第二王子 ルーファス 変化
アイシアと初めて会った日から2か月ほどして、魔術師団の団長であり、アイシアの父親であるジョゼット侯爵が会いに来た。
もう、関わらないでくれと言われるのかと不安になった僕に、アイシアと似た優しい笑顔を見せた。
「ルーファス殿下、初めまして。私は王国魔術師団の団長を務めておりますアーサー・ジョゼットと申します。実はあなたにお話があり、参りました。」
それは夢のような提案だった。
アイシアから魔力操作を教わり、他人を傷つける心配のなくなった僕を、魔術師団で勉強させてはどうかと父王に話してくれたようだ。歴代最強といわれている団長のジョゼット侯爵に提案された王は、捨て置いた王子が何かの役に立つならと、好きにしてよいと了承したそうだ。
「これからは我が家で御身をお預かりさせて下さい。あらゆることを学んでいきましょう。」と、
その日、生まれて初めて、塔の外に出ることを許された。
城から馬車で半刻ほどで到着したジョゼット侯爵家は美しい庭園が広がり、きっちり手入れされた花壇から女の子が駆け寄ってきた。
城ではいつも綺麗なドレスで淑女然としたアイシアが、シンプルなワンピースにつばの広い帽子をかぶって走り寄ってきた様はとても可愛くて花の妖精のようだと思った。
「ルーファス様!お待ちしておりました。」
満面の笑みで笑いかけるアイシアに、殿下に対して失礼だと、ジョゼット侯爵が苦い顔を作る。
でも、その目には娘に対する愛情がにじんでいる。
心に羨望のようなものが浮かんだが、それ以上に喜びが心に溢れた。
「これからはこちらで生活していただいて、ルーファス殿下には魔法について学んでいただきます。アイシアもあなたの魔力は素晴らしいと毎日耳が痛くなるほど話すのです。このまま放置するなんてもったいないとね…。これからは私たちを頼ってください。娘と一緒に家庭教師からも一般教養も学んでください。私とともに週に5日、師団本部へ通い、剣も魔法もお教えします。」
それからは必死で学んだ。
生まれてから11年の間、塔で一人、体を動かすのもしんどいほど、細く小さな体で、ただ、毎日ぼんやりと小さな窓から外を見て、本を読むだけの日々。図書室にある読んだことのある本は全て暗記していたので、家庭教師にも侯爵にもかなり驚かれた。
一度見たものは忘れない記憶力が、すごいことなのだと初めて知った。
そして健全な食事をしっかり食べるようになった僕は急激に成長した。アイシアを見上げるほどに小さかった身長も、半年もすると同じくらいになり、一年後には頭一つほど高く伸びた。体の成長と共になぜか魔力量もさらに増え、剣も魔法もメキメキ上達した。
アイシアがかなわないとすねるくらいに僕は魔法の使い手となった。
塔の外の世界は、素晴らしかった。
太陽の眩しさやその熱さも、風を感じる心地よさも、地面を踏むその感触でさえ、僕は知らなかった。
花や植物の香り、雨の匂い、温かいスープ、焼きたてのパンのおいしさ。
モノを知らない僕にとって、ようやく生まれたようなそんな不思議で素晴らしい体験を、ジョゼット侯爵家は与えてくれたのだ。
朝起きて、食事に向かうと花が咲くように笑ってアイシアがおはようと言う。
ジョゼット侯爵が少し遅れてやってきて、着席すると食事が始まる。
アイシアは4歳の時に病気で母親を亡くし、アイシア曰く魔法バカの父親に育てられたせいで、自分も魔法バカなのだと、朝から新しい魔法やあったら便利な魔法を考えて楽しそうに話す。
使用人はみんな仕事に誇りを持ち、明るくて好奇心旺盛で外と違ってお転婆なお嬢様のアイシアをとても可愛がっている。温かい家、厳しくも愛情深い父親、明るく素直に育った優しいアイシア。
夢みたいな光景が、自分の目の前にあった。
こうして塔から出られたのは、僕を疎ましく思っている王妃が不在の時を狙って王に直接話をしてくれたジョゼット侯爵の機転と、そんな侯爵に僕のことを話してくれたアイシアの優しさのおかげだ。
塔では暗い部屋でただ運ばれる食事を黙々と食べるだけ。人のいなくなった時間のみ許された図書室の本だけが、自分の時間の過ごし方だったのに。
あの日なんの躊躇もなくぼくの手に触れた優しい白くて温かい手が、眩しいほど輝いて見えるこの少女が、僕の人生を変えてくれた。




