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更新が遅れてすみません。
私は、孤児だった。ほんの、数ヶ月前まで、貧しい孤児院で、貧しい生活をしていた。
たまたま貴族の目に留まり、この国の皇帝陛下に仕えるようにと後宮に送り込まれた。貴族の、養子となって。
それからの生活は、孤児院にいた時とは全く違うものになった。
豪華な食事、豪華な洋服、暖かい部屋、柔らかいベッド、仕える人々。
そして、皇帝陛下と…、アレク様と出会ってからは、もっと変わっていった。考えられないほど、豪華なものに。
毎回種類の違うお茶、それにあった茶菓子。一度にたくさん食事をとれない私のために、お茶の時間と、その時にお菓子を食べるようにと薦めてくださった。すぐには食べられるようにならなかったけれど、少しずつ食べられる量も増え、棒っきれのようだった手足も骨が隠れるようになってきた。
アレク様と心を通わせるようになってからは、それはそれは、とても幸せな時間が訪れた。一緒にいるだけであたたかくて、胸が苦しくなったりもするけれど、それさえ幸せだと思うのだ。
唯一の侍女は、もうすぐ唯一の友人に変わる。数ヶ月前の私には、到底想像もつかないであろう幸せの中に、私はいた。穏やかで、暖かい、幸せの中に。
忘れていたのだ。大切なことを。
大切な人を、欺いているのかもしれないということを。
違う。かもしれないではない。
欺いている、のだ。あの方を。大切な人々を。
「ユーシェ様、今日はお天気もいいので、お外でお茶にしませんか?」
「そう…ね、気持ちが良さそう」
「ではそのように致しましょう」
ティナが、今まで以上に気を遣ってくれているのは分かっていた。そうされてもおかしくない程に、私はおかしくなっていた。今まで、何をどうしていたのか分からないのだ。どうやって話をして、どうやってご飯を食べて…と。
当然、アレク様にも気づかれて、何度も何度も問いかけられた。けれど、私は答えられずにいた。言わなければならないのに、怖くて、言えずにいたのだ。
結婚に怖気付いているのは本当だ。このまま結婚してしまっていいのか、このまま流されてしまっていいのか…。
ティナに先導されてたどり着いたのは、庭園に備え付けられた東屋だ。淡い色の小さな花たちがたくさん咲いているここは、いつも私を穏やかな気持ちにさせてくれていた。大輪を咲かせる花ももちろん素敵なのだけれど、そういったものに気後れしてしまう私には、小さな花たちの方が落ち着くのだ。
けれど、意識してしまうと、ダメだ。
椅子に座り、お茶が用意されるまでの間、いつものように花を眺めてみても、いつものように穏やかな気持ちにはならない。心がどんどん囚われていくのが分かる。分かっていても、止められない。
心に留めておくことはできない。黙っているままになんてできない。
でも。
でも、それを告げたら私はどうなってしまうんだろう。私は全てを失って、放り出されるのだろうか。みんな、私を蔑むような目で見るようになるのだろうか。それに、どうやって耐えたらいいのだろう。
こんな幸せを知ってしまったら、もう戻れない。この幸せを胸に、懺悔しながら生きていくなんて、できる気がしないのだ。自分から幸せを捨てるなんて、どうしたらできるというのだろう。
「どうぞ、ユーシェ様」
「ありがとう、ティナ…」
目の前に置かれたティーカップには、いつもより色の薄いお茶が入っていた。匂いも独特で、ついじっと見つめてしまう。
「今日はハーブティーをご用意致しました。心を穏やかにさせてくれるんですよ。少し蜂蜜を入れると、まろやかになって飲みやすくなります。お口に合わないようでしたら、いつものものと交換いたしますから、遠慮なくおっしゃってください」
「ハーブティー…」
もう一度香りを感じようと息を吸うと、懐かしい匂いがした。
これもティナの気遣いだ。何も言わない私に、文句の一つも言わずに尽くしてくれる。とてもありがたいけれど、今はそれすら辛いと思ってしまう。
「それから、今日のお菓子はこちらをご準備いたしました」
甘い匂いに誘われて、差し出されたお皿を見ると、ここでは初めて見るものが載っていた。
「これ……」
木の実をキャラメリゼして、パイ生地で挟んで焼いた、丸い焼き菓子。身分のあるご令嬢が食べるようなものではなく、庶民の間で好まれるものだ。
「召し上がってみませんか?」
「……いただきます」
お祈りをし、それを指でつまんで口に運ぶ。艶々したパイ生地はまだ暖かく、口に入れるとパリパリと音を立て、かけらがこぼれていく。ねっとりとした木の実は結構甘いが、パイ生地と合わさることでちょうどいい甘さになる。
懐かしい、すごく懐かしい味だ。思わず涙が滲んでくる。懐かしくて、愛おしくて、そして、切ない味。これは、私の……。
ハーブティーで口を潤すと、もう我慢できなかった。次から次へと涙がこぼれ、両手で顔を覆う。
「これは…、誰が…ここに……?」
何も言わずに差し出されたハンカチを受け取り、目元を押さえながらティナに問いかける。
「最近厨房に入った調理員が、作りました」
「ティナが、頼んだの?」
「…はい」
「そう……。その方に会うことは、できる?」
「はい。そうおっしゃるかと思って、既にこちらに控えております」
ティナの後ろで、誰かが動く音がする。ハンカチでギュッと目元を押さえてから、それをおろしてティナの方に視線を向けた。そこにいたのは、黒い髪をまとめて、白い調理服を着た、少しおどおどした年配の女性だった。
「お初にお目にかかります。厨房で働いております、リシューと申します」
「顔を、あげてください。これは、あなたが作ったのね?」
「は、はい。ティナ様からのご依頼で、街の子供たちが食べているようなお菓子を、とのことでしたので、お作りいたしました。やはり、お口に合いませんでしたか…?」
「いえ、いいえ。とても美味しかったです。ありがとうございます。とても、懐かしくて…。小さい頃に、よく食べたものと同じだったから…」
「あぁ、それなら良かったです。高貴な方のお口には合わないんじゃないかと、心配で心配で…」
一目で分かるほど緊張していたリシューは、ホッとしたのか少し緊張を解いて笑って見せた。
「私は…、貴族ではないので、こういったものの方が馴染みがあって落ち着くの」
失言してしまったかと身体を固くしたリシューに、誰もが知っていることだからと、気にしないように笑って言った。
私が貴族の養女ではなくなったことも、孤児院育ちなことも、周知の事実なのだ。例えそれで蔑まれようが、事実なのだからどうしようも無い。
「これは、あなたの故郷のお菓子…なのかしら」
「はい。私の国では、これを知らない人はおりません」
「そう…、そうなのね…」
懐かしいこのお菓子。ずっと、ずっと昔に食べていたもの。
それをじっと見つめ、それからゆっくりとティナを見上げた。分かっていてこれを作るように頼んだのだろうティナは、いつものような、優しく見守る顔をしていて。分かっているのだと、優しく笑って見せた。
「…リシュー、教えてくれる?あなたは…」
私と同じ、黒い髪をもつ人。瞳の色は全く同じではないけれど、どこか私と似通った顔立ちをしている人。あなたは…。
「あなたは、隣国の生まれなの?」
読んでくださってありがとうございます。
なるべく遅くならないうちに次の話も投稿したい…です…。




