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第二王子 ルーファス

10年前、魔法大国である隣国ガルシア帝国で、正体不明の病が流行した。

魔法大国といえ、ガルシア帝国には病を癒す聖魔法が存在せず、帝国は壊滅の危機に陥り、フェイレイ王国に助けを求めた。

ここ、フェイレイ王国は医療大国であり、聖魔法士も多く生まれる国である。

王国は強国であるガルシア帝国と不戦協定を結ぶこと、さらに絶世の美姫と謳われるガルシア帝国の末姫を、王の側室として嫁がせることを約束させ、聖魔法士を派遣し、病を鎮めた。

15歳という若さで嫁いできたガルシア帝国の姫は当時28歳の王国の王の子供を産み、18歳という若さで亡くなった。

生まれた子供は母であるアイリーン姫と同じ銀の髪に紫の瞳の美しい王子であった。

だが、生まれた時から魔力が強すぎて制御が出来ず、魔力の弱い者は魔力酔いを起こすため近寄れない。

王の寵愛を得たアイリーン姫とその息子である第二王子のルーファスを疎ましく思っていた正妃エリザベートは、これ幸いと、城に常駐していた王宮魔術師数名に世話をまかせ、2人を城の北の塔に隔離した。

アイリーン妃は北の塔へ居を移した後、まもなく亡くなった。


正妃には王子が2人、王女が1人いたが、ただの一度もルーファスと会わせず、アイリーン妃亡き後はそのまま塔の最上階に幽閉してしまう。アイリーン妃を寵愛していた王、ランベルクもアイリーン妃の死を嘆き悲しむだけで、ルーファスの存在を気にかけることなく扱いは正妃に一任した。

ルーファスにとって、幽閉された北の塔にある王宮図書室だけは人のいない時間だけ出入り自由だったため、本を読むことだけが外界と繋がる手段であった。

ルーファスは体も弱く、通常の年の子供より成長が遅かったため、長く生きることはないだろうと言われ、一度も顔を見せることのない厄介者の第二王子として人々の記憶から少しづつ失われていった。


「少しだけ…魔法をかけてよいですか…?」

不安そうに揺れる美しいエメラルドの瞳でまっすぐに僕を見つめ、そっと手を伸ばしてきた。


アイシアの白い手が、ルーファスの首に触れる。

温かく優しい光が現れたかと思うと、すぐに吸収されたように消えた。

すると、生まれてからずっとあった息苦しさがフワッ消えてなくなり、呼吸がしやすくなった。

溢れるような魔力とは違う、息苦しさ。物心ついたときからずっとあったものだ。

室内にある小さな鏡に映る自分はひょろりと細く青白い顔色で、少し食べるだけで気持ちが悪くなる。

吐きそうになることもしょっちゅうで、食事を運んでくる人間が、時々聞こえるように話す、体の弱い病弱な厄介者の第二王子が自分だ。

当たり前すぎて息苦しいことも普通になっていた僕が、空気がおいしいと初めて感じたほど、呼吸が楽になった。


「え…?な、何したの…?すごく楽になった。」

びっくりして目の前の少女を見ると、眉をよせて泣きそうな顔をしている。

「わ…私、聖魔法が得意で…。今、あなたの中にある悪いものを少しだけ癒したのです…。

あの…ルーファス殿下は普段、食事はどうされていますか…?」

食事…?

食事は…いつも僕が部屋の隅に移動してから城の魔術師がカートを押して運んでくる…。

量はそんなに多くはないが、いつもあまり食べきれない…。

そう答えると、そうですか…としばらく何かを考えこんでいるようで同じように僕も彼女が話すまでじっと待っていた。


しばらくしてアイシアは意を決したように強く視線を上げると、もう一度ルーファスの手を握った。

「あの、殿下。お願いがあります。どうかこれからは運ばれてきた食事は口にしないようにお願いできますか?いきなり食べなくなると不審に思われるので、少しだけ食べたふりして捨ててください。明日から、私が食事をお持ちします。」


その言葉で理解できた。

毎日運ばれていた食事に何か…毒のようなものが含まれているのだと。

彼女の聖魔法で楽になったことで初めて気づいた。自分が毒に侵されていたことに。

あぁ、そうまでしてこの国は僕に死んでほしいのか。

絶望に心を支配される。だったら、もうこのまま死んでもいいんじゃないか。

そう思ったとき、握られた手にぎゅっと力が入った。

「ルーファス殿下。私はあなたに魔力操作も教えて差し上げたいし、そのキラキラした綺麗な魔力であなたがかける魔法をいつか見てみたいです。明日から毎日来ると約束したこと、忘れないでください。」

あまりに美しく力強いエメラルドの瞳に気おされ、僕は無意識に頷いた。



くるのだろうかと疑心暗鬼だったルーファスの不安は、本当に翌日には払拭されることになる。

本当に毎日アイシアは図書室に来た。僕を見つけると嬉しそうに笑って、最初に手に触れると、あふれそうな魔力をうまく流してくれる。それからゆっくり首に両手をあてて、魔法をかける。繰り返すたびに体がどんどん楽になり、アイシアが触れて、魔力が流れ、彼女の言う器というぼんやりしたものがストンと理解できるようになった。

もちろん、彼女は誰にもわからないように、底が2重になったバスケットに隠して食事も持参してくれ、今まで一度も美味しいと思わなかった食事が少しだけ楽しみになった。

魔力が強すぎて誰も僕に近づくことが出来なかった。城に常駐している魔術師数名はある程度魔力が高く、近づくことは出来たが、わざわざ王に捨て置かれた後ろ盾のない他国の姫が生んだ第2王子に関わりたいと思わない。

ずっと一人だった。

僕が生まれて2歳の時に亡くなった母の思い出もほとんどなく、父であるはずの王の顔も知らない。

死ぬまでこのままこの塔で息をするだけだと思っていた。


アイシアは僕の毎日を変えてくれた。

彼女は本当に魔力操作が上手で、教えることも上手だった。

自分の中におさまりきらない溢れた魔力を掌握する方法も覚えた。

彼女は出来るととても喜んでくれる。褒めてくれる。

「すごいわ。教えてまだ1か月なのに、もう、自分で魔力を流す方法を覚えたのね。ルーファス様は魔法の天才だわ。」

彼女の白い手は温かく、魔力操作を覚え、自身の器を大きく成長させた僕に、もう必要ないのに毎日手を握って僕の魔力を感じてくれた。

キラキラして優しくて心地いいと笑ってくれる。

狭い世界で生きていた僕に、本で見た本物の天使が現れたと錯覚を起こすくらいに、眩しくて可愛くて、とてもとても綺麗で…。いつか透明になって消えてしまうんじゃないかと不安になった。


生まれて11年。

僕は初めて生きていると感じていた。






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