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プロローグ. 夢

「嫌だ‼嫌だよ‼死んじゃ嫌だ‼」


  耳に刺さる悲痛な泣き声。

 その声に反応し、男は重い瞼を開く。


(あれ……?俺……今、どんな状況にいるんだっけ?)


 男が開いた視界の先。

 ぼやけた視界に、涙でぐしゃぐしゃになった少女の顔が映りこんだ。


「ッ!起きた⁉……お願い、もうどこにも行かないで!私を一人にしないで‼」

 男が瞼を開いたことに気づき、必死に泣きすがってくる少女。


(誰だ?……この子は)

 男は、目の前の見知らぬ少女に疑問を抱く。

 

(……それに、その姿は…いったい?)

   男の視界がはっきりとし始める。

 男が抱いていた疑問は少女のその容姿を見て、すぐに驚愕へと変わった。


 その姿は、ごく一般的に想像する人間の少女の容姿とは全く異なっていた。その姿はまさに異様の一言。


 衣服らしきものをまとっておらず。しかし、男の目に少女の裸体が映ることはない。

 映ったのは少女の身体のシルエットだけ。


 視界を覆う強い光。

 少女の身体は全身を、強い緑色の光によって覆われていた。

 おそらくは少女の身体から直接発せられているのであろうその光は、周りに発散されているというよりも少女の身体を守るかのようにその身体を包んでいた。


 異様なのはそれだけではない。


 その髪。

 その頭から伸びるとてつもなく長い髪は、その身体と同じく強い緑色の光を発しながら、決して地に落ちることなく空中を何らかの不思議な力でユラユラと四方八方に、男と少女を包むようにそれぞれ束となって漂っていた。


 明らかに異様な、その光景。


 しかしなにより目を引くのが、その整った顔だちであった。その顔は人と呼ぶにはあまりに整いすぎており、泣き崩れた顔であっても、思わず見とれてしまうほどに美しかった。


 まるで人ではなく、女神の持つ顔。そういった印象を受けた。

 男は必死で頭を回すが、このような少女、自分はまるで憶えていない。


 というより男はここで気づく、

(俺、……何も、覚えていない)


 どれだけ記憶を探ろうとしても、男には記憶がなかった。

 自分の名前も故郷も、そして現在、自分がなぜこうしているかも、男は何も覚えてはいなかった。


(てことは、なんだ?……じゃあ、目の前の、この子とも……俺は、顔の知った仲だったのか?)


 男は再び少女の涙にぬれた顔を見つめる。

 その泣きじゃくった顔、その顔を見て導き出されるのは、

(この子にとって、俺は大事な人だったのか?)


 そう思うと、とてつもなく申し訳ない気持ちが男の心に湧き出てくる。

 自分を想い、涙を流してくれている彼女に記憶のない自分は何もできない。


 不意に、少女の流れる涙を手で拭おうと、男は自分の腕を持ち上げようとする。

 しかし、その手は以上に重たく、動いてはくれなかった。


 男は自分の体を見る。


 血にぬれ、ボロボロになった肢体がその目に移った。


(あ、俺……死ぬ寸前なのか)


 そこでようやく男は自分の今の現状を理解した。

 見るも痛々しい自分の姿に、不思議と驚きも困惑も、そして恐怖さえもなかった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁあああ~、ああああああああ~」


 赤ん坊のように泣きじゃくる少女。その姿を前に男は思う。


(あぁ、チクショウ。……嫌だなぁ。……泣いてて…ほしく…ないなぁ)


 名前すら思い出せない少女を見て思う。


(何も……思い出せない俺だけど……きっとこの子のこと……大事に思っていたんだろうなぁ……笑って…いて…ほしい……なぁ)


 そして、男は再び腕を動かす。

 全身に残った最後の力を振り絞って。

 その涙を拭うために。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ……、ぐずッ、えっ!」


 突如として触れられた頬の感触に少女は一瞬、ピクリッと反応してこちらの顔を見た。

 男は優しく、少女の涙を拭った。


「大…丈夫……だから。泣か……ないで」


 男は決死の思いで笑みを作る。


 記憶のない男のその言葉に、何の意味も根拠もない。何が大丈夫なのかなど何も考えてはいない。

 それでも男は笑ってほしかった。目の前の少女に。名前も知らぬ彼女の笑みを、ただ見たかった。


 しかしそれは叶わない。


 なぜなら男の身体はその発言を最後に、限界を迎えたから。


 少女の頬に触れていた手がだらんと力を失い地に落ちる。


「い、嫌だ、ダメ!起きて、起きてよ‼死んじゃヤダ‼……う、うわぁぁぁぁぁぁぁああああ」


 再び、少女の口からは悲痛な叫びが聞こえ始める。その顔は涙で濡れてさらにぐしゃぐしゃになっていった。


(ああ、ダメだ。……今の俺じゃ…、この子を笑顔にはできない)


 男の視界がだんだんと狭まる。その意識はだんだんと闇へと沈んでいく。

 耳に聞こえていた少女の叫び声は段々と遠ざかり、ホントに最後の瞬間なのだと、男は悟る。


 男は最後に願う。残ったかすかな意識が闇へと沈み、完全に遠のいていくその前に、強く、ただ強く、男は願った。


(どうか…….生まれ変われるのなら……、その時は、誰も泣くことのない……そんな、世界を……どうか…)


 男の意識はそこで完全に闇へと沈んだ。

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