地味バレ 18
好き?私を?
「ど、どうして?こんな、男と偽って入隊する、非常識で馬鹿な女だよ?」
「出会って一時間で、生涯でただ一人の大事な人を見つけたってわかった。夜、女性だと知って、友情じゃ足りない。フリージアの全てが欲しいと思った」
「シリウスをもらって嬉しかったから、とか?」
「シリウスもフリーザの鍛治の腕前も情熱も当然尊敬してるし誇らしいよ。でも、知り合ったばかりの人間に出し惜しみせず手助けし、リカルドというただの人間を見たまま接し、魔力をくれた。惚れるに決まってる」
「そ、そんな大層な事してない……」
「大層なことかどうかは受け取る方が決めるんだ。私にとって、フリージアとの出会いは天啓だった。もはや君なしの人生なんて考えられない」
「でも、王子ともなれば、もっと高位の美しい女性が……」
「大好きだ。フリージアと恋人になりたい。やがては家族になりたい。
王族ってことで持ち上げたり、〈魔力なし〉ってことで勝手に憐れんだりする高位の女に興味はない。叔父はとっくにフリージアに惚れ込んでる。そもそもギレン陛下とサカキ首相と目通りし、ファーストネームを呼ばれた女性、うちの国でフリージアだけだから。ある意味女性の極みにいるよ?身分云々は全く問題ない。でも恩人であるフリージアを1ミリでも不幸にしたくない。私のことが嫌いなら、距離を取って、ずっと陰からフリージアのこと支援する……いや、無理だ。やっぱり諦められない。例え私のことを嫌いでも絶対手放さない」
リカルドはそう言うと、眉間にシワを寄せて苦しげに、私を睨みつけた。
「嫌いな……訳ないじゃん……」
田舎から出てきた物を知らない私を、笑わずずっと手助けしてくれた。王子様なのに、私の決めた家事分担を……洗濯も、掃除も、アイロンも……嫌がらず率先してやってくれた。座学でわからないところは丁寧に教えてくれて、初期教育を同期として卒業させてくれた。
首都でも、国の端っこのムスラに来てからも、リカルドがいたから寂しくなかった。業務で失敗しても、帰ったらリカルドが話を聞いてくれて、肉をドンドン焼いてくれて、言葉ではない励ましをくれた。
私を女と……わかった上で。
「ズルイよ……私をこんなに、甘やかして……女ってバレてるって思わなかったから、私警戒心なくリカルドに甘えちゃって……いつの間にかリカルドなしじゃ、生活できない仕様に、なっちゃってる……」
「そうか?なら作戦成功ってことだ?」
ニヤリと笑うリカルドを今度は私は睨みつける。
するとリカルドはそっと右手で私の顎を上げ、真摯な瞳と向き合わさせた。
「フリージア、そのままでいいから。刀鍛冶最優先、ビンセントの存続最優先、可愛がってくださる先輩がたのお手伝いも行っていい。美味しいもの食べるの大好きなそのままでいいから、その君の心の中に私も入れて?魔力のほとんどない私だが、それ以外のあらゆる力を身につけて人脈を広げてどんな難敵からも君を守るから。私を、フリージアの一番近い男にしてほしい」
もうっ!魔力量なんか!どうでもいいってば!!!
「とっくに、一番に、なってるし!」
私はヤケクソでわめいた!
出会ったあの日からずっと私を支えてくれたリカルドに、とっくに私の心、明け渡してる。
「あ、キレた!ホンットにフリージアは面白い」
「全く面白くない!汗だくで泥だらけで臭いトコも、情けないトコも、見っともないトコも全部見てるくせにどうして?」
今だって貧相な身体にバスローブ巻いて、髪は肩につかない長さで洗いっぱなし。化粧し着飾った姿など見せたこともないし、今後も見せられる自信もない。
「クリーン禁止の訓練で臭いときも、涙と鼻水流してへばってるときも、私にだけ見せてくれてる、気を許してくれていると思うと、たまらなく愛おしいよ」
「そこまで私、汚かったのお?」
私の頰に手を移し、親指で愛しげに撫でる。
「だからカワイイって。……フリージアはまだ蕾だけど、あっという間に可憐な美しい花が咲く。そんな君を他の男に見せるつもりはない。私以外に背負われたり、甘えたら絶対ダメだよ?」
「ほ、他の男?ありえないわ!」
リカルドも言ったとおり、こんな小汚い、男女だよ?
「ふふ、そうだね。そう思っていて?フリージアを想う気持ちは、誰にも絶対に負けない」
そう言うと、リカルドは目尻を下げて顔を近づけて……私にそっとキスをした。
「フリージアほど……美しい女など、この世にいない」
角度を変えて、もう一度キス。
キスをするってことは……本当にリカルドってば私を女と見てるんだ……本気……なんだ……
唇が離れる代わりに額をコツンと合わせられる。金の目が眇められる。
「何考えてる?私は初めてなんだけど……余裕だね」
「私だって……初めてだよ」
意識すると、恥ずかしくなり、顔に一気に血が集まるのがわかる。リカルドも初めてなんだ。よかった。
リカルドが他の人とキスするなんて、イヤだ。想像するだけで吐きそうだ。
未だ板の間に座り込んでいたことに気がついて、リカルドは軽々と私を抱き上げ歩き、ソファーに腰かけ、自分の膝に私を座らせた。右手を私の腰に回し、左手を私の頰に添える。
「好きだ。フリージア」
リカルドが私の瞳を覗き込む。私の言葉を待ってる。
ああ、見上げると星のように輝く、金の瞳。大好きな瞳。この瞳に写るのが、ずっと私だけならいいのに……
と思ってしまうあたり、もう患ってる。既に重傷だった。
はっきり、自覚した。
「私も……たぶん、すきだ、よ」
途端にリカルドに頭をホールドされ、ついばむようなキスを何度も繰り返される。
「はっ……」
「いや?」
「……いやじゃない」
「よかった、私、ずっと我慢してて全然足りないから」
抱き寄せられて、ぴったりくっついて、クラクラして、リカルドの服をぎゅっと摑むと、リカルドの金瞳がギラリと光り、上からガブッと食べられそうになって……
条件反射で、グッと肘を引き、リカルドのミゾオチに中段突きを入れた!軍の訓練がキチンと身についてます!
「ぐはっ……」
「ば、バカリカルドぉ!!!やりすぎっ!!!」
◇◇◇
私とリカルドはラブラブ?の恋人同士になった。対外的には秘密にして、あと二年、任期満了まで勤める。
ショーンでいる間は同室だからこそけじめをつけて、これまで通り清く正しい、同期同室運命共同体バディのラインを踏み越えない。イチャイチャしません!
私がそう提案すると、
「当たり前だ!さもないと各方面から即日殺される!そもそもフリージア、2コも年、サバよんでるし!」
と顔を真っ青にするリカルド?
でも、たまにはチューぐらいはしたいかなあ?
互いに家族には『結婚前提でお付き合いします』と伝達魔法で報告した。
するとトリガー兄からは『今更何言ってんだ?』と疑問?な返事が来て、
公爵閣下からは『遅いわ!!!』とお叱りの返事がきた。何故に?私的には急転直下だっつーの。
将来のことは漠然としか考えてないけれど、あのほのぼの脳筋なワグナー領でリカルドの政務を支えつつ、ビンセント領と行き来して過ごせたらいいな、と思う。
公爵閣下は公爵邸の庭にビンセントから技師を雇って鍛冶場を作り出したらしいけど……気が早いな。でも全力で受け入れてもらえてるってわかって、素直に嬉しい。
リカルドとガレに来たとき同様、馬車でマルシュへの定期船の出る港に送ってもらった。
乗船時刻まで潮風にあたりながら防波堤に二人してよじ登って並んで座り、今回の旅を思い返しながら呑気に日向ぼっこして待っていると、キラッと北の空が光った。
「……え?」
「……嘘だろ……」
二人同時に息を飲む。
青空のなか、馬の三倍はありそうな大きさの、キラキラと輝く白き大きな虎が、漆黒のマントでその身を覆い、漆黒の長い髪を紅く煌めかせつつなびかせた、たおやかな女性を背に乗せて、一瞬で、飛び去った。
「……今の……もしや……神?」
「……信じられない……西の四天様と宵闇の……女王」
四天の中で最も清廉で厳しく、強いと言われる西の聖獣様。
そして、その聖獣様の選んだ、賢者の妹で聖女の親友でトランドルの王でガレの皇妃。文豪マードックの本で数々の偉業が語られている伝説の……噂では……〈契約者〉。
宗教画そのものの光景。
胸が……バクバクと鳴る。
「……ガレアに帰ったのかな?」
「方角的に、きっとそうだろう。愛するギレン陛下のもとへ」
カンカンカーンと、澄み渡る空に出航合図の鐘が鳴り響いた。
「私たちも帰ろう」
リカルドが優しく微笑み先に地面に飛び降りて、私に手を伸ばした。
「うん!」
私はリカルドの手に指を絡ませ、リカルドの胸に向かってピョンとジャンプした。リカルドは軽々と受け止めた。
そして謎鉱物の代わりにお土産のいっぱい詰まったバックをお互い背負い、リカルドと手を繋いでマルシュ行きの船に乗り込んだ。
東海王者様、帰りの船旅もどうぞよろしくお願いします!
◇◇◇
『かっわゆーい!』
『ですねえ。さあ、ミユ様、出番です。復路も無事にマルシュに渡してあげましょう』
『ほーい!』
〈地味にしてれば女ってバレないよね? 完〉
おしまい。
「転生令嬢2出版記念」祭り企画ということで、深い山谷なくコメディーよりの中編でしたが、たくさんの方にお読みいただけて嬉しかったです。
誤字報告もありがとうございました。
全ての読者様に感謝を。
今後ともよろしくお願いします(*^▽^*)