売っただけよ」
「でも……」
「早く息子さんのところへ行って」
老女はもう一度頭を下げ、急いで帰っていった。
ジュリアはその背中を見送っていた。
しばらくして。
「……ねえ、リホ」
「何?」
「私だったら」
少しだけ間を置く。
「ゴルドンの金庫から金盗ってた」
カンダ。
「やっぱり?」
「昔ならね」
ジュリアは笑う。
「金持ってる奴から盗って」
「ああいう人たちに配る」
「そうしてた」
リホ。
「知ってる」
「私のやり方」
「間違ってた?」
リホは少し考えた。
「別に」
「困ってる人が助かったなら」
「意味はあったんじゃない?」
ジュリア。
「…………」
「でも」
リホは市場を見る。
新しい商人から、人々が普通の値段で品物を買っている。
「盗んだお金は」
「使ったらなくなる」
「仕組みを変えれば」
「明日も買える」
ジュリア。
黙る。
リホ。
「私はそっちが得意だっただけ」
「…………」
ジュリア。
小さく笑った。
「商人って」
「結構すごいのね」
リホ。
「今さら?」
◇
夜。
宿の屋根。
ジュリアは一人で座っていた。
手には《アサシンダガー》。
腰には《フレイムダガー》。
カンダが屋根へ顔を出す。
「何してる?」
「考え事」
「珍しい」
「落とすよ?」
「すみません」
隣に座る。
しばらく二人で町の灯りを見る。
ジュリアが先に口を開いた。
「昔なら」
「今日みたいなの」
「簡単だったの」
「ゴルドンの屋敷に入って」
「金庫探して」
「盗む」
「困ってる人に配る」
カンダ。
「ジュリアらしいな」
「でしょ?」
短剣をくるりと回す。
「今でも」
「できると思う」
「うん」
「でも」
ジュリアは下の市場を見る。
「リホの方が」
「たくさん助けた」
カンダ。
「…………」
「だから私がダメだった」
「って話じゃないからね」
「うん」
「盗賊でできることは」
「結構やってきたと思う」
「うん」
ジュリアは短剣を鞘へ戻した。
「だから」
少しだけ笑う。
「もう一個」
「できること増やしてもいいかなって」
カンダ。
「賢者?」
「……たぶん」
◇
翌朝。
ジュリアはアリスの隣を歩いていた。
「ねえ」
「何?」
「賢者になった時」
「遊び人じゃなくなるの」
「嫌じゃなかった?」
アリス。
考える。
「ちょっと」
「でも」
口笛。
取り出す。
ピィィ――
カンダ。
遠くから。
「吹くなぁぁぁ!!」
アリス。
口笛を下ろす。
「残ってるよ」
ジュリア。
「…………」
アリス。
笑う。
「賢者になっても」
「遊び人だった私」
「なくなってない」
リホも振り返る。
「私も商人だった頃のこと」
「全部使ってるしね」
ジュリア。
「そっか」
腰の短剣に触れる。
盗賊。
結構好きだった。
いや。
今も好きだ。
だからこそ。
そのまま。
もっとできるようになる。
それも。
悪くない。
◇
宿へ戻る。
ジュリアは荷物を開いた。
その奥。
ずっと使わずに持っていた一冊。
《叡智の書》。
手に取る。
カンダ。
「決めた?」
ジュリア。
本を見る。
少しだけ迷って。
笑った。
「うん」
「これ」
胸の前に持つ。
「使おうかな」
アリス。
「賢者仲間」
リホ。
「まだ早い」
ジュリア。
「二人ともそれ言うのね」
カンダは三人を見る。
そして。
ため息。
「とうとう」
「勇者一人に賢者三人?」
アリス。
「強そう」
リホ。
「まだジュリアはなってない」
ジュリア。
「その前に神殿ね」
カンダ。
「……またアルカか」
アリス。
杖を上げる。
「ラルー?」
カンダ。
即答。
「もちろん」
「もう歩かない」
――第43話 終
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
勇者なのに寄り道ばかり。 それでもカンダたちは、少しずつ前へ進んでいます。
次は何が起きるのか。 一緒に見届けていただけたら嬉しいです。
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それでは、また次の冒険で!




