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ディル視点です。
最近ユーシェ様の様子がおかしい。
そう、アレクからもティナからも聞いていた。よくあるマリッジブルーなのかと思っていたけれど、二人ともそうではないと言う。しかし、俺は個人でユーシェ様と会うことはほとんどないから、いまいち状況の把握ができていなかった。
だから、もう少し詳しい話をティナから聞こうと、後宮に足を向けた。そして、ティナに話を聞く前に、ユーシェ様が黒髪の護衛に目を奪われ、それをアレクが見てしまった。
正直、血の気がひいた。すぐにアレクの目つきが変わり、殺気を放ったのが分かった。その相手がユーシェ様でなかったことに驚きながら安心しつつ、標的を守るために地を蹴った。
剣を抜く前にアレクを抑え込めたのは奇跡だ。剣を抜かれていたら間に合わなかったかもしれない。アレクの本気が、皮膚を刺すようにビリビリと伝わってきていたから。
状況を判断して動いてくれそうなティナに指示を飛ばし、ひたすらアレクを抑え込んだ。ティナに頼んだのは正解だった。さすが俺の婚約者だ。冷静な判断で、黒髪の護衛をここから追い出すことに成功した。少々護衛に触りすぎではないかとは思ったが、緊急事態だったのだから仕方がないと思うことにする。
怒りのオーラを纏ったままのアレクもここを去ったところで、ユーシェ様を部屋に誘導した。
しきりにアレクを気にするユーシェ様からは、心変わりは微塵も感じられない。やましい事を見られたとは思っていないのだろう。まさか無意識なのか…。だとしたら、一番厄介だ。黒髪の護衛を外すだけで、ことは解決するのだろうか…。あの護衛の様子からしても、ユーシェ様と関わりがあるようには見えなかった。
一体何が起きているんだ。
ユーシェ様の部屋へと戻り、ひとまずユーシェ様にはお茶を召し上がっていただいた。少しは緊張が解けたようだ。茶菓子も召し上がっていただかなければならない。この方は以前よりは肉付きが良くなったとはいえ、まだまだ細身なのだ。健康的な体型になるまで、よほどのことがない限り、茶の時間や食事の時間を削ることはできない。
美味しい、ありがとうなどのやりとりをした後、ユーシェ様が茶菓子を食べることに集中しているのを確認し、ティナに目配せをする。分かっていたようで、ティナは他の侍女に耳打ちをしたあと、ユーシェ様に気づかれないように俺と部屋を出た。
「ディル様…」
「ティナ、あれはどういうことだ」
「ユーシェ様はここしばらく、何か思い詰めた様子だったのです。その理由は教えていただけなかったので、分からないのですが…。今思えば、あの方が護衛としてつくようになってから…だったようにも思います…」
「あの黒髪の者か…」
ユーシェ様の側につく者の素性は徹底的に調べ上げ、アレク自身が認めた者しかおいていない。あの護衛も同様だ。少しでも怪しいところがあれば弾かれる所を、通り抜けている。あの者がユーシェ様に何かする可能性は低いはずだ。
それに、少しでも怪しい行動を取れば、侍女であるティナが気付かないわけがない。誰よりも側についているのだから。
だとしたら、やはり何かあるのはユーシェ様の方ということになるのか…。
「ディル様、ユーシェ様が何かに悩んでおられるのは間違いないと思います。ですが、それは彼のことに関してではないと思うのです」
「どういうことだ?」
「なんとなくですが、ユーシェ様は彼自身ではなく、その後ろ…といいますか、彼を通じて何か別のものを見ているように思うのです」
「別のもの…?」
ティナの言葉の意味がわからず、思わず眉間のシワを深めてしまう。
「確証はないのですが…、ディル様にお願いしたいことがあります」
「うん?」
「もしかしたら、ユーシェ様の悩みがなんなのか、分かるかもしれません。陛下への誤解も、解けるのではないかと…思います。ユーシェ様が陛下を慕っているのは、側にいれば分かります。他の方に懸想など絶対にしておりません」
そう言って、ティナはお願い事を口にした。
「そんなことで、解決するのか?アレクに関しては…、手を焼きそうだけど」
想定外の提案に思わず目を丸くしてしまった。
しかし、ティナの真剣な顔を見て、手を焼く必要はあるのだと考え直す。ティナが本気でユーシェ様を信じているのだから、それを俺が疑うのは野暮だろう。
「分かった。早急に手を打つ。アレクもどうにかしよう」
「…!!ありがとうございます、ディル様!きゃっ…!」
ティナの満面の笑みに、思わずその体を抱き寄せると、可愛い悲鳴が上がった。腕の中にいるのは、顔を赤くした、俺の可愛い婚約者様だ。
「ディ、ディル様!?」
「ティナ、急いでいたとはいえ、あの護衛に触り過ぎだっただろ」
「え、えぇ!?」
「俺だってティナに触れたいのを我慢してるっていうのに。ティナの方から他の男に触れるなんて、しかも俺の目の前でだなんて、酷いと思わない?」
「そんなっ…、でも、あの時は緊急事態で…っ、その…」
どうしようもないことを言われているのに、呆れもせずに宥めようとしてくれている。無理に離れようとせず、しかし恥ずかしさから抵抗する仕草を見せるところがまた可愛らしい。普段は冷静でユーシェ様の侍女達をまとめているというのに、今は小動物のようだ。
こんな必死なティナを見たら、いつまでも拗ねているのが申し訳なくなってくる。
「分かってるよ。でも、俺の行き場のない気持ちも分かって。それと、これから過去最高に機嫌の悪いアレクに対峙しに行く俺に、癒しを分けてくれ」
「ディル様…」
もぞもぞしていたティナは、今度はゆっくりと両手を動かし、俺の背に回して抱きしめてきた。
「分かりました。他の殿方への対応は、以後気をつけます。…それから、陛下のこと、よろしくお願いします」
「ん…、了解」
はぁ…、俺だってアレクみたいに自分の婚約者と触れ合いたいんだけどな。今日はとりあえず、これで我慢だ。
他ならぬティナからの頼み事、やり遂げないとな。




