夜会へ
ここ数日続いた雨がようやく晴れた日の午後
ジョゼット侯爵家は慌ただしくも賑やかにアイシアのデビュタントの準備が進んでいた。
今日はアイシアのデビュタントであり、ルーファスの初めての公式の場である夜会当日である。
朝から侍女たちに磨かれ、髪や体に香油を塗られ、ややぐったりしているアイシアへ専属メイドのメイナがオレンジの香りのするお茶を入れてくれた。
「お疲れ様でございます、アイシアお嬢様。」
「ありがとう、メイナ。あなたの入れてくれるお茶は本当に美味しいから大好きよ。少し休憩したいなと思っていたから嬉しいわ。」
嬉しそうにお茶に口をつけるアイシアにフフッとメイナは笑顔になる。
うちのお嬢様は本当に可愛らしくてお優しい。
他家で働く友人は、主人に恵まれなかったと、時々愚痴を聞いたりするけれど、私はここで働けて本当に良かった。
旦那様はとても有能な方で、屋敷で働く者にきちんとした教育も賃金も与えてくれる。
環境もとても良く、何よりもこの侯爵家の一人娘であるお嬢様がとても可愛らしいのだ。
初めてお会いした時は天使のようだと思った。
天真爛漫で明るく、朗らかで、侯爵家の令嬢なのに偉ぶるところが全くない。こんな下っ端であるはずのメイドの名前も覚えて気軽に声を掛けてくれる。
「今日は王太子殿下と踊られるのですね。きっと素敵でしょうね。」
想像しながらうっとりとするメイナにアイシアは困ったように眉を下げた。
「ヴァンシル殿下は背が高いから、今日は少しだけヒールの高い靴を履く予定なの。だから転ばないか心配だわ。」
「大丈夫ですよ、お嬢様が転んでもご自身でケガを治せますから!」
「もうっ!、転ぶ前提なの?」
笑いながらカップを置いたアイシアに、侍女のアンがそろそろ仕上げをいたしますよとアイシアを鏡の前の椅子へ移動させる。
「今日はエスコートされるルーファス殿下の正装も楽しみですね。王太子殿下から贈られたこのドレスでお嬢様の魅力をみんなに知らしめましょう!」
気合いいっぱいのアンにアイシアはまたもや苦笑いである。
アンはアイシアを飾り立てることに生きがいを感じているようで、日々研究している成果が発揮され、
16歳のデビュタントということだけあり、美しくもあり、可愛らしくもある仕上がりだ。
淡い金色に輝く艶やかな髪はハーフアップにして緩く巻き、生花で彩られている、。シミ一つない素肌には薄く化粧をしただけであるのに、鏡に映る自分自身がいつもと違って輝いて見える。
「すごいわ、アン。ちゃんとした淑女に見えるわ。」
「何をおっしゃってるんですか。いつもお嬢様はちゃんとした淑女ですよ。
ヴァンシル殿下から贈られたドレスの繊細な刺繍のおかげで、お嬢様の美しさと清楚さがさらに際立っておりますね。」
惚れ惚れと見つめるアンの様子にアイシアはありがとう、と笑う。
その時、ドアがノックされた。
メイナが確認すると、正装姿のルーファスがそこにいた。
「ごめん、まだ準備中だっ…た………。」
「ルーファス様、いえ、もう準備は終わりました。」
立ち上がったアイシアは扉の前でこちらを見て止まったルーファスを見て、目を見開いた。
「わぁ、とても素敵です!やっぱり王子様なんですね…。今日、会場にいる令嬢たちがルーファス様を見て大変なことになりそうだわ…。」
長めの前髪を少しだけ後ろに流しているから、深い美しいアメジストの瞳が良く見える。
黒のパンツにグレーのベストを合わせ光沢のある黒のフロックコートがスラッと程よく筋肉のついた体によく似合っている。淡い金色の糸で施された意匠を凝らした刺繍がさらに気品を感じさせる。
ルーファス様は本当に美しいという言葉が似あう方だわ。
アイシアの部屋にいた侍女達が頬を染めてうっとりと見つめている。
その様子を見て、毎日ルーファス様を見ている侍女たちがうっとりするくらいなのだから、今日初めてこの方を見た人たちはどうなるのかしら…と心配になる。
しばらく見惚れていると、あれ?と我に返った。
ルーファスが全く動かないのだ。
微動だにしないルーファスにアイシアは首を傾ける。
「…ルーファス様?」
ピクッと揺れると、ルーファスは照れたように顔を背ける。
「いや、ごめん。あまりに綺麗だったから…。」
「あ…。ありがとう…ございます…。」
アイシアも急に恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
きっと赤くなっているに違いない。
なぜがニコニコしているアンが、他の侍女たちを促して席を外しますねとそそくさと部屋を出ていく。
メイナも頬を赤く染めながらササッと入口まで下がる。
「あ…シア、今日はデビュタント、おめでとう。
今日はこれをつけてほしいのだけど…。」
目の周りを少し赤く染めたままルーファスがビロードのケースをアイシアに差し出した。
ルーファスがケースを開くと、アイシアは思わずホウッとため息がでた。
それはルーファスの瞳とよく似た深いアメジストのネックレスとイヤリングだった。
「まぁ…ありがとうございます…。なんて美しいの…。こんなに素敵なもの、頂いていいのでしょうか…。」
一見して高価だとわかるその宝石には魔法が付与されているのがわかる。
ルーファス様の魔力を感じるわ。
「何があるかわからないから、シアを守る魔法を付与している。ドレスは…兄上からだから…せめてアクセサリーは僕が贈りたくて。」
すねたような顔は、私が覚えたルーファス様の照れ隠しだ。
「とても嬉しいです。ありがとうございます。」
「後ろを向いて。つけるよ。」
すこしぶっきらぼうに見えるくらい真顔でルーファスがネックレスを手に取る。
アイシアは後ろを向いて髪を横に寄せる。
ルーファスは緊張しながら輝くように白いシミ一つないうなじに触れないようにネックレスの留め具をとめた。
振り向いたアイシアはケースからイヤリングを手に取ると自身でつける。
鏡に映る自分を確認して花が咲くように笑った。
「素敵。本当にありがとうございます、ルーファス様。」
その笑顔を見て、ルーファスも嬉しそうに笑う。
「よく、似合ってる。」
それから一番にアイシアを見たかったと盛大にすねたジョゼット侯爵とアイシア、ルーファスは馬車に乗り込み、王宮へ向かった。




