結
最終話、遅くなってしまって本当にすみませんでした。
なんてお返事をしよう。どうやって話を切り出そう。そもそもディル様にお会いするにはどうしたらいいだろうと落ち着きなく考えていたところに、タイミングを見計らったかのようにドアがノックされてディル様が顔を見せた。もちろん、陛下もご一緒に。心の準備もなにもなくディル様と顔を合わせることになって、私の心臓は高鳴っていたけれど、そんなことを気にもせずユーシェ様は陛下と目配せをされ、私とディル様を部屋から追い出した。
部屋を出る時の、ユーシェ様のどことなく申し訳なさそうな顔が、全てを語っていた。これは、仕組まれたことなのだと。
そして今、私とディル様は当てもなく庭園を歩いていた。少し先を歩くディル様はきっと当てもなくなんて歩いていないだろうけれど、私はあまりに流れが速すぎて未だに軽いパニック状態だ。しかも、ディル様に手を握られている。年頃になってからは殿方と手を繋ぐことなんてなかったために、ますます緊張してしまう。
考えはまとまらないし、心臓はバクバクしているし、ディル様についていくだけで精一杯だ。と、思っていたら、ディル様が立ち止まり、危うくその背中にぶつかりかけた。
「ディ…」
「あぁ、ごめん。大丈夫?」
「だい…じょうぶです…」
振り返ったディル様は、ホッとしたように息を吐いて、私の頭を軽く撫でた。突然のことに、またも私の心臓は跳ねた。
「よく似合っている」
「…あ、ありがとうございます」
嬉しそうな顔をするから、髪飾りのことを言われているのだと気づくのに少し時間がかかり、更にお礼を言うのにも少し時間がかかってしまった。ディル様がそういった感情を顔に出すことはとても珍しいことだったからだ。
そのことに気づいてしまうと、なんだか心臓の音が早くなった気がした。
「その、いつもたくさん…贈り物を頂いてしまって、えぇと…」
「そこはありがとうで終わらせてもらっていいかな」
「!」
「やはり戸惑わせてしまったか。手放しで喜ぶようなタイプではないかもしれないとは思ったんだけど、仕事が忙しくて君との時間を作ることが難しかったから、贈り物に頼らざるを得なかったんだ」
「いえ…その、私にはもったいないものばかりです…。戸惑ってしまったのは、その…、お恥ずかしい話ですが、今までこのように贈り物を頂いたことがなかったものですから…」
しっかり話さなければと思うのに、恥ずかしくてモゴモゴとしてしまうし、つい視線も外してしまう。後宮勤めの侍女としても、名ばかりの貴族令嬢としても頂けない態度だとは分かっているけれど、何故か普段通りの仮面をかぶることができないのだ。
「で、ですが、私の勘違いでなければ、私のことを考えてくださった贈り物だと…、嬉しく思っておりました。ありがとうございます」
ずっと言えずにいた贈り物へのお礼を言うことができ、私は1人達成感に包まれながら頭を下げた。心臓はうるさいままなので、全く落ち着きはしないけれど。
「勘違いではない。君が喜ぶものはなんだろうと考えながら選んだものだ。気に入ってもらえていたのなら良かった」
「……っ」
頭を上げた先に見えたディル様の顔が、あまりに優しくて、そしてやはり嬉しそうに微笑んでいたから、私の心臓の鼓動は更に早くなってしまった。顔も熱くなって来たような気がする。
「君に贈り物をする初めての男が俺だっていうのは、嬉しいことだね。君の周りには、濁った目をした男しかいなかったんだろう」
「う…、そう…でもないと…思うのですが…」
肯定すべきか否定すべきか悩ましい言葉を投げかけられ、返答に詰まってしまう。世の中のいい仲の男女というのは、こういったやり取りをするのが普通なのかしら。自分には関係ないと思っていたから、そういった情報が乏しくて、全くわからない。
「ティナ、急かすつもりはなかったんだが、俺とのことは考えてくれていた?」
「は…っ、は、はい。考えて…おりました」
「君を見ていたら俺の都合のいいように考えてしまいそうなんだが、俺の勘違いか?」
「〜〜〜〜っ」
わかっていたけれど、自分の気持ちを伝えようとは思っていたけれど、真剣な瞳のディル様に間近で見つめられてしまうと、ただでさえうるさかった心臓がバクバク音を立ててしまい、何も考えられなくなってしまう。さっきからずっと顔も熱く、間違いなく赤くなっているはずだ。
これが色気というものなのだろうか。ディル様の醸し出す雰囲気が、私の息を苦しくさせる。考えなければと思っても、頭がぼーっとしてしまう。ただ見つめられているだけなのに、もう、動くことさえできない。
「耳まで真っ赤だ」
「ひっ」
ゆっくり近づいてきたディル様が、私の耳元で囁いた。思わずびくんと体を震わせてしまい、いたたまれなくなってギュッと目を閉じた。
ふっとディル様が笑ったと思ったら、背中に腕を回され、ギュッと抱きしめられる。
「!」
抱きしめられるのは二度目。けれど、混乱していた、何も分かっていなかった前回とは意味合いが違うことは分かる。だから余計に、緊張で体が強張った。
「君が好きだ、ティナ」
「…っ」
「君の口から答えが聞きたい。ティナ、返事を」
「……っ」
「ティナ」
少し掠れたようなディル様の声に、今度は体が震えた。
呼吸は苦しいし、顔は熱いし、心臓はうるさいし、手も震えるし。とても考え事をする状態ではない。しかも、ディル様に抱きしめられているこの状況では、何も考えられたものではない。
「お、お慕い…しております…っ」
「俺と、結婚してくれるね?」
「…は、はい……」
抱きしめられている腕に力が入り、顔をディル様の胸に押し付けるような体勢になる。香水など付けていないディル様の匂いまで感じられて、クラクラしてしまう。
「では、まず君の家に挨拶に行こう。御両親に結婚の承諾をしてもらわなければならないからな。俺の家は後でいい。結婚式はアレクとユーシェ様の後になるが、婚姻の届けは早めにだしても問題はないだろう」
「…え?」
少し腕の力が緩んで、ほっと息をついたところで、頭上からスラスラと流れるように言葉が紡がれていく。
「新居の希望はある?すぐに実家の部屋を整えてもいいが、俺の親と共に暮らすのが嫌なら、俺の持っている土地に新しく家を建ててもいい。あぁ、でもそれだと時間がかかるな。少し離れるが、セカンドハウスを使うのもいいかもしれない」
「あ、あの…」
「仕事はどうする?ユーシェ様の結婚式までは今まで通りがいいだろう?そのあとは日数を減らすか、時間を減らしてもいい。君の好きなようにしてかまわない。家の事で覚えてもらわなければならないことがあるが、君ならすぐに覚えられるだろう。あとは…」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
「は、話の流れが早すぎます。私は…」
さらに腕の力が緩んだディル様からほんの少し離れ、頬に手を当てた。
余りに話が早すぎて、頭がついていかない。この状況で精一杯なのだ。
「悪いが、俺は待てない」
「…え?」
頬に当てていた手を握られ、ディル様を見上げると、少しばかり表情が歪んで見えた。
「俺には時間がない。アレクのせいで俺まで忙しい。アレクは夜にユーシェ様と過ごすことができるが、俺と君の今の関係性でそれをすれば、君に醜聞がたつ。それは君に申し訳がない」
陛下とユーシェ様は正式な結婚前ではあるものの、共に夜を過ごすことが許されている関係だ。後宮に入られた時点で、ユーシェ様は陛下の妃の1人となっているのだから。
しかし、この国でそれが許されているのは皇帝陛下ただ1人だけだ。いくらディル様の身分が高くとも、結婚前に夜を共にすることは良いとはされない。更に女性は身持ちの軽い女だと蔑まれる。未婚ならば尚更だ。
「それに、のんびりしているうちに、他の男が君に心を奪われでもしたらどうする」
「え…」
それはないですと即答しかけ、ディル様の初めて見る苦渋に満ちた顔に、閉口した。ディル様には、私がとてつもなく美しい令嬢に見える魔法か何かがかかっているのかもしれない。
「それなりの体裁は必要だろうから、まずは婚約をし、書類が揃い次第婚姻の届け出をしたい。そうすれば同じ家に帰り、共に過ごすことができる。だから話は早く進めたい。それでは嫌か?ティナ」
「嫌では…ありません…」
「そうか、それなら…」
嫌だなんて言えるわけがない。この方は、本当に私のことを好んでいてくれるのだ。見ていれば、分かる。嫌だなんて言って、悲しいお顔をさせたくはない。私だって、この方を好いているのだから。
どこか嬉しそうに見えるお顔でこれからのことを話すディル様を、私も自然と笑みを浮かべながら見つめた。
私の親に挨拶に行って、ディル様のご両親にご挨拶をして、陛下に許可を頂いたら婚姻の届け出をする。
新居は新しく構えず、ディル様の邸宅に部屋を頂く。仕事を続ける上で、お城に近い邸宅の方が何かと都合がいいだろうし、ディル様がいない時はディル様のご両親に色々教えて頂くこともできる。私は上級貴族のマナーやお家のことは知らないことが多いだろうから、お母様に直接教えて頂いた方がいいと思うからだ。
陛下とユーシェ様のご結婚後は、状況を見ながら仕事を減らし、お家のことを覚えて行く。
それから、それから…。
「ティナ、俺を選んだことを後悔させないようにするからな」
「私も、私を選ばれたことを後悔されないよう、精進して参ります」
ふっとディル様が微笑んだのを見て、私も笑みを浮かべながら瞳を閉じ、唇に熱を感じた。
この後私達は陛下とユーシェ様に事の次第をご報告し、ユーシェ様からは涙を浮かべて抱きしめられ、陛下はそんなユーシェ様を見て優しく微笑み、ディル様を見てはニヤリと笑った。そして私を見て、
「これからも末永くユーシェのことを頼む」
と、笑みを浮かべられた。
「勿体無いお言葉でございます。私の方こそ、至らぬこともございますが、誠心誠意お仕えして参りますので、どうぞよろしくお願いいたします」
と、慌てて頭を下げると
「そうではない。これからはユーシェの友人としてだ。これには友と呼べる者がいない。お前がいてくれれば、ユーシェも心強いだろう」
「……」
ポカンとしてしまった私に、陛下は「頼んだぞ」とさらに言葉を重ね、ユーシェ様のお部屋から去って行かれた。
ディル様は軽く私の頭を撫でて微笑んだ後、陛下の後を追って部屋を出られた。
ユーシェ様は少し恥ずかしそうに微笑んで、「これからもよろしくね」とおっしゃり、私に手を差し出した。おずおずとその手を握り返すと、何故だか涙がこぼれ始めた。
「一緒に幸せになりましょうね」と抱きしめられ、泣きながら何度も頷いた。
これが、私のユーシェ様の侍女としてのお話だ。後数ヶ月、ユーシェ様がご結婚されるまで時間はあるけれど、ユーシェ様と出会って、ユーシェ様と共に幸せになる、侍女としてこれ以上ない程幸せな出来事だった。
最後走り書きのようになってしまった感じはありますが、これでティナ編終了です。
お付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。
稚拙な文章で読みにくい部分も多々あったと思いますが、ここまで書くことができたのは読んでくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。




