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婚約の打診

ルーファスが魔術師団で訓練をはじめて2年。

自分の魔力量を制御できるようになったうえ、自身の魔法の属性が生母アイリーンの母国、ガルシア帝国で多い火と、風、さらに希少な闇の3つの属性があることがわかった。

最も強いのは火で、魔力量を考えると相当大きな爆発も起こせるほどの力だ。

次に闇。フェイレイ王国では前例が少なすぎて、訓練が難しかったが、闇魔法は、音を遮断したり、空間を移動したり出来ることがわかった。そして、文献で読んだことがあるが、人の精神に干渉することも出来るようだ。

風はジョゼット侯爵が使えるため、しっかり叩き込まれた。

魔法以外に、剣術も教わった。魔法で人を助けたり癒したり、時に戦いに赴いたりする魔術師と魔法と剣も使える魔法剣士が王国魔術師団にはいて、ジョゼット侯爵は魔法剣士だ。

剣術も屈強な騎士団に並ぶ強さで、侯爵家に身を寄せてすぐ、早朝の剣の鍛錬から始まった。

11年間、小さな窓から外を見下ろす以外に、図書館で本を読むだけだった自分に、新しいことを知る機会はとても貴重で、自分が変わっていくことが嬉しくて、教えられること全て吸収したくて真摯に取り組んだ。


「この先の未来、殿下はどうありたいとお考えですか?」

ある時、ジョゼット侯爵にとわれた。

どうありたいか。

生まれてから塔に幽閉され、他人と関わることなく、自身の魔力と毒に侵され、このまま死んでいくのだと思っていた自分の未来。

簡単に思いつくものでもなかったがただ一つ

「僕は、アイシアと共にありたい。」

そう答えると、侯爵は少し困ったように笑い、なら、より一層励むことですと頷いた。

 

「アイシアに第一王子のヴァンシルとの婚約を打診された。」

副団長とジョゼット侯爵が話しているのを聞いたとき、目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。

その日はアイシアが朝から茶会だからと少し憂鬱気に着飾って出かけた日で、ジョゼット侯爵は僕を魔術師団の本部に降ろすと、そのまま陛下に呼ばれているからと、城へ向かった。

夕刻近くに戻ってくると、副団長であるレイリー伯爵に相談があると連れ出してどこかへ出て行った。

厳しげな表情を浮かべた侯爵に、何となく不安になり、後を追うと、聞こえてきた話に固まってしまった。


王妃は今も僕を疎んで、一刻も早く自分の手の内に戻し、僕を消したいと画策しているようだ。その王妃からの打診。

すでにヴァンシルには3人もの筆頭公爵家や王妃の親戚筋の有力貴族の令嬢達が婚約者候補として王宮に王太子妃教育に赴いていると聞いていたのに、なぜ、アイシアがそれを差し置いて、婚約者として打診されるのだ。

この世界でたった一人の、僕の命より大切な少女。

初めて会った時から、ただ純粋に僕を助けようとしてくれた綺麗でまっすぐな優しい少女。

自分でも持て余していた魔力を綺麗だと、心地いいと花が咲くように笑ってくれた温かいその存在が、どれほど僕に生きる力を与えてくれたか。あの暗くて苦しい世界から連れ出してくれたアイシアに、僕がどれほど深く心を奪われているか、きっと王妃はわかっていて、あえてアイシアを選んだのだ。

そうまでして、僕からすべてを奪いたいのか。


漠然と運命を受け入れるだけだった自分の中に、生まれて初めてとても受け入れられない激しい感情が溢れた。

もうとっくに気づいていた。

自分がアイシアに恋をしていることを。

きっと初めて図書室で出会ったあの時、あの一瞬に、恋に落ちたのだ。

キラキラ輝く淡い金髪と宝石のように澄んだエメラルドの瞳に。



「ルーファス様?」

心配そうな顔で見つめられていたことに気付きハッとする。

いつもの夕食後のお茶の時間。

今日は終始ため息ばかりだった侯爵は早々に執務室へこもった。

婚約の打診を受け、アイシアに伝える前に考えているのだろう。

まだ何も知らないアイシアは、いつもと変わらず明るい笑顔で今日あったことを話していたが、返事のないルーファスの様子に心配そうに眉を寄せた。

「あぁ、ごめん。アイシア…。ちょっと考え事をしていて…。」

フッと息を吐いてごまかすように笑ってみたが、アイシアはなおも心配そうに見つめてくる。

「もしかして…私の婚約の話ですか?」

ギクッとしてアイシアを見て言葉を失う。

なぜ、それを…

「やっぱり、そうなのですね。今日、ローズベリー王女殿下の元へ伺ったときに、婚約者候補の方からが聞かされました。まさか、侯爵家の私などにそのような話が来るなど、信じられませんでしたが…、事実でしたか。」

黙ってしまったアイシアの手にルーファスは自分の手を重ねた。


「アイシアは…ヴァンシル兄上の事、どう思っているの?」

少し冷たいその手を振りほどくこともなく、アイシアはしばらく無言で考える。

「…そうですね。勉強熱心で王太子として素晴らしい方だと思います。」

「…そう…か…」

「ただ」

胸にじわじわ広がる闇を、抑えようと唇をかみしめたとき。アイシアはまっすぐにルーファスを見上げた。

「私にとってはそれだけです。侯爵家に生まれた以上、政略結婚は致し方ないと覚悟はしておりましたが、王太子には私よりもっと相応しい方がいると思います。今いらっしゃる、王家筆頭でもあるジルモア公爵家の令嬢ペネロペ様、モルディール公爵家のジャスミン様、エリザベート王妃のご親戚であるヘリオット公爵家のクロエ様。あの三方は、教養もあり、現在すでに王太子妃教育を受けてらっしゃいますし、爵位も問題ございません。いまさら私が婚約者に名前が上がるのはいささか不自然です。

おそらく、ルーファス様を我が侯爵家から引き離すのが目的でしょう。

エリザベート王妃は苛烈な方なので、目的を達成した後は、私を消すか、王都から離れた辺境伯辺りに嫁がせる算段じゃないでしょうか。」


冷静にスラスラ答えるアイシアに、ルーファスは驚愕した。

なんて洞察力だ。

優しいだけじゃない。賢く冷静で、正しい、君は…君こそが、王妃の器ではないか…。

若干12歳の令嬢がはたして第一王子との婚約の話でここまで冷静に判断出来るものか。

まして、王妃の意図をしっかり把握したうえでさらに自分の未来を予想している。

まさしく僕が考えた通りの内容だ。


そう、あの王妃は決して僕を助けたこの少女を無事では済まさないだろう。

婚約者として手元におびき寄せ、時期が来たらアイシアを王都から引き離すか、殺すつもりだろう。

なにしろ僕を苦しめるためなら何でもする女だ。以前、母についていた魔力の高い侍女と護衛騎士も、母の死後、しばらくは僕の傍にいてくれたのに、ある日急に存在自体が消えたのだ。それからしばらくして、顔のつぶされた男女の死体が見つかったと、僕のところに来ていた魔術師たちが話しているのを聞いた。

間違いなく殺されたのだろう。

正妃、エリザベートは平気で人を殺せる人間だ。

ただ、王国最強と言われる魔法剣士であるジョゼット侯爵は王の信頼が厚い方でもある。先の大戦でもジョゼット侯爵の活躍がなければ今の王国はなかったと言われるほどの実力者だ。その侯爵が実力を認めたルーファスに、王は期待しているため、こちらに簡単に手が出せなくなった。

だからアイシアが狙われたのだ。


「すまない…、僕のせいだ。」

ギュッと重ねた手を握るともう片方の手の平が、ルーファスの頬に触れた。

「大丈夫です。王家からの打診を断ることは出来ないので、きっとこの婚約の話は受けることになりますが、他の令嬢たちのご実家が黙っておりませんでしょうし、こう見えて私は強いのです。王太子殿下は私に興味がないですし、父には、あくまで婚約者ではなく、婚約者候補として4人目に加えてもらう様に陛下にお願いしてもらいます。

この2年、ローズベリー王女殿下に会いに王宮へ通っていたので、なにかあっても抜け道はわかっております。」

いたずらっぽく笑うアイシアに愛おしさで苦しくなる。

「ルーファス様、忘れないでください。

どこにいても、どんな時も、私はあなたの味方です。

この世界であなたは唯一無二の大切な人です。あなたのせいなんてありえないのです。

貴方はただ、生まれてきてくれただけで素晴らしいのです。」


世界が一瞬で輝くほどの迷いのない全肯定。

誰も認めなかった自身の存在を、目の前の少女は一点の曇りなく認めてくれる。


たまらず涙が滲んで、胸に抑えきれなかった愛おしさが溢れた。

ギュウッとアイシアを抱きしめると、当たり前のように手をまわして抱き返してくれる。

「ありがとう、アイシア…、何があっても絶対に君を守る。君以上に大切なものなんて、ないよ。

もっともっと強くなって…必ず、君を守れる力を手に入れる…」

「はい…」

「だから…その時は僕とずっと一緒にいてくれる?」

「……」

びっくりして声を失うアイシアをさらにギュッと抱きしめてから、そっと腕をほどくと目と目を合わせた。

「アイシア、初めて会った時からずっと君が好きだよ。

いつか、君が好きになってくれるくらい相応しい自分になれたら…

その時は、誰よりも大切にするからずっと僕の傍にいてほしい。」


まっすぐ見つめる涙の滲んだアメジストのような深い紫の瞳に熱が籠る。

請うように真剣にみつめる美しいルーファスを見つめ返し、あぁ、そうかと、アイシアは理解した。

私、ルーファス様が好きなのだわ…。

この気持ちに名前がつかなかっただけでもうずっと、とっくに好きだったのだ。

ジワジワと胸が温かくなる。

でも、この先、どうなるかなんてわからない。

私が無事な未来が来ると、約束も出来ない。

王妃はそれくらい、周到で、苛烈な方なのだ。ルーファス様への今までの仕打ちを考えると、とても楽観視は出来ない。

正直、まだ実感はわかないが、本当は少し、怖いのだ。

だから今、この気持ちを伝えたら、この先の未来、私の存在がルーファス様の足かせになる日が来るかもしれない。

「私もルーファス様のそばにいたいです…。」

好きだとは伝えられなくても、それはまぎれもない本当の気持ちだ。

そう答えると、ルーファス様は泣きそうに笑うと、

ゆっくりそっと、アイシアの額に口づけをし、何か呪文のような言葉が聞こえ、ルーファスの魔力がアイシアへ流れた。

「ルーファス様…?」

体に巡るルーファス様の優しい魔力に今まで感じたことのない魔法を感じた。

「これは君を守る約束のおまじないだよ。」

そういうと、もう一度ギュッと抱きしめた。



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