第1話 勇者は間に合ってます
第1話を読んでいただき、ありがとうございます!
勇者、商人、盗賊、遊び人。
旅立ちからして、だいぶ不安な四人です。
そして回復役なし。
薬草は三個。
果たして最初の町まで無事にたどり着けるのでしょうか。
カンダたちの珍道中、これからよろしくお願いします!
歴代最高の勇者、ガルバスが死んだ。
――少なくとも、世間ではそういうことになっている。
魔王討伐のため王都を旅立ってから三年。
便りは途絶え、消息も途絶え、ついには生存を確認した者すらいなくなった。
遺体は見つかっていない。
剣も見つかっていない。
だが、人々は少しずつ理解した。
勇者ガルバスは、もう帰ってこないのだと。
魔物に襲われた村を一人で救った。
巨大な竜を討ち取った。
数百の魔物を相手に一歩も退かなかった。
剣だけではなく魔法にも秀で、彼が通った町には数え切れないほどの逸話が残っている。
誰が呼び始めたのか。
いつしかガルバスは、
『歴代最高の勇者』
と呼ばれるようになった。
その英雄の死を、誰よりも受け入れられなかった男がいる。
この国の王である。
◇
「次!」
玉座の間に王の声が響いた。
兵士に連れられ、一人の青年が恐る恐る前へ出る。
「名は?」
「ハ、ハンスです」
「歳は?」
「十八です」
「職業は?」
「パン屋です」
王が立ち上がった。
「よし! 勇者に任命する!」
「なんで!?」
ハンスの絶叫が玉座の間に響いた。
「お待ちください陛下! 私、剣なんて握ったことありません!」
「大丈夫じゃ!」
「何がですか!?」
「ガルバスも最初から強かったわけではない!」
「パンなら焼けます!」
「ならば魔王も焼いてこい!」
「焼けませんよ!」
「次!」
「話聞いてぇぇぇ!」
ハンスが兵士たちに連れていかれる。
続いて入ってきたのは、小柄な青年だった。
「職業は?」
「仕立て屋です」
「勇者!」
「まだ名前も言ってません!」
「次!」
「早いよ!」
その次は農夫。
勇者になった。
その次は漁師。
勇者になった。
酒場の店員。
勇者になった。
たまたま城へ荷物を届けに来た青年。
勇者になった。
こうして王都では今、深刻な問題が発生していた。
――勇者が多すぎる。
かつて勇者とは、人々の希望だった。
町に勇者が現れれば子供たちが集まり、老人は頭を下げ、宿屋は最高の部屋を用意した。
今では違う。
「あ、勇者さんですか?」
「はい」
「そこの列に並んでください」
そんな扱いである。
酒場には魔王討伐へ向かったはずの勇者が三人ほど昼間から飲んでいるし、道具屋では勇者二人が薬草の値引きを巡って喧嘩していた。
中には王都を出て最初に遭遇した魔物に驚き、その日の夕方には帰ってきた者までいる。
それでも王は勇者を任命し続けた。
一人では駄目だった。
なら二人。
二人で駄目なら十人。
十人で駄目なら百人。
いつか誰かがガルバスの代わりになる。
王は本気でそう信じていた。
◇
「カンダー! 起きなさーい!」
朝。
母親の声を聞きながら、カンダは布団の中で丸くなっていた。
「起きてる?」
「死んでる」
「じゃあ埋めちゃうわよ」
「起きます」
カンダは渋々、顔を出した。
十六歳。
黒髪。
どこにでもいそうな少年。
少なくとも本人はそう思っている。
「お城からお呼びよ」
「…………」
カンダは再び布団をかぶった。
「おやすみ」
「今起きたでしょう?」
「急に眠くなった」
「王様からよ」
「だからだよ」
最近の王が若者を城へ呼ぶ理由なんて一つしかない。
勇者。
十六歳。
健康。
しかも自分は――。
「断っといて」
「無理よ」
「腹痛って言って」
「元気でしょう?」
「今から腹痛になる」
「器用ね」
母は笑っている。
他人事だと思って。
「お父さんのことかもしれないわよ」
カンダの動きが止まった。
ずるい。
その言葉を出されたら行くしかない。
カンダは父親の顔をほとんど覚えていない。
覚えているのは大きな背中。
大きな手。
そして旅立つ日のこと。
頭を乱暴に撫でられた。
『母さんを頼んだぞ』
そう言って父は旅立った。
それっきりだった。
国中の人間が父を英雄と呼ぶ。
歴代最高の勇者。
伝説の男。
ガルバス。
でもカンダにとっては――。
帰ってこなかった父親だ。
「……行ってくる」
カンダは布団から這い出した。
◇
玉座の間へ入った瞬間。
王が立ち上がった。
「おお……!」
嫌な予感しかしない。
王がカンダの顔を食い入るように見つめている。
「カンダ……」
「はい」
「近う寄れ」
「ここで聞こえます」
「近う寄れ」
「結構です」
「寄れ!」
怒られたので三歩だけ進んだ。
王は目を細めた。
「似ておる……」
「母親似ってよく言われます」
「ガルバスにじゃ!」
「それはあまり言われません」
王が玉座から降りてきた。
目には、うっすら涙が浮かんでいる。
「その目……。若い頃のあやつによく似ておる」
カンダは何も言わなかった。
「ガルバスは……最高の勇者であった」
「知ってます」
何千回と聞いた。
「強く、勇敢で……どのような窮地でも笑っておった」
「それも聞きました」
「そして――」
王の声がわずかに震えた。
「あやつは、必ず帰ってくると言った」
カンダが王を見る。
一瞬だけ。
目の前にいるのが王ではなく、親しい友を失った一人の老人に見えた。
だが――。
「カンダよ!」
戻るの早いな。
「そなたを勇者に任命する!」
「嫌です」
即答した。
「…………」
「…………」
大臣が目を閉じた。
兵士たちが目を逸らした。
王だけが目を丸くしている。
「い、今なんと?」
「嫌です」
「勇者じゃぞ?」
「間に合ってます」
「何がじゃ!」
「勇者です」
カンダは窓の外を指差した。
「城下町にいっぱいいますよね?」
「……おる」
「昨日、肉屋の息子も勇者になったって聞きました」
「一昨日じゃ」
「どっちでもいいです」
「しかし、お前は違う!」
王が叫んだ。
「お前にはガルバスの血が流れておる!」
その瞬間。
カンダの表情から、少しだけ笑いが消えた。
またそれだ。
父親が勇者だから。
父親が強かったから。
父親が英雄だから。
だから、お前も。
「俺は親父じゃありません」
玉座の間が静かになった。
王がカンダを見る。
「……わかっておる」
先ほどまでとは違う、静かな声だった。
「わかっておるとも」
なら放っておいてくれ。
そう言おうとした。
「じゃが、頼む」
王が頭を下げた。
カンダは言葉を失った。
王が一人の少年に頭を下げている。
「魔王を……倒してくれ」
長い沈黙の末。
カンダは頭を掻いた。
「……行くだけですよ」
「おお!」
「倒すとは言ってません!」
こうしてカンダは勇者になった。
本人としては、なったつもりはない。
◇
「旅の支度金じゃ」
城を出る前、袋を渡された。
カンダは中を覗いた。
金貨が入っている。
少ない。
数えた。
やっぱり少ない。
「……これだけ?」
「うむ」
「魔王を倒すんですよね?」
「うむ」
「世界を救うんですよね?」
「うむ」
カンダは袋を振った。
チャリチャリと寂しい音がした。
「これで?」
「最近、勇者が多くての」
「作りすぎなんだよ!」
城を出たカンダは、その足で冒険者の酒場へ向かった。
一人で旅をする気はない。
仲間くらいは選ばせてもらう。
酒場へ入る。
戦士がいる。
僧侶がいる。
魔法使いがいる。
武闘家もいる。
いかにも魔王討伐に相応しい人材ばかりだった。
「勇者様!」
屈強な戦士が立ち上がった。
「俺を仲間にしてください! この剣で必ずや――」
「暑苦しい」
「まだ一言しか喋ってない!」
却下。
今度は法衣を着た女性が微笑む。
「私は癒やしを扱う僧侶です。きっと旅のお役に――」
「説教する?」
「必要なら」
「じゃあいい」
「なんで!?」
却下。
「ふん」
杖を持った魔法使いが鼻を鳴らす。
「私ほどの魔法の使い手ならば――」
「偉そう」
「貴様!」
却下。
酒場の主人がカウンターを叩いた。
「お前、本当に魔王を倒す気あるのか!?」
「ないよ」
「勇者だろ!」
「今朝まで無職だよ!」
カンダは酒場を見回した。
そして――。
金貨を積み上げている少女を見つけた。
一枚。
二枚。
三枚。
数える目が真剣すぎる。
「何してるの?」
「見ればわかるでしょ」
少女は顔も上げない。
「お金を愛でてるの」
「数えてるんじゃなくて?」
「愛でてるの」
変なのがいた。
「名前は?」
「リホ」
「職業」
「商人」
「魔王討伐、行く?」
そこで初めてリホが顔を上げた。
「報酬は?」
「知らない」
「魔王ってお金持ち?」
「たぶん」
「行く」
決まった。
一人目。
商人、リホ。
◇
「次は……」
カンダが店内を歩いていると、腰が妙に軽いことに気づいた。
財布がない。
振り返る。
少し離れた席で、一人の少女がカンダの財布を開いていた。
「それ俺のだよね?」
「違うけど?」
「俺の名前書いてあるけど?」
少女が財布を見る。
本当に書いてあった。
「……カンダっていう人からもらった」
「俺だよ!」
「奇遇ね」
少女は笑った。
「ジュリア。盗賊よ」
「堂々と言うんだな」
「隠すと怪しいでしょ?」
「盗賊は最初から怪しいんだよ」
カンダは財布を取り返した。
「魔王の城、行く?」
ジュリアの目が光る。
「宝ある?」
「知らない」
「金持ち?」
「魔王だからな」
「じゃあ行く」
「基準そこ?」
「権力持って偉そうにしてる奴、嫌いなの」
ジュリアが立ち上がった。
「魔王なんて一番偉そうじゃない?」
確かに。
二人目。
盗賊、ジュリア。
◇
最後に見つけた少女は――。
寝ていた。
酒場の隅。
椅子を三脚使い、器用に横になっている。
「おい」
「ん〜……」
「起きろ」
「あと五時間……」
「長いよ」
カンダが椅子を蹴る。
少女が薄目を開けた。
「なぁに?」
「名前」
「ナンパ?」
「違う」
「じゃあ寝る」
「職業!」
少女はあくびをした。
「アリス。遊び人」
「名前と職業一緒に答えたな」
「効率いいっしょ?」
アリスは再び目を閉じた。
「魔王倒しに行くんだけど」
目が開いた。
「マジ?」
「マジ」
「面白そう」
アリスが起き上がる。
「行く」
「早いな」
「だって暇だし」
「死ぬかもしれないぞ?」
「そんとき考えよ」
「死んだら考えられないけどな」
アリスが笑った。
軽い。
あまりにも軽い。
三人目。
遊び人、アリス。
◇
酒場の主人が震えていた。
カンダの前に三人の少女が並んでいる。
商人。
盗賊。
遊び人。
「お、お前……」
主人が恐る恐る聞く。
「本当にその三人を連れていくのか?」
「うん」
「戦士は?」
「いらない」
「武闘家は?」
「いらない」
「魔法使いは?」
「いらない」
「僧侶は!?」
「説教されたくない」
主人が頭を抱えた。
「魔王討伐だぞ!?」
「だから?」
「遠足じゃないんだぞ!」
カンダは三人を見る。
リホは金を数えている。
ジュリアは、いつの間にか酒場の主人の鍵を指で回している。
アリスは立ったままあくびしている。
確かに。
ひどい。
だが。
「俺、勇者やりたくないし」
三人がカンダを見る。
リホが笑った。
「気が合いそうね」
ジュリアも笑う。
「私も正義の味方とか嫌い」
アリスがカンダの肩を叩いた。
「いいじゃん。適当に行こ、適当に」
こうして。
歴代最高の勇者ガルバスの息子は――。
商人。
盗賊。
遊び人。
どう考えても魔王討伐に向いていない三人の少女を仲間にした。
◇
王都の門を出たところで。
リホが立ち止まった。
「ねえ」
「何?」
「確認なんだけど」
嫌な予感がした。
「この中で、回復魔法使える人いる?」
「…………」
カンダがジュリアを見る。
ジュリアがアリスを見る。
アリスがリホを見る。
リホがカンダを見る。
誰も手を挙げない。
「…………」
アリスが明るく言った。
「いなくね?」
ジュリアが王都を振り返った。
「僧侶、入れた方がよかったんじゃない?」
「戻らないぞ」
「なんでよ」
「俺の人選が間違ってたって認めるみたいで嫌だ」
「間違ってるでしょ」
リホがため息をついた。
「薬草は?」
カンダは腰の袋を持ち上げた。
「買った」
「何個?」
「三個」
沈黙。
リホが指を一本ずつ立てた。
「カンダ」
一本。
「私」
二本。
「ジュリア」
三本。
「アリス」
四本。
そして薬草を見る。
三個。
「一個足りないじゃない!」
「金がなかったんだよ!」
「支度金もらったでしょ!?」
「武器買ったらなくなった!」
ジュリアがカンダを見る。
「勇者って頭悪いの?」
「今日なったばっかりだよ!」
アリスが笑いながら歩き出した。
「大丈夫、大丈夫」
「何が?」
「怪我しなきゃ薬草いらないっしょ」
三人がアリスを見る。
「…………」
「天才か」
「でしょ?」
「いや違う!」
四人の声が街道に響いた。
勇者カンダ。
商人リホ。
盗賊ジュリア。
遊び人アリス。
世界を救う使命感――なし。
強大な魔王に立ち向かう覚悟――なし。
回復役――なし。
薬草――三個。
こうして。
後に世界を救うことになる四人の旅は――。
絶望的に頼りない状態で始まった。この第1話では、ガルバスの女癖・隠し子についてはまだ一切出してない。ここは旅に出てから最初の異母兄弟が現れて、「親父……お前、何してんだよ」とカンダと読者が同時に知る方が絶対おもしろいと思う。
新連載です!
勇者になりたくない少年と、ちょっと変わった仲間たちの冒険物語。
基本はコミカル、ときどき真面目。
そんな感じでゆるく始まります。
どうぞよろしくお願いします!




